第23話 妨害
猿渡率いる部隊は、パンドラによって制御された道路を一直線に進んでいく。
そして、最後の交差点に差し掛かった時だった。
彼らは、白昼堂々と信号を無視して突っ込んできた違法改造車の群れに取り囲まれた。
「ふむ」
猿渡は一言そう言うと、無線機に手を伸ばした。
「道路交通法違反並びに公務執行妨害だ、対処せよ」
その指令を受け、護送バスから無数の悪魔が飛び出した。
★
「悪魔だ! 悪魔が出やがった!
パンドラによって耕平たちの行動は生中継されていた。
その中に彼らのリーダーがいた事を確認したレッドアイズのメンバーは、彼らの盟主の窮地を救うべく、誰に言われたのでもなく行動に出たのだった。
「くそだら! 数が多い! 20は居るぞ!」
「ざけんな! 気合い上等! 押しつぶしてやれ!」
暴走族の少年たちは、口汚い罵り声を上げながら、決死の覚悟で護送バスの進路妨害を試みる。
だが、彼らの中で悪魔使いは片手の指で足りる程だ、悪魔の数では圧倒的に不利だった。
それどころではない、パンドラにハッキングされた自動車が、彼らの行動を妨害しようと突っ込んでくる。
「んだこら! 何考えてんだ!?」
「構うな! 狙いはサツだ! 大将の邪魔をさせるな!」
かくして、あっという間に国道は大混乱に陥った。
あちこちに車が転がり、道路は悪魔の攻撃の余波を受けめちゃくちゃになった。
「車はもう使えんな」
猿渡はそう言うと、車から降り地下街の入り口をめざし歩き始めた。彼の部下たちも無言でその後を追った。
★
悪魔の攻撃が飛び交う戦場を、猿渡は黙々と歩き続けた。そこには一切の躊躇も、一切の戸惑いもありはしなかった。
炎がかすめ、アスファルトが飛来した。
だが、彼の視線は地下街の入り口へ固定されたまま、ただ真っ直ぐと歩き続けた。
そして、彼が地下街の入口へたどり着こうとした時だ。
そこにはひとりの男が立っていた。
「どきたまえ」
「それは聞けませんな部長」
木下はそう言って両手を大きく横に広げた。
「彼らは悪だ、君がそうする理由は何だ?」
「はは、やっぱりあなたはまだ理性が残ってましたか」
木下はそう言って、困ったような笑みを浮かべた。
猿渡はその言葉に、唇に手を当てた。
「まったく、どいつもこいつも、狂人ばかり。私以外の連中はみんな狂っちまったのかと思いましたよ」
木下はそう言って肩をすくめる。
「部長、アンタだって分かってるんでしょ、いまこの世界がどうなろうとしているのか」
木下はそう言って猿渡を睨みつけた。
その指摘に猿渡は淡々とこう答えた。
「世界は新たな局面を迎えようとしている」
「それがこの混乱ですか!? 冗談じゃない!」
木下はそう叫んだ、彼の周囲には黒焦げになった自動車や破壊された街並みが広がっていた。
「何事も生みの苦しみと言うものはある」
「だから甘受しろって言うんですか!? アンタが目指す世界とは一体何だ! こんなふうに悪魔が跋扈する世界を望むのか!?」
「これは通過儀礼にすぎん。彼が望むのはその先だ」
「彼? 彼とは誰だ? 竹内英彦の事か?」
木下の質問に、猿渡はゆっくりと首を横に振った。
「違う、竹内英彦は生みの傷みに耐え切れなかった」
「竹内では無い? じゃあいったい誰がこの混乱を引き起こしたというんだ!? 誰が竹内を殺したというんだ!?」
「そんな事はどうでもいい事だ」
猿渡はそう言って右手を上げる。それを合図に彼の部下が木下を取り押さえる。
「くそ! 離せ! 正気に戻れお前ら!」
木下はそう言ってもがくも、屈強な男に3人がかりで取り押さえられればなす術はなかった。
そうして、木下が取り押さえされたころには、レッドアイズの妨害も鎮圧されていた。
★
「ふむ」
地下街に降り立った猿渡は、左右を見渡した後、一言そう呟いた。
彼の視線の先には、なにか鋭利なもので切り裂かれたシャッターがあった。
「まだ動けるか」
猿渡はそう呟くと、ごく自然にそちらの方へと歩を進めた。
そしてシャッターを潜り、次のスペースへと出たその時だった。
「流石に迂闊がすぎますよ、猿渡部長」
彼はシャッターの影に隠れていた本田に背後を取られ、側頭部に銃口を押し付けられた。
「ふむ。私はどういうべきかな、本田三佐。無駄な抵抗を止め大人しく投降しろと言うべきかな?」
猿渡は感情のこもって無い口調でそう言った。
「違いますよ猿渡部長。貴方が言うべきは、撤退の指示です」
本田はそう言うと、周囲に良く聞こえるように拳銃のセーフティをカチャリと外した。
猿渡はその様子を横目でちらりと確認したうえでこう言った。
「それは聞けないな本田三佐。君たちは秩序の敵だ」
「なにが秩序の敵だ!
竹内英彦が死んだ以上、今あるのは暴走した機械だけだ!
壊れた機械に従って何が秩序だと言うのだ!」
一時はターゲットと定めていた竹内英彦はいつの間にか死んでいて、自分たちはその犯人と仕立て上げられた。
竹内英彦が死んでしまった以上、なぜ悪魔召喚プログラムをパンドラに仕込ませたのかは永遠に闇の中だ。
本田は、この狂った世界に牙をたてんと、猿渡につきつけた銃口に力を込める。
だが、猿渡は、それまでの鉄面皮を始めて崩し、含み笑いをした。
「なっ、何が可笑しい!」
本田はその笑みに背筋に泡立つものを感じつつも、そう語尾を強める。
「暴走した機械? 壊れた機械? 君たちはいったい何を言っているのだ?」
「な……に?」
「構わん、撃て」
猿渡の声とともに、その背後から乾いた銃声が鳴り響く。
「が……」
3発の銃弾は本田を穿ち、彼女はどうと床に倒れる。
「ふむ、ボディアーマー越しといえ撃たれたのは初めてだな」
猿渡はそう言うと、何事も無かったようにスーツの襟を正した。
「ばか……な……」
本田はトリガーに指を掛けていた。その事は猿渡も、そして背後の部下も良く分かっていた筈だ。
本田を打った衝撃により、彼女の銃から銃弾が発射されなかったのはたまたまに過ぎない。
「命が……おしく……ないのか?」
「下らん。私がいようがいまいが新たなる世界は訪れる。もはやこの流れは止められない」
「それは……なんだ?」
「人類の未来に幸福を」
猿渡はそう言うと、ゆっくりと狙いを定めて引き金を引いた。
タンタンと言う無機質な音が地下街に響き渡り、彼女の体がびくりと跳ねた。
遠巻きに見ていたギャラリーは、その様子に機械の目を向けていた。
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