6-4 師弟

「はっ、はっ、はっ・・・」


空に舞う灰を、弾む吐息が押しのける。

急ごうと足を速めるほど、一段と舞う量が増える。

どれほど走ってきたのだろうか。

この後一度ろっじに戻ることを考えると、止まる暇なんてない。

一気に速くはなれないが、休まず進むことなら得意分野だ。


『…もしかしたら、まだ使ってない余分の石があるかもしれません。見つけたらすぐ戻ってきます。だから、それまでアライグマさんのことを…お願いします。ただ―』


「はっ、はっ…うえっ?!」


爪先に痛み。直後に体がぐいっと傾く。

突き出した煉瓦に足がもつれた。

慌てて突き出した両手もおぼつかず、煉瓦が目と鼻の先。

顔が地面に着くと同時に、舞い上がった灰が耳をくすぐる。


「ごほ、ごほっ!イテテテ…ってうわ、腕の傷がぁ…」


手首についていた傷がぱっくりと割れていた。真っ赤な血が肌に伝う。

元々そこまで深くはなかったが、ここまで開いては治るのに相当かかるだろう。

もう今では、怪我をしているからと言ってすぐさまむやみやたらに暴れまわることはない。

ただ、昔のようにみるみる傷が塞がることもない。

そして治す度に輝きが削れていく。遅かれ早かれ暴走するという点は変わらずか。


『あっ、いや、このぐらいなら大丈夫ですよ!すぐ治りますって!』


体を起こして、ろっじから持ってきた【かーてん】を腕に巻きつける。

下から強めに一周、次いで両端を交わらせて、終わりにもう一巻き。

かなりキツめの止血を、今度は右腕にも。

少なくとも、これでもう治す必要はないと、体をことは出来る。


「うぁぁ、顔が灰まみれ…」


思いっきり頭を振り回してみる。がしかし、この灰はどうにも取りづらい。

擦れると痛いし、残すとひっつくし、無視は出来ないし。

だからといって水で洗い落とすことも難しい。以前このまま温泉に入った時は地獄だった。


「そういやアライグマさんもこれだけは洗いたくない、って言ってましたっけ…はは、なんかもう、なんでしょうね、この状況。」


腕の傷にふと目をやる。白い布地にじわりと赤色が滲んでいた。

サンドスターの消費を抑えるということは即ち、傷の治りそのものも遅くなるということ。

暫く両手はまともに使えないだろう。

ハンターとして動くことは減ったにしても。

これでは一人分でさえ満たせない。


『や、やめてくださいそんな…!まだあるかどうかも分からないんですから!』


あの顔。

今まで何度も見てきた顔。

頼られることが本懐でもあるはずなのに、どうも快く受け止められない。

毎度毎度の決まり文句も、いつしか上辺だけになっている気がする。


溜息の合間に、灰を踏みしめる微かな音。


「なに道端の中心で灰を被った獣になってんだお前は。大丈夫か?」


「…戻ってきてたんですね。」


うなだれたまま言葉を返す。

いつも通りに熊手を掲げ、いつも通りに自信ありげなリーダー。

昔で有ったら気概がどうのこうの、と言われて一発はたかれるところだが。


「こっちの仕事も終わったしな。ライオンが頑張ってくれたおかげだが。で、ろっじの方から来たってことは、あっちでなんかあったってことか?」


「別に、特に何も―」


「嘘をつくな。」


こちらに歩み寄る足音。


「お前みたいな責任感あるやつが【特に何もない事】で持ち場を離れる訳あるか。お前か?アライグマとフェネックか?それとも他の―」


「その二人です。」


・・・


「残念だが、もう残ってる石はない。火口にあの野郎のを取りに行くってんなら別だがな。」


「やっぱり…」


「そもそもあの野郎のせいでこんなになってんだ。サンドスターもサンドスター・ロウも、あの噴火の一回で全部枯れちまったんだよ。お陰で最初、セルリアンはもう見ることないって喜んでたんだが…くそっ。」


握りしめていた手から力が抜ける。

あのままの二人では間違いなく長く持たない。体にしても、心にしても。

何故あそこで私はあるかもしれないなんて言ったんだろう。

無いと言い切っておけばいいものを。


「輝きの受け渡しは私も分からん。散々博士たちに読まされた本にも、【共鳴】以外でそんなことは一言も書いてなかったしな。…でもそうだなぁ。これでもし、私が暴走してもリカオンに輝きを継がせられるのかぁ。」


「うぇぇっ?!面白くないですよヒグマさん!」


「あはは、じょーだんじょーだん。大体私も、まだまだ元気だしなー。」


「あは、はは、はぁ…冗談キツイですよぉ。」


「ま、詳しいことはあとであの長達にでも聞いておくよ。あの二人でも分からないってなったら…その時は読書だな。ったく、何で私に【識字】の輝きが入って来たんだ…」


「…分かりました、じゃあ、私はロッジに―」


「あー、ちょっと待て。手ぶらで行くな。えーと確かな、この辺にしまっておいたんだが…」


「その毛皮のどこにしまえる場所があるんですか。」


「あったあった。ほいこれ、これで少しはもつだろ。」


昔からのヘタな冗談かと思っていたのだが、確かに何かが投げ渡された。

ふかふかで、いい匂いで、まるっとしたもの。

一瞬何か分からなかった。

見慣れすぎていたからだろうか。

或いは暫く見ていなかったからだろうか。


「ちょっ…こんなまんまるのじゃぱりまん、どこにあったんですか?!欠片じゃないのなんて久々に見ましたよ!」


慌てて顔を上げる。

さぞかし誇らしげに、或いははにかんで経緯を話してくれると思ったのだが。


「キンシコウがツチノコからもらったらしい。どうやら砂の中にずっと埋めてあったらしくてな…きっとまだ食えるはずだ。それでもサンドスターの補給には十分だろうよ。」


「え、そんな貴重なもの…じゃあ、ツチノコさんたちはどうするんですか。」


「ツチノコの話はお前も聞いたろ。で、昨日スナネコの方が…」


「あ…」


それ以上はお互い言葉がなかった。

しばらくの沈黙の後に、再び言葉が届く。


「私は一回ゲート前に戻る。キンシコウもあんまり元気そうじゃなかったからな。お前もロッジに届けてきたら、一回こっちに戻ってこい。いいな?」


「キンシコウさんもですか?!そ、それじゃあこのうちの一個でもっ―」


「ハンターである以上まずオーダーを守れ、リカオン。フェネックが消滅でもしたら、今度こそこのパークに希望なんてなくなる。忘れるな。」


「でっ、でも…!」


「それに、キンシコウにはもう私が一つ食わせといたよ。だからそんな泣きそうな顔すんな。」


「そ、それを先に行ってくださいよっ!」


潤みかけた視界に、ぼんやりと肩を揺らすリーダーの姿。

やがて笑いも止んで、足先を元来た道に返したとき。


「戻ってきたら、ゆうえんちにもう一回入るぞ。三人で一斉にな。あのままじゃあ、あの黒野郎でも到底無理だ。」


既に走り出した背中に、ラストオーダーがひっそりと届いた。




「何としてでも、サーバルを崩す。」

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