第7話 悪役令嬢クラリス

 ビィティは死んだ盗賊に手を合わせる。その行為は偽善かもしれないがケジメという意味でもせずにはいられなかったのだ。


 生き残ってる騎士はデオゼラを入れて三人、それにイケメン少年と赤髪の少女騎士、姫の計六人。

 死んだのは12人、兵の5分の4が死んだ今この護衛隊は壊滅したのも同然だ。


 姫一人を五人で守ると考えればいけなくもないだろうがイケメンは使えないし少女騎士も襲われてたときに剣を出せていなかった。

 そして二人の騎士はビィティが来なければ死んでいた。

 つまりデオゼラ一人で姫を護衛しなければいけない状態なのだ。


 このままでは姫を守ることすらできないと考えたデオゼラはビィティに助力を乞う。


「俺は子供ですよ?」


「それでも坊主がいなければ壊滅していた。頼む姫だけは王都に送り届けなければいけないのだ」


 姫と呼ばれる少女。

 国王の娘と言うことはないだろう、なぜなら護衛が少なすぎる。もっと護衛がいても良いはずだ。

 つまり騎士に姫と呼ばれるくらいの貴族で軍団長が護衛につくものと考えると王族に近い公爵家と言ったところかとビィティは推測する。


 ならば助けてこの街道を抜けてもも騎士の恥をさらすわけにはいかないと殺される可能性もある。

 だからビィティは護衛を断った。


「頼みます、あなたしかいないのだ」

 デオゼラは騎士の誇りも捨て13歳の子供に敬語を使い地面に頭を擦り付けて懇願する。


「デオゼラ! 騎士の誇りを捨ててまで、そのようなことはお止めなさい」

 姫と呼ばれる少女が身体を震わせながらデオゼラを叱責する。

 あの震えは怒りではなく怯えによるものだ。

 無理しているのは誰の目にも明らかだが、これが高貴な血を持つ者の詩吟プライドなのかとビィティは感心する。


「いいですよ、分かりました。どれだけ役に立てるかわからないけど護衛を手伝いますよ」


「おおお! ありがとう、ありがとう!」

 デオゼラはビィティの手を取り感謝を伝える。


「ですが死んだ騎士の剣はもらいますよ」


「な!? 剣は騎士の心です。他人に譲るなど――」

 怒る姫に間髪いれずにビィティは言う。

「あのですねお姫様、俺の武器は短剣です。敵がどれだけいるかも分からない、戦いで剣が折れる可能性もある、だから武器はあればあるだけ困らない。あなたの命を守るために使うんだから騎士たちも本望でしょ?」


「なんと言う口の聞き方を、平民風情が……」

 ビィティの言葉に反論をしたいが自分のおかれた立場が分かっているのか姫はまともな反論ができずにいた。


「姫様、彼の言うとおりです。敵の兵力が分からない以上、武器はあった方が良い」


「デオゼラ、あなたまで……。勝手になさい!」

 信頼する軍団長が味方をしてくれず姫はすねて馬車へと逃げ込む。馬車に繋がれた馬や御者は死んでしまっているので動かすことなどできないのだが。


「すまないが、もう少し姫には口調を気をつけていただきたい」

 赤髪の少女騎士がビィティに申し訳なさそうに言う。姫の怒りを沈めるために姫に見えないようにゴメンねのポーズをして。

 自分的には結構気をつけて喋っていたのだけど正論というのは相手を怒らせるのだなとビィティは苦笑して今後貴族を守るために気をつるけないと行けないと考えるとどっと疲れが押し寄せる。


「すみません。ただの平民だからお貴族様とのしゃべり方は教わっていないんです。許してください」


「下賎なやからめ!」

 その言葉が挑発だと思ったイケメン少年がビィティを睨み付けるように威嚇する。お前さっき震えてただけだろうとビィティはイキがるイケメン少年を見て呆れる。


 彼にとってビィティは子供だ。野盗は恐ろしくても子供のビィティは恐ろしくないのだろう。

 実際その恐ろしい野盗を追い払ったのは彼だと言うのも忘れて。


 ビィティはイケメン少年を無視して馬車の状態を見る。馬はすべて殺されており。馬車が引けない。車輪は壊されておらず馬さえあれば走れる状況だが、騎士団の馬はすべて殺されている。

 歩いていくにしても200kmの距離。途中で馬車を工面できるのかとビィティはデオゼラに聞くとこの先に宿屋が密集している町があり、そこで馬を調達できるかもしれないと言う。

 だが、姫がそこまで歩けるはずもないし、そもそも彼女の靴はヒールなのだ、とてもじゃないが旅はできない。


『ご主人ちゃま』

「どうしたクリン」


『近くに馬がいるでちゅ』

 

 クリンの言う場所に向かうために、草木が倒れている場所から森の中へ入ろうとすると姫が逃げる気とビィティを怒鳴りつける。

 もちろんビィティは面倒くさそうに手を振り、さっさと森の中へ入っていった。

 森の中を進むと、それほど遠くない場所に二頭の馬が木に繋がれていた。


 殺された盗賊が乗ってきたもののようで、火打ち石やなにか分からないが高価な装備も置かれたままだった。

 アイテム類はすべてバッグに回収して二頭の馬を連れて馬車へと戻ったビィティの姿を見てみんなの顔が明るくなる。


「逃げたんじゃなかったの……」

 姫は気丈にもあなたの力なんか必要ないわと言うような態度を見せるが、ビィティは自分が来るまで暗く沈んでたのを見ていたので軽く吹き出す。

 もちろんその態度で姫がお怒りになったのは言うまでもない。


「ちょっと行くと手を振りましたよ」


「置いてきぼりにされたのかと思いましたよ」

 赤髪の少女騎士が間に入り姫の怒りを沈めようとする姿を見て、この子も大変だなとビィティは同情する。


「馬を持ってきてくれたのか」

 デオゼラが二頭の馬の手綱を取りビィティに礼を言う。


「野盗の馬ですけどね。無いよりましでしょう。装着は任せます」

 ビィティはデオゼラに馬を渡すと死んだ騎士の剣を拾い始めた。


「何をしてるのです、あなたも馬をつけるのを手伝いなさい!」

 本当にうるさいやつだとビィティはいい加減嫌気が差してきた。


「姫様。一平民、それもこんな子供の平民が馬車に馬を装着する方法なんか知ってると思いますか? 俺がやるより知ってる者がやる方が効率的だと思いますよ?」


「生意気な!」

 本格的に怒り狂う姫に呼応してイケメンがビィティに殺意を持ち始める。

 ビィティはそれを無視して拾った剣を馬車の上に乗せようと上に乗っていた荷物を投げ捨て始めた。


「貴様何をしている!」

「不届き者、何をするのです!」

 イケメンと姫がビィティの暴挙を見て顔を青くして叫ぶ。


「馬車を軽くしてるんですけど?」


「それは私の荷物ですよ。中には王子様に買ってもらった婚約プレゼントもあると言うのに!」

 王子と婚約と言う言葉でビィティはこの姫と呼ばれる女性が誰なのか気がついた。

 この国に王子は二人いる第一王子のベルトリア、そして第二王子のベルモント。

 ベルモントの婚約はゲーム内では15歳、現在10歳のベルモントでは婚約はできない。

 姫が婚約したのは必然的に第一王子のベルトリアとなる。

 つまりこの姫は第一王子ベルトリアの婚約者、悪役令嬢のクラリスなのだ。


 悪役令嬢クラリスの出番は学園編で15歳からだ。だからビィティでもこの少女がクラリだとは気がつかなかった。

 ビィティである明人あきとはヒロインよりもクラリスが好きだった。一途に王子を愛しているのが好感を持てたからだ。

 そんなビィティが気がつかない程に今のクラリスは二年後のクラリスとはかけ離れているのだ。

 ビィティは思う。リアルツンデレって精神的にきついんだなと。


「まあ、デレがないからツンツンだけどな」

 ため息混じりにそう言うビィティにベルリは口先でツンツンと彼の後頭部を叩き『あつじぃもそうとうツンデレだぞ』と言って食べられそうになったのは言うまでもない。


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