乙女ゲームの村人に転生した俺だけど悪役令嬢を救いたい

白濁壺

一部一章 冤罪転生と精霊

第1話 プロローグ

 けたたましいベルの音が鳴り電車のドアが閉まる。電車はゆっくりと前進し駅を出るとホームには三人の男女が残されていた。


 一人の女性はこの男に痴漢をされたと鬼のような形相で詰め寄る。

 男はいまにも泣きそうな顔で冤罪だと容疑を否認ひにんする。

 そして、もう一人の女性は男は痴漢をしていない、自分は見ていたと男を庇っていた。


 男の名は成瀬なるせ明人あきとと言い、あまりいいとは言えない顔の見た目で小さい頃からバカにされて生きてきた。そんな男を彼女は擁護してくれた。それだけで男はうれしかった。


 だが、悲劇は起きた。


 痴漢だと騒ぎ立てる女が逆上し男を突き飛ばしたのだ。男はホームに落ちそうになるのを藁にもすがる思いで突き飛ばした女の腕を掴んだ。

 もう一人の女は男を助けるため手を伸ばし腕をつかんだが、男の体重が思ったよりも重いため三人はもつれるようにホーム下に落ちてしまった。


”プアァァァアアアアン”


 電車のホーンとブレーキ音がけたたましく鳴る。悲鳴が響き渡り、卒倒する人、ホームを覗く人達で辺りは騒然となった。


 ホーム下に降りた作業員が首を横に振る。車両を移動させた線路上には電車の車輪に首を切られた三体の死体が静かに横たわっていた。



◇◆◇◆◇◆◇


「イタタタ」

 急な頭部の痛みに男はうずくまる、頭部をさすると大きなたんこぶがあった。だがその痛みも一瞬で忘れるほどの衝撃的光景がそこには広がっていた。


「ここはどこだ?」

 男の目に入る風景は先ほどまでいた駅とはほど遠い自然溢れる森の中だった。何が起こったのか理解できずにいた。

 混乱する男の頭に映像を含んだ光が走る。それは走馬灯のようでもあり、殴られたときに出る火花のようでもあった。

 別人の情報が頭の中に流れ込んできたのだ。男は鼻血を垂れ流し割れそうな頭を抑えてその場に座り込む。


「どう言うことだよ。俺の名前はビィティ? いやいや。俺は成瀬なるせ明人あきとだぞ」

 頭痛が治った彼は置かれた状況を確認するために周囲や自分の服装を見る。周囲は完全に森で駅など見えない。着ているものはサラリーマンの服ではなく今しがた得た記憶にある貧相な村人の服を着ていて、手には木を切るための手斧が握られていた。

 頭のたんこぶは手斧で切ろうとした木の枝が太すぎて切れずに斧が跳ね返り、頭に当たって作ったものだと思い出せた。


 思い出す村の名前や、国の名前。その瞬間、成瀬なるせ明人あきとはここがどこで、自分が何者なのか悟った。


「ここは乙女ゲーム『メアリーランド』の世界の中だ」


 それは老若男女に愛され累計500万本を越えるメガヒットを叩き出したゲームの名である。

 では、なぜ成瀬なるせ明人あきとが乙女ゲーム『メアリーワールド』を知っていたのか。いやプレイしていたのか。それは彼の容姿に原因がある。


 彼は控えめに言って、いや言わなくても不細工なのだ。そしてデブなのだ。そんな彼がゲームの中だけでもイケメンになりたくて、攻略対象を自分に置き換えて乙女ゲーのヒロインに一途に愛されると言うシュチュで楽しんでいたのだ。

 ちなみに彼の推しは隣国の第二王子クリストファー・ラルラ・メラドーラでヒロインよりも悪役令嬢派なのだ。

 とは言え何度やっても悪役令嬢とは結ばれなかったので徹底的にヒロインにアタックさせた。それはもうストーカーと言っていいレベルである。


 疑似恋愛をしたいならギャルゲでも良いのではと思うだろうが、ギャルゲの主人公は顔がなくパッと見モサイ容姿が多いのである。

 つまり端的に言えば自分と大差ない容姿なのである、不細工なのである。


 現実逃避のためにゲームをするのに現実を突きつけられる。だったらイケメンが出てくるゲームをすれば良いと始めたのが乙女ゲーム『メアリーワールド』なのである。


 明人あきとはこのゲームを昼夜を問わずやり込んだ。webサイトをチェックして寝る間も惜しんでこのゲームに没頭した。寝不足で目が血走りフラフラしていたせいで痴漢冤罪などに巻き込まれたのだ。

 ある意味自業自得なのだが。


「俺死んだのか……。いやそれよりなんでゲームの世界に転移してしまったんだ」

 いや、死んだんだから転生かと明人あきとは自虐の笑みを浮かべため息をつく。


「まあ、良いか。死んでしまったものは仕方ない、とりあえず今日の糧を得るために働かないといけないのか」

 この世界の転生後の名前はビィティ、10歳で両親は他界、孤児となった彼はクローディアの村で育てられ現在13歳になる。

 ただ、育てると言っても低賃金で働かせる、ていの良い奴隷のような存在だ。


「しかし、せっかく転生したと言うのに、その日暮らしとは。普通転生するなら推しの隣国の王子だよね?」


 この世界での彼の役割はヒロインでも悪役令嬢でも隣国の王子でもない、ただの村人Aなのだ。

 腹の虫の音を聞きながら、この世界での生活を改善する方法がないかを考える。

 今のままの奴隷生活じゃ、そう遠くない未来死ぬだろう。だから生活を変える努力をするべきだと。


 ビィティは前世の記憶で『メアリーワールド』のマップを思い出す。

 クローディア村はミニゲームをするための村で、近くには数種のミニゲームがある。


 ミニゲームとは同じ作業を続けていると飽きてしまうので気分転換用に作られたゲーム内の本編には関係ないゲームである。


 そしてそのミニゲームの一つに唯一金を稼げるダンジョンもある。


 王子を攻略するならダンジョン攻略は必須であるとさえ言われるほどのゲーム内で使えるアイテムが産出される。

 廃プレーヤーは自虐を込めて、こっちが本編とか言ったりするほどボリュームのあるダンジョンなのだ。


 明人あきとはビィティの記憶を頼りにダンジョンの場所を確認しようとするが、そんな場所はないし村人たちが話しているのも聞いたことがない。

 だが明人あきとは楽観視していた。マップ的に大体の場所はわかっていたからだ。


 しかし、レベルもなにも無い、ただの村人にダンジョンの魔物が殺せるのか、明人あきとにはそれだけが不安だった。

 だがダンジョンがあって魔物がいて金を稼げるなら、働くよりもそちらを倒した方が稼ぐと言う意味では効率的だ。


 なにせ一番弱い魔物でも1Gゴールド、つまり金貨一枚を落とすのだ、薪を拾って売っても銅貨二枚にしかならない。

 今の貧乏生活を脱するには必要なことなのだと明人あきとは自分自身に言い聞かせる心に残る不安を払う。


 一念発起した明人あきとはダンジョンがあるであろう場所へと向かう。

 かなりの時間歩いても目的の場所には一向に着かない、ゲームの縮尺とリアルの縮尺は違うのだ。

 これは探すのは骨が折れそうだと鬱蒼うっそうとした木々を掻き分け前に進んでいく。


 だが、先ほども言った通り彼はダンジョンを見つけること自体はそれほど不安に思っていなかった。なぜなら、そのダンジョンは滝のある川の側にあるからだ。

 そしてその滝の位置を前のビィティの記憶で彼は把握していた。


 ”ざざざざっざざぁぁぁ”


 水が高所から勢いよく落ちる音が前方から木々の隙間を通り聞こえてくる。ビィティは音のする方へ行くとまるで神々しいまでに美しい荘厳な風景が姿を表した。


 下に降りられる道を探し川辺に降りると大きな岩が散乱しており行く手を阻む。一際大きな岩の上に登りビィティは辺りを見回した。


「滝の左側の森の中にダンジョンがあるはずなんだが……」

 彼は木々が繁っている場所を見つめたが、見ただけではダンジョンがあるか判断できなかった。

 見ていても仕方がないので川を渡れる場所が無いか探した。少し下流に川幅の狭い場所があり、川の中には石が点在しており、それを足場にすれば濡れずに向こう岸に渡れそうだった。

 ゴツゴツした岩場を抜けその場所までたどり着くとビィティは川の中にある石ををケンケンパと飛び越えて対岸に渡った。

 対岸に渡ると生い茂る草木を掻き分けて森の中へ分け入る。すると開けた場所がすぐに現れ中央には一つの大きな岩があるだけでダンジョンの入り口など、どこにもなかった。


「雰囲気は間違いなくフィールド上にあるダンジョンの入り口だが。肝心の入り口がないな」

 ビィティはゲーム画面を思い出す。ゲームではこの岩のある場所に祠がありダンジョンへ続くトンネルがある。

 だが現実は目の前に大きな岩があるだけである。

 

「よくよく考えれば、トンネルじゃなくて岩に穴が開いてたのかもしれない」

 ゲームではトンネルに見えてもリアルでは岩に穴が空いていたのかも知れないと思ったビィティは秘密の入り口でもないかと岩をペシペシと叩く。

 岩の周囲を回りなが叩く手がスルッと岩に吸い込まれた。


「お!?」


 岩に吸い込まれた手はまるで手品のように肘まで岩の中に入っていた。

 ビィティは恐る恐る、体を侵入させると岩の中は明るい洞窟へと続いていた。


「ゲームと同じでダンジョンでも明るいんだな」

 光源がないのに蛍光灯をつけたように明るいダンジョンに戸惑いながらもビィティは一歩進んでは一歩戻る。


 このダンジョンのモンスターはエンカウント方式なので一歩歩くことに魔物との遭遇のサイコロが振られている。だから安全マージンを取り、最初の段階ではいつでも出れるように入り口をうろうろする作戦をとっているのである。


 ビィティは斧を水平に突き出しながら歩く。それはエンカウント方式によるシステムが現実では弊害があると言うことを如実に語ることを証明するためのビィティの実験なのだ。


 一歩下がるとビィティの正面の空間に魔物の輪郭が浮き上がる。

 突き出した斧を心臓の位置に動かすと、姿を表した魔物は断末魔と共に消え去り金貨を一枚地面に落とした。


「よし成功だ!」

 ビィティは自分の作戦が成功したことに安堵のため息をつく。


 ビィティはろくな食事を与えられていないせいで筋肉が無い、下手をすればヒロインよりも弱いのだ。

 ヒロインが一撃で倒せる魔物でも一撃で倒せない可能性がある。反撃をされると言うのはそれだけで死亡確定なのだ。

 だから考えた、なにもない空間に突如現れるのだから、武器を置いておけばそれを巻き込んで死ぬんじゃないかと。

 自分の考えがピタリと的中したビィティはホクホク顔でまた前進と後退を繰り返す。


 ただ、この作戦が使えるのは魔物が常に1匹しかでないこの階だけだった。下の階へ行くほど魔物の数が増える。

 つまり多数の魔物が同時出現した場合、一体目はこの方法で殺せても、二体目の魔物は殺せないのだ。


 この日二十匹の魔物を倒しビィティは金貨20枚、20Gゴールドを手にいれた。

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