第11話 憧れ
英雄に憧れた事などは無い。
ただ理不尽が許せなかった。
その理不尽の権化のような存在が、巻き起こる嵐のような存在が、あの日自分から全てを奪ったダンプトラックのような存在が――現れた。
それと戦い……
そして、破れた。
警察による水入りにより命を救われたが、あのまま戦い続けていたら先に倒れていたのは自分の方だった。
それは、戦闘後のふたりの様子が明白に物語っていた。
「くそっ!」
ベッドに横たわる耕平は、そう言って顔を手で覆った。
ジャバウオック/Lv5
HP:72
MP:11
力:31
魔力:5
体力:23
速度:21
スキル:―――
★
「でっ? どうだった奴さんは?」
隠れ家のひとつである廃工場にたどり着いた啓介は、疲れた顔をしつつも、何処かで仕方が無いとあきらめた顔をした小男の質問にこう答えた。
「くくく、言っただろ? 俺の目に狂いはなかったってよ」
「そうか? 確かにお前とのバトルであれだけ生き抜いた奴は今まで居なかったが。奴の攻撃自体は大したこと無かったんじゃねぇの?」
そう言い肩をすくめる小男に、啓介はにまりと顔をゆるめた。
「奴はテメェの悪魔を使いこなしちゃいねぇ。ローギアのまま戦っているにもかかわらずあの強さだ」
その発言に、小男を始め、周囲にいた人間がザワリとどよめきの声を上げる。
だが、啓介はそんな様子に構わずにこう言った。
「奴が自分の欲望に真に向き合えば、その扉は開かれる。
その時だ、その時こそが、奴との決戦の本番だ」
啓介は、
「へっ、まったくテメェは手の付けられないバトルジャンキーだよ啓介」
その様子を見て、つける薬なしと小男は肩をすくめた。
ディープ・ブルー/Lv12
HP:389
MP:68
力:72
魔力:48
体力:78
速度:56
スキル:物理耐性・???
★
「一人にしてくれ」と言った耕平を警察病院に残し、達也と美咲は家への道を歩いていた。
「なぁ、お前が言ってたレッドアイズって」
ポツリと言葉をもらした啓介に、美咲は眉根にしわを刻みつつこう答えた。
「アンタだって奴らの噂位は聞いたことあるでしょ。暴走族と言うか半グレと言うか、ともかくそこら辺のアンダーグラウンドな奴らね。
構成人数は数十人、全員そろって頭の足りない武闘派連中ってのは知ってたけど、まさかそのリーダーが悪魔使いだとはね」
「耕平はそんなヤベエ奴のターゲットになっちまったのか」
達也は昼間見た男の、えもいわれぬ迫力を思い出し、ブルリと身震いをする。
「そうね、警察はこっちの味方だから大丈夫って言いたい所だけど、相手が悪魔使いとなると話が変わってくるわね」
あの時見た巨鮫の威容。その前では警察の武力は霞んで見える事だろう。少なくとも拳銃程度の火力では、鋼板を幾重にも張り付けた様な巨鮫に通じるとは思えない。
「まぁ、腹心らしきあの小男は、少しはまともな思考回路をしていたみたいだから、今日みたいに突然街中で襲われることはないと思うけど……」
「じゃあ、人気のない所は危ねぇって話じゃねぇか。ちっとも安心出来ねぇよ」
達也はそう言って天を仰ぎ見た。
★
家に帰った達也は、自室に入るとタブレットを手に取りそれに話しかけた。
「パンドラ、レッドアイズって暴走族について調べてくれ」
『了解しました』
機械音声がそう答えた後、山盛りの記事を表示した。
そのどれもから、血の匂いと、排気ガスの匂いが漂ってくるような記事だった。
達也の家は比較的裕福な家庭だった。
彼自身今まで金に困ったという事はなく、恵まれた人生を送っていた。
「いまどき暴走族ねぇ」
達也はそう言って独り言ちる。
普段ならば冷笑を持ってつき放す存在だが。その毒牙が彼の幼馴染に迫っていると来れば話は別だった。
「耕平はダチなんだよ」
彼の父親は大型スーパーの店長だった。彼が小学生の頃この街に出店するために家族みんなで引っ越してきたのだ。
地元の商圏を潰すためにやって来た黒船、その船長の息子という事で彼はちょっとしたイジメを受けていた。
それを救ってくれたのが耕平だった。
「あの恩は忘れねぇ」
力が強いわけでなく、言葉が達者なわけでもない。
だが、耕平の意思の強さはクラスに蔓延る理不尽を許さなかった。
彼は自分がいじめのターゲットになる危険性を恐れる事無く立ち向かった。
「今度は俺が守るんだ」
力が欲しい。
そう思った。
大切なものを守るための力が。
どくりと、心の奥に黒いタールのようなマグマが噴き出した。
ザリ、ザリと何処からかノイズのような音が響いて来る。
ノイズに合わせるように、心臓が早鐘を打つ。
そのリズムに合わせて、粘つくタールが全身に廻る。
「う……ぐ……」
達也は脂汗をながしながら、胸に手を当てる。
呼吸は荒く、浅く、意識が次第に遠くな――
★
意識を取り戻した達也が確認したのは、まったく見たことのない空間だった。
前を見ても、横を見ても、後ろを見ても、上を見ても、下を見ても。
全周囲どこをみても、数え切れないほどの人間の目が浮いている空間だった。
「ひっ!」
無限の視線にさらされた彼は、質量を伴ったかのような暴力的な視線の矢から逃れるために転げまわりそうになりながら走り出した。
だが、視線は彼を逃さない。
何処に逃げても、何処を向いても、体を貫くような視線が追ってくる。
「たすっ、助けて! 見るな! 見るな!」
彼は駆ける、駆け抜ける。
目をつぶってもなお突き刺さる視線を全身に浴びながらひた走る。
その視線はものを言うよりも雄弁に語りかけていた。
『お前は何者だ、お前の真の望みとは何なのだ』と。
「俺は……俺は……俺はッ!」
★
どっぷりと夜も更けたころ、警察署の事務室にて本田はパソコンのモニター画面を凝視していた。
「やぁやぁ本田三佐、熱心だね。まだ帰らないのかい?」
木下はそう言ってコーヒーを差し出した。
本田は軽く礼を言うとそれを受け取りこう言った。
「協力者である少年がまたも入院する羽目になったのです、それなのに自分だけがのうのうと過ごしている訳にはいきません」
木下は彼女の鉄面皮の下に隠された、何処までも純粋な正義感と、溢れんばかりの熱意に目を細めつつもこう言った。
「それはもっともな事だけどね、君ひとりがそう根を詰めても状況は改善しない。君も勝手が違う所に出向させられて、色々と思う事はあるだろうが、休める時に休むのは警察も自衛隊も変わりないんじゃないのかい?」
木下の注意に、本田は彼女になれた人にしか分からない程度に眉をしかめた。
「……木下刑事。悪魔とは何でしょうか」
本田は、木下に向き直り絞り出すようにそう言った。
「さてねぇ、奴らが何を思い、どこから現れたのか。そんな事は一介の刑事である自分には分からない。だけど、こんな乱痴気騒ぎが何時までも続いて欲しいとは思わないねぇ」
そう言って肩をすくめる木下に、本田は視線をとがらせこう言った。
「それでは、悪魔使いに関してはどうでしょうか?
そう言われた木下は、困ったような笑みを浮かべてこう言った。
「それは買いかぶり過ぎってものだよ。俺はただの定年間近の平刑事だよ。そんなに持ち上げられても何も出て来やしないさ」
「それならそれで疑問があります。この悪魔問題は国家規模の、いや、今までの世界常識を覆す大問題の筈です。
なのになぜ、この問題の対応が我々を含めたごく少数に任されているのでしょうか」
この事件に対する国の動きは、当初こそは本田を含めた自衛隊員の出向など積極的なものがあったのだが、その動きは次第に鈍っていたのだ。
「例の、暴走族についてもそうです。警察が全力を持って対峙すれば、容易く確保できる筈。なのにこれでは――」
「おっと本田三佐。それ以上は余計だよ。兵隊が上の命令を疑って動きを鈍らすなんてあってはならない事だ。そんな事は君の方が良く知っているだろう?」
木下のたしなめる様な口調に、本田はきりと口を引き絞った。
何かがおかしい。木下は口にできない違和感を覚え続けていた。
場当たり的で朝令暮改的な上層部の指示。
悪魔がいる事をすんなりと受け入れた世間。
まるで、目に見えない大きな何かに操られている様な感覚を覚えていた。
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