第8話 傀儡ノ王
騎士区画に入ってから、何回死んだだろう。
やはり、兵士と騎士とでは力量に大きく差があり、どれもこれも一筋縄ではいかない強さを持っていた。
それに加え、剣、槍、弓、|斧槍(ふそう)、大剣等々、様々な武器の達人の|揃い踏み(オンパレード)。攻撃パターンも武器ごとに違い、また練度も高い事から、武器が変わるごとに冬夜も対処法を変えなくてはいけないため、同じ武器の騎士が連続で来ない限りは毎回攻撃のパターンを変えている。
どんな相手であっても間合いを測り、対処できるようになるにはうってつけの場所だとは思うけれど、いかんせん騎士の数が多く、また、騎士達の練度が高いために対応に手間取っている。
「こう、階段じゃなくて崖を登らされてる気分だな」
「はい? 何がでしょうか?」
「やっぱり最初の敵の難易度じゃねぇだろ此処って事だよ……」
ぶちぶちと文句を言いながら、もう数えるのが億劫になる程死に、小屋のベッドで寝っ転がる冬夜。
アリスが料理を作ってくれている間、冬夜はベッドに寝転がりゆっくりと休む。最早お約束の光景であり、最初の内はアリスに家事を任せてしまう事に対して気が引けていた冬夜も、気遣う余裕が無いくらいには疲弊していた。
「騎士強すぎ……ゲームとかでも騎士って名前付くの大体強いけどさ……これ強すぎじゃない? 一回戦って二、三回は確実に死んでる気がするわ……」
「そうですね。平均で三回。多くて五回でした」
「五回!? うわぁ……どれだっけ? |斧槍(ハルバート)使ってくる奴?」
「はい」
「だよな……あいつは強かった。間合いが相手の方が広いって言うのもあるけど、それ以上に他の騎士よりも技量が高かった……」
「あの斧槍の騎士は、小隊長|級(クラス)の騎士です。一介の騎士よりも強いのは当然ですね。因みに、騎士にも位階がありまして、その位階ごとに鎧の装束が若干異なります」
「そこまで見てねぇわ……ていうか、あいつ普通の奴より格上だったんだな……」
強い訳だよと深く息を吐きながら、冬夜は寝返りを打つ。
小隊長がいるという事は、中隊長、大隊長、なんかもいる事になる。そんな強い奴らがいると言うだけでげんなりとしてしまうのに、アステルの墓所の|最後の騎士(ラストボス)はそれ以上に強いのだと分かってしまうと、自分なんかが勝てるのかどうか不安になってくる。
「なぁ。俺は此処の最後の敵に勝てると思うか?」
「さぁ? こればかりは戦ってみないと分かりません。ただ、今のトウヤ様では足先にも届かないでしょう」
「これだけ頑張って足先にも届かないのかよ……」
必死に戦い続けて早十五日。これだけ頑張っても足先にも届かない相手とはいったい……。
しかし、此処でくじけてもいられない。冬夜の目標は家族の仇である六王を殺す事。六王にも届かない相手に手こずっているようでは、六王に勝つことなど夢のまた夢だ。
実際に六王がどれほどの力を持っているのかは分からないけれど、少なくとも冬夜が今戦っている|骸骨霊(スケルトン)よりも強い事は確実だろう。
「そう言えば、聞きたい事があったんだけど」
「なんでしょうか?」
「この間言ってた大戦に六王って具体的にどんな戦いだったんだ?」
|魔導人形(ゴーレム)と人間との間に起こった大きな戦争。その起因と行く末を、冬夜は何も知らない。
今日はもうご飯を食べて休むだけなので、沈黙がずっと続くよりはマシかと話題に出してみた。
アリスは鍋の中身を掻きまわしながら、少し思案した後にようやっと口を開いた。
「大まかに言えば、人と|魔導人形(ゴーレム)との戦いです。ただし、大戦と呼ばれる程大規模な、それでいて長期的な戦いでした」
ゆっくりとした口調で語り始めるアリス。冬夜は余計な事を言わず、ただ黙ってアリスの言葉に耳を傾ける。
「本来、|魔導人形(ゴーレム)は主以外の命令を聞きません。それに加え、余程高度な魔術が付与されていない限り、生命としての自我は芽生えません。そして、その時代には|魔導人形(ゴーレム)に自我を与える方法などありませんでした」
約五百年前はまだ魔術の進歩の途中であった。今もその途中経過ではあるけれど、今よりも魔術が雑であり、魔力量による力技じみたところがあった。
「しかし、ある日一体の|魔導人形(ゴーレム)に生命と自我が宿りました。何故だと思いますか?」
「え? ……なんか、別の生命の魂が宿った、とか……?」
「それもありえなくはありません。しかし、その時代の魔術はまだまだ発展途上です。泥人形に命を宿せる程、|魔導人形(ゴーレム)には精密さも繊細さもありませんでした」
|魔導人形(ゴーレム)は命令された事を淡々と実行するだけの人形であり、重い物を運んだり、戦う際の盾役くらいになれば良かった。
「答えはとても簡単です。ある日、一体の|魔導人形(ゴーレム)にある物が宿りました」
「ある物?」
ちらりと冬夜を振り返り、笑みを浮かべながらアリスは言う。
「王の器です」
「は?」
王の器。それは、六王や冬夜が所有する物だ。
それがただの動くだけの人形である|魔導人形(ゴーレム)に宿る事に、冬夜は驚きを隠せない。
何せ、今聞いた話から推測するに、その時代の|魔導人形(ゴーレム)は程度の低い物であり、生物としての自我も無ければ、単純な作業しかこなせないような代物だ。そんな者に王の器が宿る物なのか?
冬夜の驚く顔を見て、アリスはくすくすと笑ってから鍋に視線を戻す。どうやら、冬夜の驚いた顔が見たくて振り返ったようだ。
意地が悪いと思いながらも、冬夜は黙って話の続きを待つ。
「この世界の王の器は六つです。五百年前には、王の器の所有者はまだ五体でした。ですので、一つ空きがあったのです」
「その空きの一つが一体の|魔導人形(ゴーレム)に宿ったと?」
「はい。王の素質は人以外にもあります」
それは、言われなくとも分かっている事だ。現在の六王の中に人が居ない事から、それくらいは想像できる。唯一、|屍骸(しがい)ノ王だけは人であった可能性があるけれど。
「そして、たまたま選ばれたのが一体の|魔導人形(ゴーレム)でした。名を、|傀儡(くぐつ)ノ王。|魔導人形(ゴーレム)にはお似合いの名前ですね」
「王になっても操り人形って言われてるんだから不憫だろうがよ……」
前々から思っていた事だけれど、どうにもアリスの感性は人とは違うように思える。少しずれているというか、少し足りないと言うか……。
冬夜がアリスについて考える前に、アリスは話しを続ける。
「傀儡ノ王は他の|魔導人形(ゴーレム)を従えて人間に襲い掛かりました。|魔導人形(ゴーレム)は言ってしまえば物言わぬ奴隷です。感情の芽生えた傀儡ノ王にはその扱いが耐えられなかったのでしょうね」
なんだかSF映画じみてきたと思う。人工知能が人間に牙を向いたり、アンドロイドが人間に反乱したりなど、そういった展開を思わせる。
「傀儡ノ王は王の器に選ばれた正当な王。その力は本物です。次々に人間を殺し、|同朋(どうほう)を増やし、自分達を奴隷のように扱った人間どもを根絶やしにしようと|稼働し(うごき)ます」
現代日本人としては何とも身につまされる思いだ。まぁ、最早現代日本には居ない訳だけれど。
「そうして、傀儡ノ王は進軍を続けました。その進軍に対応しようと動いたのが、|人間ノ王(・・・・)、イザベルです。イザベルは自身の騎士団を用いて自らも戦場に立ち傀儡ノ王に立ち向かいました。その騎士団こそが、此処アステルの墓所に眠る、騎士団長アステル率いるアステル騎士団です」
言いながら、アリスはスープを皿に移す。
冬夜はベッドから起き上がって椅子に座る。
「そして、アステル騎士団と共に戦ったイザベルは、見事傀儡ノ王を撃破しました。しかし、その際に騎士団は壊滅。本人も、深い傷を負ってしまいました」
「凄いな……」
冬夜は、素直に感心する。手傷を負ってしまったとはいえ、イザベルは王の器の所有者を倒したのだ。そして、この墓所に眠るアステル騎士団の騎士兵士達も。
「とまあ、大戦の大まかな流れはこんなものです。大して面白味も無い上に、得たものは無く、騎士団も壊滅。まったくもって損失しかない話です」
少しだけ不満げに言うアリス。その表情も、珍しく笑みを崩している。
「……やっぱり、なんだか申し訳ない気持ちになるな」
国を、家族を守るために戦った人達を倒していくのは、やはりいい気分ではない。
「この間も言った通り、百害あって一利なしです。害虫駆除をしていると思えば良いのですよ」
「……そんな風に割り切れるかよ。生憎と、俺はお前程薄情じゃないんでね」
「そうでしょうね。でなければ、両親の死をあれ程悲しむ事なんて出来ないでしょうし」
淡々と言いながら、アリスはスープを飲む。
私には無いものです。
スープを飲みながら、その言葉も飲み込む。それは言わなくても良い事だから。
説明は終わったので、アリスは黙々とパンとスープを口に運ぶ。
冬夜もアリスのその態度で説明が終わったと分かったので、パンとスープを食べる。
毎度思うけど、この食材はいったいどこから調達してるのだろう……。
そんな事を思いながら、冬夜はアリスの顔をちらりと見る。
「……? なぁ」
「はい、なんでしょう?」
「お前、怒ってる?」
「……? いいえ?」
「……そっか」
冬夜の突然の問いに小首を傾げるアリス。
先程アリスの顔を見た時、少しだけ眉間に皺が寄っていて、眉尻が上がっていたような気がしたのだけれど……アリスが否定をするのであれば、アリスは怒ってなかったのだろう。
「悪い、気のせいだったみたいだ」
「そうですか」
特に深く尋ねる事も無く、アリスは食事に戻る。
パンを食べるアリスを見るけれど、アリスの顔はいつもと変わらず皺ひとつない綺麗なものだった。
気のせい、か……? 気のせいか。
気のせいであったと自分を納得させ、冬夜は食事に戻る。
アリスが不機嫌になるところは見た事があるけれど、アリスが怒ったところを見た事が無いため、断定はできない。それに、本人がおかしそうに小首を傾げていたのだ。本当に怒ってなかったのだろう。
その日はご飯を食べてすぐに眠ってしまった。
残りは後十五日程。今までは音沙汰が無いけれど、いつ六王が来るか分からない。あまり悠長にはしていられない。
殺しきれなくても、せめて癒えない傷を負わせられる程の力は欲しい。せめて、一矢報いたい。
しかし、今のままでは到底無理だと分かっている。
言い方は悪いかもしれないけれど、傀儡ノ王に破れたアステル騎士団の騎士に手こずっているようでは、六王に傷を付ける事すら出来ないだろう。
確実に強くなっている自覚はある。その手応えもある。けれど、もっと劇的に強くならなければいけないとも思ってしまう。
何か、何か別の手は無いか……。
ベッドで横になりながら思案するも、疲れが溜まっているため冬夜の意識はすぐに暗転し、夢の世界へと旅立って行った。
「すぅ……すぅ……」
穏やかな寝息を立てる冬夜を、アリスは椅子に座りながら眺める。
|齢(よわい)十五、六の少年にしては良くやっているとは思う。実際、目覚ましい成長を遂げていると思う。
冬夜自身は気付いていないけれど、冬夜の身体はこちらに来た当初よりも明らかに変化をしている。
細身ながら引き締まった身体には実戦で鍛え抜かれた筋肉が収まっており、腑抜けた情けない顔は無くなり、冷淡ささえ窺える程の落ち着いた表情をするようになった。
死に対するストレスゆえか、その髪は灰色のような白になってしまっている事に本人は気付いていないだろう。
あれこれとアステルの騎士達を不憫に思っているようだけれど、やり遂げると決めた事を曲げない意思の強さがある。まぁ、意思というよりは、強迫観念に近いものもあるかもしれないけれど。
それでも、六王を殺すと言う明確な目標を持ち続け、ひた走る冬夜に対して、アリスは素直に感嘆する。
「ま、けしかけたのは私ですけど」
身動ぎしてはだけた毛布を掛け直した後、アリスは冬夜の横に寝転がる。
「|眠りを(スリープ)」
簡単な魔術を冬夜にかける。冬夜が寝ている間に起きないように。魔術と言ってもそんなに効力の強いものではなく、おまじない程度の効力しかない。
けれど、冬夜は起きては来ない。朝、アリスが起こさない限り、冬夜は起きない。そういう|呪い(・・)だ。
アリスは、向き合ったままの冬夜の頬を触る。
熱が、アリスの冷えた手を伝う。しかし、その熱は心にまでは届かない。
「私には、分かりません」
誰に聞かれている訳でもないのに、誰かに聞かれることを嫌がってか、小さな声で漏らす。
身体を丸め、冬夜の胸に額を押し付ける。
「私には、分かりません……」
『傀儡ノ王』
魔導人形に王の器が宿った個体。知能が高く、魔導人形の頑強さが揃った厄介な存在。
多くの子機を量産し、多くの同胞を量産する、魔導人形の母とも呼ぶ存在。
大戦にて人間ノ王と大英雄によって倒されたが、まだまだ育ち切っていなかったため、
大戦時が傀儡ノ王の最高到達点では無い。
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