第13話 三助

「爆発四散とか本当に有り得ません。物語としても下の下なオチです」


「はい、すみません……」


「そもそも、オドの力の制御の難しさは最初の時点で分かっていましたよね?」


「はい、|仰(おっしゃ)る通りです……」


「では何故慎重さのない一歩を踏み出したのですか? いえ、踏み出したことに関してはもう何も言いません。あの状態で動けなければ、アステルには勝てませんからね」


「はい、ありがとうございます……」


「ですが。ですがですよ。あの配慮も思慮も無い乱暴な一歩は何ですか? トウヤ様の故郷には石橋を叩いて渡ると言う|諺(ことわざ)があるのではないのですか? そもそも、オドの力というの一朝一夕で――」


 くどくどと冬夜に対して駄目出しの|雨霰(あめあられ)を浴びせかけるアリス。


 上機嫌になったと思えば不機嫌になったりと、アリスは表情豊かだなと若干の現実逃避をしながらも、今回の事は自分に非があるために何も言えない。


 確かに、オドの力を全身に纏わせながらの制御は思っていた以上に困難な物であった。一歩踏み出すのにも根性がいる様な、そんな状態。体育祭の後に全身筋肉痛になった時と似ているなと思ったりもしたけれど、それとは比較にならない程の歩き辛さであった。


「トウヤ様、|手が止まっ(・・・・・)|ています(・・・・)」


「はいはい……」


「返事は一度でよろしいです」


「はーい」


 アリスに催促され、冬夜は止まってしまっていた手を動かす。


「んっ……そうです。ふふっ、トウヤ様|三助(さんすけ)の才能もあるのですか? 大変気持ちいいです」


「へぇ、そいつは光栄でさぁ」


「その気持ちの悪い喋り方は即刻止めてください。不愉快です」


「すんませーん……」


 褒めたり怒ったりと忙しないと思いながらも、今回も自分が悪いと納得してしまう冬夜。


 因みに、アリスが言った|三助(さんすけ)とは、|銭湯(せんとう)でお湯を沸かしたり、客の身体を洗ったりをする者の呼び名である。因みに、三助は男の従業員の事を差す。


 ていうか、なんでアリス三助なんて知ってんだ……。


 やたら日本の文化に精通しているアリスを訝しみながらも、手が止まっているとまた怒られてしまうので、余計な事は考えないようにする冬夜。


「トウヤ様、もう少し上をお願いします」


「ん、此処か?」


「はい。はぁ……|極楽(ごくらく)です」


「極楽かどうかは分からないけど、死者が多く居るって点は間違い無いな」


「言葉の|綾(あや)です。そういう事ばかり言っていると、嫌われますよ?」


「どーせ俺は嫌われ者ですよー」


 自分でも少し余計な事を言ってしまう事は分かっている。そのせいで友達が多くなかった事も理解している。まぁ、その友達も、今では何人生き残っているのか分かった物では無いけれど。


「ふぅ……トウヤ様、背中はもう良いです。次は前をお願いします」


「りょうか――って前!?」


「はい、前です」


「いや。いやいやいやいやいや! 流石に前は駄目だろ!?」


「大丈夫ですよ。トウヤ様は今目隠しされてますし」


「より悪いと思うが!?」


 アリスの言葉に、みっともなく|狼狽(ろうばい)してみせる冬夜。


 先程アリスが言った三助という言葉で大体の想像は出来ると思うけれど、冬夜は今、アリスの身体を洗っている最中だ。


 と言うのも、冬夜が爆発四散ため血などがべっとりとアリスに付着してしまったためだ。


 それにご立腹となったアリスは、小さな小屋の中に大きな桶を用意し、そこに適温よりも少し温度の高いお湯を入れて浸かりはじめ、冬夜に言った。


「身体を洗ってください、|三助様(・・・)」


 トウヤ様ではなく、三助様。そうとうご立腹な様子であったため、冬夜は目隠しをしてそれに応じた。さすがに、淑女の柔肌を直視する訳にもいかなかったのと、単に直視する度胸が無かったからなのだけれど。


 かくして、冬夜は王ではなく三助としてアリスの身体を洗っている訳なのだけれど……。


「待て! 前は駄目だ! 背中は良いけど前は絶対に駄目だ!!」


「どうしてです? 理由を仰ってくれなくては納得できません」


「言わんでも分かるだろ!?」


「さあ、なんの事やら……|何分(なにぶん)、学の無い女ですので」


「学の問題じゃ無くて羞恥心の問題だと思うが!?」


「では、私に羞恥心など無いので、ご存分に洗ってやってください」


「――っ! いや、だから駄目だっ――」


「おや、拒否するのですか、|三助(・・)?」


 冬夜の言葉を遮って、アリスは威圧的な声音で言う。


 意訳をするのであれば、言う事聞かずにこの罰から逃げるのか? である。


 確かに悪いと思ってはいるのだけれど、流石に男女の仲でない相手の肌に触れると言うのは年頃の色を知らない男子としては抵抗があるというか、恥ずかしいと言うか――


「えい」


「あがっ!?」


 ――などと考えている内に、いつの間にか冬夜と向かい合っていたアリスが、すっかり止まってしまった冬夜の腕を掴んで自分の身体に押し付けてきた。


「なっ、おまっ……」


「触ってしまいましたね? では、諦めましょうか」


 くすくすっと嬉しそうに笑うアリス。


 冬夜は頭の中で色々考えるけれど、やがて一つ大きな溜息を吐いて考える事を放棄した。


「分かった。分かったよ……洗えば良いんだろ?」


「はい。分かればよろしいのです。あ、前だけではなく手足もお願いしますね?」


「はいはい……」


 ようするに、全身洗えよという事だろう。


 冬夜はなるべく無心になりながら、手に伝わる感触を意識しないようにしながらアリスの身体を洗う。


「んっ……あっ……ぅんっ……」


「なぁその|喘(あえ)ぎ声わざとだよなぁ!?」


「まさか。トウヤ様が相当なテクニシャンなだけですよ」


「俺童貞なんだが!? そんなテクニックあると思う!?」


「さぁ? それは私のみぞ知る、です」


 くすくすっと最後に笑うアリス。


 ああ、遊ばれてるなぁと思った冬夜は、もう何があっても反応しないことを決めて、アリスの身体を無心で洗う。


 アリスももう返事が返ってこない事が分かったのか、身体を洗う冬夜をじっと眺める。


『奥様はやはりお美しいですね。やはり、魔女というのはどこまでも美しいものなのですか?』


『いいえ。表に見える美とはいずれ消えてしまうわ。それは魔女だって同じ。私は特別、美しい時間が長いだけなのよ』


『そうなのですね……ふふっ』


『あら、何故笑うの?』


『いえ。きっと奥様は、私よりも長生きをするでしょう? その時、今と変わらない奥様に看取られるのであれば、それは私にとって喜ばしい事だと思いまして』


『そう……なら、貴女が死ぬまでは頑張って若作りしようかしら』


『ふふっ、奥様は作られなくても美しいですよ』


『お世辞でも嬉しいわ。ありがとう、|ペトラ(・・・)』


「アリス、次は腕を洗うぞ?」


「――っ!!」


 思いがけず思い出していた過去から、冬夜の声で現実に引き戻される。


 目隠しをした冬夜が見えもしないのに律義にアリスの方を見て尋ねていた。


「どうした? |逆上(のぼ)せたか?」


「……いえ。なんでもありません」


 思い出したって仕方が無い。彼女はもういなくて、あそこにもう居場所は無いのだから。


「そうですね。では、腕をお願いします」


「ああ」


 すっと慣れた調子でアリスは冬夜に腕を差し出す。


 冬夜は手探りでアリスの手を取ると、優しく布で洗う。


「そう言えば、アリスに聞きたい事があったんだ」


「なんでしょう?」


「アリスは、なんで俺に協力してくれるんだ?」


 ずっと、冬夜は疑問だった。


 冬夜には家族の仇を討つという明確な目的がある。王の器を集める事には興味が無いし、仇を討てればそれで良い。


 けれど、それは冬夜の目的であってアリスの目的ではない。ずっと、アリスの目的だけが不明瞭だった。


 果たして何気なく聞いて良い事だったのだろうかと思いつつも、冬夜はその不明瞭な部分が気になったのでとりあえず聞いてみた。


「……」


 冬夜の質問に、アリスは考え込む。


 目的。目的……そう言えば、明確な目的など無かった。


 けれど、あえて挙げるのであれば。


「嫌がらせ、ですかね?」


「嫌がらせ?」


「はい。だって、腹が立つじゃないですか。あ、次は脚をお願いします」


「ああ」


 アリスの言葉に頷き、冬夜はアリスの脚を洗う。


「で、なんでムカつくんだ?」


「至極単純な理由ですよ。同じ魔女が幸せを掴もうとしているのが許せないだけです」


 それは私が掴めなかったもの。それは私が諦めなくてはいけなかったもの。それは私が失ってしまったもの。それはかつて少しの間だけ私が触れていたもの。


「あの欠落者共はあろうことか幸せを手に入れるために王を擁立しているのです。王の器が集まれば、なんでも願い事が叶う。その権利を利用して、自らの望む幸せを手に入れようとしているのです。どうして許せましょうか? 欠落者の分際で幸せを掴もうなどと」


 いつもより熱を持つアリスの言葉に、冬夜は今まで見た事のなかったアリスの本音を見た気がした。


「……それは、幸せを掴もうとしてる連中が羨ましいって事か?」


「は?」


 冬夜の言葉にアリスは思わず呆けた声を上げてしまう。


 羨む? 誰が? 私が? あの欠落者共を?


「ふっ、ふふふっ……」


 笑う。心の底から失笑が溢れる。


「トウヤ様、それは有り得ませんよ。魔女共は欠落者です。彼女らは何かが欠落しているのです。抜け落ちてる、不完全にすらなれていない連中を、どうして私が羨むのですか?」


 アリスの言葉には圧があり、苛立ちがあった。


 盛大に地雷を踏み抜いてしまった事を理解しながら、冬夜は動揺を|覚(さと)られないように脚を洗う手を止めないまま続ける。


「勘違いだったなら悪かったよ。ちょっと羨んでるように聞こえたからさ」


「有り得ません。私が欠落者共を羨む事など、天地がひっくり返っても有り得ません」


「そうかよ。まぁ、とどのつまりはアリスが六王の邪魔をしたいのは、単なる嫌がらせって事で良いんだな?」


「はい。嫌がらせ以外のなんの感情も、理由も、因果もありません」


「分かったって。俺が悪かったよ」


「ええ、今回|も(・)トウヤ様が悪いです。今日だけで二回も悪い事をしてます」


「そっちに関しても悪かったよ。いや、そっちは本当にすまないと思ってるけど……」


 流石に、自身の血肉を浴びせかけてしまった事には申し訳なさがある。


「どちらも猛省してください。……時に、トウヤ様」


「なんだよ」


 まだねちねち言われるのかと身構えると、アリスは今までの怒った様子から一転して、静かな口調で言った。


「|そこ(・・)から先は心を許した相手にしか許していません。どうか、一線は越えられませぬよう」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 けれど、自分がどこを洗っているのかを理解して慌てて手を離す。


「す、すまん! 言い訳にしか聞こえないかもしれないが、悪気は無かったしそもそも見えなかったから気付かなかった!」


 慌てて謝る冬夜。


 冬夜は脚の付け根より少し下を洗っていた。その洗う手が、もう少しで上に行きそうになっていたのだ。


「いえ、トウヤ様に悪気が無い事は理解しています。ですが、事故でも許されぬ事もありますので、次からはご注意を」


「分かった。……って、次も洗わせるつもりなのか?」


「トウヤ様が爆発四散して、トウヤ様を私に浴びせかけたりしなければ洗ってもらう事は無いですよ」


「……充分、注意します」


「よろしい。さぁ、次は反対の脚をお願いします。あ、先程の忠告をお忘れなく」


「分かってるよ。ていうか、アリスもぎりぎりじゃなくてちゃんとストップかけてくれよ?」


「先程忠告はしたじゃないですか」


「それよりももっと早くだよ。手遅れになっちまってからじゃ|洒落(しゃれ)にならんだろうが」


 そもそも、アリスが自分で身体を洗えばそれで済む話なのだけれど、こうなってしまったのは冬夜の責任であるために何も言わない。


「分かりました。では、ちゃんと止めますのでお願いします」


「頼むぞ、マジで……」


 触りましたね? では責任を取ってくださいと言われでもしたら頷きかねる。


 冬夜は先程のよりも慎重に手を動かす。


 刻限も迫ってきていると言うのに、こんなことをしていて良いのだろうかと思う冬夜だけれど、急いては事を仕損じると自分に言い聞かせる。


 先程のオドの力を纏った状態で踏み出した一歩も焦りから来たものだ。早くしなくては。早く次へ進まなくては。そういう焦りが、冬夜に慎重とは程遠い一歩を踏み出させた。


 今日のところはアリスが満足するまで付き合う事にしようと決めながらも、やはり心中では焦る心がちくちくと冬夜を刺激してしまうのであった。





『魔女』

時に長命、時に短命、時に精神に異常を、時に身体に異常を。

何かを抱え、業を背負う存在。それが魔女。

魔に優れ、術に優れ、黒に優れる。

しかし、彼女らはどこか欠落している。その欠落は、いつからか。

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