第11話 魔力とオドの力
アステルと戦った翌日。
「トウヤ様に一つお伝えしたい事がございます」
「……」
「何故外の天気を確認するのですか? いつもと変わらない夜空しかありませんよ?」
「いや、珍しい事もあるもんだと思ってな。槍でも降るのかと思った」
「槍なんて振る訳無いじゃないですか」
呆れたような顔をするアリス。冬夜だって、別に真面目腐って槍の雨が降る心配なんてしていない。
基本、アリスは聞かれたら答える。聞かれた事|には(・・)答える。そんなスタンスだ。けれど、今日は冬夜に教える事があると言う。散々情報を出し渋られている冬夜が珍しいと思っても仕方ないだろう。
「それで? 何を教えてくれるんだ? アステルの弱点とか?」
「違います。それに、彼の大英雄に弱点という弱点はありません。強いて上げるならば、アステルよりも強い相手が弱点です」
「それは弱点とは言わない」
つまり、やはり真っ向勝負しかない訳だ。
英雄譚の英雄のように気の利いた弱点でも無いものかと思ったけれど、そんな事は無いらしい。
「そうです。アステルに弱点らしい弱点なんて無いのです。ですから、トウヤ様は真っ向勝負で勝つしかありません。しかし、トウヤ様にはアステルに真っ向から勝てる程の実力はまだありません」
「そうだな……」
五百年前の英雄。王殺しの英雄。王の器を持つ者を殺す事の出来た英雄。そんな英雄にたった|一月(ひとつき)で勝てるようになるとは思わない。
「ですので、ちょっとした裏技をお教えします」
「裏技?」
「ええ。王の器を持つ者が得意とする技です」
外に出ましょうかと言われ、冬夜はとりあえずアリスと一緒に外に出た。
冬夜とアリスは少し離れた場所で向かい合う。
「トウヤ様、|これ(・・)が見えますか?」
言って、|掌(てのひら)を上に向けるアリス。
そこに何かあるのかと思って見てみれば、それは微かに冬夜の眼に映った。
|寒色(かんしょく)をした何かが、アリスの手の上で|蠢(うごめ)いている。
「……何それ?」
「見えているようで安心しました。これは俗に魔力と言われるものです」
「魔力っていうと、魔術の元になってるやつだろ?」
「はい。私達魔女や魔術師はこの魔力を使って魔術を行使します。例えば、このように」
言って、突然炎を生み出して近くの墓石に直撃させるアリス。
「これが魔術です。もっと魔力を込めればもっと高威力の魔術を行使する事が出来ます」
完全に墓石を粉砕して見せた火炎の一撃に、少しだけ感動してしまう。ようやくファンタジーっぽいところを見れた気がした。
「で? 俺に魔術教えてくれるって事か?」
「いいえ。今のトウヤ様に魔術は不要です。付け焼刃の技術を取り入れて勝てる程、大英雄は甘い相手ではありません」
「まぁ、だよな……」
先程見た炎の魔術は威力は良いかもしれないけれど、あまりにも速度が足りない。あれではアステルは容易に躱してしまうだろう。
「トウヤ様にお教えするのは、魔術というちゃちな代物ではございません」
「いや、魔術凄いと思うけど」
「確かに魔術は便利です。しかし便利だけではアステルには勝てない」
魔術は遠距離、近距離と攻撃に多様性があり、生活に使うような魔術もあれば、禁術と呼ばれるような危険な代物もある。
しかし、そのどれをもってしても、大英雄アステルを倒す事は出来ない。魔術は強力だけれど、使用している物が魔力である以上、それ以上のエネルギーを持つ物を使用して繰り出される技には勝つことが出来ない。
「まず、魔力が何なのかをお教えします。結論から言いますと、魔力とは、人間から溢れる生命力の余り物です」
「余り物……」
そう聞くとなんだか途端に魔力が貧乏くさく感じてしまう。出涸らした茶葉で入れたお茶のような、そんな感じだ。
そんな冬夜の微妙な心境を気にも留めず、アリスは話しを続ける。
「此処からが本題です。魔力は生命力の余り物。しかし、先程トウヤ様に見ていただいた通り、少量の魔力でもあの程度の墓石を破壊する事は可能です。では、もし|余り物(・・・)|ではない(・・・・)エネルギーを用いた場合どうなるのでしょうか?」
「どうって……」
余り物でも先程見たばかりなのだ。それ以上の力など想像もできない。
「答えは、|こう(・・)です」
アリスが先程のように掌の上にエネルギーを溜める。しかし、今度は魔力ではない。寒色であったそれは暖色に変わっており、より鮮明に冬夜の眼に映った。
アリスは暖色のエネルギーを使い、火炎を生み出す。けれど、その威力は先程の火炎とは桁違いのものだった。
「うあっつ!」
離れた場所に居たのに放射熱に肌が焼かれる。
圧倒的な熱量を持ちながら、火炎は墓石に直撃する。しかし、墓石を破壊するだけに留まらず、火炎は地面を|抉(えぐ)り大爆発を起こす。
「うっわぁ……」
轟音が身体に叩きつけられる。
熱風に靡かれながら、冬夜は驚愕を隠せない。
見たところ、アリスの手に溜まっていたエネルギーの量に大した差は無かった。むしろ、魔力の方が少し多かったと思える。
けれど、結果はこれほどまでに違う。かたや墓石を壊し、かたや地面に大きなクレーターを作る。
「同じようなエネルギー量でもこれほどまでに差が出ます。トウヤ様には、余り物ではない方の力、オドの力の使い方を憶えていただきます」
「オドの力……」
「はい。オドの力とは、人間に限らず、この世界に存在する全てのものから発生している物質の事、らしいです」
「らしいって」
「私も全てを知りえている訳ではありません。それに、この力が本当にオドの力なのかも不明です。便宜上、私が勝手にオドの力と呼んでいるだけにすぎませんし」
ただ、そう違いがあるようには思わないとアリスは思っている。それを証明する手段が無いために、オドの力と呼んでいて、まったく別物の可能性があるかもしれないけれど。
「名称なんてどうだって良いんですよ。大切なのは使えるかどうかです。見ましたか? 先程私はオドの力を使ってこれ程の威力を生み出しました。使えるのですよ、オドの力は。トウヤ様にとって、それ以外に何か必要ですか?」
「……いや、必要ない」
それが使い物になって、大英雄アステルを倒せて、その先に居る六王を殺せるのであれば、それ以外の何も必要ではない。
使える。使って倒せる。それだけで、充分だ。
「教えてくれ、アリス。そのオドの力ってやつはどう使えば良い?」
「ええ、お教えいたしますとも。ですが、焦らないでください。オドの力は強力ですが、使い方を誤ると自身を害する毒ともなります。まずは、オドの力についての見識を深めましょう」
言って、アリスは近くにあった横倒れしている墓石に腰を掛ける。そして、その隣をぽんぽんと叩く。どうやら、隣に座れという事らしい。
冬夜はアリスの望み通りに、アリスの隣に腰掛ける。
「では、青空教室を始めましょうか」
「どちらかと言えば夜空だけどな」
ていうか、天気についてはさっき自分で言ってただろ。
なんて思うも、アリスは気にする事無く手近にあった木の枝を拾い、何やら絵を描き始めた。
「アリス、これなに?」
「? 見て分かりませんか?」
「分かんない」
「人間ですよ。我ながら上手く描けてます」
「にん……げん……?」
冬夜は一度目をこすってからもう一度アリスの描いた絵を見る。
確かに、言われてみれば人間に見えなくも無い。けれど、冬夜には足が四本しかない|蛸(たこ)にしか見えない。しかも、何故か手足の先が膨らんでいる|蛸(たこ)。
「脚が四本しかない|蛸(たこ)じゃなくて?」
「何を言ってるのですか? |蛸(たこ)の脚は八本ですよ?」
「いや、そうだけど……」
「??? こんなに分かりやすく描けているのに……」
アリスは小首を傾げて不思議そうな顔をする。
「なるほど、分かった」
「何がです?」
「アリスは|画伯(がはく)なんだな」
「ええ、まぁ……人より絵は上手く描けている自信はあります」
珍しく少しだけ照れたような顔をするアリス。
日本で一部の人間が使う画伯という言葉は、必ずしも絵が上手い人に使われる言葉では無いのだけれど……アリスが喜んでいるようなので良しとする。言っても、アリスの機嫌が悪くなるだけなのは目に見えているし、何より話も進まないので。
「分かった。これは人間」
「はい、これはとても上手に描けた人間です」
冬夜は自分に言い聞かせるように言って、アリスは少し得意げに言ってから説明が始まる。
「生物には魂があります。これはよろしいですね?」
「ああ」
アリスが何やら人魂のようなものを|蛸(たこ)人間のおそらく胸に位置するだろう場所に描きこむ。冬夜には出来の悪いアイスクリームにしか見えない。
「ですが、実は魂というものを所有するのは、生物に限った話ではありません」
「え、そうなのか?」
「はい。大地、海、空、星、椅子、家、人形、剣……多種多様な物に魂というものは確かに存在しています」
「へぇ……」
確かに、日本には|八百万(やおよろず)の神々という神様が存在する。川、海、湖、森などなど、自然に神様が宿るように、|厠(かわや)や台所、果ては米にまで神がいるとしている。
後は、|付喪神(つくもがみ)。これは、長い年月を経た道具に、神様や精霊、霊魂などが宿った存在。蛇足として、九十九と書いて|九十九(つくも)と呼ばせる事もある。
ともあれ、物に命が宿るという概念は否定は出来ない。アリスの説明とは少し違うかもしれないけれど、そういう物にも神がいるのであれば、そういった物に魂が宿っていても不思議ではないと思う。
アリスによって大量に増産される椅子やら机やらを見ながらそんな事を考える。因みに、例に漏れず全てが歪だ。しかし、アリスは満足げである。
「物にも魂は在ります。しかし、生物、生きている者よりもその魂は小さく、また儚いものです」
テーブルや椅子の絵に小さな小さな魂を描きこむ。
「どんな物体にも魂が在るとはいえ、やはり生物の持つ魂に勝るものはありません。それは、生物が生きているからであり、成長をするからです」
|蛸(たこ)人間の横に段々と大きくなる|蛸(たこ)人間を描く。おそらく、成長しているのだろう。|蛸(たこ)人間が。
「魂は生物の成長と共に大きくなります。段々と、段々と、大きく、しっかりしていきます」
魂を大きくして、何故だか横から日本の|凸(とつ)のある棒が二本出てきた。
「アリス、これ何?」
「分からないのですか? 力こぶのある腕です」
あぁ、なるほど。つまり蛇足だな。
冬夜はもうアリスの絵にツッコミを入れるのは止めようと決め、アリスの説明に耳を傾ける事に集中する。
「魂とは生物の根幹であるエネルギー源です。そのエネルギー源が大きくなればなるほど、その者を突き動かす力は強くなります。まぁ、身体を鍛えなくては出力が上がらなかったりと補足もありますが、今は良いでしょう。トウヤ様の御身体はすでに出来上がりつつあります。魂から供給されるエネルギー量にも十分と耐えられる素晴らしい御身体ですし」
言われ、冬夜は此処に来て初めて自分の身体を見る。言われてみれば、此処に来る前よりも随分と逞しくなったように思う。まぁ、その分傷も増えたけれど。
「ともあれ、魂とは生物にとってのエネルギー源。それは理解できましたか?」
「ああ」
「それは良かったです。何分、説明が苦手なので」
苦手というか説明しない時もあるけどなとは思うけれど、それを口には出さない。口に出したところでアリスの方が口が回る事は理解している。あれこれそれらしい事を言ってくるに違いないのだ。
「さて、生物の前提条件を理解していただいたところで、少しだけ蛇足に入ろうと思います」
「蛇足?」
「はい。魂は生物のエネルギー源ですが、魔力と言うのは先程も言った通り生命力の余り物です。つまりは、魂から漏れ出たエネルギーとしての純度の下がったエネルギーと言う事になります」
「……エネルギーとして純度の下がったエネルギー?」
「魂は高密度のエネルギーに満たされています。しかし、ずっと高密度という訳にもいきません。エネルギーは劣化し、劣化したエネルギーは魂からはじき出されます。それが、魔力なのです」
「あー……つまり、使い古したエネルギーが魔力って事で良いのか?」
「はい、その認識で間違いありません」
頭がこんがらがってきた冬夜が必死に総括した内容をアリスに問えば、アリスはこくりと頷く。
「つまりは、魂の内側にある高純度のエネルギーがオドの力。魂からはじき出された劣化した低純度のエネルギーが魔力です。トウヤ様は、この二点だけ押さえていただければよろしいかと」
「了解。まぁ、それ以上の事を憶えてられる自信は|端(はな)から無いけどな……」
「要所だけ押さえておいていただければ結構です。それに、トウヤ様にとって必要なのは魔力よりもオドの力の方です。ここら辺は蛇足なので、頭の隅に置いておいていただければよろしいかと」
全てを憶えておくことはできないけれど、アリスの言う通り要所だけは押さえておこうと思う。
「劣化したエネルギーである魔力では、そう大した事は出来ません。しかし、劣化する前の高純度のエネルギーであるオドの力であれば、先程のような高威力の技が出せるようになります」
「なるほど。それを使えばあのアステルにも大打撃を与える事が出来るって訳だな?」
「いいえ? |あの程度(・・・・)で大英雄を揺るがす事は出来ません」
「は?」
嘘だろ? あの大爆発で揺るがないのか?
それはもう人間という種を超越してるのではないだろうかと、アステルの種族を疑問に思う冬夜。
「じゃ、じゃあどうすんだ? あれで傷一つ負わせられないってんじゃ、オドの力を使っても意味が無いだろ?」
「いえ、意味はあります。先程の大爆発は私の出せるオドの力の限界です。しかし、トウヤ様はあれ以上の力を放出する事が可能です。思い出してください。トウヤ様は|なんの(・・・)所有者なのですか?」
「なんのって……王の器……」
言って、冬夜もようやく思い至る。
「まさか……」
「はい。そのまさかです」
アリスはにやりと笑いながら、|蛸(たこ)人間の上に大きな|盃(さかずき)を描く。案の定下手過ぎてダンベルにしか見えないけれど、冬夜はそんな事は気にならなかった。
「王の器にある魂を使うのです。四十八億もあるのです。多少使ったところで問題はありませんよ」
盃に四十八と数字を描きこむ。
「しかし、トウヤ様の魂もまた強大です。上手く戦えば、王の器の魂を使う事無く勝てるかもしれませんけれど」
ぽいっと木の枝を捨て、にっと笑みを浮かべて冬夜を見る。
「さて、それでは早速ですが、特訓を始めましょう」
立ち上がり、冬夜から距離を取るアリス。
まったくもって、卑怯な言い回しだ。冬夜は、王の器に入っている魂を使う事に良い感情を抱いていない。むしろ、王の器の魂を使わないようにしたいとさえ思っている。
そんな冬夜が、自身の魂、すなわちオドの力を消費するだけでアステルに勝つ事が出来るかもしれないと言われたのならば、必死にオドの力の使い方を憶えるに決まっている。
「……嫌な奴」
言って、冬夜は立ち上がった。
上等だ。オドの力とやらの使い方は分からないけれど、絶対にものにしてやる。
心中でそう意気込みながら、冬夜は特訓を開始した。
『オドの力』
魂から直接引き出されるエネルギー。その純度は魔力とは比べ物にならないほど高い。
扱えれば更なる強化が望めるが、その担い手は驚くほど少ない。
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