第5話 悪魔使い
悪魔使い、それは悪魔の存在が確認されてよりほどなくしてその存在も確認された、文字通り悪魔を使役する人間である。
だが、現行法では悪魔を使えるからと言って基本的人権を無視して捕縛する訳にもいかず、あくまでも善意の第三者として協力を願うしか方法が無かった。
木下はそう言った悪魔と悪魔使いを巡る状況を耕平に説明した後、深くため息をついた。
「まったく、このデジタル全開の高度情報化社会になって、アナログの極みである悪魔だなんて現象と折り合いを付けろなんて言われても困っちゃうよね」
そう言ってくたびれた笑みを見せる木下に耕平はおずおずとこう質問した。
「それじゃあ、結局の所僕はどうしたらいいんでしょう」
「うん、悪魔使いの存在は確認されていると言っても、しっかりとした身元が判明しているのは日本でもごくわずかだ」
「しっかりとした身元が?」
「ああ、君のような善良な少年がそのケースだったのは我々としても非常に幸運だ、悪魔使いの中には己の欲望のままにその力を振るうものも居る」
木下は、そんな事を言う必要ないのにと言う本田の視線を無視して話を続ける。
「今は良い、今は」
木下はそれまでとはうって変った鋭い目つきで、独り言を話すようにそう呟いた。
「今はまだ、悪魔の数も、ましてや悪魔使いの数も少数だ。だがそれが、日常風景になってしまえば?
その時は正に地獄の光景が繰り広げられるだろう。人は皆強い生き物じゃない、大原君、君と違ってね」
木下はそう言って耕平の心の奥をのぞき込むように鋭い視線を向ける。
「振って湧いてきた強力な力を与えられた人間がどんな行動に出るか、その欲望に抗える人間はごくわずかだと、私は自分の経験上そう判断せずを得ない」
「ぼっ、僕は!」
「そう、君は大丈夫かもしれない」
木下は耕平の言葉にかぶせるようにしてそう言った。
「だが、君の周囲の人間はそう思わない」
木下はそう断言する。
「ごく少数の人間は、普段通り君と接してくれるかもしれない。だが、この部屋を見てくれ」
木下はそう言って両手を広げる。
「君が悪魔を使役したことを目撃した病院は、君が気を失っている間にここへベッドを移した。
それは当然の処置だ、いつあの恐ろしい悪魔―ジャバウオックが出て来て暴れるかもわからない以上、君を隔離するのは当然の処置だ。これは私たちが病院にこうしてくれと頼む前にこうなっていた」
「ジャバウオックは! そんな!」
「そう、悪魔を使役できる君ならば当然そう言うだろう。だが、責任ある立場としてはそうおいそれと軽率な結論は下せない」
「それは……」
耕平は木下の眼光に射すくめられ、そう言葉尻を濁した。
だが。
「と、散々脅しておいて悪いが」
そう言って木下は、マジシャンが種を明かす時のようにポンと手を合わせた。
「先ほど言った通り、我々に君を拘束する権限は、ない」
「へ?」
「まぁ、無理を通せば器物破損でしょっ引くことも出来るだろうが、それをしたのは君では無く、君の友達のジャバウオックだ。こんな訴えでは検察も首を縦に振らないだろう。
よって我々が出来るのは、お願いだ」
「お願い……ですか」
「そうお願い。これから君には様々な困難が待ち受ける事だろう。その時は遠慮なく我々を頼ってくれ。
我々が恐れているのは、君が我々の目の届かない所へ行くことだ」
木下はそう言って、サイドテーブルに置かれた名刺をトントンと指さした。
「さしあたって、少しでも判断に迷った時は、ウチの本田に連絡をくれ」
木下がそう言うと、彼の背後に控えていた本田が一歩前に出て手を差し出して来た。
幸助はその手を握る、それは女性らしくほっそりとした手にも関わらず、しっかしりとして芯の通った戦うものの手だった。
「と、まぁこの通り多少愛想不足の奴だが、腕は確かだ。繰り返すことになるが、何かあったら遠慮なく連絡してくれ」
木下は握手を交わすふたりを見ながら、ニコニコとそう言った。
★
「で、どうだい? 本田三佐、あの坊やの印象は?」
「純朴そうな少年でしたが、私はまだ若輩の身です、一見しただけでその人の人となりを判断できるような人間ではありません」
杓子定規とした返事に、木下はやれやれと肩をすくめる。
「まったくお堅い事だねぇ、いくら自衛隊員と言っても今は特別任務で出向中の身だ、警察なら口を軽くするために、人の懐に潜り込む話術も身に付けといて損はないよ」
「そう言った事は木下刑事にお任せします」
本田は規則正しい足並みで歩を進めながらそう言った。
悪魔と言う未曽有の、そして摩訶不思議な状況において、国が取った手段のひとつが、自衛隊員の警察への出向である。
名目上は害獣駆除として国の持ちうる最大武力を広く散布させたのだ。
木下もスーツ姿に身をくるんでいるが、彼女の持つ手提げカバンの中には短機関銃が収められている。
「それにしても、木下刑事。貴方はこの騒動が長引くとお思いですか?」
「さぁてねぇ。俺ももうすぐ定年だ、こんな訳の分からない世界で老後を迎えたいとは思わないけどねぇ」
木下はボリボリと頭を掻きながらそう言った。
病室ではミクロレベルでの危惧を話したが、世界が直面している問題はそれだけには収まらない。
このまま悪魔、そして悪魔使いが増えれば、それを使った軍事行動やテロ行為も起きえない。いや、確実に起こるだろうと木下は考えている。
「なんとか収まって欲しいねぇ」
木下は心からそう呟いた。
そして彼らが署への道を進んでいた時だ、道の先から甲高い悲鳴が鳴りわたった。
それを聞くや否や、ふたりはその方向へ向け走り出す。
★
「きゅるるるるるるる!」
そこにいたのは、双頭のダチョウのような生き物だった。ただし、その頭部は触手がうごめく楕円形で、縦に割れた人間の口がくっついていた。
化け物は奇妙な鳴き声を上げ、バサバサと威嚇する様に翼をはためかしていた。
現場に先着した本田は、カバンから素早く短機関銃MP5Kを取り出すと、周囲の人間に向け大声で避難を促した。
そして――
「来い! 化け物!」
本田はタンと上空に威嚇射撃を行い、悪魔の注意をひく。
「きゅるるるるるるる!」
化け物はぐるりと本田の方へと頭を向けると威嚇する様に叫びを上げた。
「これでも、くらえッ!」
本田は化け物に向けてトリガーを引き絞る。タタタンと軽快な音と共にマズルフラッシュがまたたき、9mmパラベラム弾が発射される。
だが――
「くるるるるるるるるる!」
化け物は雄叫びと共に翼をはためかせる。それと同時に強烈な嵐が巻き起こり、銃弾はあらぬ方向へと飛んでいった。
「なんだと!?」
高々ダチョウサイズの鳥が羽ばたいたところで、銃弾の軌道を反らすほどの強力な風を巻き起こせる訳はない。
本田は目の前で生じた非科学的な現象に眉をしかめつつも、再度トリガーを引き絞る。
だが、結果は同じ、化け物の目の前には極小の竜巻が生じ、銃弾を弾いていく。
「ちっ!」
短機関銃では効果はないと悟った本田は、舌打ちをしてトリガーから指を外した。
「くるお! くるお!」
自らへ攻撃をしてきた本田へターゲットを完全に定めた化け物は、狂ったように叫び声をあげ、突進の為の地ならしを行う。
「くっ!」
短機関銃では効果が無かったとはいえ、これが今の彼女の最大火力だ。本田は化け物に照準を合わせたまま、荒い呼吸を繰り返していた。
(風の障壁、あれを何とか回避すれば奴の本体にダメージを与えられる)
本田は化け物の一挙手一投足を見逃すまいと、目を皿のようにして注視した。
(すれ違いざまに一撃を放つ)
ジリジリと永遠のような一瞬が流れる。そして先に動いたのは化け物の方だった。
化け物が一層大きな羽ばたきをしたかと思うと――
「なっ!?」
化け物の前方にあった竜巻が、本田の方へと高速で打ち出された。
「くッ!」
本田は大きく横っ飛びをしてそれを回避するも、竜巻の余波を受け激しく地面へと打ち付けられる。
「くるあ!」
続けてもう一発、さらにもう一発。
化け物は獲物をいたぶるように、風の攻撃を繰り返していく。
本田は、竜巻に吹き飛ばされないように、必死になって地面にしがみ付くことしか出来なかった。
少しでも体を持ち上げたら持っていかれる。だが、このままでは反撃の手立てがない。
本田が歯ぎしりをしながら、耐え忍んでいた時だ。
それは、上空に現れた。
それは、一頭の巨大なサメだった。
大きさとしては大型トラック程度の大きさはあるだろうサメだった。
全身は鈍い銀色に輝き、蜘蛛のような8つの赤く染まった複眼を持っていた。
それは、悠々と大気を泳ぎ、地面に這いつくばる本田と化け物を見下ろしていた。
「―――――――!!」
サメが、鳴いた。
発せられた超音波は四方へ広がりビル壁面のガラスにひびを入れた。
それと同時にそのサメはミサイルのような勢いで化け物に突進し、一撃の内に化け物をかみ殺したのだった。
★
現場から離れたビルの屋上。そこにひとりの男がいた。
男はジーンズに鋲のついた皮ジャンを着ており、短く刈りそろえられた頭髪は金色に染めあげられていた。そして、首にかけられたワイヤレスヘッドホンからはノイズまみれのハードロックが鳴り響いていた。
「けっ、歯ごたえがねぇ奴だ」
男は、タバコをくわえた口をふてぶてしくゆがめるとそう言って笑った。
「もっと歯ごたえのある奴は居ないもんかね」
男はそう言うと、短くなったタバコをビルの屋上へと投げ捨てたのだった。
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