第12話 爆発四散
「オドの力とは、すなわち魂の力です。まずは、自身の魂を把握するところから始めましょう」
そうアリスに言われ、冬夜は魂を感知するところから始めるのだけど……。
「……分からん」
進捗は、あまり|芳(かんば)しくは無かった。
そもそも、魂というものを感知した事が無い。普通に生きていて、これが魂かぁと思う事なんて無いだろう。
感知したことの無いものを感知するのは難しく、自身の中に在るはずの魂を感知するのもまた困難であった。
冬夜は地面に座り、必死に自身の中に在るはずの魂を感知しようとしていた。
「魂を感知できましたか?」
「いや、全然……」
「まぁ、そうですよね。魔力すら感知が出来ないのですから、その最奥にある魂を感知するのはそう容易では無いですよね」
冬夜は魔力を感知できない。今はまだなのか、これからもなのかは分からないけれど、今は魔力を感知することが出来ない。
魔力が魂から漏れた使い古された生命エネルギーである限り、魔力が放出されている魂まで辿る事が出来る。しかし、それも容易な事ではなく、より子細な魔力感知能力が必要になる。
そんな魔力感知能力も無いのに、いきなり魂を感知すると言うのは目の見えない状態で広大な空間に一つだけ置いてあるボールを探し出せと言われているのと同じ事である。まぁ、現実性を考えれば、目隠しをしながらボールを探すよりも自身の中にある魂を探す方が難しいだろうけれど。
「しかし、トウヤ様は王の器の所有者です。加えて言えば、トウヤ様は自身の魂の修復を何度も行っています。その時の感覚を思い出せば、いくらか簡単だとは思うのですが」
言われ、思わずアリスから視線を逸らす。
「……まさか、何も考えずにただ回復をしていた訳では無いですよね?」
「まさか。ちゃんと次にどうすれば相手に勝てるかはずっと考えてたぞ?」
「そういう事を言っているのではない事はもちろんお分かりですよね?」
「…………はい」
「正直に言ってください。魂の修復をする時の感覚を少しでも覚えていますか?」
「いいえ」
「…………はぁ」
「その溜息一つってのが一番傷付くから止めてくれ」
「呆れて物も言えないだけです。いったい何のために死んでいたのやら」
呆れたように首を振るアリス。
しかし、言い訳をさせてもらえるのであれば、これは冬夜だけに責のある事ではないと思う。
「アリスがオドの力についてもっと早く教えてくれてれば、ちゃんとあの時の感覚にも意識を向けていたと思うが?」
「オドの力を扱うには繊細さが伴います。あの時点でオドの力の存在を教えたとしても、使い手であるトウヤ様にはこれっぽっちも繊細さがありませんでした。使い方を誤ってしまう可能性がありましたので、オドの力の詳細を伏せさせていただいていたのです」
もっとも、教えなかった理由はそれだけでは無いけれど。
オドの力は強大だけれど、それを行使するのには多大な|危険(リスク)が伴う。少し操作を誤るだけで、流れ出る力に身体が耐えきれずに内側から破裂――なんて事になりかねないのだ。
そんな死に方をした後にオドの力を使えと言われて、平常心で使えるわけが無い。幾度か死んでもらって、|死に慣れた(・・・・・)ところで教えようと思っていた。
それに、悲惨な死に方をして戦うのを躊躇われても困る。
「そうかよ……まぁ良いさ」
言葉には出さないけれど、アリスの秘密主義を最早諦めている様子の冬夜。それならそれで都合は良いと思うアリス。
アリスから助言を貰えないと分かると、冬夜は再び集中してどうにかオドの力の源である魂を見ようと試みる。
己の魂を見る、認知すると言う行為を他人が手助けする事はまず出来ない。
何故なら、魂を見る事事態共有できることでは無いし、そも、魔力は感知できても魂を見る事が出来ないといった者が大半であるからだ。
そのため、アリスもオドの力を使うのに苦労をした。
魔力がどこから来るのかをさかのぼって魂を見つけ出し、オドの力を慎重に引き出して|制御(コントロール)出来るように訓練をした。
オドの力をモノにできるまで多大な時間を要してしまったけれど、それはアリス達凡人に限った話だ。
冬夜は、アリス達凡人とは違い、特別なものを持っている。
王の器。これから魂が供給されるため、王の器の所有者は人よりも魂の感知がしやすいはずだ。
感覚を向けていないと冬夜は言った。憶えてないと冬夜は言った。しかし、それは意識的なものだ。身体は、精神は、それの修復の過程を、その最中を、その傷を憶えている。
なんとなく。本当になんとなくだけれど、冬夜の身体の内側に他よりも何か温かいものが感じられる。
傷付き、修復し、補強され、大きくなった冬夜の魂が、冬夜に対して主張をする。
此処にいる。此処に|在(あ)る。
そんな主張を、冬夜はようやっと気付くことが出来た。
視えた……。
魂に手を伸ばす。感覚的な問題だ。実際に伸ばしている訳ではない。
けれど、手に温かいものが触れた気がした。
「――っ!」
目を見開き、手を誰も居ない墓地の方へと振る。
「っで……!」
一瞬の激痛の後、手から溢れ出た何かが墓石に衝突。直後、|眩(まばゆ)い光が四方八方に放出される。
「――っ、まったく!」
冬夜の前にアリスが立つ。
「|壁よ(ウォール)」
そして、両手をかざして自身の前に障壁を生み出す。
直後、障壁に光が叩きつけられる。
「くっ……!」
きしきしと嫌な音を立てながら障壁は軋む。けれど、耐えられない訳では無いのか、障壁は砕ける事無くそこに|顕在(けんざい)する。
数秒の|後(のち)、光は消え去った。
アリスは一つ息を吐いてから障壁を消し、冬夜が生み出した結果を見る。
墓石は完全に消失し、それどころかその周囲に在ったものは何もかもが消失していた。地面は抉れ、草木は消え、光に飲まれた何もかもが消失していた。
「……これほどとは」
思わず、アリスは感嘆の声を漏らす。
魂を見付けろと言ったのに魂に触れてオドの力を勝手に引き出した冬夜に対しての怒りを忘れてしまうくらいには、その光景は凄まじいものであり、アリスの心に深い衝撃を与えた。
先程のはまごう事無くオドの力。そして、|純粋な(・・・)オドの力でもある。
アリスのようにオドの力に形を与えて行使した訳ではなく、純粋にオドの力としてぶつけた結果だ。純粋なる力という点ではオドの力として放出された方が純度は高いけれど、純粋という事は、なんの力のベクトルも加えられていない状態とも言えるのだ。
魔術とは魔力に攻性や防性など魔術の方向性を与えて行使するものだ。魔力などのエネルギーは全方向に均一なものであり、どれか一点に優れているというものではない。まれにそんな魔力を持つ者もいるけれど、冬夜もアリスもその分類に入らない。
話が逸れたけれど、オドの力も力が全方向に均一化している。つまり、攻性も防性も施されていないのだ。冬夜の放ったそれも同じだった。
方向性を持たせずにこの威力。しかも私よりも少量でこれですか……。
アリスは思わず身震いする。恐怖からではない。この強大な力をどのように使うか、考えるだけでも|興奮(・・)してしまうからだ。
「……ってぇ……」
アリスの身震いに気付いた様子もなく、冬夜は自身の|掌(てのひら)に生じる激痛に苦悶する。
「大丈夫ですか?」
興奮による身震いを抑えこんで、アリスは平常心を装って魔術によって冬夜の傷を治療する。
「|癒しを(ヒール)」
優しい光が冬夜の手を包み、生じた傷を治療する。
「ありがとう」
「いえ。トウヤ様のサポートが私の仕事ですから」
にこっと今までにない優し気な笑みを浮かべるアリス。
「……嫌に上機嫌だな」
「ええ。トウヤ様のオドの力が想像以上の代物でしたので、この私も自然と上がる口角を抑える事が出来ません」
その割にはいつも笑顔だけどな。なんて思ったけれど、わざわざ|藪(やぶ)をつつく必要も無いだろうと思い余計な事は言わない。
「ていうか、やっぱりあれがオドの力なんだな」
「はい。攻性も防性も与えられてはいませんが、これほどの威力を生み出す事が出来るのです」
「……確かに、こいつは凄まじいな」
冬夜は自分が起こした結果を見て、思わず呆れてしまう。
アリスのオドの力による大爆発も衝撃的だったけれど、自身が生み出した大爆発も十分に衝撃的であった。
一日で二つもクレーターを作ってしまったとどうでも良い事を思いながら、改めて自身の中にとてつもない力が秘められている事に気付かされる。
「トウヤ様、倦怠感などはございませんか? どこか痛むとか、どこか動かないとか、そういった違和感はございませんか?」
「え? ……いや、特になにも」
アリスに言われ、あちこち身体を動かしてみるけれど、そういった症状は見受けられなかった。
「でしたら良かったです。オドの力は少量でも消費するたびに身体と魂に負担がかかりますので。やはり、|我が王(・・・)は有象無象とは違うようですね」
にっこりと嬉しそうに微笑みながら言うアリス。
今までの何を考えているのか分からない笑みに見慣れてしまっている冬夜は、アリスが何を考えているのか全く分からずに困惑する。普通なら見惚れるところなのだろうけれど、冬夜はアリスという人物と長く接しすぎてしまった。純粋な反応を返す事が出来ない。
「今の感覚を忘れずに。ただ、先程よりもより繊細な抽出と|制御(コントロール)をお願いします」
「分かってる」
冬夜としては雑に扱ったつもりは無い。そっと、慎重に触れてみたつもりだ。しかし、結果としてオドの力は暴走した。|咄嗟(とっさ)の判断で手から放出し、被害を最小限に抑える事が出来たけれど、あれ以上に慎重に障らなくてはいけないという事に|辟易(へきえき)する。
「感覚は掴めた。後は要領を掴むだけだな」
「はい。|試行錯誤(トライ・アンド・エラー)になるでしょうが、頑張ってください」
「ああ」
立ち上がり、冬夜は先程の感覚を思い出す。
道筋はもう分かっている。魂まで最短距離で迫り、寸前で止まる。
恐る恐る手を伸ばし、慎重に魂からオドの力を引き抜いてみる。
ゆっくり、ゆっくり、慎重に……。
オドの力を抽出し、気付く。
これ、この後どうすれば良いんだ?
抽出までは考えていた。けれど、その後の使い方を考えていなかった。
抽出をしながら、どうするべきかを考える。
冬夜が倒さなくてはいけない敵は六王だ。しかし、現状では大英雄アステルである。
アステルに小細工は通用しない。魔術も喰らわなければ、小細工だって通用しないだろう。
先程、自身が起こした大爆発も、自身の眼を|眩(くら)ませるだけとなるだろうと、なんとなくではあるけれど分かっている。
アステルには真っ向勝負で勝たなくてはいけない。であれば、自分が取るべき次の行動は至極単純だ。
「これは……」
アリスは、抽出されたオドの力の流れを見て感嘆する。
大英雄アステルに魔術の類は通用しない。それどころか、オドの力で放った攻撃ですら通用しない。先程の冬夜の大爆発も意味が無い。即座にその効果範囲から逃げる事が出来るし、|あの程度(・・・・)の爆発で死ぬほどやわではない。
これは分かり切っている事だけれど、大英雄アステルとは真っ向勝負をするしかない。
だからこそ、冬夜のオドの力の使い方はおのずと限られてくる。
身体強化。今は、その一点のみにオドの力を使うべきなのだ。
それを、冬夜も理解しているのだろう。オドの力が血管を通って全身に巡っていく。
「……よし、出来た」
頷いて、冬夜は一歩踏み出――
「え?」
――した直後、ぱぁんっと特大の風船が割れたような音が鳴り響き、冬夜の身体が爆発四散する。
オドの力を使うには繊細さが必要。それなのに冬夜は乱暴に一歩を踏み出したのだ。そりゃあ、制御を誤って爆発四散するというものだ。
今回は先程の爆発のように被害は広がらない。良い事なのかは分からないけれど、冬夜の屈強な身体が衝撃を受け止めて爆発四散するだけに留まったのだ。
かくして、冬夜は血肉をまき散らしながら爆発四散した。
結果的に被害は少ない。けれど、一人だけ最大限に被害を被った者が一人いた。
「……キレそうです……」
冬夜の血肉がべっとりと付着したアリスは、額に|青筋(あおすじ)幾つも浮かべながら、慎重さを忘れて軽率に動いた冬夜に対して静かに怒りを覚えていた。
一度死亡し、しかも飛び散った手足をアリスが回収するという手間を省けば、まぁ被害は少ないと言えるけれど……。
「…………」
今までに無い程怒りの表情を浮かべているアリスを見れば、まだ地形が壊れる方がマシだと思ったのは、無事復活してからの話だった。
『名も知らぬ装備』
冬夜の装備している衣服や剣は、使い古されたかのようにボロボロだ。
誰かが使っていたとアリスは言っていたけれど、誰が使っていたのかは定かではない。
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