第3話 仕切り直し

 異界の門を潜り、冬夜の目にまず飛び込んできたのは廃れた小屋だった。


「此処は……」


「此処はアステルの墓所。広大な土地を墓場とし、複数の|墓守(はかもり)がこの地を管理します」


 冬夜の疑問に、アリスが淡々と答える。


「管理、ねぇ……」


 呟きながら、冬夜は周囲を見渡す。


「とてもそうは見えないけどな」


 冬夜の言う通り、小屋とは反対側にある墓地は荒れ果てており、とても管理が行き届いているとは思えなかった。


「普段であれば墓守が墓地を綺麗に保ちます。ですが、此処には最早墓守は存在しません」


「なるほどな。管理者がいなくなれば、荒れ放題にもなる訳だ……」


 一つ頷き、冬夜はアリスの方を向き直る。


「で、俺を此処に連れてきてどうするつもりだ? 敵の事、教えてくれるんじゃないのか?」


「ええ、御教えいたしますとも。ただ、時間は有限です。トウヤ様を鍛えながら、事の次第についてご説明いたします」


「鍛える?」


「はい。後ろをご覧ください」


 後ろには墓がある。それは先程確認した。それ以外に何かあっただろうか?


 そう思い、冬夜は振り返る。


「――え?」


 振り返った直後、視界一杯に何かが写り込む。


 汚れた白に、虚ろな大きな穴が横並びで二つ。その下に、小さな穴が空いており、更にその下には小粒な白いものが並んでいる。


 それが頭蓋骨である事を少し遅れて認識したと同時に、身体に衝撃が走る。


「がっ……!」


 何かに貫かれる。貫かれた場所が熱を帯び、痛みとなって主張する。


「ぁ……がっ……」


 貫いたそれを掴もうとしたところで、それが乱暴に引き抜かれる。


「ぁぐっ……」


 身体に力が入らず、その場に崩れ落ちる。


 身体が地面に叩きつけられる。本来であれば痛みがあっただろうけれど、あるのは身体を揺らす衝撃だけ。何故だか、痛みは感じなかった。


 何かが身体から流れる。それが地であり、命である事をどこか冷静な部分で理解した。


 死ぬ……? 俺、死ぬのか……?


「あら。存外簡単にやられてしまうのですね」


 アリスはそう言いながら、その場にしゃがみ込んで冬夜の顔を覗き込む。


「ぁ、り……す……」


「はい、なんですか?」


 なんですかじゃない。助けてくれと心中で思うしか出来ない。最早口は満足に動かず、身体もろくに動かない。


「ああ、これでは死んでしまいますね。もう助かりません」


 ぐりぐりと傷口を指で弄りながら、アリスはいつも通り微笑みを浮かべながら言う。


「残念です。もっとやってくれると思っていたのですが……まぁ、平和な世界で過ごしていれば仕方ないですね」


 言いながらアリスは立ち上がり、冬夜の足を持って冬夜を引きずって歩く。


 魔女なら魔女らしい手段で移動させろと思いながらも、ふと気付く。


 俺、死にそうな割には余裕があるな……。


 そう、冬夜は今まさに死ぬ寸前。命は風前の灯火なのだ。だというのに意識は一向に薄れず、余計な思考をする余裕さえある。


 身体はずっと痛みを訴えている。その痛みは心臓部分から感じる。


 冬夜は心臓を貫かれた。即死してなかったとしても、そう長くはもたない傷だ。それなのに、これだけの余裕がある。


「あら、お気づきになられました?」


 振り返り、くすりと笑みを浮かべながら古びた小屋の扉を開けて中に入る。


 小屋の中は外観とは違い、小綺麗な家具や食器などが置かれていて、荒廃した様子は無く、むしろ生活感があった。


 アリスは冬夜をベッドに放り投げてから、自分は椅子に座りどこからともなく取り出したティーカップに、これまたどこからともなく取り出したティーポットから湯気の立つ温かな紅茶を注ぐ。


 砂糖やミルクを入れずに、そのまま一口。


「ん、美味しいです」


 人が死にかけてんのに呑気にお茶しばくな。それに、死にかけの奴をベッドに放り投げるとはどういう了見だ。


 などなど、文句は言いたいけれど、今は口が動かない。それどころか身体がまったく動かず、痛みすらも無い。


 先程までは痛みがあったのにと思っていると、アリスがくすっと微笑んで説明をする。


「トウヤ様には『王の器』があると、私は言いましたよね?」


 頷く事も出来ない。そして更に言えば視界を――つまり、眼球を動かす事も出来ない。そのため、アリスに何かしらのアクションを返す事が出来ないのだ。


 しかし、アリスはそれを承知しているのか、構わずそのまま話を続ける。


「トウヤ様の持つ『王の器』とは、すなわち魂を収集するための器にございます。現在、トウヤ様の器には四八億九〇二七万三二三八の魂が収まっている状態です」


 その膨大な数字は、こちらに来る時にも聞いた。その数が何を意味しているのか、分からないトウヤではない。


 その数は、地球で殺された人達の魂の総数なのだろう。それが、冬夜の王の器に納まっているのだ。


「はい。今しがたトウヤ様がお気付きになられた通り、トウヤ様の器に収まっている魂は、トウヤ様の世界で殺された者達の総数です。そして、先程不甲斐無くもトウヤ様が殺された事により、その総数が二つ減りました」


 俺が殺されたから? いったいどういう……ていうか、やっぱり俺殺されたのか?


「トウヤ様は殺されました。しかし、トウヤ様はまだ死んではおりません。何故だか分かりますか?」


 そう聞かれても答えられる訳が無い。さては死人に口なしという言葉を知らないなと思いながらも、なんとなく予想はついてしまう。


「はい、大正解です。トウヤ様の死を器の中の魂に肩代わりしてもらいました」


 よくできましたとぱちぱちと控えめに拍手をするアリス。


「正確には、肩代わりではありませんけれど。殺された事により、トウヤ様の魂は傷付き、消耗しました。その消耗と傷を他の魂で補い、補強しているのです。本来、現在のトウヤ様程度の魂の質であれば一つで充分事足りるのですが、それではトウヤ様を鍛える事になりません。トウヤ様の魂の質を高めるべく、もう一つ余分にトウヤ様の魂にねじ込んでいます」


 つまり、冬夜の魂を修復しつつ強化しているらしい。そんな事が可能なのかと思いながらも、現状を鑑みるにそれが出来てしまっているのだろう。


 他人の魂を自分の魂にねじ込む。その異様さに、一瞬背筋が凍える。


 俺は、他人の魂を犠牲にして死を|免(まぬが)れてるって事だよな……?


 その事実を認識した途端、今は動かない胃から何かがせり上がってくる感覚に襲われる。


 感覚だけ、本当に何かがせり上がってきている訳ではない。それでも、口の中が酸っぱくなるような不快なものが身体の奥から溢れ出る感覚に、本当に吐き戻してしまうのではないかと錯覚してしまう。


 そんな冬夜の様子に気付いていて無視をしているのか、それともただ単に気付いていないのかは分からないけれど、アリスは続ける。


「今のトウヤ様は仮死状態と言っても過言ではありません。まぁ、それも数分の事です。直(じき)に魂の修復と補強が終わります。そうすれば、トウヤ様は以前のトウヤ様よりもお強くなっているはずです。ほんの一人分くらいですが」


 優雅にお茶を飲みながら、アリスは人差し指を立てて部屋の隅に置いてある大きな篭の蓋(ふた)を触れずに開ける。


 開けられた篭の中から、衣服や剣が一人でに浮かび上がりテーブルの上に綺麗に畳まれて置かれる。


「こちらはトウヤ様の武具になります。お古(ふる)になってしまいますが、幸い体格はそう変わりませんし、大丈夫でしょう」


 アリスの言う通り、テーブルの上に置かれている武具にはところどころ汚れや繕った痕が残っていた。


 剣にも打痕が幾つもあり、その剣がたいそう使い込まれている事が窺える。


「なぁ、誰のお古なん……あ、喋れる」


 今まで頭で思っていた事が口を突いて出てきた事に気付けば、冬夜は起き上がって自分の身体を確認する。


 まず、貫かれた胸の辺りを触る。そこにはすでに傷は無く、薄っすらと傷痕が残る程度であった。


 本当に俺は一度死んだのか……? いや、仮死状態って言ってたっけ……。


「トウヤ様は誰のお古か分からなければお使いになれないのですか?」


 起き上がった冬夜に、アリスは言う。当たり前だけれど、起き上がった事に驚いた様子は無い。


「いや、そういう訳じゃないけど……」


 アリスの問いに言いよどむ。


 ただ、少しだけ気になりはする。アリスが所持しているという事は、アリスの知り合いの誰かの衣服だろうから。


「でしたら、着替えてください。時間は有限です。早速実戦をしましょう」


 冬夜を急かすアリス。


 自分は呑気にお茶してるくせにと思いながら、冬夜はアリスから見えない位置に移動して着替え始める。


 この小屋には別室というものが無く、アリスが見ていないところで着替えるしか出来ない。


「……なぁ」


「なんでしょう?」


「此処って安全なのか? さっきの奴が入って来たりとかは……」


 外に、先程自分を刺し殺した相手がいる事に遅まきながら気付き、小屋の扉を気にしながらアリスに問う。


「安心してください。この小屋にあれが入ってくる事はありません。魔術的な防御がかけられていますので」


「そうか。……って、魔術?」


「はい。魔を用いて行使される術。それが魔術です」


「へぇ……そんなんもあるんだな」


 魔術という単語には聞き覚えがある。ゲームや小説などで馴染もある。実際に見た事も触れた事も無いけれど。


 説明を聞きながら、手早く着替える冬夜。幸いにして、服の方は着方に困るような造りをしていなかったのでどうに一人でも着る事が出来た。


が、問題は防具の方だ。胸当て、籠手(こて)、具足(ぐそく)などは着用した事が無いため、着用の仕方が分からない。


「なぁ。これ着方分からないんだけど?」


「はぁ……仕方ないですね」


 一つ溜息を吐いて、アリスは立ち上がる。


 冬夜の傍まで行き、それぞれ武具を説明しながら着けてくれる。


 アリスに着付けをしてもらい、冬夜は武具の具合を確認する。


「どこかきついところなどはありますか?」


「いや、大丈夫だ」


「なら良かったです。では、早速行きましょう」


「……ああ」


 一瞬、返事を躊躇ってしまう。けれど、此処で躊躇していても仕方が無い。冬夜の目的は黒幕の|鏖殺(おうさつ)。どんな敵が相手だろうと、物怖じなんてしてられない。


「そう言えば、黒幕とかの説明っていつしてくれるんだ?」


「時間を見て説明させていただきます。そうですね……休憩中や、食事の時などにでも。それ以外は、トウヤ様は戦う事だけに集中してください。四十八億も蓄え(ストック)があるとは言え、復活に消耗してしまうのは勿体無いですからね」


 蓄え(ストック)という言い方に苛立つけれど、アリスがどこか自分と価値観がずれているのはなんとなく理解しているため、一々突っかかったりはしない。


 冬夜は復讐さえ果たせれば良い。アリスがどんな人物だろうと、手を組むことを選んでしまった以上は関係のない事だ。


「あ、トウヤ様。剣は抜いておいた方が良いですよ? またいつ襲われるか分かりませんからね」


「……そうだな」


 冬夜は慣れない手つきで腰に下げた剣を抜く。


 剣はところどころ錆びており、鞘以上に打痕が酷かった。


「……これで本当に戦えるのか?」


「ええ。ぼろぼろではありますが、並みの武器よりも頑丈です。この剣の傷は、歴戦の証です。決して、粗悪な剣という訳ではありませんよ」


 そうアリスは言うけれど、正直不安だ。冬夜に剣の覚えはなく、また、誰かと本気の喧嘩をした事だってない。


 慣れさえすればそれなりに戦えるとは思うけれど、最初の内は不安だ。正直武器ぐらいは良い物を使いたいと思ってしまう。


「では、行きましょうか」


 けれど、冬夜がもう少し良い武器を|強請(ねだ)る前に、アリスは無慈悲に小屋の扉を開け放つ。


 渋々、冬夜は今の装備のまま戦う事に。


 剣を握り、冬夜は小屋の外へ一歩踏み出す。


 そこには、先程と同じ荒れ果てた墓所が広がっていた。けれど、一点だけ違う要素が含まれていた。


 名の知れぬ誰かが眠る墓の前。そこに、何かが立っている。


 薄汚れた白の骨。その上に簡素な鎧を纏い、手には折れた剣を持っている。折れた剣からはまだ新しい血が付着しており、この者が自身を殺したのだと理解する。


 月光に照らされるそれは、骸骨と表現するのが相応しいくらいに肉が無かった。


 骸骨兵士に向かって、一歩、また一歩と踏み出す。


 装備も、有効範囲(リーチ)もこちらの方が上だ。


 走り、肉迫して、冬夜は剣を振り下ろす。


「――ッ!?」


 しかし、振り下ろした剣は空を切り、地面に突き刺さる。


 避けられたと理解した直後、首に熱を感じた。


「かっ……!?」


 首から温かい何かが流れる。


 それが血である事に遅まきながら気付くけれど、気付いたところで時すでに遅し。今度は腹部に熱を感じる。


「ぐっ、かっ……!!」


 腹部から何かが引き抜かれ、支えを失った冬夜はその場に倒れ込む。


「はぁ……仕切り直し(コンティニュー)ですね」


 溜息を吐きながら、倒れた冬夜の足を持って引きずり、アリスは小屋へと戻る。


 骸骨はそれを見送ると、墓の前まで戻った。





『アステルの墓所』

誉れ高きアステル騎士団の団員達が眠る墓所。

広大な敷地面積と、英霊達の眠り場に相応しい立派な造りをしていたが、今では見る影も無く荒れ果てている。

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