1-2 導光

眼前に広がる灰色の世界に彼女はしばし呆然とさせられていた。

世界と彼女は、そのまましばらく沈黙を保ち続ける。

だが、


「ハハ、ハハハ・・・アハハハハハハハ!アーハッハッハアッハ!これガ、これガ僕ヲ殺してまでオマエ達が守りタかったジャパリパークですカ⁈こんなに脆くテ壊れやすいものをオマエ達ハあんなニ必死になっテ!自分の命を削りながラ!その結果がコレですカ!それで残ったモノがコレですか!こんな泥みたいナ、ゴミみたいナ世界ですカ⁈アッハハハハハハ!」


笑い、笑い、笑い続ける。かつて彼女が遊園地でそうしたように、彼女は自ら以外のすべてを笑い飛ばす。かつてその嘲笑を止めた勇気ある者達は、もはやこの場に存在しない。


「馬鹿みたいだねエ、ホントに!大好きだったパークガこんなになっちゃうのヲ、結局オマエたちハ防げなかったってことだもんネェ?あんなに大事にしてた友達モ、あんなに信じ込んでた絆モ!結局は全くの役立たずだったってことだよネェ?!アハハハハハハ!ハハハッ、ハハ、ハー・・・」


ふつと笑い声が止まる。

顔から笑みが消え、全身の力が抜ける。

今までで恐らくは最も大きな勝利、同時に嘲笑。

その全てを味わったのちに圧し掛かるのは、それ以上の脱力、並びに絶望。


「・・・ハハ、こんなノ、どうすればいいんですカ。これじゃあ、もうココでノ野生ハ、ボクの夢ハ―ボクの見たかったアノ世界はどうしろっていうんですカ・・・。オマエ達でも不可能だったことガ、ボクに出来るはずないじゃないですカ・・・。」


冷えた地べたに座り込み、頭を抱えてうずくまる。

そこにはパークを恐怖に陥れた邪悪な悪魔も、己の理想のみを正義とした傲慢な暴君もいない。そこにいるのは、一人の少女。

誇りも理想も意志までも、何もかも奪われてしまった、独りの憐れな少女。

そんな少女を傍らに、静寂は再びパークに覆いかぶさっていった。


・・・


熱を感じる。

火炎のような激しいものではなく、太陽のように優しいもの。

本来なら生ずることのない、安心が体を包み込む感覚。

己の全てを肯定し、全てを許してくれるような輝き。

暖かくて、やわらかくて、自分はこんなもの嫌いだと思ってた。

ああ、でも、

そうか、

これがボクの、

僕の求めてたものだったのカ・・・


・・・


不意に目が覚める。

どれほど時が経ったのだろうか。調べようにも、太陽も月も、時間の経過を知らせるものは何一つ見当たらない。空は相も変わらず灰色で塗りつぶされ、地面もまたその様相を変えていない。動くものはなにも見当たらず、山は静けさを保ったまま。何も変わっちゃいない―ただ一つを除いては。


暖かい。

先ほど感じた、あの優しい輝き。

光も灯も何もないはずのここで、確かにほのかな熱を感じる。

かつて陽光に導かれた時のように、目を開き、立ち上がり、それに向けて足を進める。

少しずつではあるが、間違いなく近づいている。

きっと、きっとこのまま進めば、あの輝きに辿り着けるはず―


「うわっとぉっとォ?!」


突如足場が消えた。片足が宙を舞い、両腕は空しく激しく回転し、体は必死に態勢を保とうと反り返って―尻餅をついた。目の前にあるのは先ほど出てきたばかりの火口。あの光にばかり夢中になってこんな大穴に気が付かず落ちそうになったと思うと、苦笑いが出てくる。


「ハハ・・・。ここから出てくるサンドスターにデも反応したと思ってたんですガ。まだまだ遠くからみたいですネェ。」


砂埃をはたき落とし腰を上げる。そこから火口をぐるっと回り、向こう側へと歩を進める。依然として灰色一色である、だがそこにあったはずの自然を思い浮かべながら歩いていると、元居た場所と反対側についた。再び平地の端まで足を運び、期待もなく遠くを眺める。その目に映るのはやはり灰色。最初の場所から移動していないと言われても違和感を覚えないような景色。しかし、先程とは違う点がまた一つ。


(熱源が増えていル?一番強く伝わってくるのは確かにこの先だけド、他の場所からも微かに感じられル。火山の熱だと思ってたけど違うなァ、こんなの確かどこかデ・・・。あア、駄目ダ、今日は全く考えがまとまらないヤ。これだから理解できないことなんて大嫌いなんダ・・・。)


最大限の情報を収集・整理し、それらを分析して最良の行動をとるというのが黒かばんのやり方である。だから彼女の打つ手は完璧ではないにしても最善の手となった。だが、ここには情報も、その不足を補ってくれる手下もいない。

さっきから感じられるこの輝きは自分にどんな影響をもたらすのか。

益になるのか、害になるのか。

この異様なパークの状況とどんな関係があるのか。

そもそもあれの正体は何か。

状況打開の糸口すら掴めない八方塞がりの状況。

本来なら、得体のしれないものには近づかない方が得策である。

ここから動かずにいれば、少なくとも当分の間死ぬことはないだろう。

そう、そのはずなのに。


見てみたい。


触れてみたい。

感じてみたい。

包まれてみたい。

身を預けたい。


今まで彼女が抱いたことの無い、純粋な願望がとめどなく溢れ出る。

理性でも、分析でも、理想でもない。もっと根源的なものに心が突き動かされる。

この感情をうまく制御する術を彼女は持たなかった。

ただ、これを何と呼ぶかぐらいは知っている。

かつて、彼女が目指すべきとしていたもの。

彼女に歯向かう者たちが、揃いも揃って忘れていたもの。

最後の最後で彼女を負かしたもの。


「・・・忘れていたのはアイツらじゃなくテ、僕でしたカ。」


初めに感じた熱源に向かって足を踏み出す。斜面を下る途中、黒かばんは一度だけ山頂を振り返った。いまだに沈黙を貫き通す火山は、何も話してはくれない。二度も自らを生んでくれた火山を背に、今度は足を止めることなく、彼女は灰色の大地へと進んでいった。

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