第21話 進む道
馬車に揺られて数日。王都までもう少しというところで、横槍が入った。
「チッ……面倒な」
「え?」
オリアが楽しそうに冬夜に話しかけている最中、冬夜が不機嫌そうに舌打ちを一つする。
「あ、その、すみません。私の話、つまらないですよね……」
申し訳なさそうに謝るオリア。
「いや、あんたじゃない」
冬夜は誤解の無いようにそう言うと、窓を開けて御者に言う。
「おい、馬車を止めるなよ! 全力で進み続けろ!」
「え、は!? 急にどうしたんだ!?」
ここ数日まともに会話をしていない冬夜が急に声をかけてきたので、思わず驚いてしまう御者を務めている騎士。御者の騎士だけではなく、馬車を囲うようにして進んでいた騎士達も驚く。
驚く騎士達に構う事無く、冬夜は大剣を持って馬車の扉を開ける。
「お前は此処に居ろ。良いな?」
「にゃあ」
結局、ずっとついてくる黒猫にそう言って、冬夜は馬車を飛び降りる。
着地と同時に馬車と並走し、冬夜は嫌な気配を感じた方を見る。
一行の後方から、何かが迫ってくる。
「なんだ、アレ……」
それは、奇怪な姿をしていた。
動物。それも、四足の肉食獣のような風体をしているけれど、獣の|尾骶骨(びていこつ)辺りから、|百足(むかで)のような胴体が伸びており、獣の口の中には虫のような|顎(あぎと)が見え隠れしていた。
見てくれだけ言えば魔獣ノ王の配下だろうけれど、明らかに魔獣ノ王の配下ではない特徴が見えている。獣の眼は白く濁っているので、あの身体の主導権をどちらが握っているかは明白だ。
「……まぁ、どっちだって良いさ」
どちらにしたってやる事は変わらない。冬夜はただ殺すだけだ。
騎士達も異形の存在に気付き始めたところで、冬夜は一つ跳躍して異形の元へと向かう。
「死ね」
空中から、大剣を勢い良く振り下ろす。
蟲付きの獣は俊敏に反応し、冬夜の大剣を避ける。しかし、冬夜の攻撃はたったの一撃では終わらない。
即座に距離を空けた獣に詰め、冬夜は大剣を振るう。
が、獣の横っ腹から突如飛び出してきた何かによって大剣は受け止められる。
「――っ」
突然の事に多少驚くも、驚愕する程ではない。とんと地面を一つ踏み、|禍爪(まがつめ)を放つ。
「ィィイイイイギギギギギギギィィィィイイイイイイイイッ!!」
百足の脚を幾つか吹き飛ばせば、獣は苦しそうに呻き声を上げる。
しかし、その声は獣の咆哮などでは決してない。虫が威嚇する時に顎を鳴らすような、金属をこすり合わせる様な、そんな不快な音だ。
「……! なるほど、そういう事か」
獣は鳴きながら、その内側から本体が姿を現す。
獣の皮を剥ぎ取り、中から姿を現したのは、|蟷螂(かまきり)のような頭をした蟲だった。
不格好に獣の皮を中途半端に被りながら、丸みを帯びた鎌を背に持ち、鋭利な鎌を前面に持つ、奇怪な蟲。
蟲はそもそもが奇怪な者だけれど、そもそもの|範疇(はんちゅう)から逸脱するくらいには、その蟲の見てくれは異常だった。
やはり、こいつは獣では無かった。恐らく、獣の中に寄生でもしていたのだろう。
どちらにしろ関係は無い。冬夜は相手をただ屠るだけだ。
接近、大剣を振り下ろす。
金属同士がぶつかり合うような硬質な音が響き渡る。冬夜の大剣を蟲が鎌で防いだのだ。
「まぁ、そうなるわな」
防がれる、という事は分かっている。この大剣と冬夜の膂力ですら切り落とせない硬質な外殻を切り落とすには、冬夜ではまだ技量不足だ。
だから、力尽くで押し切る。
「――ッ!!」
オドの力を引っ張り出す。
体中が力で満たされる。
「お、らぁッ!!」
オドの力の膂力で無理矢理外殻ごと押し切る。
蟲の鎌を切断すれば、蟲は絶叫を上げる。
百足の胴体がのた打ち回り、地面を抉る。
着地した冬夜の元へのた打ち回った胴体が迫るけれど、それを冬夜は一刀で斬り捨てる。
身体を支える胴体が無くなった事で、蟲はバランスを崩す。
前のめりになり、前方へと倒れてくる頭を冬夜は一刀両断する。
金属をこすり合わせたような断末魔を上げ、蟲の命は尽きた。
「……やっぱ、まだまだだな」
倒せたとはいえ、結局はオドの力に頼ってしまう。冬夜にはまだ地力が足りない。
冬夜は死体には目もくれずに、オリア達が進んでいる馬車に追いつくために走り出す。
オドの力を使えばすぐだけれど、連戦するかもしれない事を考えるとあまり不用意にオドの力は使えない。
しかし、今の冬夜の脚力であれば馬車を引く馬の速度に追いつくなど造作も無い事だ。
少しして、馬車に追いつき、そのまま馬車に乗り込む。
「よっと……なっ、このっ」
少しだけ大剣を入れるのに難儀しながら、ようやっと馬車の中に入り一息つく。
「お疲れ様です、トウヤ様」
「ああ」
「これ、よろしかったら」
言って、水筒を差し出してくるオリア。
「……悪い」
「いえ。それにしても、お強いのですね」
「これぐらいは出来て当然だ。俺なんてまだまださ」
「ご謙遜なさらないでください。戦いぶりを見ていましたけど、まるで英雄アステルのようでした。とても勇ましく、|逞(たくま)しい戦いぶりでした」
「それはアステルに失礼ってもんだ。アステルなら、もっと上手くやる」
実際、アステルであればオドの力を使わなくても楽に勝っていただろう。オドの力を使った冬夜と互角に渡り合える程の膂力に、大剣をまるで手足のように扱う事の出来る技量。アステルであれば、最初の一刀で鎌を切り落とせていただろう。
「いえ。大英雄亡き今、あれだけの活躍が出来る者もそうはいません。自信をお持ちになってください」
にこりと含むところも無く、自然な言葉で冬夜を褒めそやすオリア。
「そいつはどうも……」
褒められたものではない。冬夜の力は全て他人から奪ったものだ。力も、魂の大きさも、剣も、技も、全て他人から奪ったのだ。復讐の道具以外にはなり得ないこの力を褒められたところで、冬夜はその言葉を素直に受け止める事は出来ない。
「……話は変わるが、あの蟲は頻繁に現れるものなのか?」
褒められて居心地が悪かったから、という訳では無いけれど、冬夜は話しを変える。
冬夜の問いに、オリアは顔を曇らせて答える。
「はい……時折、あのように現れます。厳しい山脈を超えてなのか、海を渡ってなのかは、分からないですけれど……」
「そうか」
蟲――蟲毒ノ王の配下がこうして現れる事は珍しい事では無いようだ。時たま現れ、人畜に被害を与えたりしているのだろう。
「しかし、最早時折では済みませんね……」
ぼそりと、オリアは物憂げな表情でそうこぼす。
意識していたものでは無かったのだろう。口に出ていた事すら気付いていない様子だ。
冬夜はその言葉をしっかりと聞いていたけれど、特に何を言うでも無かった。
少し馬車は進み、いったん馬を休ませる事になった。時間的にもすでにお昼時だし、皆の集中力も限界だろうという判断だった。
確かに、急いでいるとはいえ強行軍をして全滅してしまっては元も子もない。
馬を止め、一行は道から少し外れた位置で火を起こして食事を始めた。
皆が集まって食事をしている中、冬夜は離れたところで黒猫と一緒に食事をする。
得体の知れない者とは昼食を取りたくないだろうという冬夜なりの配慮だったけれど、ちらほらと冬夜を気にする者も少なくないので、少しばかり逆効果ではあった。
「隣、良いでしょうか?」
そんな冬夜の隣に、ヘレナが座る。
まだ返事をしていないのに座っているので、元からどう言われても座るつもりだったのだろう事は明白だ。初対面の時から思っていたが、どうにもこのお嬢様は押しが強い。問答が面倒になってこの手の問いを無視している冬夜も悪いのだけれど。
「先程の戦いぶり、お見事でした。まるで、大英雄もかくやの剣捌き。思わず見惚れてしまいました」
「……さっきシスターにも言ったが、それはアステルに失礼だ」
「そうですか? 大英雄の英雄譚とそぐわない戦いぶりでしたが」
「アステルと俺とじゃ戦い方が違う。アステルの方がより洗練されてる」
「そうですか。トウヤ様が言うのでしたら、そうなのでしょうね」
冬夜の言葉に、あっさりと納得をするヘレナ。
しかし、彼女も含みの無い笑みを浮かべて冬夜に言う。
「しかし、彼の大英雄も初めから強かった訳ではありませんでしょう。トウヤ様もこれから大英雄のように強くなることでしょう」
「いや、それは無い」
ヘレナの屈託のない言葉に、しかし、冬夜は即座に否を返す。
あまりにも早く、力強い言葉に、ヘレナは思わずびくりと身を震わせる。
「アステルと俺は前提条件が違う。それに、俺は確実にアステルとは別の道を進んでる」
アステルは英雄譚を紡いできた。けれど、冬夜はそんな華々しい物語を紡ぐこと端出来ない。弑逆とは華々しさとは無縁であり、泥臭く、歪で、時には嫌悪感すら覚える様な道筋なのだろう。
例え最終的な立ち位置が同じだとしても、その過程が違えば見える姿もまた違う。
冬夜は自分が英雄になれない事を知っている。
「……では、トウヤ様はどのような道を進んでおられるのですか?」
「六王を殺す。それだけの道だ」
冬夜の道にはもうそれしか残されていない。
仲間も、栄誉も、仕える主も、誇りも、何も必要ない。ただ貪欲に食らいつき、ただ確実に六王を殺す。
「それは……」
なんて、物悲しいのだろう。それだけの道しか進めない事を、ヘレナは素直に悲しく思う。
しかし、出会ったばかりの相手に、進むべき道を否定されたくは無いだろう。それを理解しているからこそ、ヘレナはそれ以上は言わなかった。
「辛くは、無いですか?」
だから、別の言葉をかける。否定はしない。肯定もしない。ただ、その道筋を辿るという冬夜に、そう尋ねる。
「どうかな」
冬夜はそう言って誤魔化す。心中を明かすには、ヘレナとの付き合いは短すぎた。
「……トウヤ様、よろしければ、別の道を提案させていただいてもよろしいですか?」
「別の道?」
「はい」
めげずに、冬夜に言葉をかけるヘレナ。彼女が何故そこまで自分に構うのか、その理由を知らない冬夜ではない。
「一緒に六王を倒そうって話なら断るぞ」
「いいえ、違います。そんな簡単な道ではありません」
「……」
六王を倒す事が簡単な道と言われ、冬夜は少しむっとしてしまう。けれど、怒る間も無くヘレナは言う。
「一緒にこの国を護り通しませんか? トウヤ様のご助力が在ればとても心強いです」
「なっ!? いけませんヘレナ様!!」
「へ、ミア!?」
ヘレナの言葉に反応したのは、冬夜ではなくずっと近くで盗み聞きをしていたミアだった。
「こんな得体の知れない男の力など借りずとも、我々が身命を持って祖国を守り抜きます!」
ヘレナの前まで移動し、騎士としての最敬礼である左胸に手を添える恰好で、ミアは言う。
「……ミアのその心意気はとても嬉しいのですが、未だ王は六なのです。その意味が、わからない貴女では無いでしょう?」
「そんな事は関係ありません! 私達が無力だと侮っている奴らの鼻を明かしさえすれば――」
「私達人類は七つ目の勢力としてすら数えられていません。虎の子も鬼札もありません。そんな私達がどうやって六王の鼻を明かすと言うのです?」
「そ、それは……」
ヘレナの言葉に、ミアは言い淀む。
ヘレナの言葉は全て正しい。人類は、人間は、七つ目の脅威となり得ていない。そもそも、王の器が六の時点で、人間は王達の戦いから外れたのだ。
「ミア、貴女の忠誠は私も嬉しく思います。ですが、今必要なのは、英雄なのです。それこそ、大英雄アステルのような」
言って、ヘレナは冬夜を見る。
「その男に、その資格が在ると?」
「先に言わせてもらうが、俺にその資格は無い」
それに、お前達の王になるつもりも無い。そう、胸の内で続ける。
冬夜は英雄ではなく王なのだ。資格としては、この国の王になる事が出来るだろうけれど、それもご免である。
「俺は英雄にはなれない。言ったよな、俺の道は六王を殺す道しか無いって」
その道の先には英雄はいない。いるのは、ただただ己の使命と定めた復讐を行うだけの、ただの復讐者であり、殺戮者だ。
立ち上がり、二人の元から離れる。
「英雄が欲しいなら他を当たってくれ。俺とあんたらの関係は王都までだ。そっから先は関わる事も無いだろうよ」
大剣を担いで、馬車へと向かう。
悲し気な視線が背後から冬夜を射抜く。しかし、冬夜は振り返らない。振り返ってしまってはその気持ちに答えてしまう事になる。
それは出来ない。それはしてはいけない。それをする資格は、冬夜には無いのだから。
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