第4話 六王と王の器
この世界には六人の王がいる。
古龍ノ王。
屍骸ノ王。
巨人ノ王。
精霊ノ王。
魔獣ノ王。
蟲毒ノ王。
それぞれが王の器を持ち、魂を食らって力を得ている。その力は強大であり、凡百の英傑では相手にはならない。
互いに力が強大ゆえに、睨みあった状態で小競り合いだけが続いている。王と王がぶつかれば互いに無傷とはいかず、たとえ勝ったとしても、他の王に疲弊しているところを狙われてはひとたまりもないからだ。
そんな睨み合いが続いて数百年と少し。各王を擁立(ようりつ)する魔女が、相手陣営を出し抜くための策を見つけ出した。
「それが異世界です。異世界の魂を回収し、各王の器に注ぎ込み、王の力を増大させようとしました。まぁ、失敗に終わった訳ですけれど」
ちくちくと冬夜の服を繕いながら、アリスは語る。
「トウヤ様の世界にも王の器は何人かいました。しかし、そのことごとくが瞬殺され、残った王の器はトウヤ様ただ一人になりました」
だからこそ、殺された者達の魂は王の器の所有者である冬夜に集まった。いや、集められた(・・・・・)とう言うべきだろう。
冬夜の、冬夜の世界の王の器は今まで蓋をされていた状態だ。大きな争いの必要が無く、また、王の器の所有者たちに闘争心があったとしても、その闘争に他者の魂が必要なかったからだ。
だからこそ、冬夜の世界の王の器には蓋がしてあった。
けれど、そうも言っていられない事態が起こる。そう、異世界からの侵攻だ。異世界からの侵攻により、短時間で多くの命が失われた。その中には王の器の所持者もいた。
王の器の所有者とは、それすなわち世界に選ばれた者。世界が、王になるに相応しいと見込んだ者。それの王の器が死亡してしまったがために、|急遽(きゅうきょ)、まだ生き残っていた冬夜の王の器の蓋が開けられてしまった。
王の器の蓋が空いた事により、世界中で殺された人々の魂が冬夜の王の器に集まった。
そのため、冬夜の王の器には莫大な数の魂が収められているのだ。
「王達はトウヤ様の世界には足を運びませんでした。王の居ぬ間に他に攻められたくは無かったのでしょう。それが幸いしたのか、トウヤ様の世界の魂は王達の器に入る事は無く、全てトウヤ様の器に入った訳です」
王達が冬夜の世界に足を踏み入れていれば、魂は一番近い王の器である六の王達の器に入っていたはずだ。けれど、王の器は世界に一つしかなかった。
「六王の目的は異世界の魂の回収。少しでも他の王を出し抜こうとしたわけですね。まぁ、トウヤ様が王の器の所有者だったために、その目的も頓挫してしまったわけですが」
「つまり、俺達はその六王とやらのくだらねぇ争いに巻き込まれたって訳か……」
起き上がり、冬夜は言う。
つい先程、通算十三回目の死を迎え、魂の修復をしている最中だった。その間にアリスが冬夜の世界が襲われた理由と黒幕を話していたのだ。
「そういう事になります。ただ、彼らはくだらないとは思っていないでしょう。何せ、世界の王になればこの世界の法(・・・・)を変えられるのですから」
「法律なんざ自分でどうにかしろよ。王様だろうが」
「ああ、いえ。国の法律ではございません。先程申しました通り、世界の法です」
「世界って、この世界のって事か?」
「はい。他の王の器を奪い、全ての王の器を集める事で世界を変える力を得ます。それこそ、善良な市民に対して死刑と一言言うだけで、その者が世界から消滅するレベルの力です」
「んだよそれ、無茶苦茶じゃねぇか」
無茶苦茶で、その上横暴だ。善良な市民を言葉一つで消滅させるなんて、到底まともだとは言えないだろう。
「ええ、無茶苦茶ですよ。けれど、心無き王が世界の王になればそうなります。理不尽がまかり通ります。なにせ、王こそが法なのですから。王の理不尽もまた世界の法なのです」
王の気分次第で法が変わるような世界であれば、そんな世界は遠からず滅んでしまうだろう。それならそれで冬夜は良いのだけれど、滅びない可能性だってある。それに、自分の手で引導を渡さねば冬夜の気は晴れそうにない。
「というか、王を擁立する魔女は何が目的なんだ?」
「さぁ? 彼女達の事はさっぱりです」
「さぁって……」
「私は彼女達と面識は殆どありませんし。そもそもこれから殺す相手の事なんて興味もありませんし」
淡々と言ってのけ、自身が縫った服を見て満足そうに頷くアリス。
アリスは冬夜に服を手渡しながら言う。
「それに、知ってしまえば殺す意思も鈍るというものです。トウヤ様も、相手の事なぞお気になさらず、存分に殺してください」
「……そうだな」
なんであれ、どんな事情があれ、冬夜には関係のない事だ。どんな事情も、冬夜の家族を奪っていい理由にはなりえないのだから。
冬夜の心に迷いは無い。王は殺す。魔女だって殺す。それに与していた奴も全員殺す。ただ、それだけだ。
「さて、そろそろ良い時間ですし、お夕飯にしましょう」
「いや、もう少し戦ってくる。さすがに一回も勝てないまま一日目を終わりたくない」
散々挑んだ冬夜だったけれど、あの折れた剣を持つ骸骨にはついぞ勝つ事が出来なかった。攻撃を当てる事は出来たけれど、それも致命傷覚悟のものだ。戦い慣れてはいないとは言え、最初の敵に致命傷覚悟でしか傷を与えられないのであれば、この先やっていくのは難しいだろう。
十三回も戦えば少しは相手の事も分かってきて、攻撃にも目が慣れてきた頃だ。もう何度か行けば勝てる気がする。
そう意気込んで立ち上がったけれど、アリスがとんと冬夜の身体を押してベッドに無理矢理座らせる。
「駄目です。トウヤ様、最後の方は勢いだけでしたよね? 集中力が切れている証拠です。何度も死ねるとは言え、蓄え(ストック)も有限です。これ以上は蓄え(ストック)の無駄遣いです。それに、何のために私が服を繕いなおしたと思うのですか? 折角繕ったのにまた行って大きな穴を空けられても、私もう今日は繕いませんよ? 無駄に意気込んでないで今日はもう休んで頭を冷やしてください」
そう冷ややかな笑顔で言われれば、集中力が切れかけてきている自覚があるし、戦いを挑んでも死んでしまうのが目に見えている冬夜は何も言えない。確かに、もう一度服を繕いなおしてもらうのは忍びない。
こくりと頷いた冬夜を見て、アリスもこくりと頷く。
「では、そこでじっとしていてください。私はお夕飯を作ってしまいますので」
「なんか手伝うか?」
「結構です。邪魔なので」
「さいですか……」
初めて会った時はもう少し言葉が柔らかかったような気がすると思いながら、確かに自分はそこまで料理が得意だという訳でもない事を思い出し、足手まといになるくらいなら引っ込んでいた方が良いと自分で納得する。
折角起き上がったけれど、冬夜はベッドに身を投げる。
休めと言われたので休む。疲れていたのか身体が重い。
それはそうだろう。産まれてこの方剣なんて握った事も無いし、戦った事も無い。精神的に疲弊もすれば、肉体的に疲弊だってする。
休みながら、冬夜は少し気になった事をアリスに尋ねる。
「なあ、さっき夕飯って言ったよな?」
「はい、言いました」
「此処、俺が来た時から夜じゃなかったか?」
「ええ、そうですね」
「俺が来てから結構時間経ってるけど、日が昇る様子が無いんだけど……」
此処、アステルの墓所に来てから、そこそこの時間が経過している。にもかかわらず、個の墓所はずっと薄暗いままであり、夜が明ける気配が一切無い。
古びた外灯(がいとう)が薄く照らしてくれてはいるけれど、はっきりとした灯りではないために、墓所の細かなところが見えない。
それに、薄暗い中での戦闘は難しく、敵だけではなく足元にまで注意をしなければいけないのだ。一度、転んだところを突き刺されたのは屈辱だった。普通に負けるよりも悔しい。
そんな一個人の感想はさて置いて、冬夜の指摘は的を射ている。
「トウヤ様の疑問の通り、このアステルの墓所は常に夜です。そして、この夜が明ける事はありません」
「てことはずっとこの視界のままか……かなり厄介だな……」
「いえ、そうでもありませんよ」
鍋に切った食材を入れながら、アリスは言う。
「この墓所の夜は魔術的に作られたものです。その魔術を解けば、この墓所の夜を晴らす事は可能です」
「そうなのか?」
「ええ。その場合、敵の能力も半減します。骸骨霊(スケルトン)は夜の魔物なので」
「朝日を浴びたら消滅、っていう訳でもないんだな」
「下級骸骨霊(スケルトン)であれば陽気に当てられて消滅します。しかし、この墓所の骸骨霊(スケルトン)は別格ですので」
「は? 普通の骸骨霊(スケルトン)じゃないの?」
「はい。普通の骸骨霊(スケルトン)でしたら、トウヤ様でも問題なく倒せます」
包丁を振って、一刀両断ですと言ってのけるアリス。
そんなアリスを、冬夜は目を細めて見る。
「なんでいきなりレベルの高い相手と戦わせるんだ? こういうのはもっと段階踏むもんじゃないのか?」
「その時間が惜しいからです。王達は質はどうあれ、かつて無い程の魂が一つの王の器に収まった事をすでに知っています。当たり前ですよね、遠征に行って一つも魂を回収できていないのですから」
「やっぱり、四十八億ってのは多いのか?」
「ええ。この世界の人間の総量は軽く凌駕しています。全ての生物を合わせたら分かりませんけど、それでもそう簡単に手に入れる事の出来ない量の魂です。因みに、人間だけではなく、虫や犬などの魂もトウヤ様の器に入ってます。虫は小さすぎてあまり足しにはなりませんけどね」
四十八億もあれば、その中に犬猫、虫の魂が混じっていてもおかしくは無い。けれど、虫の魂が自分の魂の修復に使われるのは、なんだかあまりいい気はしない。
「ともあれ、王は各々新しく擁立された王の器を警戒しています。トウヤ様が無力である事を知られる前に、トウヤ様は強くならなければいけません」
「じゃなきゃ、俺は殺されて四十八億の魂も奪われる、か……」
「はい。そのために、トウヤ様の鍛錬は駆け足です。幸い、トウヤ様の王の器はこの世界のものではありませんので、魔女でも探し出すのに手間取るでしょう。何せ、この世界とは法則の違う器ですから」
「え、まったく同じって訳じゃないのか?」
「ええ。トウヤ様の世界の王の器と、この世界の王の器には違いがあります。魂を集めるというところは同じですけれど」
冬夜は、てっきりまったく同じものだと思っていた。
この世界にも、冬夜の世界にも存在しているから、同じ物だと思っていたのだ。
「この世界の王の器は、魂を収集し、他の王の器を集め、最後に残った王が世界の絶対的な権利を得る物です。対して、トウヤ様の世界の王の器は、魂を収集する事は変わりませんが分割されたままが完全な状態のようです。分割し、それぞれの王がそれぞれの地域を担当する。世界を複数が分割して管理するために、分割された状態が正しい状態なのでしょうね。まぁ、王の器が無くとも、トウヤ様の世界は大きな争いが無いので、蓋をされてしまったみたいですけれど」
説明をしながらも、夕飯が完成したので、アリスは皿に綺麗に盛り付ける。と言っても、スープとサラダとパンだけだ。盛り付けは簡単で、並べるのも手間ではない。
匂いにつられて冬夜は起き上がり、すでに座っているアリスの対面に座る。
「いただきます」
「どうぞ」
行儀よく食前の挨拶をしてからご飯を食べる冬夜。
「うん、美味い」
「それは良かったです」
くすりと微笑むアリスだけれど、いつも微笑んでいるのでそれが喜んでいるのか、もしくはなんとも思っていないのか全く分からない。
額縁通りに受け取ろうと自己完結させ、冬夜は夕飯を食べる。
「先程の話の続きですが、六王はトウヤ様の所有する大量の魂と王の器を狙っています。トウヤ様は、仮に六王に破れたとしても、六王に大打撃を与える程の力を手に入れなくてはいけません。互いに牽制しあっている六竦(ろくすく)みに食い込むのです。そうすれば、あちらも容易に手を出せません」
「なるほどな。因みに、猶予はどれくらいなんだ?」
「約三十日くらいだと考えております」
「一か月くらいか……」
その間に、六王の六竦みに食い込むほどに強くならなければならない。一か月でどれだけできるか分からないけれど、いずれ六王を殺すのだから、やらなければならない。
「ご安心ください。このアステルの墓所は鍛錬に最適な場所です。トウヤ様も三十日も戦い続ければ十分に力を得る事が出来るでしょう」
「そのためには、まずあれから倒さないとな……」
「ええ、頑張ってください」
言って、可憐に微笑むアリス。声音も若干優しいし、元が美人なので見惚れるほどに綺麗なのだけれど、普段からの毒舌や冬夜の足を持って引きずったりなどを考えると、やはりまったくもって額縁通りには受け取れないのだった。
『六王』
この世界に存在する六の王。
古龍ノ王。屍骸ノ王。巨人ノ王。
精霊ノ王。魔獣ノ王。蟲毒ノ王。
この世界の最強の六。多少の上下は在れど、その力は拮抗している。
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