第8話 悪役令嬢の平手打ち

 ビィティがベルリを食べようと捕まえて口に運んでいるとクラリスが彼に向かって怒鳴りつける。

 「無礼者!! ふざけた踊りをして道化のつもりですか、私が話しているのですよこちらを向きなさい!」


 その言葉にビィティは二体の精霊がクラリスには見えていないことに気がついた。確かに見えてないなら自分の動作がからかって見えても仕方ないなと反省した。


「申し訳ありません、あなたを侮辱したわけではないんですよ。それに荷物を捨てたのは馬二頭で7人を運ぶんです、できるだけ軽くしないと馬が疲れて、潰れてしまうでしょ」


「姫様、ここは彼の言うとおりにしましょう。今は生き延びるのが最優先事項です」

 赤髪の少女騎士がとりなすが姫の怒りは収まらない。


「王子様からいただいたものを捨てたのですよ。それを、あの者は!」


「ベルトリア王子なら分かってくれます」

 赤髪の女騎士は天然かなと言うくらい言ってはならない一言を言ってしまう。もちろんビィティは殺されたくないので聞こえてない振りをして剣を拾う。


「私が許せないの!」

 クラリスがジタンダを踏むように両手を振り下ろし怒るとイケメンの少年がクラリスの前でひざまず く。

「ならば私が切り捨てましょう」

 そう言うとイケメン少年は振り向きざま剣を抜いてビィティに切りかかる。

 ただの村人では避けられないほどの俊足で一気に距離を詰める。これほどの腕があるならさっき戦えよとビィティは思うが今のビィティにはこの程度の剣は効かない。

 正確には精霊が守ってくれるので効かないだ。


 二匹の精霊はビィティを守るために剣を風の刃で切り裂きイケメン少年を水弾で吹き飛ばした。

 イケメンは吹き飛ばされ転がって道脇の草むらの中に転がって止まった。

「ヴィックス!」

 姫が吹き飛ばされた少年の名前を叫んで駆け寄る。


「ありがとう」

『感謝しろよな』

『へへへなのでちゅ』

 お礼を言われた二体の精霊は喜びを体で表しビィティの周囲をクルクルと回る。

 ヴィックスを助け起こしたクラリスはビィティを睨みつけた。

「私の従者を吹き飛ばしておいて、なにがありがとうですか!」


 ビィティに侮辱されたと思ったクラリスはヒールを脱ぎ捨て彼の前に立つと力一杯平手打ちを食らわせた。

 殴られると思っていなかったビィティは避けることもできずにスナップの聞いた一撃を喰らい一瞬意識が遠くなる。


「やめろ」

 ビィティは失いそうな意識をなんとか保ちその言葉を発したがクラリスが殴るのをやめるわけはなく、力強く振られた平手はビィティの頬に当たり軽い脳震盪を起こした。


 朦朧とする意識の中ビィティは精霊たちの前に手を置いてクラリスへの攻撃を止める。

 ビィティが先程『やめろ』と言ったのは精霊に言った言葉なのは精霊が見えない皆は知らなかった。

 精霊を止めたのは、先程の少年のようにクラリスを吹き飛ばしてしまっては死罪は免れないからだ。それ以前にビィティ自身の推しキャラでもあると言うのもあったのだが。


「殴りたいなら殴って構わないが先に殴ると言ってくれ。急に俺を殴れば、あんた死ぬぞ」

 意識が朦朧としているビィティは言葉足らずの説明をして更に姫の怒りの炎に燃料を投下する。


「なんですって!」

 もう一度平手打ちをしようとするクラリスの右腕の手首をなんとか掴みビィティは叩くのをやめさせた。


「無礼者!」

 ビィティ自身は何度殴られても平気なのだが、精霊達が姫の首筋に風の刃と水の刃を作り出し、いまにも殺そうとしていた。


「やめろ!」

『だってでちゅ!』

『あるじぃ、我慢の限界だぞ!』


 精霊は主人を害されるのを極端に嫌う。普段温厚な二体だが主人が罵倒され殴られては黙ってはいられないのである。


「あなたはまたッ!」

 クラリスは左腕を振り上げビィティを叩こうとする。二発目を左手で打つとは思わなかったビィティは反応が遅れ避けることができない。


 このままではクラリスが二体に殺されてしまうと思った瞬間、赤髪の少女騎士がクラリスの平手打ちをその身で受け止めた。


「メルリィ! 従者が邪魔をするなど」


「姫様、彼は精霊使いなのではないでしょうか? そうだろう少年」


「ああ、そうだ。申し訳ない、隠すつもりはなかったんだが精霊を使役している」

 ビィティはそう言うとその場に倒れこんだ。立っているのも辛かったのである。


「だからって!」


「精霊は主人を害されるのを嫌います。害した相手を殺すほどに。たぶん彼は精霊から姫様を守っているのですよ」


「じゃあ、先程からの無礼な言葉は私に言ったものじゃなかったの?」


「そうだ。いや、そうです姫様にではありません。私の精霊に言ったものです」

 いつのまにか口調が粗暴になっていたのを直し、姫の勘違いだと言うことを伝える。

 それを聞いた姫はばつが悪くなったのかそそくさと馬車の中へ逃げるように戻った。


「ですが精霊使いならしゃべらなくても意思の疎通ができるのでは?」

 メルリィがビィティに手を差し出しニコリと笑う。彼は顔を歪ませ手を待ったの形にしてもう少し休ませて欲しいとジェスチャーし、その場にへたり込んだ。


「ッ……そうなんですか? 師がいなかったものですから、あまり分からないのですよ」


「なるほど、それなら王都で師を探すことをお勧めします。精霊使いは軍では重宝されますから」


「ありがとう、考えておきます」

 ビィティがお礼を言うと少女騎士はクスクスと笑う。


「どうしたんですか?」


「姫様の平手打ちすごかったでしょ?」


「ええ、脳震盪起こしかけてますよ」


「何人もの男の人を吹き飛ばしてますからね、あの平手打ちは、あれに耐えるなんてあなた中々のものです」


「そうですか? ありがとう。あれ、お礼は変かな」

 殴られた被害者がお礼を言うのがおかしくて、二人は顔を見合わせて笑う。


「私の名前はメルリィ、あなたの名前は?」


「ビィ……ただの村人ですアルバとでもお呼びください」


「……分かったわ、ビィ、アルバ君」

 そう言うといたずらっ子のように舌を出す。メルリィはビィティの意図を察したようで偽名を許したのだ。

 助かったとしても数々の無礼を働いたのだ罪人になりかねないと言うのが彼女にも分かったからだろう。


 メルリィはヴィックスを担ぎ上げると馬車の中へ放り投げる。以外と仲間の扱いはひどいのはよけないなことをして話をこじれさせたからだろう。

 デオゼラは黙々と我関せずで馬車の準備をしている。あれがクラリスの下でうまくやる為の処世術なのだ。


 剣を乗せ終わりるとビィティはメルリィを呼ぶ。


「どうしたんですか?」


「王子様の荷物どれですか? 持っていけるようなら持っていきますから」


「この荷物ですね」

 メルリィは一つの皮の四角いトランクを指すが服が何着も入っているのか高さ2mはある重量物だった。


「馬の負担になりますよね」

「今から見たことは内緒にしてくださいね」

 ビィティは王子からの贈り物が入った鞄を自分のバッグの中に収納した。


「え?」

「荷物は危機が去ったら渡しますので」

 メルリィは聞いたらまずいものだと感じ、ただ「わかった」と言って馬車に再び戻った。


 馬車の準備が終わり、騎士たちは胸のプレートを残し鉄鎧を脱ぐ。少しでも軽くするためだ。

 ビィティはクラリスの護衛を任されたので馬車の中で彼女の正面に座らされている。

 すごく居心地が悪いとビィティは窓の外を見る。


「姫様、出発いたします」

 デオゼラの声がして馬車が動き出す。死体を残し馬車は街道を進んだ。

 皆が残された騎士たちの死体に十字を切り、安らかな眠りを祈った。


 ビィティも死んだ人たち全て・・ に対し再度手を合わせて冥福を祈った。

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