3-3 烽火
「はぁっ、はっ、はァっ・・・!」
なぜ。
なぜ。
何故開いたのです。
開くはずがないのです。
だってあの子がもう開かないって言ったのです。
絶対に開かないって言ったのです。
絶対に開いてはならないのです。
絶対に開けてはダメなのです。
もし開いたなら、消すほか―
違うのです。
言いつけは間違ってなかったのです。
これまで何度もそれでよかったではないですか。
開いてはいけないものが開くはずないのです。
きっと何かの見間違いなのです。
そうです。
そうですよね。
だれもあけるものなんてない。
「フぅー・・・フルルルル・・・」
だからまずは、からないと。
あの黒くて、華奢で、小さな餌を―
「―よいしョ・・・っト!」
「ギイッ・・・!」
「わァ、そうカッカしないでくださいヨ。アナタの大事なものには指一本触れてませんかラ。何も取って食おうって話じゃあるまいシ。ま、成り行き次第ではそうするかもですガ・・・」
地下から黒かばんが出てきたのと、地上でワシミミズクが唸ったのがほぼ同時。
としょかんの暗がりの中、賢者の目は依然として爛々としていた。
しかし、最初よりやけに縮こまった体に威厳などなく、漏れた声もどこか怯えており。
「あんなに元気だったのニ、もう疲れちゃったんですカ?見境なく攻撃ばっかするからそんなになっちゃうんですヨ。アナタたちも命削りながら動いてるんですかラ。」
地下室の入り口から一歩。
足音が響く。
どうも下の空気は淀んでいたようで。
涼しげな空気が肌を撫でる。
「ア、少し前言撤回しまス。さっき指一本触れてないって言ったんですガ、ボクも新しいものには目がなくてですねェ。これ、持ってきちゃいましタ。」
開かれた手のひらから出てきたのは小さな箱。
引き出しのように中身を開け、一つ抜き取る。
「この棒、なんていうか知ってますカ?拳銃程ではありませんガ、これも人の英知なんですヨ。暖をとるにモ、食事をするにモ、戦うときにモ、必要なものを簡単に生み出せちゃうんでス。」
左手には箱。右手には棒。
近づけたかと思うと、一気に擦り合わせる。
瞬時に音、確かな熱、共に光。
「ギッ?!」
燃えるマッチ片手に、黒かばんは賢者に歩み寄る。
笑みを含む彼女と、怯えたままの鳥。
不気味に揺れる火を間に、両者の距離は縮まっていく。
「火を怖がらない獣もいるようですガ、アナタは違ウ。そうでしょウ?わざわざ引き出しの中に隠しておいテ、しかもそんなに怯えた顔なんかしちゃっテ!さア、これが嫌だったらじっとしていてくださイ。ボクも戦って来たばっかりなんでス。そんな疲れたくないんですよネ。」
目の前の熱とは異なる彼女自身の輝き。
触手が届きさえすれば奪い取れる。
生きたまま抜き取ることが出来れば、今度こそ手に入れられるかもしれない。
失敗は繰り返さない。
高揚のためだろうか。
一歩が長い。
走るか?
ダメだ。
ここまで来たら確実に―
「―キイアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
思考はいつも、想定外によって途切れる。
劈くような鳴き声。
再びの滑空。
しかし見たこともない素早さ。
しかもこの距離。
間に合わない。
「―!」
風が迫る。
音が詰め寄る。
手に何かぶつかって。
そして。
そして。
「・・・?」
来ない。
衝撃も、斬撃も、何も。
両目を覆う腕を下げる。
手は無事だ。体も。
何が変わった。
少し寒い。
少し暗い。
風か?
夜か?
それとも・・・火か。
右手を確かめる。
無い。
「まさかッ・・・!?」
撥ねられたかのように振り向いた、その目線の先。
地下室の入り口の真上。
先程の慟哭が嘘のよう。
諭すような柔らかい顔。
仄かに照らされる紅い目に。
小さな口は何かを呟き。
手元の明かりは微かに揺れて。
やがてその手は下を向き。
今度は黒かばんが床を蹴る。
体が宙に浮く。
二本の黒線がすぐさま追い越し手を伸ばす。
一本目は本体を捉え叩き落とした。
何かを砕く感触が体に伝わる刹那。
火の玉となったマッチは二本目の顎をすり抜けて。
下の暗闇へと一直線。
「くそッ・・・!」
賢者の体を殴り捨て入り口に駆け寄る黒かばん。
覗き込んだ途端、尋常でない熱気が顔を撫でる。
直後に凄まじい熱風が吹き荒れ、中央の大樹にまで火の手が回る。
幹を駆け上り、地を這う紅蓮の波。
壁際の本棚や枝が渡し橋となって、瞬く間に波は図書館全体を飲み込んでいく。
熱と衝撃で朦朧としていく意識の中、微かに浮かぶ白い後ろ姿。
もの言えぬ達成感の中、元助手は静かに両目を閉じた。
閉じようとした。
・・・・・
「何を・・・一体何をしでかしたんですカ。」
再び目を開けた賢者の前には二つの赤い目。
燃え盛る炎を後ろに、磔のごとき体勢で責め立てる黒いヒトのようなもの。
両手首に牙が食い込んで、真っ赤な血が流れ落ちる。
首はがっちりと掴まれ息をすることもままならない。
下を見やると別の手に自分の杖が握られていた。
「今までそんなこともわからなかったんですカ?長年放置されて乾き切った紙ト、植物に覆われたここの空気ト、そこに火種が加わるとどうなるかってことも考えられなかったんですカ?ボクは単なる脅しのつもりでやったんですヨ。本当に燃え上がらせるなんて思いモ・・・。」
聞き取れない。
音は聞こえるが、何を言っているか分からない。
耳と頭の良さには自信あったのに。
ぼんやりと肩越しにかつての拠点を眺める。
どこもかしこも火だらけ。
壁は焼け落ち、天井は崩れ、床はほぼ残っていない。
ぼうっと見つめていると、息がさらに苦しくなった。
首元が熱い。
「・・・聞く気がないならもういいでス。こっちもこんなところには長居したくありませんシ。輝きだけよこして、死んで下さイ。」
話が終わると同時に、世界が赤く染まっていく。
まるで目が燃えてるよう。
息もできない。
いつだか溺れた時みたいに。
この黒い手をどけたら息が吸えるだろう。
でもなぜだろうか。
手が動かない。
目の前が暗い。
力も入らない。
なんでだろう。
ああ、でも、いいや。
考えるの、やめた。
もう何も見えない。
目の前真っ暗。
体が落ちた。
何か倒れた。
誰か、呼んでる?
助手、助手って。
待つのです。
いまおまえらを助けてやるですから。
賢い我々が助けてやるですから。
だから、少し待つのです。
我々にも、休みは必要なのですよ・・・
燃え上がるとしょかんの中。
壁にもたれるフレンズが一人。
その前で倒れているセルリアンが一匹。
そして、呆然と立ち尽くすフレンズが一人。
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