第17話 冬夜VS大英雄 4

 死ぬ。死んでしまった。


 いつもと同じ感覚に襲われる。意識はあるのに、身体はまったく動かない。まるで金縛りにあったような感覚。


「見つけたぞ!」


「再生する前に殺し続けろ!!」


 巨人が冬夜を見付け、取り囲む。


 人なんて簡単に握りつぶせる程の大きさの手で冬夜を握る。巨人の握力だ。それだけで、ただの人間なら圧死してしまう事だろう。


「よし! これを陛下にィッ――」


 届けよう。そう言おうとしたのだろう。けれど、そう言う前に巨人の頭が背後から迫った|飛竜(ワイバーン)によって食いちぎられた。


 力無く垂れ下がった手が、冬夜を落とす。


 それをすかさず、魔獣が|咥(くわ)える。牙を上手く心臓に突き立て、再生しないようにしながら。


 しかし、逃げ出そうとした魔獣は発光する何かに射抜かれて命を落とす。


 今度は発光する何かが冬夜を捕らえようとするも、発行する何かを|骸骨霊(スケルトン)が掴み、大勢で掴みかかって殺しにかかる。鈍い音、水音。聞きたくも無い嫌な音が耳朶に響く。


 地面に落ちた冬夜に大小様々な蟲が群がる。


 それを踏みつけ、噛み千切り、燃やし、この場に居る様々な者が冬夜を奪い合う。


 こいつら何なんだ? 必死になって人様殺して、そんなに叶えたい願いでもあんのか?


 無様に、惨めに、命を落としてまで冬夜を奪おうとする者共を見て、嫌悪感を通り越して敵意すら覚える。


 |虫唾(むしず)が走る。ああ、虫唾が走る。


 こいつら他人を貶めてまで何が欲しいってんだ? 他人から奪ってまで何が欲しいってんだ? なにそんなに必死になってんだよ。奪う事に必死になんてなってんじゃねぇよ。


 黒い感情が冬夜の心中から溢れる。


 元々黒かった感情が、更に濃く、光を失くす程に色濃くなる。


 殺したいと思っていた。それは大切な人達を殺されたからだ。それだけでも、十分に殺したいと思うに|値(あたい)するだろう。けれど、それ以上の感情を冬夜は抱く。


 醜い。他人から奪ってまで叶えたい願いなんて在るか? いや、在ったとしよう。けれど、それは高尚なものでもなければ尊いものでもない。そんなものに価値は無く、そんな事を求める者にも等しく価値は無い。


 こんな醜い奴らの、どうでも良い事情に巻き込まれて、俺は大切な者を失ったのか?


 家族も、幼馴染も、平和も、家も、日常も、何もかも。


「――――」


 心に火が|灯(とも)る。


 それに一言で表すなら――――憎悪。


 殺す。


一切合切、全て殺す。


 心中、自分の内側。オドの力が溢れた方向に意識を向ける。


 そこには自分の魂が在る。しかし、それだけではない。そこには、魂以外にも在るはずだ。


 黒い炎が燃える。その中に、歪な継ぎ接ぎだらけの魂が在った。そして、その背後には黄金に輝く一つの器が。


 王の器は魂の収集器ではない。収集し、王に授ける器だ。


 冬夜は王の器を掴む。


 幾億もの魂が収まった、幾億の魂の墓場。


「悪いが、お前ら全員俺が使う」


 言って、冬夜は王の器に満ちた液体に指先を少し触れる。


「その代わり、俺が六王を殺す。お前らの仇を討つ。それで許せ」


 何かが付着した指先を冬夜は舐めとった。


 それが誰かの魂だという事は、しっかりと理解していた。





 冬夜の身体が急速に再生する。


 崩れかけた魂に数多の魂が張り付き、交ざり合っていく。


 濁った瞳に光が宿る。


「――死ね」


 覚醒直後、冬夜は|禍爪(まがつめ)を放つ。


 |禍爪(まがつめ)が作り上げた結果を見る前に、冬夜はアステルの方を見る。


 アステルが今まさにアリスの首をへし折ろうとしているところだった。


 何も考えず、冬夜は走る。


 一息の間にアステルの横に並ぶ。


「――!!」


 驚愕するアステルを余所に、冬夜は折れた剣を振り下ろす。


 アステルは即座に反応したけれど、それよりも速く冬夜の剣がアリスの首を掴んでいたアステルの腕を切り落とす。


 背後でアリスが地面に落ちる音が聞こえてくる。


「げほっ、えほっ!! えぇっ……!!」


 咳き込む声が聞こえてきたという事は生きているのだろう。であれば問題ない。


「……まだ終わっちゃいないぞ」


 冬夜は言う。アリスに、アステルに、自分に。そして、きっとどこかで盗み見ているであろう醜い六王に。


「俺はまだ、王を殺してない。なのに死んでくれるなよ。お前が死んだら、誰がこの世界を案内すんだよ」


 ちらりと振り向けば、アリスはその目に涙を溜めていた。


 こんな顔、初めて見るな。


 アリスが泣いているのを見て、特に憤りなどは無い。アリスとは利害の一致で行動しているだけだから。


 冬夜はアステルの方に視線を戻すと、折れた剣の切っ先を向ける。


「俺はまだ終わっちゃいないぞ大英雄。よそ見だなんてつれない事してくれるなよ」


 言って、不敵な笑みを浮かべてみる。


 実際はそんな余裕はない。再生は致命傷及び行動不能となる傷のみに限定したため、左腕は再生できていない。オドの力を駆使し、片腕だけで戦うしかないという点は変わらない。


 左腕を拾ってくっつければ良かったのだけれど、そんな間にもアリスが殺されてしまっては事だ。


 今から左腕を探してくっつける時間も無い。


「お揃いになっちまったな大英雄。まぁ、片腕同士仲良くしようや」


 アステルの意識は完全に冬夜に向いている。冬夜をこの場で最強の敵だと認識し、排除すべき危険な敵だと判断している。


 アステルは隻腕で大剣を構える。


 その構えからは気迫が窺える。アステルは、片腕だろうが充分に戦える。甘く見ていればこちらが痛い目を見る事になるだろう。


「アリス、下がってろ。次は見つかるなよ」


「――っ。はい」


 アリスは涙を拭って、切り落とされた人差し指を拾って冬夜の陰に隠れるようにして逃げる。


「さて、これで邪魔者はいなくなったな」


「――」


 両者は剣を構える。


 両者ともに隻腕ではあるけれど、その気迫は衰えず、少しでも油断しようものなら即座に斬り捨てられるのは必至であろう。


 六王の配下はいったんは消えた。第二派が来るかもしれない。来ないかもしれない。けれど、二人にとってそれはどうでも良い事だ。


 ――今はこいつを殺す――


 両者の気持ちは寸分たりとも変わらなかった。


「行くぞ」


 言い、冬夜が攻め込む。


 先程よりも速い。踏み込んだ地面が|罅(ひび)割れる。


 一息でアステルまで詰め、折れた剣を振るう。


「――!!」


 アステルは大剣を振るい、冬夜の攻撃を凌ぐ。


 しかし、片手しか無いために、攻めに転じる事が出来ない。


 片手でも大剣は十分に振れる。けれど、先程よりも速くなった冬夜の剣を捌きながらだと難しい。


 剣を片手で少しずつ動かし、冬夜の剣を弾くアステル。


 片手を失ったアステルが劣勢かのように見えるが、実際のところは冬夜の方が劣勢を強いられている。


 アステルは当たれば必殺の大剣がある。しかし、冬夜には折れた剣しか無い。リーチは短く、耐久度ももう無いだろう。


 ただ刃の付いた棒きれ。そんな程度の価値しかない。


 もう一つの攻撃方法である|禍爪(まがつめ)は足止めにもならない。


 アステルには決定打が在り、冬夜には決定打が無い。だからこそ、冬夜は劣勢なのだ。


 先程よりもオドの力を引き出せるようになっている。が、これが本当に最大限だ。これ以上は引き出せない。


 これ以上オドの力を引き出してしまえば、冬夜の身体はおろか、魂がもたない。自滅するような無様は|晒(さら)せない。


 だから、今が冬夜の本当の本当の最大限だ。これで押しきれなかったら本当に冬夜の負けだ。


「――ッ!! 負けられるかよッ!!」


 踏み込み、|禍爪(まがつめ)を放ちながら斬撃を繰り出す。


 意味が無いと分かっている。けれど、少しでも相手の集中力を削ぐことが出来れば御の字だ。


 折れた剣で果敢に攻める。わずかに残された勝機。それを掴み取るために。





 折れた剣で自分に攻め込み、こうも果敢に戦える者はそういない。


 戦いだらけの日々だった。戦いだけの日々だった。命を奪い、奪われ、それが日常茶飯事だった。


 人を斬り、獣を斬り、死者を斬り、精霊を斬り、巨人を斬り、龍を斬り、蟲を斬り……。


 斬って斬って斬って斬り続けた。


 剣は段々と重みを増した。敵は人より堅かった。だから、重く、断ち切る事の出来る剣が欲しかった。


 誰だろうと斬って、誰だろうと殺せる。そんな剣が。


 簡単な話なんだ。殺せば守れる。だから、殺すために必要な物が欲しかったんだ。


 鏖殺の騎士。王殺し。騎士団長。


 色々名前を貰った。特に関係は無かった。自分の役目は分かっていたし、今もその役目をはたしている。


 どんな名を貰っても、どんな役職に就いても、どんな|状態(・・)でも、関係ない。


 守る。そのために殺す。それが誰だろうと、関係無い。陛下を、国を、民を、仲間を守る。もう家族は何百年も前に死んでいるだろうけれど、それでも、家族が居たこの国を守る。


 だから、若き王よ。此処より先は譲れんぞ。此処より先には進ません。それが騎士の誇りであり、俺の誓いであり、陛下からの命なのだ。この墓所を抜けられると思うなよ。


 それにだ……|それ(・・)それが貴公だけのものと思うなよ。





 剣戟の最中、アステルが大きく飛び退く。


 すぐに追撃をと思ったけれど、何かがおかしいと直感し、冬夜は足を止める。


 アステルは大剣を構える。


 それは変わらない。しかし、纏う雰囲気が変わった。


「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 腹の底から吐き出される雄叫びが大気を震わせる。


「ぐっ……!? ――ッ!! まさか!?」


 雄叫びを上げるアステルの|魂から(・・)力が溢れ出る。


 それを知っている。知らない訳が無い。


 冬夜の顔が引きつる。


「おいおい……嘘だろ……」


 此処に来て、この局面で、|奥の手(そんなもの)を出してくれるな。


 思わずそう思ってしまうのも仕方のない事だろう。


「おおおおおおおぉぉあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 溢れ出た力が衝撃波となって周囲の物を吹き飛ばす。


 そこに立つは魂より溢れ出た|オドの力(・・・・)を纏った鏖殺の騎士。


 オドの力を身に纏ったアステルは大剣を構える。


 これで、問題無く大剣が振れる。これで、戦況は先程と同じに戻った。いや、オドの力分、アステルの方が優勢だろう。そも、冬夜が優勢になった局面など無いけれど。


 アステルが地面を蹴る。


 瞬く間に冬夜に迫り、目前で踏み込む。


「――ッ!?」


 踏み込んだ地面が罅割れる。


 そして、大剣が必殺の威力を持って放たれる。


 冬夜は慌ててその場にしゃがむ。


 頭上を大剣が通り過ぎる。


 ごうっと風が巻き上がり、剣を振った衝撃だけで背後にあった墓石が吹き飛ぶ。


「なん、つう力してんだ!!」


 悪態を吐きながら、冬夜はいったん距離を置く。


 しかし、アステルはすぐにでも踏み込んで距離を詰める。


 再び大剣が振るわれる。


 完全に避けに入る前に大剣が振るわれた。ゆえに、回避は不可能。であれば、防ぐしかない。


 一か八か……!!


 冬夜は咄嗟に|禍爪(まがつめ)を幾つも生成すし、大剣と自分との間に壁を作る。


 もちろん、これだけで止められるとは到底思っていない。だから……。


 甲高い音を立てて、|禍爪(まがつめ)が折られる。


 瞬時に|禍爪(まがつめ)が折られ、アステルの大剣が迫る。


 それを、冬夜は剣の根本で受け止め、|左腕で(・・・)剣が押されないように支える。


「――!!」


 禍々しい左腕を見て、アステルが驚愕する。


 |禍爪腕(まがつめかいな)。|禍爪(まがつめ)を収束させ、腕のような形状にしているだけの代物。剣は握れない。細かい動作は出来ない。けれど――


「防ぐだけなら問題無ぇ!!」


 しかし、完全には防ぎきれない。アステルの大剣は押し留めるにはあまりにも重すぎる。


 冬夜は右腕と|禍爪腕(まがつめかいな)でアステルの大剣をいなす。


 アステルが攻めに転じるのは、アステルに時間が無いからだ。オドの力に明確な時間制限は無いけれど、それでも限界はある。冬夜も先程限界を迎えたばかりだから分かる。


 アステルはオドの力を使っている状態で勝負を決めたいのだ。だから攻めてくる。


 なら、もちろん隙も生まれるはずだ。


 ……いや。それでは時間が足りない。相手の時間切れを待つような不確定な戦術はとるな。時間が足りないのはお前も同じだろう。


 アステルの大剣をいなした後、冬夜は即座に|禍爪(まがつめ)を放つ。


 アステルは不十分な体勢ながらそれを足を踏み込んだ衝撃だけでへし折る。


 即座に、冬夜は剣を振るう。が、アステルの動きの方が速く、大剣によって防がれる。


 それも分かっていた。これくらい防がれて当然だ。


 冬夜は|禍爪腕(まがつめかいな)を振るう。こちらも冬夜の武器だ。使わない手は無い。


 しかし、|禍爪腕(まがつめかいな)も大剣によって防がれる。


 折れた剣。|禍爪(まがつめ)。|禍爪腕(まがつめかいな)を駆使し、冬夜は攻める。


 負けられない。負けたくない。負けるか。負けてたまるか。これ以上奪われてたまるか!


 縦横無尽に攻撃を繰り出す。


 しかして、武器が悪かった。剣も、権能も、アステルの大剣よりも脆かった。


 |禍爪腕(まがつめかいな)に罅が入る。


 構わず、冬夜は攻撃を仕掛け、大剣をいなす。


 罅は広がる。


 けれど構わない。


「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


「――――――――――――――――――――――ッ!!」


 互いに雄叫びを上げる。


 激しい攻防が繰り広げられる。


 火花が舞い、衝撃波が木々を揺らし、踏み込みが地面に罅を作る。


 終わりの見えない怒涛の攻防。しかして、何事にも終わりはやって来る。


「――ッ!!」


 甲高い音を上げて、|禍爪腕(まがつめかいな)が砕け散った。


 冬夜の表情が驚愕の色に染まる。


 その隙を、アステルが見逃すはずも無かった。


 大剣が振り下ろされる。


「俺の…………勝ちだ………………」


 兜の向こうから、しわがれた声が聞こえてきた。振り絞ったような、苦しそうな声。


 |禍爪腕(まがつめかいな)が無ければ大剣は防げない。これでは、冬夜に勝ち目は無い。


 にも関わらず、冬夜はにぃっと笑みを浮かべた。


「いや……」


 アステルと何度も打ち合った。アステルの斬撃の速度は身体が憶えている。だから――


「――ッ!!」


 ――身体を半歩ずらす。


 直後、アステルの大剣は冬夜の身体の横を通り過ぎた。


「俺の勝ちだ」


 言って、冬夜はアステルの胸に刺さったままの切っ先に、自身の折れた剣で突きを入れた。


「――がはッ!?」


 心臓まで届く一突き。


 折れた剣ではアステルを仕留める事は出来ない。|禍爪(まがつめ)も|禍爪腕(まがつめかいな)も同様だ。


 であれば、突き刺さったままの剣を使うしかない。


 それだけが唯一アステルに届き、アステルを殺す事の出来る冬夜の武器だったのだから。


 アステルの身体が|頽(くずお)れる。


 頽れたアステルは、一瞬の硬直の後、自身の赤色のスカーフを握りしめた。





『禍爪腕(まがつめかいな)』

禍爪を収束させて腕の形状を取らせたもの。

まだ練度が低いために器用に動かす事はできないが、使いこなせれば鎧にも剣にもなる。

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