第10話 オドの力

 身体の修復が終わり、ベッドから起き上がる。


「どうでしたか? 大英雄アステルとの初戦闘は?」


 起き上がった冬夜にカップに入った水を渡して、アリスは尋ねる。


 カップを受け取り、水を一気に飲み干した後、冬夜は言う。


「……正直に言って今の俺が勝てる|未来(ヴィジョン)が見えない。それに、あいつはまだ本気じゃなかった……」


 たった数分間の戦いだったけれど、それだけでアステルが自分よりもさらに先を行く強さを保有している事と、まだその強さを全てさらけ出していない事が分かった。


 底が見えない。いや、頂が見えないというべきだろう。


 今までの相手は、自分がどこまで強くなれば勝てるというのが分かった。だから、自分がどこまで昇りつめればいいのかもなんとなく把握していた。自分に足りない物、相手にある物、それが理解できた。


 けれど、アステルと対峙して得たものは、圧倒的な威圧感と圧倒的な実力差だけだった。


 ただただ強大な力を叩きつけられた。その技術の粋の一片も垣間見る余裕もなく、冬夜は一方的に殺された。


 強すぎるだなんてもんじゃない。大英雄。そう呼ばれる|所以(ゆえん)をこの身を持って|正(まさ)しく理解した。


「あれはただ頑張ればたどり着ける領域じゃない。産まれ持った才能と、それこそ何度も死にかけて勝ち得た力だ」


「さすが、ご|慧眼(けいがん)です」


 ぱちぱちと拍手をしてアリスは冬夜の言葉を肯定する。


「|正(まさ)しく、|彼(か)の大英雄の一生は常に戦いの渦中にありました。産まれたのは騎士の家計のため、幼少のみぎりより騎士を目指して訓練に明け暮れ、少年になるや否や戦場へ赴き、青年になる頃には誰もが認める騎士へと成長をしたのです」


 まるで御伽噺を語る吟遊詩人のような口振りでアリスは語る。


「巨人、龍、精霊。多くの人外をも屠り、着いた異名は『|鏖殺(おうさつ)騎士』。六王の家臣をも屠り、鏖殺騎士は英雄へ。そして、人類が仇敵たる傀儡ノ王をその身をもって殺してみせ、英雄は大英雄へ。彼の戦場に敵は残らず、|屍山血河(しざんけつが)の荒れ地のみが残される。嗚呼大英雄。その忠も武も正しく至高。アステル・グリシア・バーグリンドは正しく大英雄。人類の|誉(ほま)れなり」


 長々と語ったアリスは、ふうと息を吐いてからテーブルに置いておいた自分用の水を飲む。


「今のは人の街で流行している|吟遊(ぎんゆう)詩人の|唄(うた)です。大英雄アステルを称えるための賛歌ですね」


「アリス。一つ良いか?」


「なんでしょう?」


「お前もしかして今、テンション高くないか?」


 冬夜がそう言えば、アリスは少し考えた後でくすりと笑う。


「そうですね。トウヤ様が私の思った以上の奮闘をしたので、私はちょっと気分が高揚しているようですね」


 やはりと、冬夜は納得する。


 いつものアリスであれば、こんなに饒舌に語る事は無い。吟遊詩人の唄を|諳(そら)んじてみる事も無く、淡々と事実のみを口にするはずだ。


六王の臣下を屠った。その事から付いた異名が鏖殺騎士。など、簡潔に、事実のみを淡々と。


「まぁ、奮闘はしたよ。勝たなきゃいけない相手だからな」


 善戦する事は出来なかったけれど。


「ええ、ええ。それが私は嬉しいのです。大抵の者は大英雄の威圧に耐え切れず、奮闘する事すらままならない。半端に力を付けた者であれば相手との力量の差を理解した途端に臆面もなく逃げ出す事でしょう。|大英雄(あれ)はそう言った手合いですから」


「単に俺は逃げられる状況じゃないだけだろ。進まなきゃ、俺は六王を殺せない」


「正しくその通りです。しかし、トウヤ様は折れてもよろしいのですよ? 心|挫(くじ)けて元の世界に帰る事も出来ます。トウヤ様が戦わなければいけない理由は、トウヤ様が思っている以上に簡単に捨て去ることが出来るものなんですよ?」


 復讐。それは、必ずしも冬夜がしなくても良い事だ。冬夜にはそれが出来る素養があるだけで、冬夜は嫌になればいつだってそれを放棄する事が出来る。


 異界の扉をアリスは何度でも開けられる。出口は地球に限定されるけれど、それでも、魔力さえあればいつだって開ける事が出来るのだ。


「……いつでも元の世界に帰れるってのは初耳なんだが?」


「おや、言ってませんでしたか?」


「言ってない」


「それは失礼いたしました。しかし、薄々は分かっていましたよね? トウヤ様は私にこの世界に連れてこられたわけですから」


「まぁ、それは……」


 冬夜はアリスが異界の扉を開けるところを見ていた。だから、アリスがもしかしたらあちらの世界とこちらの世界を自由に行き来できるかもしれないとは考えていた。


「それを理解していながら話題にも上げず、トウヤ様は今の今まで日々邁進してこられました。私はその事を高く評価しております。そして確信も致しました。トウヤ様であれば必ずや六王を皆殺しにすると」


 アリスは一層笑みを濃くする。けれどそれは魅力的なものではなく、冬夜にとっては背筋の凍るような気味の悪い笑みであった。


「トウヤ様は御逃げになりませんでした。初めて殺された時も、何度も同じ相手に殺された時も、多対一で袋叩きにされた時も、大英雄アステルの威光を目の当たりにしてもなお、貴方様はまだ戦う事を選んでいます」


 アリスの言う事に偽りはない。冬夜は逃げなかった。どんな時でも、立ち向かって見せた。そして、今もアステルに挑もうと心中では様々に|画策(かくさく)をしている。


「素晴らしい。実に素晴らしいです。それでこそ王の器、それでこそ王殺し、それでこそ反逆者です。トウヤ様の気概に私の気分も|昂(たかぶ)ってしまいます」


「まだ殺してないけどな……」


「トウヤ様であれば必ずや成し遂げられます。私も、微力ながらお手伝いさせていただきますので」


 常の通りの穏やかな笑みに戻って、今までの興奮した様子がまるでなかったかのように淑女然とした態度で言う。


「そいつは助かるよ」


 とはいっても、冬夜はアリスに直接助けられた気があまりしてはいない。何せ、アリスは冬夜の戦闘を支援する事も無ければ、冬夜に助言をする事も無い。してくれている事と言えば、冬夜が死んだときに運んでくれたり、ご飯を作ってくれたりだ。


 身の回りの世話をしてくれるのは正直助かっているけれど、冬夜としてはもっと戦闘面での助言が欲しいところだ。


 それに、アリスは何かを冬夜に隠している。加え、冬夜に意図してあまり情報を与えないようにしている節もある。完全に心を許すには、アリスはまだ冬夜に|胸襟(きょうきん)を開いてはいないと言えるだろう。


「……っし、とりあえず、もう一度挑んでくるか」


「それはお|止(や)めになってください」


「どうしてだ?」


「今までは私の魔術によって|骸骨霊(スケルトン)の眼から逃れていましたが、あの大英雄は違います。正確に私の位置を捉えて、私に明確な殺意を持っています。今回は上手く逃げ切る事が出来ましたが、次に逃げられるかどうかは分かりません」


 今の今までどうしてアリスが|骸骨霊(スケルトン)に攻撃されないのか不思議でならなかったけれど、どうやら魔術で捕捉されないようにしていたらしい。


 アリスが無事でいた種は分かったとして、冬夜には別段アリスが自分に同行する意味は無いと考える。


「別に、アリスがいなくても俺が死んだら放置で良くないか? 勝手に生き返って勝手に戦うし」


「確かに、トウヤ様の蘇生に私の力は必要ありません。ですが、魂を多く付与するなどの作業は私が補助を行っています。加えて言えば、|骸骨霊(スケルトン)は生者の魂を捕捉して襲い掛かってきます。死亡状態で徐々に回復している時であれば|骸骨霊(スケルトン)も反応はしませんが、殆ど回復が済んでいる状態になると|骸骨霊(スケルトン)も反応します。生き返りそうになって殺される。それの繰り返しになります」


「なるほど」


 確かに、そうなってしまえば時間と魂の無駄だ。相手は|骸骨霊(スケルトン)だから疲労も無いし、飽きることなく冬夜を殺し続ける事だろう。


「ですので、私もトウヤ様の戦いに同行するのです。お分かりいただけましたか?」


「ああ、良く分かったよ」


「それなら良かったです」


 それでは、お夕飯の準備をしますねと言って、アリスは夕飯の準備に入る。


 アリスの後姿を眺めるのも、なんだか見慣れてきたなと思いながら、冬夜は身体を休めるべくベッドに横になる。


 アリスとの話が終わり、冬夜には考える時間が出来た。けれど、冬夜の頭を支配するのはあの大英雄との戦いのみ。あの時の光景と、あの時の後悔がずっと頭を占領している。


 あの戦い方で本当に良かったのだろうか? あそこはもう少し引いて様子見をするべきでは無かったのか? 相手の攻撃の間合いも分からないうちから攻めに転じてはいけなかったのでは? 


 そんな疑問に憶測を交えながら対抗策を考える。


 考え込む冬夜を、アリスはちらりと振り返って見る。


 ただ冬夜を見ているだけではない。その眼は、常人が見ている物とは別の物を見ている。


 トウヤ様の魂の大きさが規定値を超えましたね。これでトウヤ様はようやっと魔術を使える訳ですが、彼の大英雄には付け焼刃の攻性魔術は通用しない。となれば、やはり補助魔術を習得してもらってから……いえ、それも付け焼刃。もっと、驚異的な変化が無ければ……。


 冬夜も考えを巡らせているけれど、アリスもしっかりとアステル攻略に向けて考えを巡らせている。


 それに、トウヤ様の魔力量は人より少ない。常人よりは多いですが、魔術師と比べると少ない。これでは魔術は返って足手纏いになりますね。


 元々魔術やそういった類の物とは無縁だったためか魔力は少なく、また|魔力(それ)の存在を自覚している様子も無い。これでは魔術を行使する前に魔力というものを感覚で理解してもらう必要がある。しかし、そんな時間は残されていないうえに、冬夜に魔術の才能があるのかどうかも分からない。


 冬夜には武の才能がある。剣を持たせてまだ|一月(ひとつき)も経っていないのに大英雄の初見殺しを避ける事が出来たのだから。けれど、魔術の才能の有無は分からない。アリスの魔術を感知している様子も無いので、魔力という物をまず感知できていないだろう事は分かるけれど。


教えれば出来るようになるかもしれない。けれど、かもしれないがアステルに通用するとも思えない。


では、魔術は捨てましょう。それよりも注目すべきはトウヤ様の魂の方です。


 冬夜の魂は歪ながらも大きく膨れ上がっている。それこそ、初日なんて比べ物にならない程に。


 魂の大きさの割に魔力が生成できていない。もしや魔力の生成はただの副産物? であれば、|オドの力(・・・・)を使う事が出来るかもしれませんね。そうすれば、飛躍的にトウヤ様の戦闘能力も向上しますし、アステルを追い詰める奥の手にもなります。ついぞ、|あれ(・・)は使う事が出来ませんでしたが、トウヤ様であればあるいは……。


「ふふ。これは期待が出来ますね」


 ぽつりとアリスはこぼす。けれど、自身の思考に没頭している冬夜は気付かない。


 今まで、アリスはあえて助言をしてこなかった。それは、アリスが肉弾戦を得意としていないからであり、もし冬夜が魔術を理解していればアリスは最初から冬夜を魔術師として育てるつもりであった。


 しかし、冬夜は魔術を使えないので、剣士として育成する事にした。そのため、剣などの近接戦は門外漢なために助言らしい助言が出来ず、今日まで経過した。


 実を言えば、地球の王の器の中には魔術師の才能があった者が居たけれど、その者は日本にはおらず、即座に殺されてしまった。少し残念に思いながらも、襲撃を生き残れないようでは最初から見込みは無かったときっぱりと諦めはついている。


 ともかく、今までは助言が出来なかったけれど、魔術や|オドの力(・・・・)の事であれば助言が出来る。アステルに勝つために、これからはアリスも積極的に助言をしていくつもりだ。


 奥の手が在るのと無いのとではアステル攻略に天と地ほどの差が生まれる。


 それでも、アステルに勝てるかは分かりませんけどね。


 生涯をかけて戦い抜き、五百年もの間この地で戦い続けているアステルに、そう簡単に勝てるわけが無い。しかし、剣技、|オドの力(・・・・)、そして、|王の器(・・・)これらを上手く使い、鍛え上げれば、彼の大英雄に届くかもしれない。


 時間もそれほど残されていませんし、少し駆け足になりますが……まぁ、なんとか仕上げましょう。





『魔力』

魔力は、魂から漏れ出た力の残滓だ。

様々な術を行使するのに必須であり、大体の人間が持っている。

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