第19話 第2ラウンド
あそこまで行っちまったらもう駄目だろう。
啓介にはそんな確信めいた予感があった。
「っと、余計な事を考えてる暇はねぇな」
啓介は自嘲めいた笑みを浮かべると、アクセルを握り直す。
自分がこれと見込んだ男が再起不能になるのは辛い事だが仕方が無い、これが奴の運命だったのだ。
「それより、奴の攻撃だ」
啓介の目はジャバウオックの爪にあった。
(防御無視の貫通攻撃。いや、もっとたちが悪い、あれは空間ごとえぐり取っている)
それは、彼の悪魔と最悪の相性であることを意味していた。
彼の悪魔の得意は、圧倒的な力と質量で押しつぶすこと。だが、敵の悪魔にはその定石は通用しない。むしろ、体が大きい分、いい的になってしまう。
(まずは手数勝負といくか!)
啓介はニヤリと微笑むと、彼の悪魔に指令を飛ばす。
「ディープ・ブルー!」
その声と共に、巨鮫の周囲に人間大の氷の槍が幾つも浮かぶ。
「やれッ!」
槍はその号令に従い、あるものは直進し、あるものは弧を描き、ジャバウオックをぐるりと取り囲むように打ち出された。
「こいつはおまけだ!」
槍を射出した巨鮫は、近くにあった車の残骸を、その太い尾で豪快に打ち出した。
「――――――!!」
ジャバウオックは雄たけびをあげながら、縦横無尽にその爪を振るう。
しかし、巨鮫はジャバウオックの周囲をぐるりと回遊しながら絶え間ない攻撃を繰り返す。
徐々に被弾数が増していくジャバウオックは、一旦迎撃の手をやめ、はるか先まで響き渡る雄たけびをあげた。
「ぐ……な!?」
それに耳をしかめつつ驚きの声を上げたのは啓介だ。
「落ち着けディープ・ブルー! 回避だッ!」
ディープ・ブルーは主の命に背き、突如ジャバウオックに突進を仕掛けた。
啓介は咄嗟に指令を飛ばすが、コンマ一秒の回避の遅れにより、巨鮫の横腹はざっくりとえぐり取られた。
「ぐっ!」
脇腹を抉られたダメージが啓介にフィードバックし、彼はたまらず脇腹を押さえる。
「そうかい、そうかい、なんで馬鹿みてぇに、群がっていくかと思ったが、そう言うからくりかい。
てめぇの叫びには、敵を狂わす効果があるんだな」
啓介は脇腹の痛みに顔をしかめつつそう言った。
「だが、タネさえ分かればどうってことはねぇ! 要は覚悟と気合いだ!」
啓介はそう叫び、再び氷の槍を射出させると、今度はその弾幕に紛れて、自らの悪魔を突進させた。
「骨を断たせて命を狩れ!
いけッ! ディープ・ブルー!」
密度を増した攻撃にたたらを踏んだジャバウオックへ、ディープ・ブルーは必殺の牙を光らせる。
ジャバウオックは、氷の槍をまともに受けながらも、その本体に必殺のカウンターを打ち込むため、大きく腕を振りかぶる。
轟音と共に振られたジャバウオックの右腕が、ディープ・ブルーの左目を捕らえる。
空間ごとえぐり取る無敵の爪の前には、ディープ・ブルーの分厚い装甲も意味をなさない。だが、その爪が肉を抉り骨を断つまでには、一瞬の猶予が存在した。
その僅か数コンマ一秒の隙に、ディープ・ブルーの牙は、ジャバウオックの右前腕を断ち切った。
「―――――――!!」
右腕を切断された痛みに、ジャバウオックは叫びをあげる。
「はっはー! やってやったぜ!」
啓介は、顔面の半分を血で染めながら、高らかに笑みを浮かべる。
「ジャバウオック……ジャバウオックーーーー!」
耕平は右腕をだらりと垂れ下げながら、憎悪に満ちた声でそう叫んだ。
それに、おやと眉をしかめたのは啓介だ。
「はっ、なんだ、まだ意識があるのかよテメェ」
ひとたび悪魔に持っていかれた人間が、意思を持った声を発するのは、見た事も聞いたことはなかった。
「殺す、殺してやる」
「はっ、じょーとーだ」
殺意にあふれた耕平の言葉を、啓介は凶悪な笑みをもって受け止めた。
隻腕となったジャバウオックと全身傷だらけになったディープ・ブルーが戦うのを背景に。
右手の感覚を失った耕平と、全身至る所から流血した啓介の戦いが開始された。
「うらぁあ!」
啓介は流れる血に構わずに、渾身の前蹴りを放つ。
耕平はそれをまともに受けつつも、歯を食いしばり、返しの左ストレートを放つ。
「お前が! お前がぁあ!」
「げはははは! いい感じに温まって来たじゃねぇか!」
耕平は憎悪の、啓介は狂喜の、それぞれ異なる顔を浮かべつつも、拳を、蹴りをかわし合った。
★
憎かった。
自分から全てを奪ったあの事故が。
この薄汚い世界そのものが。
そしてなにより、自分自身が。
幼き日の事故が走馬灯のように駆け巡る。
事故によってぐちゃぐちゃに壊れた両親。
幸せだった家庭。
いや違う、それを壊したのは自分自身。
不注意でジュースをこぼし、それに驚いた母親、それに釣られた父親。
それが無ければ、あの事故は避けられた。
全ては自分の罪、自分の罰。
あの日、あの時、もう少し注意深ければ。
「全ては! 上手く行ったんだ! 全ては! 僕の所為なんだ!」
「知った事かよ!」
涙を流しながら振るわれた耕平の拳に、啓介は血塗れの頭突きを返した。
「がっ!」
めしりと拳が砕けた音がする。
「ちっ!」
左目はとうに見えず、残された右目にも血が流れ込み。もはやまともに前も見えない。
だが、それでもふたりは戦う事を止めなかった。
そして、それは彼らの背後で戦う二体の悪魔も同じことだった。
ジャバウオックは全身を氷の槍で貫かれ、至る所を食い削られていた。
ディープ・ブルーはその巨体の至る所を赤く染め、はらわたをこぼしながら宙に浮いていた。
「「うおおおおおおお!!」」
お互い残されたのはこの一撃。
満身創痍のふたりは大きく一歩踏み出し拳をかわし合った。
★
ずしゃりとふたりが倒れたのは同時だった。
「耕平!」
美咲はそう叫び、少年に向け駆け出していく。
「耕平! 大丈夫! しっかりして!」
「美咲さん、揺らしてはいけません」
自分が追われる身であることも忘れ、美咲は耕平に声をかけ続ける。
自らが流した血と、返り血で全身を紅に染めた少年はピクリとも反応しなかった。
そこに一台の古いオープントップのアメ車が横付けされた。
周囲を警戒していた本田は、懐に手を差し込みつつ、その車に鋭い視線を向ける。
「おいおい、まってくれよ姉ぇちゃん」
運転席から顔を出したのは、いつも啓介の傍にいたレザーキャップの小男だった。
「貴方は?」
本田は、警戒を緩める事無くそう尋ねる。
「俺か? 俺は
今すぐ、啓介とそいつ、ついでにアンタらもこの車に乗りな」
宮内はそう言って後部座席を指さした。
「私たちもですか? ありがたい申し出ですが……」
「ああ、アンタらの事情は分かってる、その事で情報交換もしときたくてな」
そう言い、渋面を作る宮内にたいし、本田は少し考え込んだ後首を縦に振ったのだった。
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