第18話 ビィティ以外の転生者
家を出るまえにシュバルツの死体からアーティファクト精霊を回収しようとしたビィティは死体がどこにもないことに驚く。
吹き飛ばされた形跡はない。そもそも精霊バーストは静かな爆発で、その性質は中性子爆弾と同じで物的被害はない。精霊バーストは肉体ではなく魂を破壊するのだ。
「耐えきったのか……」
「クリル、ベルリ敵が近くにいるか捜索しろ」
『おう!』
『あいでちゅ!』
ベルリやクリルが細かく周囲を検索したが家の周囲五百メートルにはすでに生き物はいなく、完全に空白地帯になっていると言う
「五百メートル?」
『でちゅ!』
あまりの破壊力に驚くのと同時にベスタのすごさを改めてビィティは思い知る。
「二人とも、師匠と同じことを俺が命令しても絶対に実行するなよ」
『オレたちじゃできねぇよ』
『でちゅ』
あれはナチュラルだから出来るのだとベルリは言う、自分達じゃ、やっても肉が弾けてビィティが血肉まみれになると言ってケタケタと笑った。
「……」
『ちょ、やめろよ』
笑った罰だと言ってベルリの顔の先端を叩き仕返しをする。人の心配を笑う奴にはお仕置きが必要なのだ。
「まあ、できないならそれで良い」
『あるじぃ、心配してくれるのか?』
「当たり前だろ俺たちは
『なんだよそのバディって』
「大事な仲間って意味だよ。お前達のことをフェイクとか呼びたくないからな」
『ふふん、変わってるなあるじぃ』
『うれちいでちゅ』
二体の精霊はビィティの周りをクルクルと飛び、嬉しさを体で表す。それがまるで踊ってるようでビィティの冷えきった心を暖めてくれた。
「まあいい、とりあえず王都に行こう。それとシュバルツがいたら教えてくれ」
『あいでちゅ』
ビィティは思う師匠であるベスタを死に追いやったシュバルツを殺すことができるのかと。殺しても良いのか。殺す権利が自分にはあるのかと。
死に追いやったと言う意味では自分も同罪なのだからと。
雪の積もる道を歩いていたビィティはあることに気がついた。足跡がすべてベスタの家に向かっており一つも王都へ向かっていないことに。
「バックトラックだ!」
バックトラックとは、熊などが敵の追跡から逃れるときに自分の足跡を踏みながら後退して途中で別のルートに逃げる方法だ。
「クリン、ベルリ周囲警戒 シュバルツがいるぞ」
『いなよな?』
『いないでちゅ』
二体は忘れている、敵が自分たちの前に突然現れ師匠に封印の手錠をかけたことを、だから気がつかれないように隠れる方法があるのかもしれないとビィティは警戒を怠らなかった。
だが、何時間もその場所で周囲を探ったが結局シュバルツが襲ってくることはなかった。
『トラックバックだ!(ドヤ)』
先程からベルリがビィティの真似をしてはドヤ顔をする。当然ビィティの拳骨を食らうのだが楽しいのかやめる気配がない。
「お前いい加減にしろよ」
『くくく、だってあるじぃ。あれだけドヤ顔して収穫無しって』
『いい加減にするでちゅ馬鹿魚!』
意外にも爆発したのはビィティではなくクリンだった。クリンはそのままベルリのダメな所をまくし上げるとベルリを涙目にさせた。
『馬鹿魚がご主人ちゃまをからかうんじゃないでちゅ』
「本当、クリンは良い子だな」
『でちゅ』
わざといつもよりクリンをなで、頬ずりするとベルリが頭から煙を出して怒る。
『なんだよ、ちょっとからかっただけじゃんか、だいたい最近修行ばっかでオレたちのこと構ってくれなかっただろ!』
「なんだ寂しかったのか?」
『……んっだよ』
ベルリはビィティの腕を口先ツンツンと叩く。ビィティはベルリを持ち上げると頭の上に置いて風見鶏のごとくクルクル回してあげた。
クリンも頭を撫でてあげて肩にのせる。クリンは首筋に頭をあてグリグリする。
『あるじぃさぁ、オレもなでなでしても良いんだぞ?』
「ベルリは馬鹿だな」
『馬鹿じゃねぇよ!』
「ベルリは魚ベースだろ、人間の体温は火傷しちゃうんだよ」
『……んっだよ、オレのことちゃんと考えててくれたのかよ』
「当たり前だろ」
そう言うと回転が止まりそうなベルリを再びクルクルと回す。ベルリは色々あった心のわだかまりが無くなって心の赴くまま回転したのだった。
「まあ、トラックバックじゃないならシュバルツは徒歩ではなく他の方法で逃げたと言うことだな」
『そうでちゅね』
『でもよ、師匠の精霊って無能すぎね? なんであいつらの接近気がつかなかったんだ?』
それはビィティも気になっていた、あのときはビィティは精霊を引っ込めていた。ベスタの攻撃を精霊刀で受け止めるために。だから周囲警戒を怠った。
だがベスタの精霊は普通に顕現してた。だのに敵を見逃したのだ。
とは言え、とりあえずビィティはベルリに拳骨を落とす。ベスタの精霊を無能扱いしたからだ。
「もしかしたらナチュラルとお前たちでなにか違いがあるのかもしれないな」
シュバルツが逃げた方法を解明しないと今後不利になりかねない、無知は罪なのだ。
この世界にあるアイテムの大部分はビィティの知るアイテムだ。だが、ごく稀に知らないアイテムがある。
「本拠地に戻るようなアイテムがあるのかもしれない」
仮にそんなアイテムがあるとしたら、シュバルツは卑怯にも逃げたのだ部下を見捨てて、勝負を汚して。
悔しさをどこへも当たれないビィティは木の枝を一つ折る。パキッと乾いた音がして、枝が折れると雪の塊が頭上から落ちてきて身体中雪まみれになる。
その音に驚いたウサギがピョンピョンと跳ね雪の被った藪へ逃げ出す。
ビィティはウサギに驚かせてごめんと心の中で謝り先を急いだ。
『あるじぃ捕まえるか?』
「いや、食料は潤沢にあるからむやみな殺生はしなくて良いよ」
だいたいウサギを殺して食料にするなんて常識は日本人にはないのだ(地域によります)と捕まえたら捌かなきゃいけないことを考えて首を左右に振る。
険しい山道を抜け街道沿いに出た頃にはすっかり日が暮れていた。
ベルリに雪でカマクラを作らせ、中に毛皮を敷く。乾燥させた薪に火を点けると鍋をかけベルリに水を入れてもらい暖める。
カマクラの中が暖かくなってくるとビィティはやっと人心地つけた。
暖かくなると悲しくても自然におなかがすくもので、鍋の中に乾燥させたキノコや乾燥野菜、芋、猪のジャーキーを投入する。いつもの癖で二人分作ってしまってから、ベスタを思い出しては悲しくなる。
『これからどうすんだよ、あるじぃ』
「計画通り王都にいくよ」
『あるじぃ危なくないか? 敵に顔を覚えられてるだろ』
それを聞いたクリルは行くのをやめようと言いたげに体をビィティに擦り付ける。
「可能性がない訳じゃないな。だけどクラリスを守るためには王都に行かなきゃいけないんだ」
『……オレたち強くなれないのか?』
『ちゅよくなりたいでちゅ』
ベルリ達はレベルアップができる。ナチュラルにはレベルがあるのか分からないが。例え下級魔法レベルの能力しか使えない二人でもレベルをあげれば、もっと戦いに余裕ができるはずだとビィティは考えた。
「そうだな、クラリスに会ってからダンジョンに戻って二人のレベルアップするか」
『だな』
『でちゅ』
精霊達と話しているせいかビィティの落ち込んだ心を癒してくれる。
一人だったら復讐に駆られていたかもしれないと。
鍋が煮たって具が柔らかを取り戻し、そこに塩を一摘まみ投入する。
出来上がった料理を竹のどんぶりに注ぐ。バッグからとうもろこしの粉で作ったパンを取り出し食事の用意ができた。
『ご主人ちゃま、誰かくるでちゅ』
クリンの警告でビィティはとっさにお椀を置き身構える。ザッザッザッと馬が雪を踏みしめて歩く音が彼の耳に入るたびに緊張が走る。
その足音の中で小さく車輪が回る音が聞こえ、馬車を引いてるのがうかがえた。
「何台いる?」
『馬車三台と馬に騎乗している兵士が10人でちゅ。人間は全部で三十二人いまちゅ』
「多いな……」
ビィティは人間の数を聞き、下手に行動に移すのはまずいと考え。焚き火の前に座り鍋をかき混ぜる。
シュバルツだったらと考えると怒りで身が引き裂かれそうな気持ちになる。
少し手前で馬車が止まり兵士達がカマクラの方へとにじりよる。
武装をした女騎士が顔を覗かせ目と目が合う。
「子供か、すまない野盗の襲撃かと思って」
「いいえ」
「これはなんだい?」
カマクラを指差し不思議そうに中を見る。
「緊急避難用の――」
「カマクラだ!」
ビィティの言葉に被せてきたのは美しい金髪碧眼の少女で、騎士が止めるのも聞かず中へと入ってきた。
カマクラを知っている、それは転生者である証だった。
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