第4章 悪魔使いの選択
第22話 正義
「やあ木下サン。耕平の奴やっちゃったって?」
そう気軽な口をきいて来たのは、どろりと瞳を濁らせた達也の姿だった。
「どうして君が、いや君たちはいったい」
「凶悪な悪魔使いが逃げ回っているから、その退治に協力してほしいって連絡があってね」
達也はそう言ってニヤリと頬を歪める。
「それは違う。大原君は――」
「くくく、見せてやるよ、俺が耕平に劣って無い事を」
達也は木下の言葉が耳に届いていないのか、独り言のようにそう言った。
「見てろよ木下サン。俺たちは秩序を守る正義のヒーローだ。悪党の二・三匹なんて物の数じゃない、直ぐに首を持って帰ってやるさ」
どろりと濁った達也たちの目には、隠しようも無い狂気が浮かんでいた。
(駄目だ、彼らも正気じゃない)
焦りにも似た困惑を抱える木下の背後から、コツコツと規則正しい足音が聞こえて来た。
「これで全員かね?」
「やあ、アンタが俺達を集めた人かい?」
「そうだ、私は刑事部長の
猿渡は、狂気に浮かれる若者たちを前にしても、眉の毛一本動かさずに淡々とそう言った。
「諸君らに与える使命は簡単な事だ、どんな手段をとってもいい、竹内英彦殺人犯を私の前に連れてくる事だ」
「部長! 正気ですか!?」
木下はそう言ったが、猿渡たちはまるで木下など眼中にないように会話を続ける。
「へへへ。連れて来るのはいいんだけどよ。相手には悪魔使いがいるんだろ? だったら事故が起こってもしかたねぇよなあ?」
「構わん、全て私の権限で処置しよう」
猿渡は冷酷にそう言いきった。それは事実上の殺人許可だった。
「狂ってる」
木下にはそう呟くことしか出来なかった。
★
廃工場を出た一行はスターマイン社を目指すべく国道を疾走していた。
だが――
「うおおお! ちくしょう!」
行く先々の信号は次々と赤に代わり、パンドラのハッキングを受けた車はミサイルのように突っ込んでくる。
二体の悪魔で何とかカバーを行っているが、車が原型を保っているだけ奇跡のような有様だった。
「おいこのタコ! いつになったら本丸につくんだよ!」
「俺が知るかこのタコ! 事故ってねぇだけありがたいと思え!」
「上! 上からまた悪魔!」
「くっ! ジャバウオック! 迎撃しろ!」
車が満身創痍ならば、乗っている者たちも同じこと。
みな限界ギリギリの状態だった。
そして――
「うおっ!?」
悪魔の攻撃により、アスファルトが大きくめくられる。
車体はコントロールを失い、遊園地のコーヒーカップのように回転した後ビルに激突した。
「ぐおおお、結構効くじゃねぇか」
ビルに衝突する直前に、とっさに巨鮫をクッション代わりに挿し込んだ啓介は、脇腹を押さえつつうめきを上げる。
「あいたたたたたた」
啓介の機転によって何とか命の危機を乗り越えた一行は、這いずるようにして車から抜け出した。
「ちくしょう! 俺の車が!」
「嘆くのはあとです、今はここを切り抜けないと!」
いち早く立ち直った本田は、素早く銃を構えて周囲を警戒する。
「大原さん! 冬木さん! 行けますか!」
「たりめーだ! 誰に物言ってんだ姉ぇちゃん!」
「はい! 行けます!」
五人の男女は肩を貸し合うように走り出す。
だが、パンドラは攻撃の手を緩める事はなかった。むしろ、これ幸いと攻撃のギアを上げた。
襲い掛かる自動車の群れに対し、ジャバウオックは搭乗者をなるべく傷つけないように攻撃をいなす。
ディープ・ブルーはその巨体を盾として、悪魔たちの攻撃から皆を守る。
「このままじゃ持ちません! 地下に逃げましょう!」
先導する本田はそう言って地下街への階段を指さした。
狭い地下空間では存分に悪魔を展開する事は出来ないが、このままでは全滅を待つよりほかなかった。
「くっ! 仕方ねぇ!」
啓介は吐き捨てるようにそう言うと、ディープ・ブルーを突っ込ませ道を開く。そして5人はその後を追うように地下街へ逃げ込んだ。
★
『凶悪犯がこの地下街に潜伏中です、凶悪犯がこの地下街に潜伏中です』
5人が階段を降り切るかどうかという時に、地下街に設置された放送機器から一斉にアナウンスが流れ、地下街中のディスプレイに5人の顔が映し出された。
それと同時に、地下街中のシャッターが落ち、買い物客や通行人たちはパニック状態になった。
「だー! うっせえ!」
啓介ががなり声を上げるも、機械音声はやむことなく、ただ淡々と同じセリフを繰り返していく。
市民はその様子にスマホ越しに眺めていた。
「スターマイン社まで一直線と言う訳にはいかないけど、取りあえずこれで一息つけるわね」
美咲は周囲の反応を気にしつつ紙地図を広げながらそう言った。
「ここからだと、後2kmぐらいか? 途中までは地下で行けるな」
「そうですね。先は長いですが、その半分を車の障害無しで進めるという事は不幸中の幸いです」
本田と宮内は、地図を覗き込みながらそう言った。
「たっく、イラつきがマッハだぜ。どうでもいいからとっとと行くぞ」
啓介は遠巻きに自分たちを眺める市民に中指をたてつつ大股で歩きはじめる。
「おい! テメェの出番だ! 道を作れ!」
地下街と言う狭い空間では啓介のディープ・ブルーは召喚する事が出来ない。
シャッターにぶつかった啓介は、それを破壊する様に耕平にうながした。
「ああ、分かってる」
耕平は、そう返事をして、ジャバウオックをあやつろうとし――
「ちょ! 耕平!」
シャッターの前まで進もうとした耕平は、その途中でふらりと体勢を崩す。
寸でのところで、美咲は耕平の体を支えたが、彼の体はぞっとするほど冷たかった。
「駄目! 耕平はもう限界よ!」
「あ? 何言ってんだ。限界だろうがなんだろ――」
そう言って耕平の元へ行こうとした啓介も、足をもつれさせて床に倒れる。
「おい! 大丈夫か啓介!」
「だっ……く……」
啓介は体を起こそうとしたが、十分に力が入らないらしく。くぐもった声を上げた。
「仕方がありません。ここで小休止にしましょう」
本田はそう言うと、皆を守るように階段の方へと向き直った。
ジャバウオック/Lv35
HP:28/425
MP:5/72
力:153
魔力:38
体力:105
速度:123
スキル:滅世の爪、憎悪の叫び
ディープ・ブルー/Lv40
HP:76/638
MP:32/127
力:138
魔力:70
体力:152
速度:103
スキル:物理耐性、氷結耐性、氷の槍B、自動回復C
★
達也たちを載せた部隊は、無人の野を行くかの如く、青ランプが灯った道路を走っていた。
「容疑者たちは地下街に逃げ込んだとの報告だ。そこで小休止を取っているらしい」
護送バスを先導するパトカーに乗った猿渡は、淡々とした声で無線機にそう告げた。
達也たちはその報告を聞いているのかいないのか、スマホに視線を落としニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
彼らが覗き込んでいる画面には、耕平たちの様子がライブ映像で映し出されていたのだ。
「パンドラ、到着までの時間は?」
『到着予定まで、残り5分です』
猿渡の問いに、パンドラは簡潔に答えた。
あと5分、それが耕平たちに残された時間であった。
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