第17話 先の見えなくなった運命(シナリオ)
それからと言うもの毎日過酷な修行が始まった。精神を鍛えるための修行が特に厳しく。ビィティは何度も弱音を吐きそうになった。
最初の一ヶ月は体力作りでランニングや木登り等を重点的にして、次の二ヶ月目は川の流れに逆流して歩いたり、崖を命綱無しでロッククライミングをしたり、さまざまなトレーニングを多岐にわたりビィティはこなしていった。
多少怪我してもベスタの気功術で回復させられるので結構無茶なことをさせるのである。
この気功術は筋肉疲労も回復し成長も促進するので、ビィティの体はすっかり鍛え上げられ二ヶ月前とは身長も筋肉量も大幅に改善された。
また知識面でも就寝前の一時間講義を1ヶ月続ける頃には日常会話なら読み書きできるようになった。
まるで現代の英語を1ヶ月で覚えるメソッドだとぐったりしながら、頭の中でぐるぐる回る単語と格闘していた。
ビィティがベスタに助けられてから半年後、季節は冬になり木々は雪化粧をし、辺り一面白一色になる。
ビィティとベスタは家から離れた場所で対峙する。ビィティの手にはベスタからもらった隕鉄で作られた精霊刀が握られている。
隕鉄には精霊の力を呼び寄せる効果があり、自分の精霊の力を纏わせることもできるのだ。
「では本気の百分の一の攻撃をいくぞ、見事捌いて見せろ」
「はい師匠」
ビィティはいつの間にかベスタを師匠と呼んでいた。的確な教育と尊敬できる人間だからなのだろう。
「
ベスタの精霊から蛇のような水が現れ地面を削りながらビィティを襲う。
その蛇の大きさはアナコンダより遥かに大きく、まるで映画に出てくるような巨大怪獣のような蛇だった。
「これで百分の一かよ。師匠ヤベェな」
ビィティは吐き捨てるように言うと、剣に精霊の気を集める。この精霊の気は大気中に漂う精霊の物でだ。その精霊は誰にも属さないと言われ
誰にも属さないゆえに、どの属性の攻撃にも対処が可能なのだ。
その
土砂を含んで濁流になった蛇がビィティに当たる瞬間、剣を斜めに持ち左手を添え受け流す。
濁流の圧力がビィティを襲う。死を連想させるほどの圧力にビィティは
「負けるかぁ!」
永遠とも思える時間、濁流がビィティを襲う。それは全てを飲み込む自然の力、だがビィティには負けられない理由がある、だから彼は折れなかった。そして手にかかる圧がなくなると急に視界がひらけけビィティは
「見事だビィティ!」
「師匠の修行のお陰です! でもまだ百分の一ですから」
「ふはは、あれが百分の一なわけなかろう。素の攻撃だ」
「え?」
「手加減無しの一撃だよ」
「そんなー」
それを聞いたビィティは腰砕けになって、その場にヘタリこみそうになるが気力で立ち上がる。
ベスタの弟子に
ビィティがベスタに駆け寄ると、ビィティの足元から数人の男が現れベスタに腕輪のような物をかけた。
ベスタに腕輪をつけた男達は吹き飛ばされたが、いつもの精彩さは手錠をかけられたベスタにはなかった。
「これは封じの腕輪」
封じの腕輪とは犯罪を犯した精霊使いにはめるもので精霊との繋がりを阻害するアイテムなのだ。
「ハハハ、戦場にこの人ありと言われたベスタ殿が油断しましたな」
小高い丘から軍服を着た男が現れ高笑いをする。
「貴様はシュバルツ!」
「お久しぶりです御師匠様。ですがお尋ね者が、我が名を気安く呼ぶな、汚らわしい!」
「お尋ね者?」
「そうだ小僧、そやつは実の娘であるクラリス様の母上を殺した男なのだ」
「クラリス?」
クラリスの名前が出てきたことにビィティは戸惑う。
師匠がクラリスの母親を殺した、しかも実の娘。師匠はクラリスの祖父?
色々な思いがビィティの頭を駆け巡るが彼の心は揺るがない。
今まで一緒に稽古をしてきてベスタがどういう人物か理解している。
ビィティは知らない奴の言葉より自分の目を信じたのだ。
「師匠がそんなことするわけないだろ、仮にそうだとしても嵌められたか、なにか理由があったのだろう」
「ビィティ……お前」
ベスタはその言葉に救われる思いがした。追われる身となって10年、誰も自分を信じなかったのに会って半年の子供が信じてくれたのが。それがとても嬉しかったのだ。
「師匠ボケッとしないでください敵の前ですよ」
ビィティはそう言うとベスタにサムズアップする。ベスタは大笑いしながら剣を抜く。
「ベルリ、クリン敵だ、やるぞ」
『おう!』
『あいでちゅ』
「プハハハ、どんな精霊かと思えばフェイクではないか。そんな者を弟子にするとは鬼神ベスタも地に落ちましたな」
「なら、我が
「おい、クソ軍人、俺の
ビィティのその言葉でシュバルツの眉間が険しくなる。軍人の家系として生まれエリートコースを進んできたシュバルツは煽り耐性ゼロなのである。
「師が師なら弟子も弟子だな。弟弟子に当たるから命は助けてやろうとしたが、構わん小僧も殺せ!」
雪の中から白装束の戦士が現れる。どことなく忍者を思わせる者達はすべて精霊使いで、軍の中の選りすぐりがベスタ討伐のために集められた精鋭達である。
「師匠行けますか?」
「誰に言っておる、精霊が使えなくても剣技があるわ」
ビィティとベスタは白装束の戦士の精霊による攻撃を交わしつつ峰打ちで敵を倒す。命を狙われていると言うのに二人とも相手の命を奪わない。
ビィティは
「馬鹿な、小僧の精霊はフェイクであろう、なぜ銀級の精霊使いが負ける! さっさと殺さぬか馬鹿者どもめ!」
ベスタがビィティを弟子にしたのは、あれだけの窮地にありながら全く殺気がなく人を殺そうとしなかったからだ。
人は自分が死ぬ立場になると、どんなに綺麗事を言う人間でも敵対者に殺意を向ける。
ベスタですら自分や仲間が窮地なら迷わず殺す。
そうしないと生き残れないからだ。
だがビィティはにはそもそも殺すと言う概念がない。殺し合いだと言うのに、殺す気がまったく無いのだ。
幾だからこそ千幾百人を殺したベスタはそんなビィティを育ててみたくなった。だから命を助けたのだ。
もちろん借りがある前提だ。
だが、結局助けられたのは自分だったなとベスタは苦笑する。
「能力を封じられた老いぼれと子供相手に何をやっておる!」
シュバルツは部下を蹴り飛ばすと自ら出陣する。
「ほう、あの臆病者のシュバルツが自ら剣を取るとは少しは成長したのかのう」
「だまれじじぃ!」
シュバルツの背中からナチュラルの土の精霊が現れる。土の精霊の攻撃をベスタは
だがナチュラルの攻撃は激しくベスタは窮地に陥る。
封印の腕輪は
薄い
すべての属性を弾けると言ってもそれなりの量がいなければ防げないのだ。
封印の腕輪で封じられた今のベスタはただの剣士と変わらない。
精霊使いには剣士では勝てない、封印され精霊を使えないベスタではナチュラルに勝てないのだ。
「師匠!」
窮地に陥るベスタを助けようとビィティは戦いに割って入る。
「馬鹿め! フェイクごときがこの戦場に入ってくるな!”爆発ノ黒曜石”」
シュバルツの土精霊が爆発し無数の黒曜石が弾丸のようになってビィティを襲う。
ビィティは
地面に当たった黒曜石は土をえぐり黒曜石になり再度破裂する。
ビィティは攻撃の目測を誤った。この攻撃を防ぐには
ビィティの背筋が凍る。
黒曜石がスローモーションで見えるが体は動かない。
ビィティは死を覚悟した。
だがビィティの前にベスタが立ち黒曜石の弾丸から彼を守った。
黒曜石の弾丸はベスタの身体を切り裂き腕をもいだ。
「師匠!」
「グハハハ、鬼神ベスタともうあろう者が他人を守って死ぬのですか。嘆かわしい」
シュバルツは過去のベスタを思い出しながらギャップに腹を抱えて笑う。だが腕をもがれたベスタには封印の腕輪は無かった。つまり精霊は解放された。
二体の精霊が現れる風の精霊に水の精霊、その姿は主人を害されたことで怒り狂いすさまじい猛りを見せる。
「これはまずいですな」
シュバルツは後ろに後退すると土の壁を作り出す。
「逃がすか!
二体の精霊の会わせ技が猛り狂う、土壁をた容易く打ち砕き風をまといし水の竜がシュバルツを襲うおうとしたその時、閃光が現れベスタの技を粉砕する。
「纏えアーティファクト精霊:
シュバルツが持つ六角形のアイテムから雷が現れ、シュバルツの土の精霊を覆うと土の精霊はドロドロに溶け溶岩のようになる。
その精霊から放たれた技はベスタの技を一瞬で蒸発させ攻撃を無効化した。
「なんだ、それは」
片目しかなくなったベスタがその異様な精霊を見て驚愕する。あんなものは見たことがない。なによりシュバルツの精霊は一体だけのはずだと。
「まあ、王国を去ったあなたは知らんでしょうね。古の遺物です。古代遺跡から発掘されましてね。あなたを討伐するために貸与されたのです」
アーティファクト精霊は誰でも使うことができ、単体でも強力だが、その力で精霊を強化することもできる。
強化された精霊は全く異質な精霊となり元の能力を遥かに越える力を得るのである。
現在王国は【雷、毒、生】三種類のアーティファクト精霊を持ち、これらを四属性に合わないことから外属性と呼んで研究している。
「ふんそうか、そんなものが今はあるのか」
「ええ、そうです。ロートルのあなたには関係ない話なのでさっさと死んでください。アーティファクト精霊:雷 【紫雷撃】!」
輝く紫の雷がベスタに迫り来る。絶体絶命のピンチにベスタはビィティを引き寄せ抱き締めると口許をほころばす。
数々の人間を殺してきた自分が今一人の少年を守れると思うと嬉しいのだ。
「すまない精霊達、一緒に死んでくれ。オーバードライブ、精霊バースト!」
それは静かな爆発だった。二体のナチュラルが弾け波を生み敵を殲滅する。精霊バーストとは全精霊力を周囲に解放する自爆技。周囲100mの生き者の存在を否定する。
それを二体の精霊が使ったのだ。その威力はすさまじく相乗効果により500m内の敵対兵力を一瞬で無力化させた。
ビィティはベスタの体の下で匿われ無傷だった。
だがベスタは……。
「師匠! 師匠! 師匠!」
「ビィティ、頼みがある」
息も絶え絶えにベスタはビィティのいる方を見るが、すでに目は見えず手は空を泳ぐ。その手をビィティは取り強く握る。
「なんでも言ってください」
「クラリスを守ってくれ。あの娘はこの世界に必要なんだ。そして……」
その意味をビィティは分かっていた勇者であるクラリスはこの世界に絶対に必要なのだと言うことが。
だがベスタがその後に言葉を続けようとしたことの意味は理解していなかった。ベスタは言えなかったのだ、その後の言葉を、ビィティに嫌われたく無いために。
「守ります、守りますから。だから師匠、死なないでください!」
「無理を言うな。……家の中にあるものはすべてお前にやる。それとこれもな……」
ベスタは力を振り絞りペンダントを引きちぎるとビィティに手渡す。
「……これは?」
「精霊使いとしての力を高め――」
「師匠!」
話半ばでベスタは吐血し呼吸もままならなくなる。ベスタはペンダントを握らせた手を強く握る。
「後は頼んだぞ……」
ベスタはコフッと言う呼吸音を最後にピクリとも動かなくなった。身体から温もりが奪われていく。
死は絶対的な理であり覆すことはできないのである。
「師匠!!」
ビィティはベスタの亡骸を土に埋め木の十字架を立て手を合わす。
ビィティは悔やむ。自分が力がないばかりに師匠を殺してしまったと。自分に力があれば師匠は死なずにすんだと。
ビィティはログハウスに戻りベスタの荷物を整理する。
いつまでもここにいては次の刺客が来るかも知れないからだ。形見代わりに家にあるものを片っ端からバッグにしまいこむ。
クローゼットを開けると高級そうな服が何着もあり、それらも遺品として全部バッグにしまうと備え付けのタンスの奥が観音扉になっているのに気がついた。
扉を開けると薄暗い地下へと続く階段が現れた。
「なんだこれ」
ビィティは松明に火をつけると意を決して地下に降りた。
そこには書籍や何に使うのか分からない道具が沢山あった。
ベスタから学んだ文字でも読めない程の高度な本がところ狭しと並んでいる。ビィティにはそれが何の本かは分からなかったが、重要な本であることは分かった。
そして中央には一際きれいに光る銀の鎧が鎮座していた。
銀の羽根がついた、仮面を合わせたヘルム。
竜が彫金されたガントレット。
銀竜の鱗がはられた
幾重にも重ねられた
それは悪役令嬢と一緒に魔王を倒した仮面の騎士の物だった。
「……師匠、あなたが仮面の騎士だったんですか」
分かるわけがないクラリスの祖父などゲームには出てこない。ましてや設定すらないのだ。
だがビィティは自分がある設定を見落としていることに気がついた。
幼いクラリスは盗賊に囚われるが仮面の騎士に救われたと言う設定だ。
ビィティは叫びながら笑い、その場に座り込み涙を流す。
自分が運命を変えてしまったことを悟り、ベスタに謝る。自分が来なければ、自分がクラリスを助けなければベスタは死ななかったのだと。
ひとしきり泣いたビィティは鎧をバッグにしまい地下を出る。
もう一度ベスタの墓の前で手を合わせる。
「必ずクラリスを守って勇者にして世界を救います。それまであなたに直接あって謝罪できませんが許してください」
そう言うとビィティは王都に向かい歩き出した。
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