第12話 分析
「本田さん! こっちですこっち!」
日曜昼間の喫茶店、美咲はそう言って大げさに手を振った。
「遅れまして申し上げございません。矢代さん」
「いえいえ、私が早くきすぎただけです。それより美咲でいいですよ美咲で」
美咲はそう言って笑みを浮かべる。
本田はそれを見た後、さらりと彼女の周りを一べつした。
「今日は貴女ひとりなのですね」
「あははははー。私だって四六時中アイツらと一緒なわけじゃないですよー
まぁ耕平は知っての通り病院ですが、達也の奴は風邪ひいたとかで一昨日から顔見てないですがね」
「そうですか。それではお大事にと伝えておいて下さい」
「いえいえ、どうせ風邪を
美咲はそう笑って手を横に振った。
「それで、本日の要件とは何なのですか?」
注文を取りに来たウエイトレスにブラックコーヒーを頼んだ本田は、単刀直入にそう切り出した。
「そりゃもちろん悪魔の事ですよ」
美咲は声をやや潜めてそう言った。
「私も新聞記事なんかを独自に分析してるんですけどね、やっぱりそちらの話も聞いておきたいなと」
美咲はそう言って、テーブルにメモ帳を置いた。
そのわがままとも言える積極的な様子に、本田はほんの少し眉をしかめたが、美咲のような若者の話を聞くことで、何かが掴めるのではないかと小さく頷いた。
「えっへっへ。もちろんジャーナリストを志す者ですから、情報元を明かすような事はしません。まぁ世間話程度な感じで気楽に答えてくださいね」
美咲は茶目っ気たっぷりにそう微笑んで話を続ける。
「ところで、私が興味あるのは悪魔と言うよりは悪魔使いの方なんですよ」
「それは、どうしてですか?」
「まぁ、本田さんは百も承知でしょうが。悪魔使いって私たちの年代が殆どじゃないですか」
「……そうですね」
本田は一拍おいてそう答えた。
統計によれば、悪魔使いは耕平たちのような10代後半から20代前半の若者が主だった。
それが何故か? という事についてはパンドラの分析でも答えは出てこなかった。
「ネットでは、色々と流言飛語が飛び交っていましてね。
曰く、悪魔は若者の魂を好むとか。曰く、世間に強い不満を持つものが悪魔使いになるとか。曰く、異世界転移に失敗したものが悪魔使いになるとか。曰く――」
美咲はそう言ってジャンクな情報を並べていく。
その中で本田が気になったのは、『世間に強い不満を持つもの』というものだった。
とある、悪魔使いを尋問した際に、『強い欲望』をトリガーにして悪魔をコントロールしているものがいたのだ。
本田はすこし迷った挙句。その事を美咲に伝えた。
「ほうほうほうほう! 言われてみれば如何にも悪魔らしい条件ですよね!」
美咲は目を輝かせながらそう言った。
「ですが、世の中に不平不満を持つものなど、老若男女問わずでしょう。あくまで条件、いや可能性のひとつと言った所かと」
「いや、それはそうですが。やっぱり世間に対する不満と言えば若者の特権みたいなところがあるじゃないですか」
美咲はそう言ってけらけらと笑う。
「二十歳までに左翼にかぶれないものは情熱が足りないとか昔は言っていたそうですよね。そんなノリですよ」
「ノリで悪魔使いになられてもたまりませんが」
そう言い、顔をしかめる本田に。美咲は「ジョークですよ、ジョーク」と言った。
その後も美咲は悪魔使いについての様々な情報を並べていく。それは現在警察に籍を置いている本田も目を丸くするものだった。
そして、話しがひと段落ついたところで本田はこう言った。
「美咲さん。貴方自身はどうなのですか?」
「え? 私ですか?」
美咲はそう言われた後口をへの字にして首を傾げる。
「悪魔ですかー。確かに何でも知れる悪魔と契約出来たら……いや、それはそれで面白くないですよね。
やっぱり私は、こうやって人と話を重ねる中で真実にたどり着くと言う過程そのものが好きなんだと思います」
美咲はそう言って照れくさそうに笑った。
本田はそれを微笑ましく見ながら、自分はどうだろうと思いをはせる。
自分は、人を守るために自衛官を志した。その思いは今も変わらず自分の一番中心にある。
だが、志だけでは人は守れない。その為には牙が必要だった。強く、鋭い牙が。
★
「うう……ううう……」
激しい頭痛が頭を揺らす。
動機や目まいはやむことなく、酷い船揺れの中にいるようだった。
彼は自分が何処にいるかも分からないまま、ふらふらと夜の街をさまよっていた。
「守る……俺が……」
胸に残るのはその思い。
だが、誰を、何から守るのか、その事は激しいノイズにかき消されていた。
そして、頭に浮かぶのは鋭き牙を持った獣の姿。
二つの頭、三対の足を持った巨大な黒犬。
そんな彼の耳に、闇を切り裂くような悲鳴が聞こえて来た。
「悪魔だ! 悪魔が出た!」
その言葉に、彼はニヤリと口の端を歪める。
そう、守るには、敵が必要だ。
彼のポケットに入れていたスマホの画面が明るく輝き、ひとりでに音楽アプリを立ち上げる。
そこから流れ出すのは、ノイズまみれのHIPHOP。
リズムに合わせて急速に意識が覚醒していく。
「出てこい! ブラック・ドッグ! 狩りの時間だ!」
彼――達也の影がぐにゃりと形を変え、2頭6足の黒犬が現れた。
★
達也の目の前には、身の丈3mは超す4つ腕の骸骨の姿があった。
「行け! ブラック・ドッグ!」
黒犬は高らかに遠吠えを上げると、矢のように骸骨へと突っ込んでいった。
骸骨はそれを迎え撃たんと、手にした大斧を振りかざす。
轟と凄まじい風切音がして、大斧が振り下ろされたが、黒犬はそれを紙一重でかわすと、腕の一本に咬みついた。
だが、骸骨の大斧は2本、そして腕は4本。たとえ1本の腕を封じられたところで、骸骨の体勢に変化はなかった。
骸骨は残りの腕で黒犬につかみかかろうと手を伸ばす。
「くっ! 距離を取れ!」
黒犬は達也の指示に従い、骸骨の体を足蹴にして距離を開ける。
逃げ回る黒犬を追い立て、雨のような連撃が降り注ぐ。
黒犬はその間隙を縫い付けるように攻撃を繰り返すが、その牙は骨を断つには至らなかった。
「ちくしょう! 攻撃が浅い!」
黒犬の体高は1m近くある大型犬だが、流石に骸骨の大巨人と比べれば分が悪かった。
「何か、手は」
歯ぎしりをする達也の脳内に閃くものがあった。
「これは……そうかッ!
ブラック・ドッグ! そんなでかぶつ燃やしちまえ!」
達也の脳内に浮かんだのは彼の悪魔のステータスだった。
黒犬は骸骨から距離を取ると、その口のひとつから烈火の炎を吐き出した。
炎はとぐろを巻きながら骸骨を丸呑みにした。
「――――――!?」
骸骨は炎にまみれてもがき苦しむ。
病んだ純白の体は、真っ赤に染まりあがっていく。
「まだまだ、俺のターンは終わらねぇぜ!
行けブラック・ドッグ! 切り刻め!」
黒犬の別の頭が口を開く。するとそこから烈風が吹き荒れた。
烈風はかまいたちとなり、炎にまみれて脆くなった骸骨の体を蝕んだ。
「今だ! ブラック・ドッグッ!」
達也の掛け声と同時に、黒犬は弾丸のように骸骨へと突進した。
脆くなった骸骨はその突進を受け切れず、バラバラになって四散した。
「はは、ははは。力、これが俺の力だ」
達也の口から自然に笑い声が漏れる。
力が、彼の望んだ力があった。
戦うための力、敵を滅ぼすための力。
「これで、これで俺も戦える」
達也はそう言って拳を硬く握りしめた。
ブラック・ドッグ/Lv1→2
HP:23→28
MP:19→25
力:4→6
魔力:6→8
体力:3→4
速度:7→9
スキル:炎のブレスE、風のブレスE
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