2-4 選択

「ライオン!いるか⁈」


「おー、私はここにいるよー。」


城の最上階。

部屋の奥で、ライオンがいつものようにのんびりとした口調で迎えた。


「うわー、いつもよりもボロボロだねぇー。この数日、どこ行ってたのさ?」


「ヒグマたちに頼まれて雪山にな。あっちもなかなか大変なことになっている・・・。」


重い体を引きずってライオンの目の前に腰を下ろす。


「博士たちの言ってたことは本当だったみたいだ・・・。じゃんぐるちほーからさばくちほー、今日は大丈夫だったゆきやまちほーまで野生暴走が起きた。・・・この戦は厳しいな。」


「私もまだまだ頑張れるってのに、ヘラジカが全部独りでやっちゃうからだよー。今はかばんの分まで背負ってるんだから、もう少し自分の体も大事にしなよー?。」


「・・・ありがとう。」


肩に手が置かれる。

ふと部屋を見回す。


柱には深い爪痕と歯痕。

床には幾つかの穴。

ライオンの体にも至る所に傷が見受けられた。


「―博士から、帰る途中に呼び止められたんだ。」


「んー、なんてー?」


「へいげんちほーでとてつもなく大きい咆哮が聞こえてくるという話がある、ってな。」


ライオンの笑みが消えた。


「博士は今のへいげんちほーでそれぐらいの声が出せるのはお前ぐらいしかいないと言っていた。それがいつもの威嚇なら、サンドスターを無駄にするから諫めるよう伝えてほしいと。だが万が一にも・・・万が一にも、野生暴走のせいなら、何が何でも止めてほしいと。」


「・・・」


少しの静寂。

その後。


「やっぱり、隠せないよねー。」


言葉が止まる。

ライオンの横顔に、微かに笑みが戻る。


「・・・最近、多いんだよ。気が付くと柱に噛みついてたり、床に大穴開けちゃってたり。時間的にはそう長くないとは思うんだけど、それでも時々記憶が飛んじゃうからねー。」


「この前は、この前はそんな話、してなかったじゃないか・・・」


「あの時はまだねー。いやー、でも流石に無理だったかー。怪我もそのまんまだったしねー。」


「ライオン、私は―」


「私もそれなりに頑張ってはみてるんだけどさー、やっぱり厳しいんだわー。1回経験したからもう慣れたかと―」


「ライオン!!」


叫びが吐かれた。

ライオンがじっと、そっとこちらを見つめる。


「ライオン、私は、私は・・・私は、どうすればいい?」


返事はない。


「山が静かになってから皆元気がなくなっていった。じゃぱりまんも届かなくなって、その後オーロックスが暴れ始めた。覚えてるか?あの戦いで怪我した者たちもそうなっていった。皆がどんどん倒れていって・・・。」


言葉が続く。


「仲間が一人ずつ消えていくのに、私にはどうすることもできなかった。暴走し始めた者を強引に押さえつけ、倒れだす者には声しかかけられなかった。私は、何もできなかった。でも皆は、私なら必ず打ち勝てる、って。信じてる、って。そう言って目を閉じていったんだ。何もできない私に、だ。」


ライオンは答えない。

ただじっと、こちらを見つめてくるのみ。

その悲しげな目と視線が合った。

視界がぼやける。

体から力が抜けていく。

なぜか妙に暖かい。

最後の一言は、消え入りそうで届きそうもない。

それでも。

口から洩れるものは止められない。


「・・・なあ、ライオン。私は―何を信じればいい?」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ハァッ、ハァッ、ハアッ・・・!」


黒かばんは上半身を撥ね起こした。

両手を動かして自らの顔に触れ、次いで体の感触を確かめていく。

自分の体だ。なぜか右腕も再生してはいたが、自分の体だ。

目に入って来るのは崩れ落ちた瓦礫、半壊した古城に辺り一面を染める血。

そして横たわる一匹のフレンズの体。

最後に目にした風景となんら変わりはなかった。


「戻っテ、これたんですカ・・・?」


寒気が立つほど恐ろしかった。

自分の目で見ているはずなのに、自分は全く体を動かせなかった。

口からは勝手に言葉が漏れ、首はあらぬ方向を見て回っていた。

今まで感じたことの無い類の恐怖。

だが同時に、素である人の性か、好奇心も湧いてくる。


(恐らく、あれはヘラジカのキオク・・・。それも仲間が生きていた頃のもノ。なんでボクはそれヲ見れタ?それにあの言い方・・・暴走がまた起きたのカ?どうやっテ?僕以外にモあのサンドスターロウを操れるやつがいるのカ?)


このパークに何が起きたか、それを知る手掛かりは示された。

だが、それが返って疑問を増やしていく。

目を覚ましてからこんなことを一体何回繰り返しているのだろうか。

ここに来たのはそんなことのためではなかったというのに―


「―そうダ、輝きハ⁈」


慌ててヘラジカの体に手を触れる。

戦闘中、首に触手が噛みついた時、間違いなくあの熱が伝わってきた。

今までのどんな時よりも強い、確かな感覚だったのだ。


「・・・冷たイ。」


彼女の体は冷え切っていた。

あのときの熱はおろか、獣として持つべき暖かささえ失って、ただ体を横たえていた。

先程までの暴れっぷりが嘘のように。

乾いた笑いが漏れる。


「何のために戦ったんですかネ、ボクたちハ。そっちは色々出し切ったかもしれませんけド、こっちはただ疲れただけですヨ・・・。」


目の前の骸はただ固まった笑みを返すのみ。

軽い溜息を零し、黒かばんは腰を上げた。


「山にいた時よりかハ、残りの熱源も強くなってるみたいですネ。まア、一番強かったここがこの調子じゃア、他も期待はできませんけド。」


残る熱源は三つ。

他に打つ手もない。

あの輝きが得られなくとも、少なくともこの異様なパークの原因ぐらいは分かるだろう。

幸いにも、そちらに続く道は確かに示されていた。

熱源への方向。石畳と同じく、周りより少しだけ灰の層が薄い箇所が真っすぐ伸びている。


歩き出す前に、一度ヘラジカの方へ振り返る。

依然として彼女は横たわったまま。

人ならばせめて弔いの言葉でもかけるべきなのだろう。

そんな語彙は黒かばんにない。ましてや敵への敬意など考えつきもしない事。


黒かばんは黙って歩を進める。

やがて彼女はへいげんちほーから見えないほどに遠ざかる。

あとに残されたのは一人のフレンズの体と、赤い染みのみ。


彼女が見ていた城郭は、灰となって跡形もなく消えていた。

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