1-1 復活
勝てると思っていた。
勝てないはずがなかった。
火山から噴出するサンドスター・ロウを変質させ、遊園地を起点にそれを拡散させる。
それを各チホーのフレンズに取り込ませ、あるべき姿へと立ち返らせる。
暴走によるフレンズ同士の抗争や分裂が思ったより早く収まってしまったとしてもだ。
今やパーク中を埋め尽くしているセルリアンへの統制能力と、
かつての「女王」のものにも匹敵するバリアの生成、
そしてヒトの知能と英知。
全知全能ともいえるこの偉大な存在に、本能を忘れ野生を失った獣が勝てる訳がない。
そう強く信じ込んでいたからこそ、彼女は敗北を想定していなかった。
本性を忘れた者たちが、持ち前の下らない絆で団結し立ち向かってきた時も。
中途半端な一匹の小猫が、逆らえないはずの本能に抗った時も。
自らにそっくりな出来損ないが、身を挺して愚かな獣を守った時も。
その全ては「想定範囲外」であったが、同時に「許容範囲内」であった。
だから、
だからこそ、
出来損ないと愚かな獣が、自身の理想を否定し、自身の石を穿ち、そして、
自身のために涙を零すなどということは、
彼女が対処できる、そして考え得る範疇を遥かに超えていた。
自らの最期をもってして証明しようとした微かな理想も、彼女らの前では塵芥と化した。
考えのみを僅かに巡らせられる状況下で、彼女は確かに悟った。
想定内で最善の方法をを尽くすのみの自分では、
想定外で最高の結果をはじき出す彼女らに、
勝てるはずがなかったのだと。
「これハ一体全体、どういうコトなんでしょうかネエ・・・」
そして今、目を覚ました彼女が置かれているこの状況も、彼女の理解の範疇を軽く超えているものであった。
四方を岩壁が取り囲み、足元には今にも割れてしまいそうな半透明の板が敷いてある。かすかに残っている黒いもや―サンドスター・ロウ―は、恐らく自分から出たものだろう。下を覗き込むと、どこまで続いてるか見当もつかない闇が広がり、上には灰色に濁る空が広がっている。黒かばんの知る遊園地に、このような場所は存在しなかった。自分を閉じ込めておく場所が新しく作られた可能性も否定はできなかったが、流石にあの出来損ないもそこまでは考えていないはず―
「ハハ、あの子に何度期待を裏切られたか知らないっていうのニ、ボクも学習能力がホントにないみたいですネ・・・。マ、周りにアイツらもいない様ですシ、ここから出るのを先決としましょうカ」
目の前にそびえたつ岩壁はそこまで断崖絶壁というわけでもない。それでも背丈の3~4倍はあるものの、突起物もかなり多く足場や手の置きどころに困ることはなさそうである。触手を使えば楽に移動はできるだろうが、無理にサンドスター・ロウを消費させる程でもなさそうだ。
外の状況を確かめようと一歩を踏み出し、岩壁に手を掛け上り始めた。思ったよりも大変である生涯初の壁のぼりに悪戦苦闘している最中、ふと一つの疑問が頭の中にわいてくる。
「・・・アレ、そういえばボク、ナンで元に戻ってるんですかネ?」
五体満足で立っている自分。本当はそれが当たり前でなくてはならないのだが、最後の記憶に残る「自分」は、石のみを切除され体を失ったはずであった。
(やはりカバンがボクを閉じ込めタ?でもそれならまずサンドスター・ロウと接触できる状態にはしておかなかったハズ。ボクと戦って散々苦しめられたあの子がそのままボクを放っておくわけもないしナ・・・)
余りに足りない情報と不可解な状況のために、考えはそこで止まる。そうこうしているうちに体は既にその半身を乗り出し、もうすぐで登り切ろうというところまできていた。
「マ、そんな事はあとで考えるとしましょウ・・・よっト!」
先程見上げていた壁の上に立ち、元居た場所を振り返る。四つ足で歩いていた頃の自分でも優に入れそうな広さ。自らのことばかりに気を取られて周りにまで気が及ばなかったのだろう。そしてその形は妙に見覚えがある。直接見たわけではないとは思うが一体どこでここを・・・?
記憶が呼び起こされる。それはかつて彼女がパークの脅威であった頃の記憶。
忘れもしない。忘れられやしない。
完璧だった計画の始まりとなった場所。
そしてそれがほつれ始めた場所。
そんなわけはない。
体の向きを180度変えて、想定よりはるかに平坦な頂上を走り出す。
先ほどの頭の中を通り過ぎた考えを頭の中から追い出すためにも、ただその足を進める。
平地が坂道に変わる境目でその足を止め、そこから見下ろせる景色を可能な限りその双眼に収めようとする。
目に入るのは彼女が知っている風景。知っているはずの場所。
そのはずなのに―
「・・・これが、こんなところが、ジャパリパークだっていうんですカ・・・?」
かつて砂漠から雪原まで、不条理ともいえる多種多様な自然環境を備え、
人の手が付けられぬ野生の集大成であったジャパリパーク。
しかし今や全てのものが動きを止め、もはや「生」という概念が存在しない、
灰色一色に塗り上げられたジャパリパーク。
そのパークの中心で虹色の結晶を失い静まり返っている火山の上。
【嫌われ者】はただ茫然と、言葉を失い立ち尽くしていた。
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