第20話 騎士と修道女

「断る」


 冷たく言い放ち、冬夜は少女の手を払って踵を返す。


「あ、あ、待ってください! お願いします!」


「断る。面倒ごとに巻き込むな」


「そう言わずに! お礼も弾ませていただきますので!!」


「そんなものいらん」


「そ、そんなぁ……えっと、うーっ」


 どうすれば引き留められるだろうと少女は考える。しかし、冬夜は協力するつもりも無ければ、絆されるつもりも無い。


「ヘレナ様!! ご無事ですか!!」


「あっ、ミア!」


 馬に乗った赤毛の少女が金髪の少女――ヘレナに追いつく。


 冬夜は一つ溜息を吐きながらも、我関せずと歩き続ける。


「あ、待ってください!! お願いですから助けてください!!」


「断るって言ってるだろ。あんたら助けたって俺に利益は無いし」


「貴様!! ヘレナ様になんたる無礼か!! このお方をどなたと心得る!!」


 赤毛の少女――ミアが怒髪天を衝く勢いで声を荒げる。


「知らん。興味も無い」


「貴様……ッ!!」


「ミア落ち着いてください! あの、本当に、どうかお話だけでも聞いていただけませんか? お受けするしないはその後で決めていただいて構いませんので!」


「受ける気も無いし、話を聞く気も無い。俺は忙しいんだ」


「急ぎの用事でもおありですか? でしたら、行きがけにでも――」


「しつこい。俺はさっさと王都に行って用事を済ませたいんだよ。だから――」


「王都ですか!? ではでは、私達と行く先は同じです!!」


 ぱぁっと花の咲いたような可憐な笑みを浮かべるヘレナ。


 その笑みを見て、冬夜はしまったと自分の失態を覚る。適当に誤魔化せば良いものを、要らぬ事を言ってしまった。


 雄弁は銀、沈黙は金、か……。


 足元で黒猫も呆れたような顔をしている。


「あの、行き先も同じであれば、どうかご同行願えませんか? 私達は、どうしても王都に届けなければいけない方がいるのです。足として、馬をお貸しする事も出来ます。どうか、お願いできませんか?」


 馬を借りられるというのは、正直に言って魅力的だ。


 なんたって、今の冬夜には足が無い。冬夜が走れば早いのだけれど、その分オドの力を大量に消費する事になる。感覚的に、王都まで向かうのに自前のオドの力だけでは足りなくなる。足りなくなるたびに王の器から魂を消費するのは合理的では無いし、オドの力が底をついたところで敵襲にあってもよろしくない。


「ヘレナ様! このような素性の知れぬ者を御傍に置くなど危険すぎます! もしヘレナ様とオリア様の身に何かあれば……」


 冬夜に不潔な者を見る様な視線を寄こしながら、ミアは不快感を隠しもせずに言う。


 しかし、ミアの危惧するところも理解できる。自分達ではどうしようもなかった野盗を冬夜が意図も簡単にのしてしまったのだ。もしその刃が自分に向けられれば、自分達では太刀打ちできない。


 もちろん、冬夜には彼女達に手を出す気は無い。そもそもそんな事をしている場合では無い。


「ミア! そのような事を言うものではありません! この御方は私達を助けてくださったのですよ?」


「別にあんたらを助けたつもりは無い。降りかかる火の粉を払っただけだ」


「それでも我々は救われました。…………あの、ではこういうのはどうでしょうか」


 冬夜の前に回り込み、真剣な、しかしどこか恐れる様な目で冬夜を見る。


「王都まで、私達の護衛をしてくださったら……わ、私の身体を捧げます」


「――ッ!! ヘレナ様!! そのような事を何処の馬の骨とも知れぬ――」


「ミア!! 今は国の一大事なのです!! 私の体一つで全てオリア様を王都へ安全に送り届けられるのであれば、それに越した事は有りません!!」


「で、ですが!!」


 止めに入ろうとするミアから冬夜に視線を戻し、ヘレナは続ける。


「ど、どうでしょうか? これでも、多くの殿方から関係を迫られるくらいには、容姿は整っていると自負しております……」


 ヘレナ本人が言う通り、ヘレナは見目麗しい美少女だ。今の言葉を世の男どもが聞いたのであれば、十中八九ヘレナの手助けをする事だろう。


「ふっ……」


「んなっ!? い、今! 鼻で笑いましたね!?」


 しかし、冬夜にとっては|年下(・・)なんぞは守備範囲外だ。それも、日本では中学校に通っているような年齢の少女など、もっての他だ。


「そう言うのはもっと歳重ねてから言え。まったく響かん」


 大人びた言動から考えるに、彼女の歳の頃は十四か五くらいだろう。しかし、年齢よりも彼女は幼く見える。背は低く、身体の|凹凸(おうとつ)は最低限女性だと分かるくらいだ。こんな年端も行かない少女に関係を迫る男どもの気が知れない。


「こ、これでも私は十五です!! 立派な大人で、社交界にだって出られるんですから!!」


「そうかよ。そいつは御立派御立派」


「む、むぅ!」


 適当にあしらわれたのが面白くないのか、ヘレナは不満げに頬を膨らませる。


 しかし、そんなヘレナとは対照的に、ミアはほっと安堵したように肩から力を抜く。


「……しっかし、国の一大事、か……」


 冬夜は先程ヘレナが言った言葉を思い出す。


 国の一大事。その詳細を聞かなくとも分かる。その原因を作ったのは、まず間違いなく冬夜だ。


「そ、そうなのです! 国の一大事なのです! それこそ、我が国の存亡がかかった一大事なのです!」


「……」


 冬夜は、少し考える。


 王都への足は欲しい。それに、アステルの記憶は何百年も前のものだ。現在の地形と変わっているかもしれないし、王都の位置も変わっているかもしれない。


 足と案内。その二つが手に入るのであれば、多少は我慢するべきかもしれない。


「はぁ……致し方無いか」


 冬夜がそう漏らせば、ヘレナはぱぁっと花の咲いたような笑みを浮かべる。


「で、ではでは!」


「ああ。王都まで着いて行くよ。俺もさっさと王都に向かいたいしな」


「あ、ありがとうございます!!」


 ぺこぺことヘレナは頭を下げる。


「ヘレナ様!! 高貴な御方である貴方様がそのように頭を下げてはいけません!!」


「何を言うのですミア! 国の一大事! 誠意を示す事が今は何より大事なのですよ!!」


 冬夜としては、そんなに頭を下げられても困ってしまう。国の一大事を作り出した張本人なため、素直にお礼を受け取れない。


「ではでは! ひとまず村へ戻りましょう! その後、直ぐにでも出発しましょう!」


「ああ、分かった」


 ひとまず、冬夜達は村へ戻る事に。


 冬夜は馬の走りに合わせて軽く走り、村まで向かう。


 馬と並走する事に二人は驚かない。どこかで見ていたからなのか、あるいはそんな事が出来る者を知っているからなのか。


 村の中に入れば、一応の警戒をする。ヘレナの言葉が冬夜を騙すために嘘をついていた可能性もあるから。まぁ、可能性としては微々たるものだけれど。


 村の中には、ヘレナ達のような騎士のような恰好をした者達が幾人か居て、農具を持った村人達が緊張した面持ちで冬夜を見ていた。


 そりゃあ、急に身の丈以上の大剣持った奴が現れたら警戒するわと思いながら、ヘレナの後を着いて行く。


「村の方々、どうもお騒がせしました。皆さん、これより出立します。準備を進めてください」


 馬を別の者に任せ、ヘレナは村人への謝罪と、自身の部下への指示を出す。


 この歳で立場が一番上である事に対して大変そうだなと思いながら、騎士達の様子を見る。


 数にして二十人。馬の数は二十六。馬車を引くための馬と、馬車を守るために騎乗する馬と別れているのだろう。


 自分は馬車に乗れば良いやと勝手に決める。


 襲撃があったからか、負傷をしている者も多いけれど、馬を駆るのに支障は無いようで、今もヘレナに言われた通りに出立の準備をしている。


「ヘレナ様、もう大丈夫なのですか?」


 準備を進めている騎士達の間から、一人の少女がヘレナの元へと向かう。


 修道服を着た冬夜と同い年か、一つ二つ上くらいの少女だ。


「オリア様。はい、もう大丈夫です。ご心配おかけしました」


「いえ。何事も無く、本当に良かったです……」


 安堵したように笑みを漏らす修道女――オリアは、ついっとヘレナから冬夜に視線を向ける。


「あの、この御方は?」


「この御方が野盗を始末してくださいました。っと、そういえば、自己紹介をしていませんでしたね。私はオリヴィア家が一女、ヘレナ・オリヴィアと申します」


「では、私も……。私は、バスティアン教会にて最高神バスティアンに仕えています、オリアと申します。この度は、ご助力、まことにありがとうございます」


 言って、オリアは深々と頭を下げる。


 別にあんたらを助けた訳じゃない。なんて問答ももう疲れたので、冬夜は一つ頷く。


「……」


 冬夜は、ちらっとミアを見る。


 彼女はむっつりと不機嫌そうな顔をしており、冬夜に自己紹介などしたくないといった様子だ。


 王都までの長いようで短い道のりだ。自己紹介なんてしてくれなくたって冬夜は一向に構わない。


「俺はトウヤだ。まぁ、短い間だけど、よろしく頼むよ」


「はい。……あ、そちらの猫はトウヤ様の御連れ様ですか?」


 ヘレナが視線を下に下げれば、そこにはいつの間にか黒猫が座っていた。


 そういえばいたなこいつと思いながら、冬夜は首を振る。


「いや、知らん。道の途中で会っただけだ」


「そうですか。ずいぶんと懐かれている様子でしたので、旅のお供なのかと」


「そんな訳あるか」


 猫を旅のお供にしているなんて、そんなメルヘンチックな奴がいてたまるか。


「ヘレナ様! 出立の準備が整いました!!」


 自己紹介をしている間に、どうやら準備が整ったらしい。


「分かりました。では、出立しましょう。では、トウヤ様はあちらの馬を……」


「すまんが俺は馬に乗れないんだ。馬車で頼む」


「わ、分かりました」


 情けない事を堂々と言う冬夜になんとも言えない顔になるヘレナ。野盗を簡単に倒してしまう者がまさか馬に乗れないとは思わなかった。


「では、馬車の方で。オリア様、乗合となってしまいますが、ご容赦ください」


「私は構いません。それに、一人では退屈してしまうので」


 にこっと優し気な笑みを浮かべるオリア。


「貴様、オリア様に不埒な真似をするなよ」


 馬車に乗り込むオリア。その後に続いて、ミアに釘を刺されながら冬夜も馬車に乗り込む。


 大剣が入るかどうか不安だったけれど、なんとかぎりぎり入れる事が出来た。


「では、出立!!」


 ヘレナの掛け声とともに、一行は村を出る。


 がたごとと馬車に揺られる中、冬夜は特に話す事も無いのでぼーっと外を眺める。


 一応、外にも気を配っている。冬夜は襲撃があった際の護衛役でもあるのだ。必要最低限の仕事はする。


 悪漢、野盗、有象無象の人外程度であれば、|禍爪(まがつめ)でどうとでもなるし、拳一つで命を奪う事もまた出来る。


 此処まではまだ六王の配下も脚を踏み込めてはいないだろう。そも、此処に容易に踏み込めるのは六王の中でも巨人ノ王の軍勢のみだ。奴らが来ればどうしても目立つため、直ぐにでも分かる。


 しかし、六竦みがある以上、巨人ノ王もまた簡単に動く事は出来ない。だから、あまり警戒はしていない。


 ぼーっと外を眺める冬夜に、オリアは少し困ったように笑みを浮かべながら声をかける。


「大きな剣ですね」


「ああ」


 オリアの言葉に、冬夜は素っ気なく返す。


 オリアは更に困った笑みを深める。


「え、と……トウヤ様も大英雄アステルに憧れて、大剣を使っているのですか?」


 やはりアステルを知っているかと思いながら、冬夜は答える。


「憧れは無い。ただ、尊敬はしてる」


 嘘偽りの無い言葉だ。


 冬夜は、アステルの話を当たり前だけれど、こちらの世界に来てから初めて知った。だから、アステルの英雄譚に憧れた事は無い。しかし、アステルと対峙して、アステルの記憶を得て、その生き様には素直に尊敬をする。


「そう、ですか」


 冬夜の答えに、オリアは物悲し気な顔をする。


 その理由に、冬夜は思い当たる節が無いでも無いけれど、言ったところで意味は無いので言いはしない。


「んなぁお」


 いつの間に入って来ていたのだろう。突然、黒猫が冬夜の足元で泣き声を上げる。


「うわっ、びっくりした……なんだお前、入って来てたのか?」


「んにゃ」


 冬夜が抱きあげれば、黒猫は返事をするように一つ鳴く。


「その猫……」


「ん、この猫がどうかしたのか?」


「……いえ、気のせいですね。すみません、なんでもありませんでした」


「? そうか」


 なんだか考える様な仕草をした後、あり得ないだろうと首を振るオリア。


 これについてはまったく分からない。この猫が何だと言うのだろうか?


 じっと冬夜は黒猫を見るも、黒猫はにゃおと鳴くばかりだった。





『騎士』

国に仕え、主に仕える忠義と礼節を重んじる者。

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