第13話 力
「で、話しは一番最初、事件の原点に戻るんですけどー」
おかわりを注文し終えた美咲は、そう言いながら本田へと向き直った。
「本田さんは、そもそも悪魔って何なんだと思います?」
それは正に、根幹の話。
悪魔、ある日突然この世界に現れた摩訶不思議な怪物たち。
本田はその質問に、ゆっくりと頭を左右に振った。
「分かりません。彼らがどこから来て、何を目的に現れたのか。
私としても思いつく限りのデータをパンドラに分析させました。
ですが、その問いの糸口さえつかめていません」
「まぁ、オカルトの極みである悪魔と、デジタルの最先端であるパンドラでは相性最悪ですよねー」
「そうですね。いくらパンドラが優れたAIだからと言っても、出来る事には限度があります。
私も時間が許せば、黒魔術師や霊能力者といった、いわゆるアンダーグラウンドな人たちと接触を図りたい所でありますが――」
本田がそう言いかけた時だ、彼女のスマホから呼び出し音が鳴り響いた。
本田は、美咲に断りを入れると応答を開始した。
「はい、こちら本田です。はい、はい、はい分かりました。直ちに急行します」
電話を切り終わった本田は、美咲の方へと向かい断りを入れようとしたが。
「悪魔事件ですね! 私も同行しますよ!」
そこには、すっかり出かける準備をした美咲の姿があった。
★
事件現場についた本田たちを待ち受けていたのは達也だった。
達也は、黒焦げひび割れた歩道を前に、悠々とビルに背を預けていた。
「あー、本田さんが来たんすか、じゃあ俺の担当も本田さんになるんすかね?」
達也はニヤリと頬を歪めてそう言った。
「担当? 担当って何言ってんのよアンタ?」
いつもと異なる彼の様子にいぶかしげながらも、美咲はそう尋ねる。
「あ? なんだお前も居たのかよ? まぁいいや、お前も祝ってくれよ! 今日はこの俺、結城達也の記念すべき日なんだからよ!」
達也はそう言って高らかに笑い声をあげた。
本田は、狂気じみて高揚している達也を刺激しないように、慎重に話しかける。
「結城さん。その言動とこの現状、貴方は悪魔使いになったのですね」
「ああそうさ。これで、これで俺も戦える! これで俺もヒーローになるんだ!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなって達也」
狂ったように笑みを浮かべる達也を宥めるように美咲はそう言った。だが、達也は狂笑を止めないままこう言った。
「ははっ、安心しろよ美咲。俺は力を手に入れたんだ、お前だって守ってやる。
そうだ、もう誰かに守られるだけの自分じゃない、これからは俺が、この俺が守るんだ!」
達也はそう言って拳をぎゅっと握りしめる。
「やばいよ、本田さん。あいつなんかいっちゃってる」
「そうですね。平常心でないことは確かです」
美咲の言葉に、本田はわずかに頷いた。
彼女の目には、達也の背後に、醜悪な笑みを浮かべる悪魔の姿が浮かんで見えるようだった。
「ともかく、結城さん。貴方はここに出現した悪魔と戦闘した。そう言う事で間違いありませんね」
「ああそうさ。ブラック・ドッグのデビュー戦としちゃ、少々物足りない相手だったけどね」
「ブラック・ドッグ。それが貴方の悪魔の名前ですか」
「そうだぜ。なんなら見てみるかい?」
「出来るのですか?」
「当たり前だ、なんたってこの俺の悪魔なんだからよ!」
その言葉と共に達也の目が真っ赤に染まり、彼のスマホからノイズまみれのHIPHOPが流れ出す。
そして、彼の影がむくりと鎌首を上げたかと思えば、そこから2頭6足の黒犬が現れた。
それは、邪悪なる力強さに満ちた存在だった。
ゆるく閉じられた口からは低いうなり声が漏れ、路面を踏みしめる足には黒曜石のような爪が伸びていた。
「ひゃは! はははははは! どうだ! これが俺の手にした力だ!」
高らかに笑い声を上げる達也の隣に立つ黒犬は、真紅の瞳でギロリと周囲を見渡す。その視線に射抜かれた美咲は、ごくりとつばを飲み込んだ。
「わかりました、悪魔を引き下げて下さい結城さん。貴方のような悪魔使いが協力してくれるのは心強い事です」
「ああ! まかしときなよ本田さん! これからは俺がこの街を守ってやる!」
達也は大げさに手を広げると、高らかにそう宣言した。
★
「なんとまぁ、あの少年もか」
報告を聞いた木下は微妙な表情を浮かべてポリポリと頭を掻いた。
「ええ。ですが、彼は大原さんと比べて不安定な部分があります」
本田は真剣な面持ちでそう言った。
達也は自由自在に悪魔を召喚することが出来た。だが、彼の様子は尋常のものでは無かった。
何時もの彼はひょうひょうとしたお調子者を演じているが、根は冷静な少年だ。
だが、さっきの彼は、手にした力に酔いしれた抜身の刃のような危うさがあった。
「悪魔は当人の欲望に答える」
木下は独り言のようにそう呟いた。本田はその言葉に静かに首を縦に振った。
達也は『守るための力』と言っていた。
だが、あの場には、既に彼の脅威となるようなものは存在しなかった。
ならば、彼の言葉が本心からのものであるならば、あの時あの場で悪魔を召喚することは不可能な筈なのだ。
「やれやれ。まぁヒーロー願望なんてものは、多かれ少なかれ誰もが持っているものだろうけどね」
木下はそう言って困ったような笑みを浮かべるが、一転、表情を引き締めてこう言った。
「だが、力は力だ。悪魔に対抗するには悪魔の力に頼るしかない。それがどんな危険な力であろうともだ」
木下は複雑な表情を浮かべてその言葉を聞いたのだった。
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