第27話 アンジュの想いとビィティの思い

 なす術もなく高度が下がりビィティ達はそのまま自由落下していく。


「キャッ!」

「どうしたクリン」


『ご主人ちゃま限界でちゅ!』



 ショートカットするために山越えを選んだのは失敗だった。鋭利な氷の岩肌がいくつも見える。落ちる瞬間ビィティは竹籠たけかご から投げ出されたアンジュを抱きしめるように庇う。


「ベルリ、クリン、俺は良いアンジュを守れ!」


 ビィティは背中から落ち竹籠たけかご は大破した。背中を固い氷壁で擦りながら滑り二人は大きな岩のある崖に引っ掛かった。

 アンジュはベルリとクリンが最後の力を使いしっかり守ったので彼女には傷一つ付かなかった。

 山の上の気温は平地の冬と違い氷点下に達しており寒さが身体を凍えさせる。

「大丈夫かアンジュ」

「う、うん、大丈夫だけど何があったの?」


「分からないんだ。クリン急にどうしたんだ?」

『力がでないでちゅ』

『オレもだあるじぃ』


 二体の精霊は飛ぶ力も出せないようでビィティの身体の上に落ちると、浮かぶこともできなくなった。

 体の虹色の輝きも失せくすんでいる。


「どういうことなんだ?」

『あるじぃの心が閉じてるせいで……、力がオレたちに届いてないんだよ』

『でちゅ』


「……」

 心が閉じている。その言葉にビィテのィはドキッとする。理由に思い当たることがあるからだ

 そして、それは単純な理由なのだ。


「どうしたの?」


 アンジュはビィティを心配そうに覗きこむ。この優しさが、なぜ前の世界のときにはなかったのかとビィティの心を嫌な気持ちが押し潰す。


「精霊達が力を使えないみたいだ」


 覗き見るアンジュの顔を見ないように横を見ながらビィティは答える。

 心を閉じている。たぶんアンジュが側にいるせいだ。俺はアンジュに、杏子に殺された。表面上仲良く振る舞っていても、心の底で彼女を拒絶しているのだ。


「取り合えず風をしのげる場所を探そう、このままじゃ凍え死ぬ」


 周囲を見渡すと人が一人入れるへこみがあった。ビィティはアンジュの手を引き、そのへこみに自分の皮のマントを敷きアンジュを押し込め自分は外に背を向けて入り口で風が入るのを防いだ。


「ごめん、今回のは俺の責任だ」


「良いんだよ気にしないで、誰にでもミスあるし。また飛べるようになるんでしょ?」

 ビィティはその言葉に首を横に振る。


「わからない、俺と精霊のリンクが切れてるみたいなんだ」


「……どういうこと?」

 アンジュは精霊使いではないのでビィティの言うことを純粋に理解できずに聞き返したのだが、その事がビィティには責められているような気になり下をうつむかせる。


「俺が心を閉ざしたらしい」


「心を、どうして?」

 アンジュはキョトンとした表情でビィティを見る。


「……すまない」


「なんで閉じちゃったのかわからないの?」


「……すまない」


「すまないじゃ分かんないよ」


「大丈夫、君は死なないから。クリン、ベルリ。お前達は俺が死んだらアンジュと契約しろ」

『は? なに言ってんの。あるじぃ以外と契約なんかするわけ無いだろ』

『でちゅ』

「ダメだこれは命令だ。お前達を死なせたくない」

 二体の精霊はビィティの命令を断固拒否する。だが彼はアンジュが生き残る確率があるとしたらそれしかないと考えた。人の気持ちはすぐには変えられないから。


「私も嫌よ。そんな子達は私の趣味じゃないし、もらわないからね」

 その言葉にビィティは驚く。見えないはずの精霊を“私の趣味じゃない”と言ったのだ。精霊は精霊使いにしか見えない。つまりアンジュには精霊使いの素養があるのだ。

「見えるのか?」

「見えてるわよ? なによ今さら」

 『メアリーワールド』には精霊使いはいない、だがヒロインならそんなこともあるかとビィティはこれは行幸だと頷く。


「だったら都合が良い、アンジュには精霊使いの才能がある。ベルリとクリンを使えば一人で王都へ戻れるはずだ。だから――」

「いやよ! そんな変な精霊もらうつもりはないです!」


「……」

 命がかかっていると言うのに、なぜ今わがままを言うんだとビィティは苛立つ。


「そんなことよりも場所を交換しましょ。順番で変わらないとあなたが凍えるわ」


「良いんだ、俺が死なないとアンジュを助けられない」


 ”パシッ”


 アンジュが本気で怒りビィティの頬に平手打ちをする。今まで見たことないような形相にビィティは驚く。


「馬鹿! あなたが死んで私だけ生き残っても嬉しくないわよ。なんでそんな簡単なことも分からないの!?」


「だめだ……」


 アンジュは黙るビィティの顔を自分の方へ向けさせる。


「心を閉ざしたのは私が原因でしょ? ビィティは私のこと嫌いだよね」


「……」


「女はね、相手が自分に好意持ってるか嫌っているか顔色を見ただけで分かるんだよ」


「……」


「私はねビィティが好きだよ。ビィティに会うまで、この世界の人は全部ロボットみたいだと思っていて、人間は自分一人で、どうしようもなく孤独で、世界は灰色だったの」


「……」


「でも同じ世界から来たあなたに会って、あなたの言葉を聞いて、世界に色がついたんだよ?」


「……」


「ねぇ! 聞いてよ! 死んじゃダメだよ!」

 正面からは分からないがビィティの背中は大怪我を負っていた。尖った氷壁でダメージを負っており大量出血していたのだ。

 そのせいで身体は体温を急激に失っており、ビィティの意識はかなり朦朧としている。

 それでも場所を変わらないビィティの胸板を涙を流しながらアンジュは叩く。


「私を嫌ってても良い、だけど私を拒絶しないで……」

 そう言うとアンジュはビィティの冷たくなった唇に自分の唇を合わせた。

 その瞬間ビィティ達の周りに氷の壁ができエスキモー版のカマクラ、イグルーが出来上がる。それは幾重にも重なり10層以上の氷の壁となってビィティ達を寒さから守った。


 通常よりも強い力を発した精霊達、これはビィティの力ではなく精霊使いであるアンジュの力がビィティと心が通じあったことにより彼に流れ込んだ結果なのである。


「俺、単純だな……」

 そう言うとビィティは意識を失いアンジュに倒れこんだ。

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