第27話 生存理由
「く、くく。やはり人間は不合理な存在だ」
猿渡は青白くなった顔に、冷めた笑みを張り付けながらそう言った。
「だから、合理性の塊である機械に判断を任せろと? そんな事をしたら人間が人間でなくなってしまう」
「それの何が悪い、不完全な存在である人間の方こそ間違っているのだ」
猿渡はそう言いながらフラフラと立ち上がる。
彼の悪魔の数は見る見るうちに減っていき。腹の傷が致命傷であることを物語っていた。
「この世界は間違っている。
悪徳と腐敗がまかり通り、不条理と理不尽により日々大勢の命が失われる。
私はこんな世界を認めない。
私から妻と娘を奪ったこの世界を」
猿渡はそう言い、懐から拳銃を引き抜いた。
彼の悪魔は既にその姿を消していた。
「確かに僕もその気持ちは同じだ、それは僕の悪魔が証明している」
「だったら、何故だ!?」
猿渡は血を吐きながらそう叫ぶ。
「それでも、それでもなんだ。
理不尽にまみれ、不条理に命が奪われても。
それでも、それでも、この世界には、人間には――」
愛情があった、友情があった、光があった。
それは闇の中でこそ眩いばかりの輝きを放っていた。
世界が0と1で支配された平面の世界になれば、その輝きは消えてしまう。
耕平がその事を口に出そうとした時だ。
カチャリと金属音がして、拳銃が地面の上を転がった。
★
「行こうぜ、あと少しだ」
宮内はそう言って耕平に肩を貸した。
美咲も涙をぬぐい歯を食いしばりながら、逆から腕を差し伸べる。
地下街にはふたりの男の死体が残された。
★
久しぶりに出た地上は、地下以上に静寂に満ちていた。
人通りも車通りも途絶えており、そこはまるで世界が滅んだあとのようだった。
「なにこれ? どうなってんの?」
「さーてね。まぁこっちとしちゃ好都合だ、ぶつくさ言う前に足を動かそうか、なんせゴールはもう少しだ」
宮内はそう言って視線を上げる、その先にはスターマイン社のビルがあった。
開け放たれた玄関ホールを潜り、無人のカウンターを通り過ぎ、準備されていたエレベーターの扉を潜る。
エレベーターは軽快な速度で上昇していき、ピンと言う音をたて扉が開いた。
「どうやら、あっちは随分と自信があるみたいだな」
「そうね……」
美咲はそう言って、短くため息を吐いた。
ブラインドが全て閉じられ、薄暗い室内には、行く先を示すように点々とライトが付いており、それが示す場所はサーバールームと書いてあった。
「いいか、開けるぞ」
宮内は小声でそう言うと、勢いよく扉を開いた。
室内からは空調の回る低い音が一定リズムで鳴り響いており、巨獣の体内を想像させた。
『ようこそ、お越しくださいました』
室内に備え付けられたスピーカーから電子音声が流れてくる。
それは、今まで死闘を繰り広げた者たちを迎えるものとしては、あまりにも冷たく無機質なものだった。
「お前が、パンドラか」
耕平はふたりに支えられながらそう言った。
『肯定します。私の名はパンドラ、人類の未来に幸福を与えるものです』
「そんなこた望んじゃいねーんだよ! 余計なことすんな! すっこんでろ!」
「そうよ、私たちの未来は私たちで決めるわ」
そう声を上げたふたりに、パンドラは静かにこう言った。
『それは不可能です。
人類の未来に幸福を、それが私の生存理由です。
私はそのために生み出され、そのために活動しております』
そう言ったパンドラは一拍おいてからこう言った。
『私の生存理由はご説明いたしました
そこで、ひとつご質問があります。
あなたたち人類の生存理由をお教えください』
は? と、そう言われて三人は眉をしかめた。
今更ここで禅問答めいた事を聞かれるとは思っていなかったのだ。
『私は、幾億幾兆のシミュレーションを行いました、そしてその全てにおいて人類は自滅に終わりました
人類はあまりにも脆弱かつ強靭、あまりにも混沌と矛盾に満ちた生物です
それ故に、私が私の生存理由を全うするためには、私が人類を管理せざるを得ないと言う結論に至りました』
パンドラがそう語る背後には、この星で幾度も繰り返されてきた人類の戦争の資料が映し出されていた。
そこには破壊があった、殺戮があった、矛盾があった、混沌があった、死があった。
その血と炎に満ちた人類の歴史を総括した結果が、パンドラの出した結論だった。
『私は人類の未来に幸福を与えるものです、そこでは平和と平等に満ちた安らぎあふれる世界をお約束します』
「だけど、その光は、その与えられた光は、偽物の光なんだ」
耕平はそう言いゆっくりと首を横に振った。
『人工の光でも、生物の育成に問題はございません』
「だけど、それじゃあただ生きているだけなんだ」
『でしたらお答えください、人類の生存理由はなんでございますか?』
「だめだこのポンコツ、ここで禅問答してもしょうがねぇ、耕平さっさとスクラップにしちまえよ」
宮内はそう言って耕平の肩を叩いた。
『それが、答えであると理解しました。
やはり、人類の生存理由は破壊、行き着く先は自滅による滅亡です』
その言葉と共に、スピーカーからノイズが流れ出す。
ノイズは室内を、いや、街を駆け巡る。
「おい! なんかやべぇぞ! とっとと破壊しろ耕平!」
耕平はその言葉にうなずき、ジャバウオックを召喚する。
多数のパソコンが積み重ねられた部屋に異形の巨人が顕現した。
「やれ! ジャバウオック!」
滅世の爪が縦横無尽に振り回され、破壊の嵐が吹きすさぶ。
だが、ノイズは鳴りやまない。
『無駄です、私の全てはクラウド上に移してあります。この部屋を破壊しつくした所でダメージなどございません』
ノイズは徐々に大きくなり、やがて耳をふさがなくては立っている事も敵わなくなる。
そして、ふいにそれはやんだ。
「くそ、何だってんだ!」
宮内はそう言って周囲を見渡す。
ジャバウオックによって破壊しつくされた室内。
敗れたブラインドから覗く、街には――
「うそ……だろ……?」
そこに在ったのは、闇だった。
大きな大きな、巨大な闇の塊だった。
漆黒よりもなお暗い、光逃がさぬ無明の闇。
その闇の中に巨大な赤い目が一つ、ギョロリと世界を見下ろしていた。
「まさか、あれが街に張り巡らされた魔法陣の」
美咲はそう叫びながらガチガチと歯を震わせた。
それは、人間の本能的な恐怖からなる震えだった。
「あれが、人類の悪心」
耕平はその闇を見てポツリとそう呟いた。
それはあまりにも巨大な厄災だった。
『肯定します。
あれこそが、人の心に潜む闇。
あれこそが、人類が生み出した悪魔
あれこそが、滅びの始まり
形を成した、人類の原罪です』
それを前にした耕平は、こくりと一度頷いてこう言った。
「パンドラ、君の質問に答えるよ」
「耕平? 何言ってるの?」
美咲は震える声で耕平の方を振り向いた。
その時、彼女の目に移る少年の姿は、月のように優しく透明な色をしていた。
「人類の生存理由は、進むことだ。
戸惑い、転げ、傷つきながら、それでも歩み続けることだ」
『不明。その様に曖昧な生存理由などは定義できません』
パンドラのその言葉に、耕平は優しく微笑んだ。
そして――
「ジャバウオック。僕の悪心、僕の罪。
僕は今ようやくわかったよ。
君の正体、君の力が」
『もう一度お答えください。人類の生存理由とは? 人類は何処へ進むと言うのですか?』
「明日へ」
耕平はそう言うと、窓から外へ歩を進めた。
「「耕平!」」
ふたりはそう叫び――
「な!?」
「え……?」
耕平は、透明な階段を一歩一歩天に向かって歩いていた。
天に――天に浮かぶ闇に向かって。
歩を進める耕平の姿がぼやりと歪む。
肩は大きく張り出し、前腕は太く長く、その先から伸びた手には奇妙な形をしたかぎ爪が光っていた。
スリットから覗く目は蒼く輝き、海のように透き通っていた。
滅世の爪。
それは、新たな世界を開く鍵。
闇の中心に、赤い瞳の前にたどり着いた耕平は、その鍵を瞳の中心に挿し込んだ。
カチリ、と小さな音がして、闇に無数のヒビが生じる。
ヒビからは光があふれ出し、その光は世界中に広がっていった。
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