第5話 王の資質

 アステルの墓所に来て一日が経過した。


 簡素なベッドで目を覚ました冬夜は、一瞬此処がどこだか思い出せずに困惑するものの、直ぐに此処がアステルの墓所にある小屋である事を思い出す。


「ようやくお目覚めですか。お早うございます、トウヤ様」


「ああ、お早う、アリス」


 起き上がった冬夜を見て、アリスが嫌味を言ってから挨拶をする。


 昨夜――と言っても、このアステルの墓所に朝は来ないけれど――、夕飯を食べ終わった後、冬夜が眠りに着こうとした時、アリスはベッドを譲ってくれた。最初は冬夜も断ったのだけれど、戦いには最適な休息が必要だと言って、この小屋に一つしかないベッドを譲ってくれたのだ。


 それを考えると、アリスの嫌味くらいは許しても良いだろうと思い、冬夜は何も言い返さない。


 アリスが作ってくれた朝ご飯を食べ、一息入れる間も無く冬夜は戦いに出る。


 三十日は猶予があるけれど、逆に言えば三十日しか猶予が無いのだ。そして、一日目は何の成果も得られずに終わってしまった。


 残りは約二十九日。この猶予もアリスの予想でしかないので、もしかしたら延びるかもしれないし、減るかもしれない。そして、そのプラスマイナスの最大値は未知数だ。あまり悠長に事を構えていはいられないのだ。


 鎧を着て、剣を下げ、いざ出陣。


 出会い頭に殺されても面白くないので、慎重に扉を開ける。


 扉を開ければ、そこは昨日散々引きずられた墓地がある。そして、昨日散々殺された相手である骸骨兵士が昨日と変わらずに立っていた。


「頑張ってください、トウヤ様」


「ああ」


 あまり心のこもっていない応援を貰いながら、冬夜は剣を構えて骸骨兵士のところまで向かう。


 慎重に、剣を骸骨兵士に向けながら、一歩一歩近づく。


 骸骨兵士も冬夜に気付いているのだろう。その虚ろな|眼窩(がんか)を冬夜に向ける。


「――ふっ!!」


 息を吐き、冬夜は一気に骸骨兵士に詰める。


 まずは先制。骸骨兵士の頭蓋目掛けて剣を振り下ろす。


 しかし、それを骸骨兵士はあっさり躱す。大丈夫だ、これは予想通り。昨日だって散々避けられたのだから。


 躱される事は分かっていた。大事なのは躱された後。


 冬夜は、攻撃を躱された後、敵の動きをまったく見れていなかった。敵の動きを見ていなければ、相手が次に何をしてくるのかも分からないし、自分が次にどう対応するのかも分からなくなる。


 戦闘中は、相手から目を離してはいけない。そして――


「右下振り上げ!!」


 ――相手の四肢の位置も把握している必要がある。


 声に出しながら、冬夜は右下から振り上げられる剣を避ける。


 相手の四肢の位置も把握していないと、思わぬところから攻撃が来る可能性があるし、しっかりと見ていれば次の相手の攻撃を予想出来たりもする。


 視線を一点に絞るな。一点じゃなくて全体を見ろ。


 自分に言い聞かせながら、冬夜は骸骨兵士に次の攻撃を仕掛ける。


 昨日散々殺されて分かったけれど、骸骨兵士の攻撃はそう速くは無い。目が慣れてしまえば、簡単に対処する事が出来る。


 右、左、上、右――。


 骸骨兵士の動きに目が慣れ、四肢を見る事で骸骨兵士の攻撃を捌けるようになってきた。


 骸骨兵士は、普通の骸骨霊(スケルトン)に比べて協力ではあるけれど、圧倒的に強い訳ではない。そも、骸骨霊(スケルトン)は生前よりもその能力値は大きく減衰する。脳があり、経験を積む事が出来る生物であるならともかくとして、脳も無く、経験を活かす事も出来ないのであれば、骸骨霊(スケルトン)の強さは|骸骨霊(スケルトン)として偽りの復活を遂げた時のままだ。


 対して、冬夜は争いの無い平和な現代日本で生活していたけれど、曲りなりにも王の器の所有者だ。戦いに対する資質は本物であり、十数回の死を経てその魂は通常の十倍ほどに膨れ上がっている。そしてそれは、身体面にも影響を及ぼしている。


 より強固に、より屈強に、より強靭に。


「お、らぁっ!!」


 下から掬い上げるように剣を振り上げる。


 元々局所的にしか防具を身に着けていない兵士は、それだけで身体を分断される。


 骸骨霊(スケルトン)を構成する仮初(かりそ)めの命である、肋骨の内に守られた霊核が破壊され、骸骨兵士はばらばらに崩れ落ちる。


「っし! どんなもんだ!」


 思わず小さく拳を握りしめてしまう冬夜。


「はい。お見事です。ですが、まだ最初の敵を倒しただけです。慢心せず、次の敵に映ってください」


「分かってるよ」


 折角の気分に水を差された冬夜は、少しだけ不貞腐れながらも墓所の奥に進んで行く。


 そんな冬夜の背中を見守りながら、アリスは冬夜に着いて行く。


 正直、後数回は死ぬと思っていた。


 王の器の所有者と言っても、向こうの世界は平和だったから。剣になれるにも、戦いに慣れるにも、もう少し時間がかかると思っていたのだ。


 実際、前の(・・)はもう少し手間取っていましたし……。


「これは、案外良い掘り出し物かもしれませんね」


 ぼそりと、意地の悪い笑みを浮かべてアリスは言う。


「ん、なんか言ったか?」


「いえ。トウヤ様頑張ってくださいと、背後でエールを送っていました」


「そらどうも」


 本気にしているのかしていないのか。恐らく冗談の類だろうと判断した冬夜は、アリスの言葉に適当に返す。


 これならば短期間であれ(・・)を殺せるくらいに成長してくれるだろう。その後は、もう用済みのあれ(・・)を始末すれば最高の結果になる。


「ふふっ、頑張ってくださいね、トウヤ様」


「言われなくても頑張るよ」


「ふふふっ」


 上機嫌に微笑むアリスを少しだけ訝しみながらも、冬夜は墓所を進んだ。





 最初の一体を倒した後は、順調に進んだ。


 一体一体出てくる骸骨兵士を捌きながら、何処に進めば良いのかも分からずに冬夜は脚を進める。


 しばらく歩いていると、また骸骨兵士が現れた。


 他の骸骨兵士と同じように、その骸骨兵士も倒そうとした。


 接近し、相手の四肢を良く見て、攻撃を捌く。


 相手の攻撃を弾き、大きな隙が出来たところを狙おうと剣を振ろうとした――その時、突然背後から衝撃が走る。


「――んがっ!?」


 混乱。しかし、相手は待ってくれない。


 大勢を立て直した骸骨兵士は冬夜を滅多刺しにする。当然、冬夜は戦闘不能。無事、死亡回数を重ねた。


「はぁ……トウヤ様の想像力の欠如にはがっかりです」


 言いながら、アリスは冬夜の脚を持って引きずる。いったん、小屋に戻るためだ。


 引きずられながら、冬夜の視界にそれが映り込む。


 骸骨兵士と並ぶ、槍を持った骸骨兵士の姿。


 そこで、冬夜もようやっと気付く。


 今まで一対一でしか戦ってこなかったけれど、この墓所にはおそらく数多くの骸骨兵士がいるのだ。いつ囲まれてもおかしくはないし、むしろ今まで囲まれなかった事の方が不思議なくらいだ。


「失念していましたね。そうです、この墓所には多くの|骸骨霊(スケルトン)がいます。一対一の場面もあれば、二対一、三対一の場面もあるのです。多対一の立ち回り方も学んでください」


 冬夜を引きずりながらお説教をするアリス。冬夜はアリスの正論にぐうの音も出ない。まぁ、今の冬夜には出せないのだけれど。


 ともあれ、これからは一対一の場面でも、周囲に気を配らなければいけないだろう。一対一にもまだ慣れていないのに、もう多対一の心配をしなくてはいけない事に、若干頭を抱える冬夜。


 しかし、強くなるためだ。文字通り死ぬ気で試行錯誤して、死ぬ気で会得するしかない。幸い、冬夜は人より多く死ねる。それを上手く活かして試行錯誤をすればいい。


 この骸骨兵士達に特に恨みは無いけれど、両親と幼馴染の仇を討つためには強くなる他ない。申し訳ないとは思うけれど、経験値になってほしい。


 冬夜は、アリスに引きずられながら多対一の立ち回りの事を考える。こうして移動している間も無駄にはしない。動けはしないけれど、考える事は出来るのだから。


 どうせアリスとは会話も出来ない。こちらの思考を読んだように話を進める事もあるけれど、たまに少しだけずれる。だから、何もかも分かっている訳では無いのだろう。それなら、思考に没頭していられるというものだ。


 冬夜は、多対一立ち回りについて考える。


 そんな冬夜の思考を邪魔するでもなく、アリスは冬夜を引きずる。


 いったん小屋に戻ろうかとも考えたけれど、思った以上に冬夜の回復が早すぎる。これでは小屋に着くよりも早く冬夜が回復しきってしまう。それならそれで良いのだけれど、引き返した分が徒労になるのはいただけない。そこまで冬夜を運んだ分が損になるから。


 なら、適当なところで良いでしょう。引きずるのも手間ですし。


 墓所にもベンチの一つや二つはある。大半は腐りかけて入るけれど、確か近場にまだ使える物が在ったはずだ。


 アリスは小屋へ向かう道から近くのベンチへと進路を変える。自分の思考に没頭している冬夜はその事には気付かない。


 適当なベンチを見つけ、アリスは腰掛ける。


 冬夜はそのままだけれど、死人に口なしだ。死んでいる間は文句も言えまい。


 それにしてもと、アリスは冬夜の|魂を(・・)見る。


 魔女という者は魂が見える。これはアリスだけに限った話では無い。六王の魔女も、それ以外の魔女も、魂を見ることが出来る。だからこそ、魔女は魂の収集器である王の器の所有者が分かるのだ。


 その魂を見る能力を使い、冬夜の魂を見て思う。


 回復が異常な程早い。他の王でも此処まで早くは無かったはずだ。


 魂とは繊細なものだ。そのため、回復には時間がかかる。自分の魂とは違う、他人の魂を使うのだから馴染ませるのにも時間がかかる。


 けれど、冬夜の魂は異常な速度で回復をしている。それに、アリスは勘違いをしていた。冬夜が他の者の魂で自分の魂を修復していると思っていたけれど、冬夜の魂は修復ではなく、他者の魂を食らって回復をしていたのだ。修復からの強化、ではなく、捕食からの回復と強化をしている。


 魂が見える魔女は、少しだけ王の器に干渉する事が出来る。だから、アリスは冬夜の魂に少しだけ大目に魂を与え、強化をしているつもりだった。けれど、実際は魂を食らっていたのだろう。


 やはり、この王は何か違う。異世界の王だから? いえ、それにしたってあまりにも特殊……。いえ、どうだって良いわね。特殊であれば、その特殊性に期待しましょう。


 アリスの目的は六王の失墜。王を殺す事こそアリスの目的。王を殺せるのであれば、冬夜が何者だって構いやしない。


 しばらくそうして休んでいると、冬夜の眼に光が戻る。


 冬夜は起き上がり、アリスを見る。


「小屋には戻らなかったんだな」


「ええ。その前にトウヤ様の回復が済むと思いましたので」


「まぁ、途中で俺が起き上がったら、戻った分二度手間だからな」


 言いながら、冬夜は立ち上がり、服に着いた汚れを払い落す。


「っし、じゃあ戻るか」


「はい」


 アリスは拾っておいた剣を冬夜に渡す。


 アリスから剣を受け取り、冬夜は来た道を戻る。


 特に引きずられた事と、地面に放置された事には何も思っていないのか、冬夜は何も言わない。


 何度も脳内でシミュレーションをしているのか、冬夜はアリスにそれ以上声をかけない。


 此処も、王の器たる所以(ゆえん)なのだろう。戦闘に対する意欲。そして、戦闘に関する学びの早さ。


 二人は先程骸骨兵士が二体いた場所へと戻る。そこには、先程と同じく骸骨兵士が二体居た。


 冬夜はおもむろに走りだすと、剣を持った方の骸骨兵士の方へと向かう。慣れた手つきで剣を持った骸骨兵士を倒し、即座に槍の骸骨兵士へと向き直る。


「っぶね!!」


 心臓を狙って放たれた槍を剣でいなし、槍の間合いに踏み込んで剣を振り下ろす。


 霊核を破壊された骸骨兵士はばらばらになって崩れ落ちる。


「ふぅ……ごり押しだったけど何とかなったな。あれだな。最初はスピード勝負だな」


 アリスにそう言うけれど、アリスには武術の心得は無い。冬夜のとった行動が正しいものなのかも分からない。


 曖昧に笑ってアリスは誤魔化す。


 しかし、そんなアリスの反応も意に介さず、冬夜は一人でうんうん頷く。


「後は乱戦に持ち込まれた時だよな。一体だけに意識を集中させてちゃいけないから、周囲も見なくちゃいけない、か……」


 ぶつくさと言いながら、冬夜は次の相手に向かうために歩を進める。


「乱戦は慣れるしかないか。あまり時間は無いけど、幸いにして何度でもリトライ出来るからな」


 本当ならば一度も死なない方が良いのだろう。そうすれば、冬夜の持つ魂を消費しないで済むのだから。けれど、そうも言っていられない。六王を殺すためには力が必要だ。その力を得るために何度でも死ななくてはいけないのなら、冬夜は何度でも死んでやる。


 それで、仇が討てるのであれば。





『骸骨霊』

骸骨霊は死者に魂が戻った状態の悪霊の事を差す。

最初は肉が付いているが、年月を経て腐り落ちていく。

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