第20話 パンドラ

 5人を乗せた車は、とある廃工場の中へ入っていった。

 そこは、いかにも不良のたまり場と思しき、雑多なものにあふれた空間だった。

 ふたりの少年をソファーに寝かした本田と美咲は、改めて宮内へと向き直った。


「まずは、ありがとうと言わせてもらいます」


 ちらちらと耕平の方へ気をやっている美咲にかわり、本田はそう言った。

 だが、彼女も宮内への警戒を緩めるわけでなく、右手を差し出そうとはしなかった。

 宮内はその様子に苦笑をもらし、やれやれと肩をすくめる。


「それで、何故我々を匿って頂けたのでしょうか」


 発せられたその言葉は棘のあるもので、これが罠であることを疑ってかかるものだった。

 その言葉に対し、宮内は盛大にため息を吐いた後こう言った。


「実はな、俺も狙われてるんだ」

「貴方も?」

「ああ、これは知ってるよな?」


 そう言って宮内が差し出した用紙には、本田と美咲、ふたりの顔写真と共に、『この者たちを見つけた人には懸賞金1000万』と書かれてあった。


「……これですか」


 本田は印刷された紙面に視線を向けるとため息を吐いた。

 昨日の昼から幾度となくこちらを追ってきた者たち、それらはこのエサに釣られたものなのだろう。


「にしても、1000万とは」


 本田はそう言って眉をしかめる。

 そして、その発言に宮内はひと笑いした後こう言った。


「ああ、全く馬鹿げた手配書だ。アンタたちが昨日の事故に巻き込まれた被害者だなんて事はちょっと検索すればトップページに出てくる事だ。

 それが、ちょっと目を離したすきに1000万の懸賞金をかけられた賞金首」


 そして、宮内は苦虫を噛み潰したような顔をしてこう続ける。


「……そこをおかしいと思って突っ込んだのがまずかった」

「パンドラのターゲットにされたのですね」


 本田の一言に、宮内はほうと目を見開いた。


「その手配書を出した興信所から金の出所を探っていって、行き着いたのがスターマイン社だ」


 宮内はそう言って、タイピングをする真似をした。


「最初は、一体何の絡みがあって、そんな事になったのか、訳わかんなかったんだがよ。潜っていくうちに、俺のPCからいきなりノイズが流れ出し、悪魔が現れやがった」


 宮内はそう言って肩をすくめる。


「哀れ俺の住みかは木端微塵。そうして、命からがら逃げ出した俺は疑問に思った。

 俺だって身内に悪魔戦ジャンキーがいる身だ、悪魔が出没するスポットにはチェックを入れている。

 それがなんで、今まで悪魔のあの字も無かった俺の家に突然悪魔が現れたのかってな」

「パンドラの攻撃、ですね」

「ああ、おそらくはな。金に釣られて踊る阿保はスルーするが、その事に疑問を抱き、てめぇの腹を探ろうとする奴に対しては牙をむく様にプログラミングされてたんだ」

「にしても、よくそれだけでパンドラの仕業って分かったわね」


 美咲は、自分と同じ結論にたどり着いた宮内へそう尋ねる。

 宮内はケケケと笑ってこう言った。


「パンドラがうさん臭えと思ってたのは以前からだ。言ったろ? 悪魔が出没するスポットはチェックしてあるって」


 宮内はそう言って魔法陣が描かれた地図をふたりの前に投げよこした。


「悪魔を呼ぶ笛はあらゆる電子機器から鳴り響く。だったらそれらに対する共通項であるパンドラを疑うのは当然のことだ。

 だが、俺は別にそんな事はどうでもいいと思ってた。面白おかしく悪魔戦を楽しめりゃそれで十分だった。

 今回こうして狙われるまではな」


 宮内はそう言って舌打ちをした。


「そう、あなたの置かれた状況はわかったわ。けど、残念ながら、私たちが置かれている状況も同じようなものよ」


 美咲はそう言って肩をすくめる。


「んだよ、じゃあ助け損かよ?」


 そう言い、天を仰ぎ見る宮内に、美咲はけらけらと笑いながらこう言った。


「まぁまぁ、こうして味方は多いに越したことはないじゃない。それに、同じ結果にたどり着いて、同じように狙われたってことは、パンドラが黒な確率は大幅に上昇したって事よね」

「まぁな、あと正確にはパンドラを作った奴な」


 宮内はそう言って、乱雑に詰まれた雑誌の山から一冊の本を取り出した。

 それは、デジタル関連の雑誌で、その特集ページに『パンドラ開発者への独占インタビュー』と記されてあった。


「こいつの事は知ってるか?」

「ええ、パンドラのメインプログラマー竹内英彦たけうち ひでひこ。日本を、いえ、世界を代表するAI研究の第一人者よ」


 見開かれたページには、『人類の未来に幸福を』そんな一言と共に、優しそうな顔つきをした二十代半ばの青年が写っていた。


「ったく、なーにが『人類の未来に幸福を』だ、こちとらお先真っ暗だぜ」


 宮内はそう言って憎憎しげに、その雑誌を放り投げた。

 本田はその雑誌を手に取り、さっと紙面に目を通した。

 そこには、パンドラ制作にかかる苦労、そして、パンドラに込められた思いが、静かな情熱と共に記されてあった。


「この人が……敵」


 紙面からの印象では、とてもそうに思えなかった。何処にでもいる様な純朴青年という印象だった。

 だが、彼女も一応は警察に身を置いている立場だ、先入観は危険だと、その思いにブレーキをかける。


「そいつのヤサが割れてりゃ、今すぐにでもぶっこんで行くんだがよ、あーあ、当てが外れちまった」


 宮内はそう言って大げさに背伸びをする。

 その時、部屋の隅から声がした。


「つ、いてててて。あ? 誰のとこにぶっこんで行くんだって?」

「おー、起きたか大将。相変わらずタフな事だ」


 宮内は呆れた顔してそう言って、ソファーから体を起こした啓介にミネラルウオーターのペットボトルを投げ渡した。

 啓介はそれを受け取ると、「ぬるい」と文句を言いつつも、ごくりごくりと喉に流し込み、残りを頭から豪快に浴びた。


「ふう、すっきりした。中々に良いバトルだったぜ、って、なんでお前らもここに居るんだ?」


 啓介は見慣れたアジトにいる闖入者である、美咲と本田を見てそう言った。


「ってなんだ、こいつまで居るじゃねぇか。あれか? デザートを用意してくれたのか?」


 そう言い、耕平を指さす啓介に、宮内はため息を吐きつつこれまでの経緯を説明した。


 ★


「ほーん。パンドラに狙われてるねぇ」


 啓介は緊張感無さげにそう言って、頭をポリポリとかくと、ポンと膝で手を打った。


「良いじゃねぇか、相手が向うからやってくるって事はバトルし放題じゃねぇか」

「はぁ、そう言うと思ったぜ」


 宮内はそう言って盛大なため息を吐く。


「冷静になって見ろよ大将。今でさえこの有様なんだ、竹内英彦が何を企んでるのか知らねぇが、奴の企みが実現したら、この世界はめちゃくちゃになる事だけは確かだ」


 そう言う宮内に、美咲たちはうんうんと頷いた。


「今やパンドラは全ての電子機器を制御している。するってことは、奴の気分次第でスマホひとつ碌に扱えなくなっちまうってこった」

「あー、あ?」

「大将が呑気に悪魔戦を楽しんでいるのも、要するに竹内の掌の上で遊んでるに過ぎねぇってことさ」


 宮内はそう言って、電源を切ったスマホを手の中でもてあそぶ。


「そいつは頂けねぇな」


 啓介はそう言って舌打ちをすると、タバコを取り出し火をつけた。


「そんで、いつカチコミするんだ?」

「だーから言ってるだろ? 竹内のヤサが分からねぇって」

「だが、パンドラとやらの場所は分かってんだろ、えーっとなんだったか」

「スターマイン社にぶっこみかけるってか? そこは本丸中の本丸だ、警備は尋常じゃねぇだろうし、とてもじゃねぇが、アンタの悪魔だけじゃ」

「あ? 何言ってんだ、悪魔使いオーナーならここにもうひとりいるじゃねぇか」


 啓介はそう言って隣のソファーを指さした。


「いやいや、一体が二体になった所でどうしようもねぇだろ、なんたって敵の本拠地なんだぜ?

 それに、おめえらはド派手なバトルをしたばっかりだ、体力だって碌に回復しちゃいねぇだろうが」


 宮内はそう言い、鋭い視線を啓介に向ける。彼は何事もなかったようにふるまっているが、その顔色の悪さは隠せなかった。

 それほど先ほどの悪魔戦は凄まじく、それ故に彼は満足しているのだ。


「いいかい、大将。やるからには一撃必殺だ、今日の所はご挨拶なんて都合のいい話はない。だから、準備は万端にしてからでなくちゃいけねぇ。

 今の俺たちには戦力も情報もまるで足りちゃいねぇ」


 宮内は苦々しくそう言った。

 その時、啓介の隣のソファーに寝かされていた耕平がうめき声をあげたのだった。

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