第8話 成長
「るろろろろろろ!」
体高1mはある巨大なカタツムリは、背中の巻貝部分にある無数の口から奇怪な叫び声を上げた。
それと同時に、空中に幾つもの氷柱が現れ、それらは一斉に向きを変えるとジャバウオック目がけて発射された。
「くっ、ジャバウオック! 全弾叩き落とせ!」
背後には多数のギャラリーがいる。鋭く尖った巨大な氷の槍を受ければ人間などは一刺しだ。
ジャバウオックは雄たけびを上げると、両の剛腕を縦横無尽に振り回した。
「やべぇぞ! 遠距離攻撃持ちだ! てめぇら散れ!」
防戦一方の耕平たちを見ていた達也は、スマホのカメラを向けるギャラリーに向かってそう叫ぶ。
機関銃の如き勢いで降り注ぐ氷柱。
ジャバウオックは削岩機のような勢いでそれを粉砕していくが、背後を庇ってその場から動けないのでは、ただの的でしかなかった。
「くっ!」
耕平はキラキラと舞う氷柱の破片を顔面に浴びながら、そう言って歯ぎしりをする。
夕暮れ時の繁華街、いつものように唐突に始まった悪魔戦は、ギャラリーと言う足かせを背負った耕平に圧倒的に不利であった。
(このままじゃッ!)
手足の感覚が冷気によって薄れていく。ぴしりぴしりと皮膚がひび割れ、そこから漏れ出た血があっという間に凍っていく。
悪魔を召喚できる範囲には制限がある。ジャバウオックの場合最大射程は10m、それに加えて近づけば近づくほど、パワーと正確性があがるので耕平は離れるに離れられない。
「突っ込めジャバウオック!」
そして、耕平は敵の攻撃を真っ向から受け続ける事を選択する。
ジャバウオックは、雄たけびをあげながら、敵弾の中に突っ込んでいく。
捌き切れなかった敵弾はジャバウオックの鎧に容赦なく突き刺さる。それと同時に耕平にもフィードバックが生じ、血の花が咲く。
「うおおおおお!!」「――――――!!」
裂ぱくの気合いと共に振り上げられたジャバウオックの右腕は、したたかに敵の甲殻を撃ちつけた、いや貫いた。
ジャバウオックは攻撃衝動のおもむくままに敵の体を蹂躙する。
かぎ爪で敵のはらわたを引きずりだす。
体重を乗せた踏み付けは甲殻を粉砕する。
頬当てが外れ、乱杭歯だらけの凶悪な口で敵の体にかぶりつく。
悪魔の饗宴は敵が消滅するまで続いた。
「う……ぐ……」
そして、ジャバウオックが敵の肉体を食らうと耕平の体に変化が訪れた。
どくりと、熱いマグマが耕平の中で湧き上がる。
血液は沸騰しそうになり、激しい痛みが全身を襲う。
頭の中はバチバチと火花が鳴り響く。
じゅうじゅうと湯気が立ち上り、戦いで負った傷が見る見るうちに修復していく。
「耕平! 大丈夫か!」
崩れ落ちかけた耕平を、かけよって来た達也が支える。
「熱っ! お前尋常じゃねぇぞ!?」
荒い息を吐き俯く耕平に肩を貸した達也は、耕平の体に起きた変化に目を丸くした。
「だ……大丈夫だよ……達也」
「大丈夫なわけあるか!」
達也はそう言って口角泡を飛ばすも、耕平は真っ青な顔をしてこう言った。
「ジャバウオックが、強くなった」
「は? 何言ってんだ?」
達也は、熱に浮かされた耕平が妄言を言っているのかと思ったが。消耗しきった耕平の目は冷静な光を放っていた。
「多分、あの悪魔――」
だが、耕平の体力は限界を迎えていた。彼は達也の体に寄りかかるようにして気を失った。時計の針がまた一つ進んだ。
ジャバウオック/Lv2→3
HP:52→58
MP:7→8
力:13→17
魔力:2→3
体力:8→11
速度:10→14
スキル:―――
★
「それじゃあ何かね? ゲームみたいにレベルアップしたという事かね?」
警察病院のベッドの上で、耕平は木下たちの質問に答えていた。
「はい、おそらくはあの悪魔をジャバウオックが食べた事でそうなったのだと思います」
ジャバウオックが敵を食べたのは今度で2回目だ、最初は初召喚の時、そして今回。
どちらも全身に恐ろしい程の力がみなぎり、その力の奔流に耐え切れなかった耕平はダウンした。
「他にも何か条件があるかもしれませんが、今回僕が感じたのはそれでした」
減量中のボクサーのように消耗しきった耕平は、ゆっくりとした口調でそう言った。
「ふーむ」
木下はそう言ってボリボリと頭を掻いた。
食らえば食らうほど強くなる。それがジャバウオック特徴なのか、悪魔全般における特徴なのか、現時点では不明である。
だが、悪魔が成長するという事実は恐るべき点であった。
「こんな事なら、ジャバウオックの体力測定でもしとけばよかったねぇ」
木下はハハと笑いながら冗談めかしてそう言った。
「すみません」
耕平はそう言って頭を下げる。
悪魔が現れれば、ジャバウオックは即座に現れる。だが、それ以外の平時には決して現れようとしなかったのだ。体力測定など出来る筈がない。
「いやいや、謝るのはこちらの方だ。本来守るべき市民に町の治安を任せているなんて、我々としても歯がゆく思っているのだよ」
木下はそう言って苦虫を噛み潰したような顔をする。
彼らとしても、何とかして悪魔に対抗する力を得ようと、色々と試行錯誤は続けていた。しかし、超常の能力をふるう悪魔相手に取れる手段は限られていた。
悪魔に対抗するにはやはり悪魔。
上層部はパンドラのはじき出した結論を採択し、耕平のような悪魔使いのスカウトを開始していたが、その道のりはまだまだ始まったばかりだった。
「いえ、これは僕の意思でやっている事ですから」
耕平はごく自然にそう答える。
その様子に、木下はどこか悲しそうな瞳を向けた。
「けどよ! レベルアップってすげージャン! ただでさえ強えジャバウオックがますます強くなったってこったろ!」
そう言って大げさに声を上げる達也に、美咲はため息まじりにこう言った。
「はぁ、アンタってつくづく単純ね、こっちが強くなるって事は相手も強くなるかもしれないって事じゃないの」
「そうだね、矢代さんの言う通りだ」
木下は落ち着いた口調でそう言った。
ただでさえ、こちらの戦力は不足しているのだ。それなのに、敵が更なる強化を果たすなど悪夢でしかありえない。
「だいじょーぶ、心配しなさんなって。ジャバウオックのワンパン伝説を信じなさいって」
「だから、なんでアンタが威張ってんのよ」
そう言い、胸を張る達也に、美咲はあきれ顔で突っ込みを入れる。
場の空気がふわりとゆるみ、耕平も口の端をゆるませた。
確かに達也が言う通り、ジャバウオックは強力無比な悪魔だ。しかし、強さに上限はない、いつの日かジャバウオックを上回る敵が現れないとも限らない。
耕平はシーツの下で、そのいつかに備えるようにギュッと手を握りしめた。
★
深夜、作業員の姿は消え、本来ならば人気のない筈の港湾地区に、多数の人だかりが出来ていた。
「うらあッ! 食い殺せディープ・ブルー!」
大型トラックに匹敵する巨大なサメが、人間程度なら軽く一飲みできる大口を開けて突進する。
その進路上に立っていた悪魔は悲鳴を上げる暇もなく、胸から上を食いちぎられた。
「―――――!!」
その様子を見ていたギャラリーの半分は、目の前で広げられた殺戮ショーに、歓喜の雄叫びをあげた。
「ヒャッハー! これでこのスポットは俺らレッドアイズのもんだ! てめぇら負け犬どもはとっとと失せやがれ!」
「うるせぇ! そんなこと知った事か! かまうこたねぇ! てめぇらやっちまえ!」
数十人の若者たちが、奇声を上げながら乱闘を開始する。
月夜に響き渡る男たちの怒鳴り声、肉を打つ鈍い音、甲高いバイクのエキゾースト音。
そして――
「―――――!!」
その狂宴に引き寄せられるかのように、一体の悪魔が雄たけびをあげながら生まれ落ちた。
「悪魔だ! 悪魔が湧きやがった!」
「くそったれ、なんてタイミングだ!」
「
「はっはー! 上等じゃねーかッ! ちょうど食い足りねぇ所だったんだ!」
啓介と呼ばれた革ジャンの男は、獰猛な笑みを浮かべながら三枚の翼を備えた巨大なカエルのような悪魔と相対した。
「悪魔戦第二ラウンドの開始としゃれ込もうじゃねぇか!」
啓介がそう叫ぶと同時に、8つ目のサメが顕現し、大気を震わす雄たけびをあげたのであった。
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