第14話 冬夜VS大英雄 1

 冬夜がオドの力を使えるようになってから二日が経過した。


 が、進捗の方は|芳(かんば)しくはなく、オドの力を完全に制御する事は出来ずにいた。


 焦燥感を覚えながらもオドの力の制御に邁進する冬夜であったけれど、敵は冬夜を待ってはくれず、ついにその刻限が訪れてしまった。


「――っ」


 アリスが弾かれたように顔を上げ、遠くの空を見る。


 オドの力をゆっくりと引っ込めながら、冬夜は問う。


「どうした、アリス?」


「トウヤ様、どうやら刻限のようです」


「刻限……って、まさか!」


「はい。敵に居所が知られました」


 アリスがそう言った直後、上空から|夜を割り(・・・・)何かが飛来する。


 それは俗に言う|飛竜(ワイバーン)という者だった。


 蜥蜴のような|風体(ふうてい)に前足の代わりに付いた大きな翼をはためかせ、毒針の生えた長い尻尾をたなびかせて空を|駆(か)る|飛竜(ワイバーン)。


 その数は十を超え、二十を超え、ついには数えるのも億劫な程にその数を増やしていく。


 そして、六王の先兵は|飛竜(ワイバーン)だけでは無かった。


「――ッ! あいつらは……!!」


 忘れもしない。忘れられない。冬夜から全てを奪った者達。


 墓石を軽々と超える身長の者。その者達の正体は、とうに知れている。


 巨人。


「――ッ!!」


 体中の血液が沸騰したかのように身体が熱くなる。


 これは怒りだ。確かな怒りが、冬夜の熱を上げる。


「お待ちください」


 一歩踏み出そうとしたところで、アリスに止められる。


「邪魔するなアリス。俺はあの|糞(くそ)共を皆殺しにしてくる。だから、その手を離せ」


 静かに、けれど確かな激情の籠った目を巨人共に向ける。


「いいえ。トウヤ様、貴方様が此処でなすべきことは、雑魚を蹴散らす事にございません」


「いいやそれは俺のやる事だ。俺の目的は復讐だ。復讐相手を殺すのは俺の使命だ」


「そうですね。ですが、それは今ではありません。トウヤ様の今の目的は、大英雄アステルを倒す事です」


「それこそ後で良い。こいつらを皆殺しにしてから行けばいいだけの話だ」


「駄目です。それでは結局のところじり貧になります。これが六王の第一波だとしたら、必ず第二第三が現れます。その襲撃を警戒しながら大英雄と対峙するのは大きな枷になります。第一波である今こそ、大英雄を倒す最初で最後の|好機(チャンス)になります」


「なら第一波を倒した後で良いだろ」


「いいえ、もう|捕捉されました(・・・・・・・)。すぐに次が来ます。この数をトウヤ様一人で倒す事が出来たとして、その後はどうするのです? 今よりも強大な敵が現れ、果ては六王の腹心が現れましょう。そうなれば今の貴方様に勝ち目はありません。一度殺されれば、トウヤ様が復活をする前に殺され、何度も殺される屈辱を味わいながら憎き王の元へと運ばれ、四十八億を超える魂が王の器に注がれます。何も出来ず、一矢報いる事も出来ず、トウヤ様はただ奪われるだけになります」


 アリスは冬夜を掴んでいた手を離す。


「それでもよろしいのであれば、どうぞお好きになさってください」


「…………クソッ!!」


 一つ悪態をついてから、冬夜は踏み止まった。


 頭と体は沸騰したままだけれど、感情に身を任せて戦った先に今以上の屈辱があると言われれば、踏み出した足を止めるくらいの理性は働く。


「……俺はどうすれば良い?」


「このまま大英雄の元へ向かいましょう。敵に追いつかれる前に、大英雄を倒してしまうのです」


 言いながら、アリスは小走りでその場から離れていく。冬夜も、すかさずアリスの後を追う。


「このアステルの墓所は、とある国の境界線に在ります。そのため、敵は国の外から入ってきた事になりますので、挟み撃ちをされる心配はありません」


「そうも言いきれないだろ」


 墓所だって無限に続いている訳では無い。回り込まれている可能性も十分に在るはずだ。けれど、アリスはいいえと首を横に振る。


「それは有り得ません」


「なんでだ?」


「回り込んだ先には大英雄が待ち構えているからです。墓所の終着地が大英雄の墓である以上、回り込んだ時のリスクの方が大きいです。何せ、到着した途端にその命を刈られるのですから」


 言われ、冬夜は一度しか訪れていない大英雄の墓地を思い出す。


 確かに、アステルの大きな墓石の向こうには墓石は一つも無かった。


 そうか、あそこで墓地は終わるのか……。


 しかして、そう理解するとやはり違和感はある。けれど、その違和感の正体を見付けようとはせず、冬夜は現実だけを見る。


 まだオドの力を使いこなせてはいない。それに、アステルの剣術に敵うとも思えない。けれど、今アステルを倒さなくてはいけない。


 冬夜は、ちらりと背後を見る。


巨人が墓石を破壊しながら歩く。その巨人に|飛竜(ワイバーン)が襲い掛かる。それはまるで映画の|一場面(ワンシーン)のようだけれど、ずっと見ている訳にもいかない。


 やはり、|飛竜(ワイバーン)と巨人は別の六王の配下なのだろうと分析しながらも、直ぐにその分析を頭の外へと追い出す。


 お互いにやり合ってくれているのであればそれで良い。アステルと戦うのに邪魔にならなければそれで良いのだ。


 冬夜は背後を気にしないように|努(つと)めて走った。刻限は来た。けれど、まだ時間はある。その時間も、さほど長い訳では無いけれど。



 〇 〇 〇



 オドの力の操作を間違えて小屋を破壊してしまわないように、小屋から随分と離れたところにいたのが良かった。冬夜達はそうかからずにアステルの墓までたどり着く事が出来た。


 大きな墓石。その墓石の前には、始めて対峙した時と変わらずにアステルが立っていた。


 二メートル近くある巨躯。傷だらけの騎士甲冑に身を包み、トレードマークの赤いスカーフをたなびかせ、背には自身の体長に迫る大剣を背負っている。


 アリスは下がり、一礼をして冬夜の健闘を祈る。


 勝てる見込みはない。奥の手であるオドの力の制御も出来ていない。背後からは怨敵が迫り、その更に背後には増援も控えている。


 控えめに言って、最悪の展開だ。冬夜にしてみれば、前後に敵を置いている状態。逃げ場はない。いや、違う。そも、戦う事を選んだ冬夜に、逃げ場など最初から用意されていないのだ。アリスの手を取ったあの日から、冬夜は前に進むしか道が無いのだ。


 冬夜は傷だらけの剣を構える。


 アステルも大剣を抜き放ち、構える。


 言葉はいらない。冬夜はアステルを倒す。アステルは冬夜を倒す。これは、そんな単純な事なのだ。


 動いたのは、冬夜が先だった。


「――ッ!!」


 力強く地面を踏みしめて前に出る。


 次いで、アステルも地面を駆ける。


 前回の攻防で、冬夜はアステルの手の内を少しは理解している。


 構えとは別の型の斬撃が飛んでくる、無軌道な剣筋。だから、構えから斬撃を予想するのは無意味だ。アステルの攻撃は――


 ――見て避けるしか無い!!


 アステルよりも速く駆けた。けれど、先手はアステルに|撃(う)たせる。


 アステルが最初の構えのまま――構えの通りの斬撃を放った。


「――ッ!?」


 一瞬、焦る。しかし、そも来た攻撃に対処すると決めたのだ。その対応はすぐに出来た。


「お、らぁッ!!」


 斬撃を剣で受け、流をそのままに別方向に受け流す。


「――」


 重い一撃。けれど、流せない程ではない。


 冬夜はあの日から、アステルの一撃を何度も思い返していた。


 速く、正確無比。一撃は重く、まるで滝に打たれているかのような途方も無い重みを感じる。


 アステルの斬撃は一撃でも喰らえば致命だ。だから、一撃も喰らう訳にはいかない。


 斬撃を逸らした後、冬夜はすかさず攻撃の剣を振る。


「――らぁっ!!」


 踏み込み、鋭く剣を振り下ろす。


「――」


 が、アステルは大剣を滑り込ませてそれを防ぐ――だけでなく、そのまま大剣を冬夜の方へと力強く押し込む。|盾突き(シールドバッシュ)ならぬ|大剣突き(ソードバッシュ)である。突き方はまるで違うけれど。


 冬夜は突かれた威力に逆らう事無く、そのまま身を任せてあえて背後に飛ぶことで衝撃を受け流す。


 基本、アステルの攻撃は受け流すに限る。まともに受けてしまえば身体と武器がもたないからだ。


 けれど、それは受ける事よりも難しい。当たり前だけれど、ただ受けるだけよりも技術が必要になるからだ。


 難しい。難しいが、やってできない事は無い。


 一度受けられた。一度受け流せた。そして、斬り返す事が出来た。防がれたけれど、前回では一度も出来なかった事だ。


 大丈夫だ。あの時みたいにどん詰まりの思考じゃない。冷静に、勝つ見込みを探している。俺は――


「戦える……」


 剣を構える。


 そして、駆ける。


 今度は自分から先制攻撃。アステルに攻撃をさせまいと、絶え間なく連撃を繰り出す。


 しかし、冬夜の斬撃をアステルは最小限の動きで防ぐ。


 いくら冬夜の|膂力(りょりょく)が上がったとは言え、自身の背丈ほどもある大剣を操るアステルには負ける。


 最小限の動きだけで大剣を動かし、冬夜の攻撃を全て受け止めながらも、隙を見てアステルも剣を振るう。


 アステルの小さな動きから放たれる斬撃は、通常ではありえない速度で冬夜に迫る。


「――ッ!!」


 しかし、アステルの大剣に注意を払っていた冬夜は、その攻撃を紙一重で避ける。


 最小の動きであれば、構えと違った斬撃を放つなんて芸当はそうは出来ない。あれは、構えに余裕があってこその芸当だ。


「――そこだッ!!」


 紙一重で避け、直後に鋭く剣を滑り込ませる冬夜。


 狙うはがら空きの胴。鎧と鎧の隙間。


「――!」


 しかし、アステルは身体を少しずらすだけで冬夜の剣を鎧で受け止める。


 甲高い金属音と火花を上げ、冬夜の剣が弾かれる。


 しかし、届いた。あのアステルに届いた。


 確かな|手応(てごた)えに一瞬達成感が沸き上がるけれど、直ぐに|鎮(しず)める。ただの一撃だ。それに、防がれた。更に言うのであれば――


「――!」


 ――反撃がもう来ている。


「ぐっ……!!」


 無理矢理身体を逸らして斬撃を避ける。


 が、直後に衝撃が身体を襲い、冬夜は大きく吹き飛ばされる。


 何がと考える前に、|錐揉(きりも)みする身体を空中で整え、二本の脚と左手で地面を捕らえて着地する。


 そして、視界から外してしまったアステルを視界に再度捉えようと前を向くけれど、すでにそこにアステルはいない。


「――ッ!!」


 嫌な予感がし、冬夜は即座にその場から飛び|退(すさ)る。


 その直後、冬夜の着地した地点にアステルが落ちてくる。


 大剣が深々と地面に突き刺さり、大きな亀裂を蜘蛛の巣状に作り上げる。


 深々と大剣は地面に突き刺さっている。けれど、これは隙にはならない。


 アステルは地面に突き刺さった剣をそのまま振り上げ、|土塊(つちくれ)を冬夜の方へと飛ばす。


 |豪速(ごうそく)で迫る|土塊(つちくれ)を、冬夜は素早く移動して回避する。ただの土塊だけれど、アステルの化け物じみた膂力で放たれればそれはもう岩が飛んできているのと同義だ。


 避けきれない分は剣で叩き落とす。その際、脇腹に痛みが走る。どうやら内臓が痛めつけられたみたいだ。


 切れたような違和感は無い。となれば、蹴り飛ばされたという事だろう。


 冷静に自身の容態を分析しながら冬夜は果敢に攻め立てる。


「はぁっ!!」


 アステルの斬撃を避け、流し、|反撃(カウンター)を繰り出す。


 強者との戦いは、急いた方が負けてしまう。急いては隙が出来、強者はその隙を決して逃さない。


 けれど、今回ばかりはそうもいっていられない。背後には六王の配下が迫っている。今は互いの配下が戦いあっているけれど、それもいずれ終わるだろう。その前に、アステルを倒さなければならない。


 踏み込み、アステルの攻撃の合間を縫って攻撃を繰り出す。


 幾度かアステルの鎧を|掠(かす)めるも、ただ掠めただけだ。アステルの身体には届かず、鎧の表面を傷つけるだけだ。


 それに、冬夜は知っている。これがアステルの本気ではない事を。この武人、大英雄にとってこの程度は小手調べなのだと。曲がりなりにも戦士となった冬夜には、それが分かる。


「――」


 アステルが大きく飛び退く。


 初めて、アステルの方から飛び退いた。けれど、それは逃亡を意味してはいない。それが意味するのは仕切り直しだ。


 アステルの構えが変わる。今まで頭の横で構えていた剣を、腰の位置まで下げ、切っ先を背後に流すようにして構える。


 重心は前に落ち、踏み込みが深くなる。


 ――来る。


 構えを見た途端、そう確信した。


 直後、気が付いたらアステルは目前で踏み込んでいた。


 ――速っ……!!


 驚き、即座に対応しようとするも、それよりも速くアステルは大剣を振り下ろした。


 轟音に遅れて、鮮血が宙を舞った。





『王殺し』

それは不義理にもなりえ、最大の栄誉にもなる。

そして、最強の切り札にもなりえる。

王を殺したと言うその事実。それこそが、最大の脅威なのだから。

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