第21話 悪
幸せな家族だった。
少なくとも平均的な家族だった。
それが壊れた。
自分が引き金となった事故で。
それはたわいのない失敗で、取り返しのつかない致命傷。
日常はごくごく簡単に閉幕し。
憐憫と好奇の視線まみれる非日常が日常となった。
かくもこの世は理不尽にまみれていて。
罪人である自分はそれを恨むことでしか息を出来なかった。
それを隠し、目をつぶり、知らないふりして生きて来たが。
自分の内より現れたアイツにはすべてお見通しで。
ああ、やっぱり、あの悪魔は自分自身の姿だった。
憎悪にまみれた赤い瞳。
触れたものを無に帰す大罪の爪。
恨みと怒りを振りまく醜い叫び。
醜悪で劣悪、邪悪で矮小。
醜い怒りで体を大きく見せているだけの、ちっぽけな存在だ。
だけど、ああ、だけど。
全ての悪魔が、自分のように人の内から現れたとすれば。
この世はなんて醜いのだろう。
この世はなんて苦しいのだろう。
この世はなんて悲しいのだろう。
悪魔という形を持って、この世にあらわれた人々の負の側面。
それをまき散らす
「止めないと」
★
「止めないといけない」
「ちょっと! まだ寝てなって耕平!」
そう言って美咲が駆け寄ってくるのを、耕平は手で制した。
血を流し過ぎた。
傷自体は塞がっているものの、悪魔戦で負ったダメージは深く、気を抜けばまた意識を手放してしまいそうだった。
だが。
「休んでいる訳にはいかない。嫌な予感がする」
そう言って耕平はよろよろと立ち上がった。
「はっはー、上等だ。急がば回れなんてくそくらえ。男だったら即断即決よ!」
啓介はそう言って掌に拳を打ち付けた。
「いやだからな――」
宮内がそう言ってふたりの悪魔使いを諌めようとした時だ。耳をつんざくけたたましい音と共に、工場の鉄扉が内側へと吹き飛んだ。
「ちくしょう! 時間切れか!」
宮内は舌打ち交じりにそう叫ぶ。
元より全ては敵の掌の上、いくら手持ちのものからパンドラのインストールされている品を排除したところで、相手は全ての機械に繋がっている。それは監視衛星も含まれているのだ。
「へっ、ウオーミングアップにはちょうどいい」
入り口からなだれ込んできた悪魔の群れに、啓介はそう言ってニヤリと笑みを浮かべる。
「このタコ! 悪魔も居ねぇのにどうやって悪魔と戦うんだよ!」
やる気満々の啓介に、宮内はそうがなり立てる。
悪魔召喚にはノイズが必要。
だが、そのノイズ自体をパンドラがコントロールしている以上。敵がこちらに塩をおくるはずはなかった。
だが。
「ノイズならここにあるわ!」
美咲はそう言ってカセットテープを取り出した。
啓介はその、今になってはその存在自体忘れ去られようとしているレトロな記憶媒体に目を輝かせた。
「はっはー! そいつは上等じゃねぇか!
おい! おめぇも行けるんだろうな!」
「ああ、この世の理不尽に抗うため。悪を持って悪を狩る! ジャバウオックはその為の力だ!」
音量を最大にした美咲のカセットテープレコーダーから、脳の奥底を揺さぶるノイズが廃工場に鳴り響く。
「来やがれ! ディープ・ブルー!」
「来い! ジャバウオック!」
立ち並ぶふたりの少年の背後に二体の悪魔が出現した。
だが、その姿は満身創痍。
8つ目の巨鮫は顔の左半分がえぐれており。
鈍色の騎士はその右腕を欠損していた。
「おっ、おい! ホントに大丈夫かよ!?」
「「問題ない(ねぇ)!」」
ふたりの少年はそうして同時に開戦の雄叫びを上げた。
★
「吼えろ! ジャバウオックッ!」
耕平の叫びに合わせて、ジャバウオックは雄たけびを上げる。
憎悪の叫び――それは、敵を狂乱状態に落とし込み。自らをターゲットとするスキルだ。
その叫びに抵抗できなかった悪魔たちは、スキルを使う事も忘れ、ひたすらにジャバウオックを目がけて突進して来る。
「はっはー! 飛んで火にいる何とやらだ! まとめて食っちまえ!」
ジャバウオック目がけて突進して来る敵悪魔たちの群れに、ディープ・ブルーが横から大口を開けて突進する。
狂乱状態の敵は、防御や回避をすることなく、その咢の中に飲み込まれて行った。
満身創痍なれど、一騎当千。
二体の悪魔は並み居る悪魔たちをなで斬りに葬っていく。
そして、その隙に。
「おい! とっとと乗り込め! ここで籠城戦をやっても埒が明かねぇ!」
宮内はそう言ってアメ車のエンジンを吹かす。
電子制御が取り入れられる前のドの付く旧車だが、それはすなわち、パンドラの影響外にあるという事だ。
宮内の声に、ふたりの少年はアメ車の後部座席にひらりと乗り込んだ。
「よし! 行くぜ! てめぇら先陣は任せたぜ!」
宮内はそう言ってアクセルを地べたまで踏み込んだ。
V8エンジンの強力なパワーはしばしの間駆動輪を空回りさせた後、がっちりと床面を噛みしめる。
弾丸のように発射したアメ車の先を行くのは、巨鮫と騎士。
二体の悪魔は群がる敵を薙ぎ払い、朝もやの曇る街を一直線に駆け抜けていった。
ジャバウオック/Lv35
HP:98/425
MP:34/72
力:153
魔力:38
体力:105
速度:123
スキル:滅世の爪、憎悪の叫び
ディープ・ブルー/Lv40
HP:159/638
MP:89/127
力:138
魔力:70
体力:152
速度:103
スキル:物理耐性、氷結耐性、氷の槍B、自動回復C
★
「なんですって部長!? もう一度言ってください!」
耳を疑う知らせに、木下はそう聞き返した。
「これはもう決まった事だ」
だが、木下に詰め寄られた長身痩躯の男は、冷酷な瞳でそう言うと踵を返し立ち去って行った。
(おかしい、どう考えても不自然だ)
こんなものは長年の刑事の勘に頼るまでも無い、あからさまな異変だった。
木下は狐につままれた、いや、悪魔の罠にはまったように、足元から何かが崩れ去るような感覚がした。
彼の目の前、会議室にかけられた看板には『竹内英彦殺人事件対策本部』と書かれてあったのだ。
(パンドラのメインプログラマである竹内氏が殺害された、百歩譲ってそれはいい)
コツコツと足音を響かせながら、木下は資料に書かれてあった事を反芻する。
(だが、それをやったのが本田三佐たちだと? ホトケが見つかったのは彼の所有する人里離れた別荘だ、ここからじゃ車で片道3時間はかかる)
木下は本田にかけられた矢代美咲誘拐容疑を取り下げるように尽力していた。
そして、ようやくそれが取り下げられたと思った矢先にこの容疑だ。
(本田三佐は街中の監視カメラを避けるために徒歩で移動していたとのタレこみがある。それが何ではるか遠くの竹内を殺害したって事になるんだ?)
どかりと自分の机に座った木下は、考え事をする癖でついうっかりとタバコに火をつけた。
(大体、本田三佐が竹内の居場所を知っていた訳がない。例え足を手にすることが出来たとしても、殺害は不可能だ。
それに、資料には竹内がどうやって殺されたのか書かれてない。こんな雑な容疑で彼女たちを殺人犯に仕立て上げるのは流石に無理筋すぎる)
そこまで考えた所で、木下は自分がタバコをくわえていることに気が付いた。
昭和の時代ならばいざ知らず、現代では勿論室内禁煙だ。
彼は慌ててタバコを消そうとして、強烈な違和感に気が付いた。
(なんで……誰も俺を注意しないんだ?)
室内には木下ただひとりと言う訳では無い。他にも大勢の職員が机に向かっている。だが、その誰もが、あからさまなマナー違反を犯している木下を無視して、黙々と机に向かっていたのだ。
(仕事に熱中しすぎて気が付かなかった? そんな馬鹿な?
いや、さっきの会議もそうだ。なんであんな無茶筋に誰も異を唱えなかった?)
毛虫のような違和感が、ぞぞりと背中を這い上がる。
(こいつら……ホントに生きてるのか?)
違和感は恐怖感に代わり、木下は事務室を飛び出した。
(なんとか、本田三佐たちと連絡を取らないと)
だが、本田三佐はもちろん、耕平とも連絡は取れていない。何度電話を掛けようとも『おかけになった電話番号は』と、お定まりの機械音声が繰り返すだけだ。
こうなったら自分の足で探すしかない、そう思って駐車場に向かう木下の向うから、見慣れない一団がやって来た。
「君は……」
見慣れない一団だったが、その先頭に立つ人物は、木下の良く知る少年であった。
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