第16話 冬夜VS大英雄 3
少し前までは|静謐(せいひつ)だった、けれど、今はたくさんの音に満たされている墓所で、二人は激突する。
隻腕で剣を振るい、闇の|鉤爪(かぎづめ)を操る少年――冬夜と、二メートルを超える長身に、自身の身長に迫るほどの大剣を持つ男――アステル。
二人は激しくぶつかり合い、互いに|鎬(しのぎ)を削る。
冬夜が一歩進むたびに足跡から鉤爪が伸び、四方八方の敵を貫く。勿論、アステルも敵として認定されているために、その鉤爪はアステルにも伸びる。
アステルは大剣の一振りで『|禍爪(まがつめ)』をへし折り、その速度のまま冬夜へと切りかかる。
冬夜は|禍爪(まがつめ)を出しながらアステルに切りかかる。
正直、|禍爪(まがつめ)は決定打にも注意を引く攻撃にもなっていない。しかし、その他、戦いの邪魔をする者共には有効だ。
露払いをしてくれるだけでも十分な働きをしてくれていると思いながらも、決定打に欠ける戦況に焦りを覚えていた。
オドの力は限界まで引き出されている。それは今の限界なのかもしれないけれど、逆に言えば今できる最大限の出力だという事だ。
その出力にアステルは余裕で着いてくる。むしろ、冬夜の方が押されている。
|禍爪(まがつめ)という王の権能に目覚めたけれど、それもアステルには決定打足りえない。どんなに敵が増えても、どんなに手数が増えても、アステルはその全てを捌く。
冬夜には目の前の男が大英雄ではなく強大な化け物に見えてならない。
隻腕だから力も出し切れない。両腕が揃っていればもう少し強く攻めて行けたかもしれない。けれど、それもたらればだ。今言ったところで状況は好転しないし、むしろ余計な思考でしかない。
墓石を壊し、雑魚を殺し、二人の剣戟は続く。
段々と、身体が限界に近付いていくのを感じる。|禍爪(まがつめ)の強度は数を増すごとに落ちているし、自身の膂力も徐々にだが落ちている。
対して、アステルの攻撃の重さは変わらない。むしろ、冬夜の身体が限界に近付いている事もあって、アステルの攻撃が重く感じる。
このままじゃ……!! 何か、手は……!!
焦る冬夜。しかし、決定打は無い。そんなに都合の良い必殺技は無いし、彼の大英雄に弱点は無い。強いて上げる弱点は、自分より強い者に弱いという当たり前のものしか無い。
龍殺しの英雄ジークフリートは背中に弱点がある。
トロイア戦争の英雄アキレウスは|踵(かかと)が弱点だ。
どの英雄にも弱点はある。しかし、大英雄アステルには無い。アステルは不死身ではない。アステルに必殺技は無い。アステルはただただ強い。それこそ、必殺技も特殊能力もいらないくらいに。
王の権能に目覚め、オドの力を操ってなお、大英雄アステルには届かない。
いや、諦めるな。頭を働かせろ。何か突破口が在るはずだ。
剣戟の最中、冬夜は思考を巡らせる。
剣の重さでは勝てない。技量でも勝てない。力だって相手の方が上だし、経験だって言わずもがなだ。
「っそ……!!」
悪態をつき、冬夜は脚を踏み鳴らす。
踏み鳴らした足元から闇が広がり、|禍爪(まがつめ)がアステルに迫る。
|禍爪(まがつめ)を一刀で切り伏せ、アステルは即座に冬夜に斬撃を仕掛ける。
最早|禍爪(まがつめ)は足止めにもならなければ、牽制にもならない。王の権能に目覚めたのはつい先ほどの事であり、王の権能の力を十分に発揮できていないためだ。
つい先ほど発現した力に大した期待はしていなかったけれど、それでも一瞬の足止めくらいにはなってくれると思っていたために、その期待外れ度合いは大きい。
そんな思考をしていたからか、それともそろそろ寿命だったからだろうか。激しい剣戟の|最中(さなか)、ついに冬夜の剣が盛大な悲鳴を上げて半ばからへし折れる。
「――なっ!?」
動揺が冬夜を襲う。そして、そんな大きな隙を見逃す程、アステルは間抜けではない。
即座に斬撃。|禍爪(まがつめ)を放ちながら下がろうとするも、判断が遅かった。
「がっ……!?」
大剣が冬夜の身体を切り裂く。幸いにして真っ二つになるような事は無かったけれど、骨を折り、肉を断ち、心臓や肺を|牽(ひ)き潰す。
死ぬ。即死の一撃だ。即死しなくとも直に死ぬ。なら――
「ぐっ、おぉっ……!!」
――せめて、一矢報いる。
宙を舞う折れた剣先に、冬夜は折れた剣で渾身の突きを放つ。
「――!!」
アステルが避けようとするけれど、アステルも冬夜を逃がさないために先程の斬撃の踏み込みを深くしていた。そのため、退避が一瞬遅れた。
冬夜の突きは、上手い具合に折れた剣先に当たり、その剣先をアステルの胸の鎧に突き刺した。
「く、そ……が……」
しかし、折れた剣は鎧を貫く事は出来ても、その命を奪う事は出来なかった。
冬夜の身体から力が抜け落ちる。オドの力は消えてなくなり、闇色のオーラも霧散する。
どさりと、重い音を立てて冬夜は地面に伏した。
〇 〇 〇
まさか、まさかの結末だ。いや、まさかでは無いか。冬夜がアステルに勝てる確率はそう高くは無かった。
オドの力の制御は出来ると思っていたけれど、王の権能の覚醒は予想外だった。まぁ、それでもアステルを一瞬驚かせる程度にしかならなかったけれど。
王の権能は強力無比だけれど、発現したての力では限度は知れていた。
「……此処までですか」
アリスはがっかりしたように呟く。
冬夜には見込みが在った。オドの力の制御も思っていた以上に早く、武術の上達も早かった。それに、オドの力の扱いも見ていて感心するほどに優れていた。アステルにはくらわないけれど、雑魚相手に魔術擬きの攻撃をしていた汎用性はアリスも思わず|驚嘆(きょうたん)した。
けれど、それももう終わった話しだ。
冬夜はアステルに破れた。アステルを撃破できればこの後がとても楽だと思い、最初の鍛錬の場所をこのアステルの墓所に選んだけれど……どうやらアステルの力を甘く見ていたようだ。
いえ、というより、アステルのしぶとさを甘く見ていましたね。
納得の結果ではない。業腹な終わり方ではある。けれど、これ以上はどうしようも無い。王亡き今、アリスに出来る事はもう無い。
「はぁ……これが最後の好機だったのですが……」
あの魔女達の勝ち誇る顔が目に浮かんで腹立たしいけれど、負けたのは自分だ。潔く負けを認めてこの戦いから手を引こう。別段、この戦いに執着が在るでもない。後は好き勝手すればいい。
そう思うようにして、アリスは墓所を後にしよう――
「――ッ!?」
――としたところで、アステルがアリスの方を向く。
まずいと思った時にはすでに遅かった。
アステルは瞬き一つの間にアリスまで迫っており、その手でアリスの首を掴んでいた。
「ぐぅっ……!!」
呻き声を上げるアリスを、アステルは片手で持ち上げる。
脚をじたばたさせ、アステルの手を振り|解(ほど)こうとアステルの手を掴むも、アリスの膂力ではびくともしない。
アステルが兜越しにアリスを見る。
「――ぁ、ぃす――」
兜の奥からくぐもった声が聞こえてくる。
「――あぃう――」
その声は段々と大きくなり、その声は発せられるたびに|怨嗟(えんさ)を孕む。
「――あいす、ありう、ぁりす、|ありす(・・・)ありすありすありす|アリス(・・・)アリスアリスアリスアリスアリス――――――――」
声は段々と明瞭さを見せ、最後には明瞭にアリスを呼んだ。その声は、可視化できそうな程の怨嗟にまみれていた。
「アァァァァァリスゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウッ!!!!」
アステルは吠え、アリスの名を呼び、首を掴んだアリスを乱暴にぶん投げる。
「きゃあっ!」
小さく悲鳴を上げ、アリスは墓石を幾つも押し倒して吹き飛ばされる。
「かっ……! げほっ、えほっ……!!」
背中を強く打ち付け、吐血するアリス。
苦しそうに身体を丸め、えほえほと咳き込む。
「アリスアリスアリスアリスアリス――――」
アステルはそんなアリスに容赦する事無く、最速を持ってアリスへと迫る。
「――っ! こ、の……|死にぞこない(・・・・・・)がッ!!」
アリスは激昂しながら、指先にオドの力を溜める。
「|燃え上がれ(バーン・アップ)!!」
アリスの指先から目が|眩(くら)むほどに|眩(まばゆ)い炎が放たれる。
その射線上に冬夜の死体があるのだけれど、そんなことは最早どうでも良い。冬夜はすでに使い物にならないし、死んでしまった冬夜よりも今は自分の命の方が優先だ。
生き残るために、アリスは最大出力でオドの力を使った魔術を放った。さしものアステルも、魔除けの護りがあったとしてもこの火力ではただではすむまい。
そう思いながら、アリスは立ち上がって逃げようとする。
「……本当に、化け物ですね……っ」
しかし、炎の中から悠然とアステルは現れる。
ところどころ|煤(すす)けてはいるものの、これといった痛痒を与える事も出来ていない様子だ。
「アリス……|裏切者(・・・)……」
「裏切者とは随分な言い草ですね。利害が一致しただけの協力関係だっただけでしょう? それに、私は貴方達が負けたから手を切っただけです。だってそうでしょう? あれ以上続けていて私に何の利益がありましたか? 無いでしょう? だから私は貴方達と手を切ったのですよ」
喋りながら、アリスはどう逃げるか考えを巡らせる。
あの時のように幻術系の魔術で眼を眩ませて逃げる。いや、駄目だ。アステルに同じ事は二度も通じない。あれは眼を騙せても、耳や鼻は騙せない。それに、詠唱をするよりも早くアステルは口を塞ぐことが出来るはずだ。
「アリス……」
「――ッ! 止まりなさい!! |燃え上(バーンアッ)――!!」
もう一度、オドの力で牽制しようとする。
「――ぎゃっ!?」
が、向けた指先をアステルは器用に大剣で切り落とした。
「あっ、ぐぅ……っ!!」
血が溢れる手を押さえ、アリスは痛みに悶える。
「こ……のぉ!! |凍れ(コールド)!!」
脚を一度踏み鳴らし、アリスは氷の魔術を放つ。
しかし、魔術はアステルには効かない。先程のオドの力を使った魔術であればまだしも、今のはただの魔術だ。アステルの魔除けの護りを突破する事は出来ない。
確かな憎悪をアリスに向けながら、アステルはアリスへと歩みを進める。
「くっ……!」
アリスはこの場面を乗り越える方法を必死に考えるけれど、まったくもって名案が思い浮かばない。
魔術も通用しない。幻術も通じない。肉弾戦なんて意味は無い。
逃げられない……。
考えている間にも、アステルはアリスの前に立ちはだかる。
「――っ、ぐっ、あっ……!!」
アステルは静かにアリスの首を掴み、持ち上げる。
「アリス……」
静かな、けれど、確かな憎悪の込められた声。
ぐぐっと、首を掴む手の力が強まる。
「ぁっ……かはっ……」
呼吸が出来ない。首が痛い。足をじたばたさせ、アステルの手を解こうと必死になるも、アステルの手はまるでびくともしない。
死ぬ、死んでしまう。
「ぁ……ぃ……ゃ……っ」
口を吐くのは声にならない声。
苦しくて自然と涙が溢れる。
駄目だ。死んでしまう。どうしたって、この状況から生き残る事は出来ない。
時間がゆっくりと流れる。
嫌だ。まだ死ねない。死にたくない。まだ|知らない(・・・・)。私はまだ|分かってない(・・・・・・)。私は、まだ……。
「た……ぇ、て……」
助けて。声にならない声でそう懇願する。
しかし、その声を聞く者はアステルしかいない。
意識が無くなる。もう、命も終わる。
死を迎える寸前、遠のくアリスの聴覚が地面を踏みしめる音を聞いた。
「――!!」
カァンッと甲高い金属音。その音に紛れ、肉を断つ音が聞こえてきた。そのすぐ後に、衝撃音が聞こえ、何か重い物が少し遠くに落ちるような音が聞こえてくる。
どさりと、アリスは地面に落とされる。アステルの手が緩み、呼吸が楽になる。
「げほっ、えほっ!! えぇっ……!!」
咳き込み、その場で吐いてしまうアリス。
そんなアリスの前に、誰かが立つ。
涙の滲む眼で、アリスはその者を見る。
「……まだ、終わっちゃいないぞ」
聞き覚えのある声。ここ何日もずっと聞いた声だ。
「俺はまだ、王を殺してない。なのに死んでくれるなよ。お前が死んだら、誰がこの世界を案内すんだよ」
色の抜けた白髪。自分よりも高い背。大人になり切れない、けれど、少しだけ大人びた少年の顔。
少年は、半ばから折られた剣を手に、アステルと再度対峙する。
「俺はまだ終わっちゃいないぞ大英雄。よそ見だなんてつれない事してくれるなよ」
少年――冬夜は剣をアステルに向けて不敵に笑って見せた。
『禍爪(まがつめ)』
冬夜の王としての権能。
禍々しく、実態の無い爪を自由自在に放つ事が出来る。
今はまだ未熟だけれど、その汎用性は高く、極めれば冬夜の心強い武器になってくれることだろう。
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