第28話 ニュー・ワールド

 闇は光。

 光は闇。

 欲望が足を進める力となるように、時に悪心は人類にとって必要不可欠なものでもあった


 あの日人類は、原罪から解き放たれかけた。

 だが、その先に待っているのは影の無い光だけの世界。

 その眩しさに、人類は耐え切れなかっただろう。


 ★


「デスクー、記事出来ましたー」

「おう、この前のひき逃げ事件の事だな。ほうほう……ってこりゃ没だ、ここまで書いちゃったら名誉棄損ものだ」

「なんでですかデスク! 私は公明正大に第三者の立場で――」

「そりゃー、理想はそうだがよ。この件はやべぇんだよ」


 口角泡を飛ばす勢いで食って掛かる美咲に、彼女の上司は耳をふさぎながらそっぽを向いた。


「また駄目だったんですか美咲先輩」

「まったく、みんなジャーナリストの何たるかが分かって無いのよ」


 コーヒーを差し出してくる後輩に、美咲は口をへの字にしてそう言った。


「やっぱり、ここはいっちょ独立してフリーでやっていくしかないかしら」

「えっ、美咲先輩が野に放たれると言うんですか?」

「ちょっとそれはどういう意味よ!」


 美咲はそう言って、後輩のこめかみをぐりぐりと押さえつける。


「ギブ! ギブです! 美咲先輩!」


 ギャーと悲鳴を上げる彼女を見て、溜飲が下がったのか、彼女はふんと鼻息一つ、席を立った。


「ふにゃー。美咲先輩、どこ行くんです?」

「決まってるでしょ、取材よ取材、ジャーナリストは足が命。どんな理不尽を前にしても、決してその歩みを止めちゃいけないんだから」


 彼女はそう言ってスーツを羽織ると、さっそうと歩きだした。


 ★


「あーっくそ、なんだー? このバグは」


 宮内はそうぼやきながらボリボリと頭を掻いた。

 彼は、フリーランスのプログラマをやっており、とある企業同士のシステム統合の際に生じたデバッグ作業を任されていた。


「って言うか、ぐちゃぐちゃ過ぎんだろこのコード。これなら一からやり直した方が百万倍早えって」


 宮内はそう言うと、作業の手を休め、背もたれに体を預けた。

 もしこれが、あの日以前に持ち込まれた案件だったら、機械の事は機械に任せるという事でAIに仕事が振られていたかもしれない。

 あのAI――パンドラならば、この程度のタスク、片手間にやってのけるだけの処理能力はあったはずだ。


「だが……奴は消えた」


 宮内はポツリとそう呟いた。

 あの日、あの時、大いなる闇が世界から消え去ったのと同時に、パンドラは全てのシステムから姿を消した。

 それはまるで、あの悪魔こそがパンドラの本体であったかのように。


「そして、消えたのはもうひとり……か」


 大いなる闇の消失と同時に、ひとりの少年もこの世界から消え去った。

 だが、世界は何も変わらなかった。

 そもそも、その少年の存在を覚えていたのは、矢代美咲、宮内翔の二名だけだったのだ。

 ふたりの記憶の中に辛うじてその痕跡を残し、その少年は闇の中、あるいは光の彼方へと消え去った。


「いや、そもそも今となっちゃあれがホントに起こった事なのかも分からねぇ」


 宮内はそう言って苦虫を噛み潰したような顔をする。

 大いなる闇、その強烈な印象は彼の脳裏に刻まれているものの、世間ではそんな事はなかった事とされている。

 何故ならば、いかなるカメラにも、そのデータは残っていないのだ。

 人の記憶は移ろいやすいもの、画像データと言う確固たる証拠が無ければ、彼らふたりの証言などは、大海に浮かぶ小さな泡のようなものだった。


「なあ大将、アンタならなんていうのかな」


 いなくなったのはもうひとり、冬木啓介もそうだった。

 ただ、彼の場合は、陥没した地下街に大量の血液は残っていたので、その存在がこの世から消え去った、大原耕平とは少々話が異なるのだが。


「国破れて山河在りってか」


 宮内はそう言うと、キーボードに指を置いた。


 ★


「おう、こんな所にいたのか、随分と探したぜ」


 どこかもわからない真っ黒な世界。

 いや、それは単なる黒では無い。幾千、幾万、幾億のおびただしい量の情報文字によって塗りつぶされた世界だった。

 声を掛けられた少年は、困ったような笑みを浮かべて、やれやれと肩をすくめた。


「へへへ、あん時は決着が付かなかったからよ、このままじゃ死んでも死にきれねぇってもんだ」


 そのセリフに、少年は苦笑いを浮かべる。

 死んでも死にきれないと言っても、もはやふたりとも現世からは切り離された存在だ。


「まあいいか、やろう」


 そう言った少年の姿は異形の騎士になる。


「おう、そうこなくっちゃな」


 そう言った少年の姿は巨大なサメになる。


「それじゃあ」

「バトル開始だぜ!」

 ★


 世界は変わった、そして変わらなかった。

 世に争いの種は尽きず、世界は相変わらず理不尽と矛盾に満ちている。

 人類がこれからどのような選択をし、どのような滅びを迎えるのか。

 機械仕掛けの神は、ただそれを見守っている。

 闇の中から。


 ニュー・ワールド  完結

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ニュー・ワールド ~悪魔があふれた世界で、最強の悪魔と契約した僕は英雄となる~ まさひろ @masahiro2017

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