第15話 冬夜VS大英雄 2
「くっ、そ……」
悪態を吐きながらも、冬夜は即座に大剣の範囲外から逃れる。
アステルが本気で無い事は分かっていた。けれど、此処までとは……。
斬撃自体はなんとか目で追う事が出来た。けれど、すんでのところで反応が遅れた。
切っ先が|少し(・・)食い込んだだけでこれか……。
荒れる息を整えながら、冬夜は自身の左腕を見る。
そこには、二の腕の半ばから先が消えた左腕だった名残が残されていた。
大剣の切っ先。そのわずか小指の先程度が肉を割いただけなのに、結果的に冬夜の左腕は引きちぎられるように切断されていた。
「さすがは大英雄……化け物じみた強さだな……」
今まで戦った|骸骨霊(スケルトン)も、もちろん強かった。兵士から始まり、騎士、将軍。階級が上がるにつれてその強さも上がっていった。けれど、そのどれと比較しても、アステルの強さは抜きんでていた。異常だと素直に思う。
荒れた息を整え、冬夜は片手で剣を構える。
アステルの速度で放たれる斬撃に、右腕一本でどうにか対処できるとは思えない。両腕が残っていたとしても、いなせたかどうか分からない。
……やるしかないか。
出来るかどうかは分からない。けれど、出来なければ負ける。此処で、復讐の道行は閉ざされてしまう。
そうはさせない。そんなことは許さない。必ず殺す。六王は、必ず殺す。その道行を邪魔する奴も殺す。俺の邪魔をするならば、俺は誰だろうと殺す。
「……」
魂からオドの力を引き出す。
「――!」
即座に、アステルが動く。
一瞬にして距離を詰め、上段から大剣を振るう。
それは致死の一撃。それは、くらってしまえば身体は真っ二つに裂け、無残に血飛沫を上げて命を散らす一撃だ。まぁ、それもくらえばの話である。
甲高い金属音が墓地に響き渡る。
肉を断ち切る音でも、地面を抉る音でも無い。金属と金属が打ち合う、甲高い金属音が響き渡ったのだ。
「……土壇場でどうにかなるとはな」
アステルの大剣を受け止める自身の腕を見ながら、冬夜は思わず感嘆する。
オドの力は|満遍(まんべん)なく冬夜の体中に行き渡り、身体の内側から冬夜の身体を強化している。
成功した。けれど、気は抜けない。気を抜いてしまえば、身体の内側から押し上げられる圧力に負けて爆発四散しそうだから。
アステルの攻撃に注意を割きながら、オドの力の制御にも注意を割かなければいけない。一瞬でもどちらかの注意を怠れば、訪れるのは無情な死だ。
「時間が無い。とっとと終わらせるぞ」
ふっと力を入れて、アステルの大剣を弾き返す。
そのまま即座に剣を振り下ろし、アステルの身体に一太刀浴びせる。しかし、アステルも歴戦の勇士である。即座に冬夜の剣の間合いから外れ、冬夜に追撃を放つ。
冬夜の剣速がアステルの動きを上回り、鎧を断ち切る事は出来たけれど、残念ながらその骨肉に届く事は無かった。
けれど、それでも良かった。
アステルの怒涛の連撃を剣で捌き、身体の動きで捌き、反撃を繰り出す。
人の限界を超えた戦いが繰り広げられる。
戦える。これなら、大英雄とも打ち合える!!
両者ともに怒涛の斬撃を繰り出す。
奇しくも、冬夜とアステルは魔術を使う事が出来ない。冬夜は、|まだ(・・)と頭に付くけれど、アステルはその|枕詞(まくらことば)が付く事は無い。アステルは、魔術が使えないのだ。
だからこそ、二人に出来るのは肉弾戦のみ。お互いに遠距離が無いために、近距離での戦闘に集中できる。
一合一合が衝撃波を生み、空間を軋ませる。
アステルは最初に見せた型と違う軌道の剣筋を出してくる事は無かった。
冬夜に対してそれは最早通じず、型と違う剣筋だとアステル本来の速度が出せない。ただの初見殺しの技だ。アステルの本当の剣技では無いために、それに固執する必要も無い。
本気の剣筋、本気の速度で相手をしなければ冬夜は倒せない。アステルはそう判断した。とどのつまりは、アステルは本気になったという事だ。
その本気を、冬夜は打ち合う剣の衝撃で感じとる。
剣を合わせるたびに衝撃で手が痺れる。気を抜くと、剣を手放してしまいそうだ。
ぐっと剣を強く握りしめる。
両手じゃないために普段よりも力は乗らないけれど、オドの力のおかげで何とかアステルと打ち合えている。
剣を合わせるたびに後ろに流れそうになる身体を支える。
剣を合わせるたびに衝撃が手から始まって頭の先から足の先までを駆け抜ける。
剣を合わせるたびに切断された左腕と痛めた内臓が痛む。
けれど、我慢できない程ではない。あの時の絶望に比べれば、あの時の心の痛みに比べれば、何度も死んだことを思えば、泣きそうになるほどの痛みなどどうという事は無い。
だから。多少斬られただけで俺が止まると思うなよ?
「おぉぉぉあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
雄叫びを上げ、アステルを攻め立てる。
冬夜の負傷をいとわない怒涛の攻撃にさしものアステルも押される。
流石に、アステルの剣を弾き返す事は出来ない。相手の膂力の方が上だし、相手の技量の方が上だからだ。
けれど、流し、いなす事は出来る。
流れるようにしてアステルの大剣を捌く。
「これなら……ッ!!」
いける。そう思った矢先、背後から迫り来る気配を感じ、咄嗟に横に飛び退いて回避する。
冬夜が回避した直後、轟音上げながら何かが飛来する。
「――」
飛来した物を、アステルは大剣で弾く。
金属音を上げて弾かれたのは、長い棒状の物。つまりは、槍だ。
「――ッ!? もう追いつきやがったのか!」
ちらりと後ろを見やれば、そこには巨大な影が。
巨人、だけではない。空には|飛竜(ワイバーン)。近くにはいつの間にか現れていた巨大な|蟲(むし)や、アステルの墓所の者ではない|骸骨霊(スケルトン)や|蠢動死体(ゾンビ)、そして発光しながら空を飛ぶ謎の生物や、狼や鹿に似た禍々しい動物達が一様に冬夜を見据えていた。
その全てが六王の配下であり、敵対関係にあるにも関わらず、まるで互いを攻撃していない。
おそらくは、彼等の|頭(・)が無駄な戦闘を避けてさせて、いち早く冬夜を奪取させる事を選んだのだろう。六王にとっては冬夜がアステルを倒してしまう事は非常にまずい事だから。
「チッ……! こいつら相手にしながら、大英雄の相手かよ……!!」
合図は無い。けれど、一斉に冬夜目掛けて六王の配下が迫る。
以前の冬夜であればこの時点で詰んでいた。幾ら強くなったとは言え、この数を一気に相手に出来る程の技量などは持ち合わせていなかったからだ。
しかし、今の冬夜にはオドの力がある。
「邪魔だッ!!」
迫り来る蟲を一刀両断し、冬夜はアステルに向かって突き進む。
その間にも、槍や弓、獣や蟲、魔術などがひっきりなしに迫り来るけれど、その|悉(ことごと)くを冬夜は切り伏せる。
同様に、アステルも冬夜に向けて迫る。獣や蟲を豪快に斬り捨て、槍を折り、矢を剣の風圧で吹き飛ばし、魔術は自身が持つ魔除けの護りが弾いてくれる。
両者ともに迫り来る敵を屠りながら、剣を交える。
アステルの大剣を捌きながら、背後から迫る槍を避け、左右から迫る小さい虫の大群に向けて指先を向け、指先からオドの力を用いた魔術|擬(もど)きを放って焼き尽くす。あの時の感覚は忘れていない。魔術|擬(もど)きを放った指先が黒く炭化するけれど、炭化したのは小指だけだ。剣を握るのになんら問題は無い。
アステルは魔術を一切気にしていない。アステルは大戦の時に使用していた魔除けの護りという|御守(アミュレット)を所持している。その|御守(アミュレット)のおかげで、アステルに魔術は通用しない。といっても、あまりに強大な魔術の前には意味が無いし、仲間からの援護の魔術の恩恵を受ける事も出来なくなるという|欠点(デメリット)があるけれど。
しかし、魔術の恩恵などアステルには必要ない。己の剣、肉体、技さえあればどうとでもなる。今までもそうしてきた。
乱暴に見えて実に繊細な剣捌きで冬夜の相手をしつつ、迫り来る|物理攻撃(・・・・)を凌ぐアステル。
一か所に留まる事の不利を理解しているために、二人は立ち位置を変えつつ、場所を変えつつ剣を交える。
っそ……! こいつ、こんな大剣ぶん回してんのに、まったく斬撃が追いつかねぇ……!! なんつう膂力してんだよ……!!
身の丈程の大剣を振り回し、なおかつ迫り来る六王の配下の攻撃を捌いているにも関わらず、アステルの剣速は鈍る事は無い。むしろ、先程よりも剣の速度は上がっている。
それもそのはず。アステルは大戦の時には誰よりも前に出て戦った。そのため、敵の渦中に身を躍らせる必要があった。
|一対一(サシ)の勝負ももちろん得意だ。しかし、一番槍を請け負うアステルにとって多対一もまた得意分野であるのだ。
これこそが大英雄。鏖殺と呼ばれた騎士。
一振りで|遍(あまね)くを切り伏せ、その命を絶つ。
勝てない……今のままでは、絶対に勝てない。
アステルと最初に相対した時のあの感覚が|甦(よみがえ)る。頂上の見えない山を見上げているような、そんな感覚。
「――ッ!! ふっざけんな!!」
冬夜は一瞬|挫(くじ)けそうになった心に活を入れる。
六王を倒すんだろ? |仇(かたき)を討つんだろ? そのために今まで|血反吐(ちへど)吐いて戦ったんだろ? 恐怖と向き合って、他人の魂を使ってまで生きながらう嫌悪感に耐えて戦ってきたんだろ? それを、こんな最初の最初で全て無駄にすんのか?
「……認めない」
魂から流れるオドの力の量が増える。
「此処で死んでたまるか。お前を殺して、こいつらを殺して、六王を殺して……俺は復讐を果たす」
黒く、|歪(ひず)んだオーラが身体を覆う。
アステルに恨みはない。けれど殺す。強くなるために、王を殺すために、|殺し(それ)が必要とあれば殺す。
今までにない力が身体を満たす。
「……ぶっ殺す」
殺意溢れる言葉にオーラが反応し、刺のような、鉤爪のような形状を取って周囲の|敵(・)を串刺しにし、引き裂く。
冬夜の王としての権能。『|禍爪(まがつめ)』
王には、王に沿った権能が幾つかある。それは精神性や状態によって変わる代物であり、固定された能力では無いけれど、どれも強力無比な力となる。
しかし、精神性や状態はそうそう変わるものでもないので、幾つか権能が在ったとしても、その権能を扱う事が出来る素養があるだけであって、実際に全ての権能を扱える訳では無い。
冬夜の場合、王としての自覚こそ無いけれど、復讐者としての自覚がある。その自覚と負けられないという強い意志から権能が生まれた。
相手を引き裂き、抉り、惨たらしくも絶命させる|禍(まが)つ|鉤爪(かぎづめ)。それこそが、『|禍爪(まがつめ)』である。
怨敵全てを穿つ冬夜の殺意其の物。
|禍爪(まがつめ)が広範囲に広がり、迫り来る敵の一切合切を貫き、引き裂く。
しかし、それだけではない。先程以上に溢れ出たオドの力は、冬夜の身体を更に強化している。
剣速が、数段上がる。
「――!!」
甲高い金属音を上げて、アステルの方の|肩当(ポールドロン)が吹き飛ぶ。反動で、アステルの身体が後方へと吹き飛ぶ。
闇色の帯を残し、アステルを追う。その際、闇色の帯からは複数の|禍爪(まがつめ)が発生し、周囲の怨敵を|悉(ことごと)く抉る。
高速でアステルまで迫り、速度そのままにアステルに切りかかる。
衝撃と轟音。衝撃により冬夜の闇色のオーラが吹き飛ばされ、広範囲に吹き飛ばされた闇色のオーラから更に|禍爪(まがつめ)が発生し、次々と怨敵を抉る。
冬夜の|禍爪(まがつめ)は、冬夜の闇のオーラから生成される。そして、|禍爪(まがつめ)には二種類あり、冬夜の意思によって発生させられるものと、冬夜の意思とは関係なしに発生するものに別れる。
冬夜の意思で発生する|禍爪(まがつめ)は威力も高く、速度も速い。逆に、冬夜の意思とは関係なしに、冬夜から離れた闇色のオーラから放たれる|禍爪(まがつめ)は発動までに|時間差(タイムラグ)があり、また威力も低く、速度も遅い。
けれど、有象無象に避けられるような速度でもない。
|禍爪(まがつめ)に一掃され、いったんは敵の波が途切れる。
その間に、冬夜とアステルは互いに意識の全てを注いだ全力で剣を交える。
……これでも駄目か……!!
先程よりも上がった膂力。しかし、アステルの大剣を退けるにはまだまだ足りない。
「|化け物(ばけもん)が……!!」
アステルの大剣を逸らし、冬夜は一歩踏み込む。
踏み込んだ足元から|禍爪(まがつめ)が幾つも飛び出してアステルを狙うも、アステルは腕を振るだけで自身に到達する前にへし折る。
冬夜は振られた腕に向けて剣を振るう。が、アステルの方が早く、|腕当(バンブレス)を浅く傷つけるだけとなった。
剣を振り切ったタイミングで今度はアステルが逆手に大剣を持ち、|体当たり(タックル)の要領で剣を押し当ててくる。
冬夜に左腕が無く、回避以外に避ける術は無いのだけれど、回避するにはいささかタイミングが遅かった。
あわや斬られんというところで、アステルの身体が何かに止められる。
「――!!」
それは、足元から生えてきた複数の|禍爪(まがつめ)だった。|禍爪(まがつめ)がアステルの身体を止めるようにして幾つも生え、アステルの攻撃を寸でのところで止めていた。
「物は使いようだな。攻撃として使えないんなら、足止めとして使えば良い」
言いながら、冬夜はアステルに向けて剣を振る。
「――――!!!!」
しかし、アステルが足を少し|踏み鳴らす(・・・・・)だけで|禍爪(まがつめ)は折れ、冬夜の斬撃をいとも簡単に大剣で受け止めた。
「まぁ、一筋縄じゃいかないよな……!!」
至近距離。二人は|鍔(つば)迫り合いながら睨み合った。
『魔除けの御守り』
アステルが持つ、魔術を避けるための御守り。
敵からの魔術を弾く優れものだが、味方の支援魔術も弾いてしまうという欠点がある。
その上、御守りの効力以上の魔術は打ち消すことができない。
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