第11話 星は手が届かないからこそ美しい。
ビィティは屋根の上から下を覗き声のする方を見ると角部屋のテラスからクラリスがビィティの部屋に向かって必死にアルバと叫んでいた。
何事だろうと、ビィティが上からクラリスに声をかけた。
「姫様どうかしましたか?」
屋根の上から顔を出すビィティにクラリスはビックリするが、たたずまいを直すとビィティと少し話をしたいと言う。
ビィティはクリンに頼み、風でクラリスを屋根の上にまで運んでもらった。
屋根の上を恐る恐る歩くクラリスに彼は手を差し手を引いた。
「なぜ、こんなところにいるのですか?」
「星に手が届きそうだったんで、捕まえて姫様にプレゼントしようと思って」
ビィティはそう言うと星空に手を伸ばし、星を掴む動作をする。不細工な顔に似合わずビィティはロマンチストなのだ。
「ふふふ、おかしな人」
笑いながらクラリスは自分のスカーフを屋根に敷くと、ちょこんとビィティの横に座りビィティと同じように星空に手を伸ばす。
「掴めないわよ」
「掴めないから美しいんですよ。掴んでしまったらぐちゃぐちゃになっちゃいますからね」
「そうね、星は届かないから美しいのよね」
ビィティはじっと自分を見つめるクラリスに、なにかまたしでかしたかなと記憶を漁る。
特にしでかした記憶は無いので、恐る恐るクラリスに用件を聞く。
「それで、お話とは?」
「あの、その、今日は本当にごめんなさい、助けてもらった恩人に暴言を吐いてしまって」
「いいえ、俺が礼儀を知らない無作法者だったのがいけないのですから」
ビィティがそう言うとクラリスはクスクスと笑う。
「なにか変なこと言いましたか?」
「よく聞けばちゃんと礼儀正しくしようと努力してるんだなと思いまして。普段だったら絶対に気がつかないですけど」
「すみません」
「ふふふ、責めてる訳じゃないのよ」
そう言うとクラリスは体育座りになりアゴを膝の上に乗せ足首をブラブラとさせる。
沈黙が続き二人は空を見上げる。
流れ星が数回流れるとクラリスはポツリポツリと昔話を話し出す。
「私、昔は手がつけられないワガママ娘だったんです」
「……」
「母が死んで、それまで側室だった人が正妻となり大手を振って私たちの家を歩くんです」
「……うん」
「家を乗っ取られた気がしました。だから私は、私はここに居るんだって証明するためにワガママに振る舞ったんです」
「うん」
「そうしたら10歳の時に父様に他国に留学させられてしまいましたの」
「……」
「絶望しましたわ、父様は私が不要なのだと。あの家は側室だった女に取られたのだと」
「似てるね」
その言葉にクラリスは首を振って否定する。
「私は最低なんです。村長を恨んでないと言ったあなたと違うんです」
クラリスが自分を最低だと卑下する意味をビィティは知らない。それはゲームにも出てこない裏の設定だからだ。
クラリスは捨てられた日に愛を失った。
だからこそ出来た最低の行為。
その事実をこの人には、ビィティには言いたくないと、知られたくないとクラリスは思った。
「あの家や土地は父親が作った財産だから、俺が頑張って手に入れたものじゃないから執着がないだけさ、だけど愛着はあるから取り戻したいと思うけどね。ただそれだけだ逆に薄情な俺の方が最低じゃないか?」
「あなたは最低じゃないです、罵詈雑言を言って殴った私も傷つけないようにしてくれて。それでも見捨てないで守ってくれて」
「大丈夫、姫は優しいよ」
ビィティは知っている、クラリスの優しさを、他人がやった罪を被り弁解もせず裁きを受けた強さを。
「……慰めてくれるんですね」
「本当にそう思ってるからだよ」
「……」
「姫様は――」
「クラリスです。私の名前はクラリスです」
クラリスが自分の名前を名乗ったことにビィティは驚く。それ以上になぜこのタイミングで名乗ったのかその意味を考える。
だが何度考えてもその意味はわからなかった。
「なぜ名前を名乗ったのですか」
我ながら素っ頓狂なことを聞くなとビィティは反省する。
「あなたみたいな人初めてです。敵意を向けても私から離れず守ってくれる殿方は」
「姫様を、クラリスを守りたかったから」
二人は見つめ合い、虫の声も風の音もまるで時が止まったように聞こえなくなっていた。
「……はしたない女だと思わないでくださいましね」
そう言うとクラリスの顔が近くなり、身体を震わせながら目を閉じた。
クラリスを好きだった
唇と唇が重なりクラリスの瞳から流れ星のようにキラキラと光る涙が流れ落ちた。
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