第6話 盾持ち、槍持ち

 多対一の立ち回りで重要なのは、まず相手の位置を把握する事。


 でなければ何処から敵の攻撃が来るのか予想が出来ない。不意を突かれるのが一番駄目だ。


次に、相手に背を見せない事。常に相手を正面に捉えるように立ち回る。正面じゃなくても、視界の内に捉える。要するに、これも相手の位置を把握しておくという事だ。


 最後に、強引な立ち回りをしない事だ。強引に責めすぎて自分の立ち位置と相手の立ち位置を把握できなくなるのが一番まずい。


 まぁ、つまり何が言いたいかと言うとだ。


「相手を視界に捉えないとすぐ殺される……」


「トウヤ様は背中に目を付けている訳ではないですからね」


 墓所のベンチに座り、アリスは地べたに寝転がる冬夜に言う。


 冬夜が死ぬのはこれで通算三十回を超えた。一対一であればそうそう死ぬ事は無くなったけれど、二対一になるともうきつい。速攻で倒せなかった後はもう押されっぱなしである。


そもそも、二体の攻撃を捌き切れる程冬夜の技量はそう高くは無い。何せ、戦い始めてからまだ二日目だ。魂の強化をしてはいるし、王の資質ゆえの戦闘に対する吸収の早さには目を見張るものがあるけれど、それでも歴戦の勇士に比べればまだまだである。


「強い……あいつらの連携えぐい……」


「それはそうでしょう。この墓所に眠るのはアステル騎士団の戦士達です。個々の練度もそうですが、その連携の練度も驚くほどに高いものです」


「……今初めて聞く情報が開示された気がしたんだが?」


「あら、言ってませんでしたか? このアステルの墓所はアステル騎士団を埋葬した、騎士団のための墓所です。ゆえに、この墓所には兵士や騎士しかいません。農具しか持った事のない農民や、ペンしか握った事のない文官などは此処にはいません」


「……それを早く言ってくれ……」


 つまりは、この墓所には歴戦の猛者しか眠っていないという事になる。どうりで最初の一体の段階で強いはずだ。


「言ったところでトウヤ様にはどうしようも無いですよ。相手が騎士、兵士である事を知ったとしても、それで相手との実力差が埋まる訳では無いですし」


「そうだけども……」


 墓所って聞けば他の武器を持っていない|骸骨霊(スケルトン)もいると思ってしまうじゃないか。いや、薄々おかしいとは思っていたのだ。全員剣とか槍とか持っていて、上等じゃないにしろ鎧を着ているなとか、ちょっと違和感があったのだ。


 けれど、そういったゲームをやった事のある冬夜はそれがわざわざ言う程おかしい事だとは思っていなかったのだ。ちょっとだけ意識の隅に引っかかる程度の違和感だった。


「それに、相手が誰であれ殺す事には変わりないですよね? ああ、|骸骨霊(スケルトン)はもう死んでますけど」


 そう、誰であれ殺す。その者の素性がどうあれ、殺すのだ。けれど、それとこれとは話が違う。


「そうじゃなくて、大事な情報を出し渋られても嫌なだけだ。敵に関して、知らないよりも知っている方が良いだろ」


「そうですか?」


「そうだよ。……もしかしてお前、六王の事もまだ話してない事があるんじゃないのか?」


「ええ」


 冬夜が疑念を込めて尋ねれば、アリスは悪びれもせずに頷く。


 頷くアリスを見て、冬夜ははぁと一つ溜息を吐く。


「お前……それは俺が知ってなくちゃいけない事だろ?」


「ええ。ですが、今はその時ではありません。こうして無駄話をしている間に刻限は刻一刻と近付いているのですよ? 六王の情報はその後でも良いのではないですか?」


 アリスは少しだけ窘めるように言うけれど、その言葉の真意は、後で教えてやるから今は黙って戦っていろ、である。


 そして、刻限が迫っている事を冬夜も理解しているので、アリスの言葉に渋々ながも従う。


 立ち上がり、冬夜は剣を握る。


「分かってるよ。けど、この墓所の事は教えてくれよ。攻略する鍵にもなるし、情報から打開策を見付けるための練習にもなるんだからよ」


「分かりました。では、トウヤ様が情けなくも死んでしまった時にでもお教えしますね」


「お前は……本当に一言多いよな」


 こんな感じで上手くやって行けるのかと不安になるけれど、この不安ももう何度目かも分からない。


 ともあれ、今やらなくてはいけない事は変わらない。墓所の|骸骨霊(スケルトン)を倒し、少しでも経験を積むのだ。


 冬夜は先程やられた場所まで戻り、再度戦闘を開始する。


 先程の事を踏まえ、間合いと敵の位置に注意しながら戦う。


 相手は剣と盾を持った|骸骨霊(スケルトン)と、槍を持った|骸骨霊(スケルトン)だ。これが厄介で、盾を持った|骸骨霊(スケルトン)が前衛で、槍を持った|骸骨霊(スケルトン)が後衛になり、盾持ちが冬夜の攻撃を防いで、槍持ちが盾持ちの背後から隙を見て攻撃してくる。


 それに加え、盾持ちは隙あらば冬夜を攻撃してくるし、同士討ちを狙っても、槍持ちは巧みに盾持ちの背後を移動するのでまったくもって同士討ちする気配が無い。


 この二組とは三度目の戦闘になるけれど、まだまだ冬夜は苦戦を強いられている。


 盾持ちの防御は堅く、隙をついて攻撃しようもまず隙が無い。剣の動きに合わせて盾を動かし、自分が防御をしやすいような体勢のまま俺と相対している。


 こういう時、相手が生身の人間であれば焦れて隙が出来たところを狙えるのだけれど、相手は|骸骨霊(スケルトン)だ。焦れる程の精神性を持ち合わせてはいない。


 こういう時、長期戦は人間の方が不利だ。


「――っぶね!」


 盾持ちをどうしようかと考えていると、盾持ちの背後から槍が迫る。


 それを慌てて回避するけれど、冬夜の回避の動きに合わせて盾持ちが剣を振るってくる。


 しかし、それに慌てる事は無い。


「それはもう見たっつうの!!」


 先程、冬夜はこの連携に破れたのだ。二度同じ手は食らわない。


 盾持ちの剣を剣で弾き、詰められた距離を少しだけ空ける。あまり詰められた状態だと|盾突き(シールドバッシュ)を食らって体勢を崩される。盾は防具であると同時に武器でもあるのだ。


 熱くなって攻めるだけでは駄目だ。この二体の連携は堅固。速攻でかたをつける事が出来ないのであれば冷静さを欠いてはいけない。


 けど、勝機はあるな……。


 先程打ち合った時、相手の剣を押し返す事が出来た。つまり、筋力の方は冬夜が上であるという事だ。


 おーけーおーけー。まずは筋力は俺の方が勝っていると。


 冷静に、己と敵との差異を分析する。


 力で推せる部分はある。けど、力押しだけじゃどうしようもない。片方にかかずらっている間にもう片方に隙を突かれる。もう片方を警戒していればもう片方に隙を作ってしまう。


「ったく。二対一の利点をとことん利用してるよな……」


 ぼやきながら、いつ攻めるのかタイミングを|窺(うかが)う。


 基本的に、相手の方から急激に攻めに転じてくることは無い。連携あってこその堅固さなので、それを崩すような事はしないのだ。


 攻めのタイミングは殆どこちらのもの。であれば、好きな時に攻める。


 と言っても、相手に隙が無い以上、心の準備が整った時が冬夜の攻めるタイミングになる。


「――ふっ!!」


 一つ息を吐き、冬夜は攻め込む。


 勢いそのまま、盾持ちの構える盾に強い一撃。その一撃に、盾持ちは少しだけ怯む。


 盾持ちが怯んだ瞬間、盾持ちの背後から槍が迫る。槍持ちは不意を突く攻撃がメインだけれど、盾持ちのサポートでもある。盾持ちが崩れた時に、体勢を立て直すまでのサポートをする、それが槍持ちの役目だ。


 だから、槍が来た事に驚きは無い。むしろ来なくては困る。


 槍を避け、冬夜と槍持ちの間に盾持ちを挟むように立ち回る。これで槍持ちの次の攻撃までワンテンポ猶予が生まれる。


 その隙に、体勢を崩した盾持ちに切りかかる。狙いは肋骨の内側に守られた霊核。


「――っ!? まじか……!!」


 しかし、盾持ちも百戦錬磨の猛者だ。崩れた体勢ながらも盾でしっかりと冬夜の剣を防ぐ。


 渾身の一撃を込めた剣が弾かれ、今度は冬夜の方が体勢を崩す。盾持ちも、冬夜の攻撃を受けて更に体勢を崩すけれど、盾持ちには槍持ちというサポートがいる。


体勢を崩した冬夜目掛けて、槍が迫る。


 迫る槍を、冬夜は|あえて受ける(・・・・・・)。しかし、生身で受ける様な自殺行為はしない。受けるのは、胸当ての部分でだ。


「っで!」


 胸当てで槍の突きを受け、身体の向きを変える事で槍を後ろに流す。


 しかし、相手の攻撃はそれで終わりではない。中途半端な体勢ながら盾持ちが剣で冬夜の脚を狙って斬撃を放つ。


 冬夜はそれを|前方に(・・・)跳んで回避する。


 この体勢が苦しいのはこちらも相手も同じ。であれば、その苦しい状態を攻めるしかない。自分も苦しいけれど、こちらの流れに持ってこられれば勝機はある。


 前方に跳び、盾持ちの盾の|縁(ふち)を踏む。冬夜の体重を支える事が出来ずに、腕が下がって盾が地面に落ちる。


 地面に少しだけ刺さった盾は、足場としては十分だった。そして、盾持ちと同じ位置にいるという事は、槍持ちの間合いの内側に入ったのと同じ事だ。


「この距離なら!!」


 槍も振れまい。


 そう思った直後、槍持ちは冬夜に向かって槍をぶん回す。


「げぇっ!?」


 穂先で刺せなくとも、胴で相手を打つ事は出来る。


 冬夜は咄嗟に剣を縦にして槍の攻撃を防ぐ。ただし、弾かれないようにしっかりと力を込める。


 冬夜は槍の胴に押され、そのまま上手い具合に槍持ちの背後に回り込む。


 浮いた身体を地面に降ろし、着地と同時に槍持ちを背後から斬り捨てる。霊核を切った感触が、手に返ってくる。


 おしっ!!


 手応えを感じ、槍持ちを倒したと確信したけれど、冬夜は油断しない。


 槍持ちから少しバックステップで距離を取り、|剣の有効範囲(・・・・・・)から逃れる。


 直後、槍持ちの身体を貫いて盾持ちの剣が現れる。けれど、冬夜が避ける方が早かった。


 盾持ちの剣は仲間を貫いただけで終わり、冬夜の身体に届く事は無かった。


 槍持ちの身体が崩れ、冬夜と盾持ちは再度相対する。


「それじゃあ、もう盾持ちじゃないな」


 冬夜を貫くためか、地面に刺さった盾を抜くよりも腕を切り離す事にしたようで、盾を嵌めていた左腕は地面に力無く落ちていた。


 しかし、盾持ちの異変はそれだけでは無かった。


「ん……?」


 冬夜と相対する骸骨兵士。その口が、かたかた、かたかたと振動する。


 その振動はやがて大きくなり、顎が外れんばかりの勢いで上下し始めた。


「は? なんだ?」


 今まで見た事も無い反応に、困惑する冬夜。


「その|骸骨霊(スケルトン)ですが、どうやら槍を持っていた|骸骨霊(スケルトン)と兄弟だったようですね」


 困惑する冬夜に、背後からアリスが声をかける。


「兄弟? つっても、|骸骨霊(スケルトン)って殆ど意識無いんじゃないのか?」


 事前に、アリスから|骸骨霊(スケルトン)について少しだけ教えて貰っている。その情報の中に、大抵の|骸骨霊(スケルトン)は意識の殆どが欠落しており、ただただ無感情に行動するだけだと聞いた。


「殆ど、と私は言いました。全てではありません。とりわけ、この墓所の|骸骨霊(スケルトン)は強力です。でなければ、このような練度の高い連携を死後に再現は出来ません」


 そもそも、|骸骨霊(スケルトン)に連携など殆ど不可能だと言っても良い。この二体はかなり特殊な部類に入る。


「意識が他の者よりも残っていたのでしょう。だからこそ、弟を殺されて兄は憤っているのです。ふふっ、可笑しいですよね。弟はとっくの昔に死んでいるというのに」


 くすくすと笑うアリス。しかし、冬夜は笑ったりはしない。両親を殺された身の上としては、相手がすでに死んでいたとしても、家族が死んでしまったという事実を笑う事は出来ない。ましてやそれをやったのが自分であるのだからなおさらだ。


「アリス」


「はい?」


「ちょっと黙ってろ」


 冬夜が静かに怒りを込めて言えば、アリスは口を押さえて笑うのを止め、ぺこりと一礼する。


 そんなアリスの姿が見えている訳では無いけれど、冬夜はアリスの笑い声が聞こえない事を確認すると、意識を完全に目の前の骸骨兵士に向ける。


「すまない。あんたの弟を殺した事、謝るよ」


 剣を構えながら、冬夜は心の底から謝罪をする。


「けど、俺には必要な事だ。だから、悪いけど倒させてもらう」


 冬夜の言葉を分かっているのかいないのか。骸骨兵士はかたかたと骨を鳴らして冬夜に迫る。


 連携も無く、盾も無い。そんな相手に負ける程、冬夜は弱くはなくなった。


 無造作に振られた剣を弾き、真正面から切り伏せる。


 霊核を砕く手応えがあった。


 次の瞬間、骸骨兵士はその場に崩れ落ちる。


 ようやく勝ったというのに、後味が悪くて素直に喜べない。


「おめでとうございます、トウヤ様」


 けれど、背後でアリスはぱちぱちと拍手をして冬夜の勝利を称える。


「ああ」


 アリスの言葉に短く返事をする冬夜。


 相手に明瞭な意思は無かった。あったのは、|骸骨霊(スケルトン)として生まれた時に組み込まれた使命と、少しだけ残った兄弟愛。人らしさは少ないけれど、そこには確かに人らしさが残っていた。


「……」


 冬夜は此処に来て少しだけ殺すという事がどういう事なのかを理解しはじめていた。そして、殺しの片鱗を見た冬夜は、この後に自分がしなくてはいけない事を改めて認識して、少しだけ怖くなった。


 その恐怖を押し殺すべく、冬夜は強く手を握る。


 握りこまれた手は震え、それが過剰に力を込めてしまっているからなのか、それとも恐怖によるものなのかは、冬夜本人にも分からなかった。





『アステル騎士団』

バスティアン王国が誇る最強の騎士団。

誉れ高く、誇り高く、民草を守る王国の剣である。

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