3-2 転機
「フルルル、フルッ、フー・・・」
手すりの上から地鳴きを漏らす。
爪の擦れる音がカツカツと響く。
奇襲に失敗したからだろうか。
頭の羽を広げ、かなり気が立っているご様子。
またすぐ来られたら、持つだろうか。
「・・・初めましテ、ですかネ?今の姿じャ、アナタを見たことありませんシ。」
声が震える。
言葉がかつてより効き目がないのは百も承知。
しかし今ある手段はそれが全て。
「あ、でも白い鳥なら見たことあるんですヨ。もう少し小っちゃくテ、もっと小鳥みたいナ。まあ、もうかなり昔の話ですけどネ。もしかしてあなたの妹か何かですカ?」
輪郭の動きが止まった。
二つの赤が一層強まる。
爪の音も止んだ。
「・・・ハッ、」
間違いない。
眼前の敵は、あの「博士」と呼ばれた鳥と何かしらの関係がある。
そして恐らく、何らかしらの悪い記憶も。
話が通じるならばこちらのもの。
幾らでも引きずり出して、幾らでも苦しめる事ができる。
想像以上の成果。
「いやぁ、すごかったですヨ彼女ハ!怯え切ってばらばらだった獣どもをまとめ上げテ、指揮までしちゃってねエ?人の話を途中で切ってしまうのは悪い癖でしたガ、それでもあんなに良い反応を見せてくれテ。演説もしたんですよ?彼女。」
口元を緩め姿勢を崩す。
息が荒くなり四肢に力が入る。
声に抑揚が付き感情が籠る。
「あれには感動しましタ!我々は「けもの」であっテ、「獣」でないト。我々は傷つけあわずに生きる道を選んだのだト!確かにその力は強かっタ、認めまス。ボクも負けちゃいましたシ。でモ、今見たラ、その力も無駄だったみたいですねェ?!」
ああ、いつぶりだろうか。
ここまで言葉を紡げたのが。
ここまで思いをぶつけたのが。
ここまで愉しくなったのが。
山の上での無為な叫びも、相手がいるだけでこうも違うのか!
触手はまた取り込めた。
時間稼ぎは十分だ。
十分すぎる。
相手を必要以上に刺激する必要はない。
そろそろ仕舞いにせねば。
でも、ああ、嫌だ。
止めたくないんだ、まだ喋りたいんだ、喋り足りないんだ。
ならば。
ならば、堪える必要はない―
「パークは荒れ切っテ!自然は枯れ果てテ!お仲間さんはごっそり消えテ!残ったあなたたちは暴れまわっテ!ああまでして何がしたかったんですカ?!」
吐いてしまえ。
「―あなたらごときニ、このパークが務まると思ったんですカ?!!」
「キシャアアアアアアアアアッッッ!!!」
足場の手すりが砕け散った。
滑空を真っ向から受けたはいいものの、やはりフレンズの力には及ばない。
幾度目になるか分からない背中への衝撃と共に、眼前には大きな、大きな赤い目が二つ。
「そんナ、怖い顔、ハハッ、ハハハッ!久しぶりですヨその表情!大切なものをぶち壊された時のその顔!もっともっト・・・見せてくださいよォ!!」
体を捻っての触手は標的を掠め羽根を散らす。
中距離戦は不利と見たか、一度賢者は攻撃の手を緩めた。
そのまま遥か上の闇へと舞い上がり姿を溶かす。
「チッ、また上からですカ?」
光の柱の元へ身を移す。
ここからならば視える。
「そう何度も同じ手にハ―」
腕力はあちらの方が上。
馬鹿正直に真正面からぶつかっては勝てない。
それが先程の衝突で分かったこと。
そしてもう一つ。
その力の差は、城での一戦の時のような、圧倒されるほどのものではない。
埋めれる差だ。
「シャアアアアアアアッ!!」
「―乗りませんヨ!」
急降下に対して再度構えられた触手。
二つの口は標的に牙を喰い込ませる。
だがその矛先は空中ではない。
下だ。
「フシュウウウウウッ・・・⁈」
二度目の激突。
力で勝る賢者は、再び敵を地に捻じ伏せんとした。
足の爪には籠めれる最大限の力が入り、その目も一層色味を濃くする。
しかしどうだ。
「思ったよりかは・・・強いけど・・・これぐらいなら・・・グウッ!」
背中から斜めに地面へと突き刺さる触手は、つっかえ棒のごとく黒かばんの華奢な体を支える。
体に密着させた腕も、また一つとなって押し返す。
きわめて単純な工夫が功を奏した。
力量差は消えた。
あとは折れるのが先か、疲れるのが先か。
どれぐらいの時間が経ったのか。
体が軋む。
唸り声が漏れる。
だが大丈夫だ。
まだいける。
後もう一押しで、眼前の敵は―
―バキッ!!
「・・・えッ?」
破砕音。
どこから?
上?
違う。
横?
違う。
下?
・・・下⁈
木片が宙を舞う。
砕け散ったのは床板。
見下ろした先には、真っ暗な空間。
「「―!」」
落ちるのは一瞬のみ。
尻餅をつき慌てて視線を上に向ける。
こんな状態で追撃なんかされたら一巻の終わりだ。
だが、目線の先の敵に攻撃の気配はない。
いやそれどころか、向かって来さえしない。
その目は今まで以上に大きく見開かれ、肩は小刻みに震えている。
口は半開きになり、手のわななきは止まるところを知らない。
そして。
「ああああぁああぁぁあっ⁈いや、ああ、いやああああああああああああああああああああ!」
耳を裂く絶叫。この世の全てが潰されたような慟哭。
思わず顔を伏せる。
こんな叫びは聞いたこともない。
こんな叫びは聞きたくもない。
怒りの咆哮でも、恐怖の悲鳴でもない。
その感情は表現しにくいが、せめて言い表すならば。
悲しみ、だろうか。
・・・・・・・・・・・・
声が止んでしばらく後。
恐る恐る顔を上げる。
洩れる光は上を僅かに照らすばかりで、底までは届いてこない。
天井の穴から可能な限り辺りを見回してもあの鳥は見当たらない。
「地下室なんてあるんですカこの建物。運がいいのか悪いのカ・・・。」
壁伝いに歩いていくと、何やら固いものに手が触れた。
背後が仄かに明るくなる。
振り返ると、天井からぶら下げられたガラスの中で、黄色く仄かな光が灯っていた。
「電灯・・・?。まだ電気が通っているとは到底思えないんですけどねェ。」
そう広くない部屋の壁には本棚が立っていた。
どの棚にも本がぎっしり詰まっている。
一つ手に取って見ると、中には無数の文字羅列。黒字と白紙のオンパレード。
すぐさま嫌気が差し、中央の机に興味を移す。
引き出しの中には膨大な量の紙。
内容は難しくなさそうだが、如何せん字が汚い。
辛うじて字ということがわかるぐらいで、到底読めたものではなかった。
膨大な量の紙を全て無視し、期待もなく最後に残った小さな引き出しを開ける。
何も書いていない白い紙が少しと、見たことのある小箱が一つ。
箱の中身を覗く。一見すると何の変哲もないただの棒きれが幾らか。
だが、黒かばんに言わせてもらえば―
「―最高じゃないですカ、こレ。」
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