3-1 諮問
灰色の大地に、黒い点が一つ。
枯れ木がまだ何とかその体を支える、動かない天井の下。
二つ目の輝きに導かれ、歩みを進めてきた黒かばんは少々迷っていた。
「こういうときばかりハ、あのロボットも欲しくなりますネ・・・」
それまで真っすぐに伸びていた道が、直進と右折の二手に分かれていた。右にそれる脇道は今までのものと比べ随分と細くなっており、灰もほぼ払われていない。天井は不自然に低く、頭がギリギリ届かない程の高さである。しかしそれよりも、目に留まるものが左手に立てかけられていた。
「石の道の次は看板ですカ。あんな獣どもの仕事にしては悪くないじゃないですカ。・・・もう少しうまく作れたラ、褒めてやっても良かったのニ。」
人の遺物である標識を木の枝と組み合わせて作られたその看板は劣化が激しく、辛うじて矢印が前方を指していることがわかる程度。さらにその作りはあまりに粗雑で、今にもいくつかは剥がれ落ちそうである。
すっと、脇道の方へ手をかざす。僅かに舞う灰以外何も届いてこない。そのまま直進方向へと腕のみを回す。予想通りの熱と共に、微かに押し返される感触。少し力を加えると、何かがはじけたような気がした。
こちらで、間違いなさそうだ。
標識に従い大通りの方へと足を運ぶ。だが城塞の時と比べ足取りは重い。
サンドスター・ロウの不足のせいではあるまい。むしろ城での一戦のあと、体調に関して言えばなぜかよくなっているように思える。あれほど消耗したというのに。
あまりに集中しすぎて単に疲れた可能性もあるが、それなら今になって重く圧し掛かっては来ないだろう。歩き初めならともかく。
・・・そうではない。
本当は分かっている。
なぜここまで沈んでいるか。
既に一度経験済みのはずだ。
期待を膨らませた対象が、虚しく消えてしまう感覚は。
あの時は先に怒りであった。
手に入れたものを奪い去っていった張本人が、あまりにはっきりしていた。
迸る感情の矛先を向ける相手が目の前にいた。それも二人。一人は本人。
よもやそれが余りに下らな過ぎて気にも留めていなかったものなら―
「―そりゃ、怒りますヨ。」
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アーチの先には、剪定されたかのような円形の平地が広がっていた。
枯れ木に囲まれたその空間は、色褪せてさえいなければ息を飲む程美しかったのだろう。
軽く目を閉じてかつてのパークを思い浮かべようとする。草木が生い茂り花が咲き乱れる、自然に満ちた場所。必ずしも彼女の理想とは一致していなかったが、嫌いではなかった。
「あの頃はよかったですねェ。どこに行っても生の営みが見れましたシ。小さいのモ大きいのモ、みんな生きるのに必死デ。・・・あのなりそこないたち以外ハ、完璧でしたヨ。」
少し進むと、平地の中央に大木が一本生えていた。
並外れたその大きさより目についたのは、無数の葉をつけている枝。
灰を被ってかつての色彩こそ失っているが、葉の重みで枝が地面目掛けしなるほどである。
近づいて一つ摘み取ると、形を崩すことなくしっかりと手の中に納まった。
としょかんの大木は、なおもその命を手放してはいなかった。
枝をかき分け窓から建物の中を覗く。
見えたのは沈黙。
音も光もない、闇がただ広がるのみ。
注意深く体を乗り入れる。
コツっと、接地音が空間内に響く。
辺りを見回す。
真っ暗だ。
でも熱は伝わる。
どこにいる。
「・・・見つけた。」
中央やや上。
少し下に動いた。
消えた?
いや、目の前に―
「―ッ!!」
間に合った。
横に体を転がす。
鋭い風が首元を掠める。
傍らで木片が飛散したのが直後。
「ハッ、二度も不意打ちにはやられませんヨ!」
悪態をつき触手を二本、背中からひねり出し臨戦態勢をとる。
その間、背後の窓の枝が突き破られ、気配は反撃の範囲から消える。
姿など見えやしない。
熱も感じられない。
次はどこからくる。
前か、脇か、それとも後ろか。
「もう逃げるんですカ?!どなたかは知りませんガ随分臆病ですねェ!」
挑発で敵を誘う。
直後、再び破砕音。
地面に微かな光の柱。
光の根元は―
「上かッ!!」
橙色の斬撃が見えたのと、咄嗟に構えた触手が切れたのがほぼ同時。
「ウソ―」
「キィアアアアアアッ!!」
金切声の主は急降下の勢いのまま黒かばんを地面に叩きつける。
右肩に鋭いものが食いこむ。
衝撃に世界が揺れる。
目の焦点が合わない。
「はなれロ・・・やッ!」
「キシャッ!」
柔らかい感触。
拳が脇腹を捉えた。
吐息が顔にかかると共に、体への圧力が消える。
強引に体を起こす。
見上げた先に、いた。
崩れた窓を通して差し込まれた二筋の光が、襲撃者の姿を朧気ながら映し出す。
頭には巨大な二対の茶羽根。
小柄な体に比べ大きな頭。
黒色にまみれた左手と、杖を構える右手。
不釣り合いに大きな双眸はぞっとするほど赤黒く。
直接見たことこそないが、彼女の「素」はその姿に見覚えがあった。
「・・・フルルルルル」
かつては森の賢者だった彼女―ワシミミズクは、飢えた狩人の目で獲物を見据えた。
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