第7話 骸骨騎士

 アステルの墓所に来てから早くも十日が過ぎた。


 十日も過ぎれば一対一や二対一、三対一という場面にも慣れてきた。元々、戦闘に関しての素質があったために、その成長速度は凄まじく、最近では死ぬ事の方が珍しくなってきた。


「さすがに、十日も過ぎれば慣れてくるな」


「はい。目覚ましい成長です、トウヤ様」


 にこっと可憐に微笑むアリス。アリスとしても此処まで成長が早いとは思っていなかったので嬉しい誤算である。


「やはり、トウヤ様には戦闘の才能がある御様子」


「そりゃあ、こんなに死んでれば嫌でも憶えるさ。痛いし、怖いからな」


 死ぬ事に関して、冬夜はまだ慣れていない。そもそも、死ぬ事に慣れる事なんて出来やしない。


 人間死んだら終わりだ。人間に限らず、あらゆる生命は死んだらその場で終わってしまう。それを、冬夜は他人の命を犠牲にして無理矢理生きながらえているだけだ。


 肉を切られるのは痛い。骨を折られるのは痛い。内臓を抉られるのは痛い。


 痛い事なんて好きではない。だから、死なないように、死なない方法を憶えるしかない。


「それに、こんな才能なんて要らないから、平和な日常が欲しかったよ」


 こんな、平和な日本で生きていくうえで必要のない才能なんて、冬夜は欲しくは無かった。こんなものよりも、大切な人達と暮らす日々の方が、冬夜は何倍もほしいものだ。


 まぁ、今更言っても|詮無(せんな)い事だ。今はこの|才能(ちから)を使って仇を殺す事だけを考えよう。


 そんな会話をしながら、広大な墓所を歩き回る二人。


 冬夜が毎日せっせと数を減らしたため、小屋の周りに|骸骨霊(スケルトン)はもうおらず、少し遠くまで足を運ばなければいけない。


「あの小屋ももうお払い箱ですかね」


「拠点にするには少し遠いな。けど、他に小屋とかあるのか?」


「はい。このアステルの墓所には、|墓守(はかもり)の小屋が幾つも点在しています。ただ、使用に耐えうるかどうかは別ですけれど」


「まぁ、そうだよな。此処、見るからに古いし」


 アステルの墓所は荒れており、墓石は欠け、罅割れ、苔むしている始末。道も舗装されていなければ、雑草だって生えっぱなしだ。


 状態が良いとはお世辞にも言えない。


「何年前のものなんだ?」


「およそ、五百年前の物ですね」


「五百年……だいぶ前の物なんだな」


「はい。五百年前に起こった大戦の終結時に作られたものです」


大戦。また聞きなれない単語だよ……。


 心中でそう思うも、口には出さない。出したところで、アリスは悪びれた様子も無く口八丁手八丁で誤魔化してくるのだから。


 アリスの秘密主義は今に始まった事ではない。こちらが聞かない限り明かしてはくれないし、聞いたとしても今はその時ではないとはぐらかされてしまう。


 ともあれ、大戦というのは新しい単語だ。答えてくれるかは分からないけれど、聞いておいて損は無いだろう。


「アリス、大戦ってなんだ?」


「人と魔導人形によって行われた大きな戦の事です」


「魔導人形?」


「はい。魔導人形、すなわち、ゴーレムです」


 ゴーレム。これまた有名な存在だ。|土塊(つちくれ)で出来た魔術によって作られた人形。


 自身を作った主人の命令しか聞かないと言われているけれど、争ったという事は何かがあったのだろう。


「大戦は人間の勝利で幕を引きましたが、この通り大勢の死者が出ました。痛み分け、といったところでしょうか」


「その話を聞くと、なんか悪い事してる気分になるな……」


 |骸骨霊(スケルトン)とは言え、かつて自身のかけがえのないものを守ろうとした人達をこの手で殺して回っているのだ。相手が真正の悪ではないだけに、気分が良くない。


「ですが、必要な事でしょう? それに、|骸骨霊(スケルトン)なんて百害あって一利なしです。殺してしまっても問題ありません」


 冷たい声音でアリスは言う。


 確かに、アリスの言う通りだ。|骸骨霊(スケルトン)なんて者は生者を襲う魔物でしかない。百害あって一利なしだ。


 けれど、どうにも冬夜は違和感が拭えない。


「さぁトウヤ様。そろそろ戦いのお時間でございます」


 アリスの言葉で思考から現実に引き戻される。


「なんか、強そうだな、|あれ(・・)」


 目の前の者を見て率直な感想を述べる冬夜。


 二人の少し先に立っているのは、汚れた騎士甲冑を着た|骸骨霊(スケルトン)だった。


 騎士甲冑はところどころが破損し、くすみ、造られた当初にはあったであろう輝かしさは失われていた。


 |眉庇(バイザー)の部分が壊れているため、兜の奥に隠れた頭蓋骨が見えたのだ。


「此処からは区画が変わります」


「これはなんとなく分かったぞ。こっから騎士|区画(エリア)になるって事だな?」


「ご明察でございます。此処からは兵士ではなく騎士が眠る区画になります。その強さは軽く見積もって兵士の三倍です。頑張ってくださいね」


「軽く言うなお前……」


 兵士だけでも苦戦したと言うのに、それよりも三倍も強いと言われる騎士と戦わなくてはいけない。騎士と兵士の力量にどれほどの開きがあるのか分からないけれど、今まで通りにはいかないという事だろう。


「まぁ、案ずるより産むがやすしだ。とりあえず戦ってみるか」


「その方が良いでしょう。考えるよりも、まずはその強さを実感してみる方が手早いです」


 アリスが頷いたからという訳では無いけれど、冬夜は剣を握って骸骨騎士の方へ歩く。


 骸骨騎士はすでに冬夜を視界に捉えており、隙なく剣と盾を構える。


 テンプレート通りの騎士の装備に少しだけ場違いな感動を覚えながら、冬夜も隙なく剣を構える。


 互いに|摺(す)り足で移動する。距離を少しずつ詰め、互いに相手の出方を窺う。そうして――


「――ッ!!」


 ――相手に隙が無い事が分かった冬夜は、|果敢(かかん)に攻める。


 冬夜が攻めを選んだため、骸骨騎士は守りの体勢に入る。これは骸骨兵士の時と同じだ。


 ひとまず、強めに盾に一撃を当てる。


 これで崩れるようであればそこから攻める。が、骸骨騎士はそう甘くは無いようだ。


「――っ!?」


 打ち込んだ剣を盾で|受け流(パリィ)される。


「っぶね!!」


 咄嗟に、流された方に身体を跳ばす。不完全な体勢ながらも、迫り来る|反撃(カウンター)を避ける事に成功した。


 受け身を取って一回転。三歩下がって骸骨騎士と少しだけ距離を取る。


 剣が盾に当った直後に受け流された。流れる様な|受け流し(パリィ)だった。


「やっぱ、一筋縄じゃ行かねぇか……」


 剣を構えなおす冬夜。


 距離を取った冬夜に、今度は骸骨騎士の方が攻勢に出る。


 盾を前に掲げながら、冬夜に迫る。


 盾は身を守るだけではない。|盾突き(シールドバッシュ)という厄介な攻撃がある。その事も考慮しながら立ち回らなければいけない。


 冬夜に肉薄した骸骨騎士は、盾を下げて剣を振り下ろす。


 反応出来ない速度では無いし、予想できない動作ではない。


 焦らず、剣で|受け流す(・・・・)。


「お返しだ!!」


 なにも、受け流しが出来るのは盾だけではない。剣であっても受け流しは出来る。


 相手の体勢が崩れたところに、流れるように一撃を打ち込む。しかし、骸骨騎士と比べてお粗末な受け流しだったために、盾でしっかりと防がれてしまう。


 盾で防いだ骸骨騎士は流された剣をいったん引き絞ってから突きを放ってくる。


 骸骨騎士の突きを身体を逸らす事で躱し、伸ばされた腕目掛けて剣を振り上げる。


 しかし、振り上げた剣を盾の縁で叩いて押し留められる。盾の無い左側に良ければ防ぎようが無かったかもしれないけれど、冬夜は盾のある右側に避けてしまった。そのため、盾で容易に防がれてしまったのだ。


 また三歩後ろに下がる。


 互いに睨み合う。


 アリスの言う通り、骸骨騎士は骸骨兵士よりも強い。骸骨兵士相手であれば、盾に当てた時点で相手は体勢を崩していた。


 それに、重厚な鎧を着ているにも関わらず、冬夜と同じくらいの速度で放たれる一振りは厄介だ。先程受け流した時に分かった。早いだけではなく、重いのだ。鎧分の重さもあるだろうけれど、剣の振り方が正しいのだろう。正しく剣に力を乗せられている。


 対して、冬夜の剣は殆ど勢いだけのものだ。向上した膂力から生み出される速度で相手の隙を無理矢理突いている。


「熟練度の差が浮き彫りだな……」


 剣の腕前で言えば、冬夜は骸骨騎士に負けている。その他の技術でも負けているけれど。


 おそらく、膂力も骸骨騎士の方が上だ。騎士甲冑分の重さがあって速度は冬夜と同じ程度だけれど、騎士甲冑が無くなれば骸骨騎士の方が速いだろう。


 さて、どう倒すか……。


 こういう堅実な相手は崩しづらい。何か奇を|衒(てら)った方法の方が崩しやすい。実力がとんとんであれば、正攻法で崩す事も出来ただろうけれど。


 ともあれ、今の冬夜には逆立ちしても正攻法での勝負は出来ない。


 であれば、邪法で勝つのみ。


 ふっと息を吐き、冬夜は骸骨騎士に詰め寄る。


 立ち位置は骸骨騎士の左側、盾を持っている方だ。|盾突き(シールドバッシュ)の危険性はあるけれど、剣よりはリーチが短い。ちゃんと距離を取っていれば|盾突き(シールドバッシュ)は喰らわないだろう。


 距離を取りつつ、冬夜は相手の出方を窺う。


 相手も冷静に――果たして|骸骨霊(スケルトン)にむき出しの情緒があるのかは別として――冬夜の出方を窺っている。


 一歩、踏み込む。


 直後、骸骨騎士も一歩詰め寄る。


 骸骨騎士が剣を振る。


 剣を受け流し、もう一歩詰める。


 冬夜が詰めてきたけれど、骸骨騎士は慌てずに盾を構えて強く押し出す。


 |盾突き(シールドバッシュ)。冬夜が警戒していた攻撃。それと同時に、冬夜が望んでいた攻撃でもあった。


「待ってました!」


 |盾突き(シールドバッシュ)を外側に躱し、更に一歩――


「――ッ!?」


 ――詰め寄ったところで、目前をくすんだ白銀が通過する。


 盾と身体の間を骸骨騎士は剣を通したのだ。当てるつもりだったのだろうけれど、タイミングが少し早く、冬夜の目前を通過するだけの結果となってしまった。


 冬夜は肝を冷やしつつ、当初の予定通り、骸骨騎士の脚を払う。


「悪いな、脚癖が悪くて!」


 大勢を崩す骸骨騎士に向かって逆手に持った剣を振り下ろす。


 普通の騎士甲冑であれば無理であったろう。けれど、五百年も前の代物だ。真っ向から貫く事が出来る程、騎士甲冑は痛んでいた。


 |胸当て(ブレスとプレート)を貫き、霊核を砕く。それで、骸骨騎士は動きを止めた。


 力無く横たわる骸骨騎士を見て、冬夜ははぁと一つ緊張の息を吐く。


「お疲れ様です、トウヤ様。見事な御手前でした」


 ぱちぱちと拍手をしながらアリスが言う。


「見事なもんか。正攻法で勝てなくちゃ意味が無い」


 剣を引き抜き、冬夜は言う。


 こんな方法で勝てるのは今の内だけだ。正面切って戦う事を考えれば、足払いなんて手段に頼ってばかりではいけない。相手は仮にも王だ。小手先の技術や小細工が通用するとは思えない。


「それに、運が良かった。こいつの鎧がボロボロじゃなかったら、やられてたのは俺の方だ」


「そうですね。しかし、ご安心を。最後の相手は運や装備で勝てる様な相手ではありませんから」


「……最後の相手って何?」


 あっと失態したという顔をして、アリスは口を両手で塞ぐ。


「すみません、|ネタバレ(・・・・)でしたね。私知ってます。ネタバレは嫌われるんですよね?」


「いや、そうだけど……今回に限って言えば事前に正体を明かしてほしい」


「駄目です。限られた情報から相手を推測する練習です」


「それっぽい事言いやがって……」


 目を細めて湿度の高い視線を向けるも、アリスは口に両手を当てたまま、にこりと微笑む。


 まぁ良いと、冬夜は歩き始める。


 アリスに教える気が無いのなら、此処で無駄話をしているのは時間の無駄だ。さっさと移動して他の骸骨騎士を倒すに限る。


 歩く冬夜の後ろを|静々(しずしず)と着いて行くアリス。


 アリスが着いてきている事を確認しながら、冬夜は前に進む。


 戦闘になってしまってそれどころではなかったけれど、やはりこのアステルの墓所はどうにも違和感がある。


 アリスが此処の|最後の相手(ラストボス)を知っていそうな口ぶりなのもそうだけれど、この場所のがこのまま放置されているというのもそうだ。普通ならば、こんな危ない場所はどうにかして安全にしようとするはずだ。


 魔術的にずっと夜だったり、やたら強い|骸骨霊(スケルトン)がいたりと、人間にとっては危険な場所なはずだ。


 それが放置されている理由が分からない。


 手に負えないのか? ……そう言えば、六王には人が居なかったような……。


「……」


 ちらりとアリスを見やれば、アリスはにこりと微笑みながら小首を傾げる。


 いや、アリスに聞いても答えるわけが無いか。


 アリスに尋ねる事を早々に諦め、目の前に骸骨騎士が現れた事により冬夜はいったん思考を切り替える。


「トウヤ様、頑張ってください」


「ああ」


 熱のこもってない声援を貰い、冬夜は骸骨騎士に詰めた。


 今は、力を付けるだけだ。





『魔導人形(ゴーレム)』

魔導人形は、その名の通り魔導を組み込まれた人形。

簡単な動作や主人の命令を聞く召使いのような存在。

様々な用途で使う事が出来るけれど、どの用途でも人のために動く。

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