一部三章 アンジュ・ゾンダル
第16話 師との出会い
”チュンチュン”
鳥のさえずりがビィティの耳をくすぐり目を覚ます。そこは丸太で作ったログハウスの一室でビィティはベッドに寝かされていたのだ。
「ここはどこだ?」
部屋の扉が開き白髪の老人紳士が入ってくる、ビィティが起きているのに気がつき声をかける。
「目が覚めたようだな。だが、まだ寝ていなさい。折れた骨や切れた筋肉は繋げておいたがまだ完全に繋がってはいない。数日寝てれば動けるようになる。今は安心して休みなさい」
白髪の老人は手をビィティのまぶたの上に置くと彼はまた深い眠りへと
◆◆◆過去の記憶◆◆◆
「くそ、またクラリスが斬首された!」
クラリスが救われるエンドはヒロインと王子が結婚する以外無いものかと、俺は何度も何度も『メアリーワールド』をやり直している。
このクラリスという娘は悪役令嬢なのにデザイン的に優遇されていてヒロインよりも美人とネットで騒がれ、むしろ悪役令嬢でやらせてくれと開発会社に要望が殺到したほどの人気を誇る。
元々は少し美人の女の子が絶世の美女を打ち負かすと言う設定だったのだから悪役令嬢でスタートしたらコンセプトがぶち壊しなのだ。
そして俺も、ご多分に漏れずクラリスが大好きなのである。
「しかし、結局この仮面の騎士は誰なんだろう」
それはヒロインと王子が結婚をして、悪役令嬢クラリスに恩赦が与えられた後の話。
恩赦を与えられたクラリスは国外追放となるも一緒に着いてきてくれた仮面の騎士と魔王を倒す。
魔王を倒した後で仮面の騎士は仮面をはずす。
『あなただったのですか……』
というクラリスの言葉でゲームは終わる。
この仮面の騎士はゲーム中にも重要なストーリーの時には必ず出てくる。特に学園在学中に魔族が王子たちを何度も襲ってくるのだが、どんなピンチの時も必ず最後に出てきて美味しいところをかっさらうのが仮面の騎士なのだ。
ついたアダ名がトンビ騎士やまぼろし騎士だ。
そして王子エンドで新たな疑問が出来た。この仮面の騎士はヒロインではなく元々クラリスを助けるために現れていたかもしれないという疑惑だ。
王子エンドでクラリスと共に魔王を倒す、つまりクラリスが勇者だと知っていて助けてたのではないかということだ。
ならば、この仮面の騎士の正体は誰だということになる。攻略対象はヒロインのアンジュにみんなベタ惚れである。念のため攻略対象の好感度を最低値と最高値で進めた時でさえ重要なイベントでは出てきた。
つまり仮面の騎士は好感度に左右されないキャラなのだ。この時点で攻略対象が仮面の騎士という線はなくなる。
だが、何度考えても仮面の騎士は誰なのか分からなかった。
「まあ、考えてもわかんないんだ分かるまで何度だってクリアしてやるさ。クラリスを救うついでに、お前の正体も暴いてやるよ仮面の騎士」
キラキラと輝く白銀の鎧を見ながら俺はそう言う放ちリスタートを選ぶと、俺は再び『メアリーワールド』を始めた。
◆◆◆◆◆◆
”カコン、カコン、カコン”
リズミカルに木が切られる音が響き渡りビィティは目を覚ます。この部屋を見るのは二回目だ、身体を起こすと精霊たちが現れ彼の周りを飛び回る。
『あるじぃおはよう。寝過ぎじゃね?』
『ご主人ちゃま!』
ベルリは悪態をつき、クリンはビィティに抱きつき泣いている。
いつもの光景だ。
ベッドから降りたビィティは自分の身体を見て不思議に思う。あれほどの怪我が傷一つなく治っていることに。
ピョンピョンと軽く飛んでみるが痛みもない。
その動作を真似してピョンピョン飛ぶクリンのくちばしをツンと叩くと、テーブルに置いてある服を羽織る。
「俺何日寝てたんだ?」
『オレたちにも分からないんだ、あるじぃが目を冷ます直前にオレたちも意識を取りもどしたから』
それでよく寝すぎじゃねと言えたものだとビィティはベルリの頭をコツンと叩く。
”カコン、カコン、カコン”
目が覚めたときと同じ音が聞こえたので、ビィティはその音を発している主に会うため音のする方へと向かった。
扉を開けると周囲は覆い被さるような高い木々が立ち並び深い森の中にいることがうかがえた。その森の開けた場所で老紳士が細い剣で器用に木を空中にあげると”カコン、カコン、カコン”と一瞬で切り裂き薪を作っていた。
「おお、起きたな坊主」
坊主という言葉にデオゼラを思い出し少し身構える。そんなことを知ってか知らずか老紳士はにこやかに笑い「助けたのは私だぞ、そんな身構えることもあるまい」と笑った。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「ハハハ気にするな。私も坊主に借りがあるしな」
「借りですか?」
「うむ、それはおいおいな。それよりも腹が減ったろう飯にしようか」
老紳士は鍋からペースト状のものをさらに取り出しビィティのテーブルの前に置く。食事をしながらお互いの自己紹介をする。
老紳士の名はベスタ・ボイドと言いゲームにも設定にも出てこない知らない人だった。
ビィティのお腹が鳴りまずは食事をしなさと言うベスタに頭を下げ彼はベーストが乗ったスプーンを口に運ぶ。グダグダに煮込んだスープは肉や野菜の形はなく、三日も寝ていた胃にはちょうど良い食事だった。
「それで、借りってなんですか?」
「ふむ、しかし坊主、いや、君はなかなかの
ビィティは質問をスルーされたと言うことは今は話したくないんだなと考え何が
「どう言うことでしょう?」
「見ていたのだよ、君が仲間を助けるために一人残ったのをな」
「はぁ……」
気の無い返事をするビィティの前に急に大きな二体の精霊が現れる。
『あるじぃ精霊使いだ! それも二匹』
『でちゅ!』
ベルリとクリンはブルブルと震える、まだあの戦いから日が浅いためこれほどの精霊を前にすると腰げ引けるのだろう。
「ふむ、すまないな」
ベスタはビィティの精霊を撫でると自分の二体の精霊を引っ込める。
「この二人がここまで怯えるなんて初めてですよ」
「同じ属性だからだろうな。私のナチュラルも風と水なんだよ。それも二体とも王級だ」
またナチュラルで王級かとビィティは首を振る。まるで二体の精霊がばかにされているようで気に食わないのだ。
「ナチュラルとフェイクとか王級とかなんなのですか。特にフェイクって……」
「知りたいのか? 絶望するぞ」
「教えてください。絶望なんかしません」
ベスタ箱くんと頷き少し考えると重そうに口を開いた。
「ナチュラルからすればフェイクの精霊はいないも同然なんだ」
その言葉にビィティはそんな馬鹿なと反論をする。
「あのマリアと言うレジスタンスには――」
ビィティの言葉を遮るようにベスタはさらに説明を続ける。
「あの女は本気で戦っておらんよ。遊んでいたのだ。本気だったら1秒で負けておるぞ」
仮にもし本気だったら自分が助けに入っていたとベスタは言う。
本気じゃないのにあそこまでやられたのかとビィティは自分の弱さと向き合わされた。
「それほど……。それじゃ王級と言うのは――」
「王級とは精霊のランクだ」
精霊にはそれぞれランクがある。
MP換算
・歩級 1~10
・香車級 10
・桂馬級 30
・銀級 50
・金級 100
・角級 150
・飛車級 200
・玉級 500以上
・王級 1000以上
フェイクは歩級になり、ナチュラルは香車級以上を与えられる。
そしてナチュラルとは神の分け御魂と言われ、主人とつがいになって生まれてくる。
精霊使いは生まれながらにして精霊使いなのだ。
フェイクと言うのはごく稀に発生する生物系の精霊で契約によって使役できるようになる。
存在事態がレアでナチュラルのように完全解明はなされていないが、歴代のフェイクはあまり強い力を発揮できなかったと言われている。
ちなみにMP換算で1~10とあるがフェイクは下級魔法程度の力しか使えず、ナチュラルは上級魔法や神級魔法に匹敵するほどの力を使えるので仮にMP換算が10のフェイクがいたしても香車級には遠く及ばないのである。
白濁壺書房 「SAY REI」 著者ハゲ&マシタより
「と言うわけなのだが……」
「そうなんですか」
王級って将棋の王だったのか、てっきり神級とか災害級とか中二病全開のクラスだと思っていたビィティはそのランクが不自然だなと思った。
『メアリーワールド』には精霊はいないのはもちろんそんな将棋のような階級は存在しないだがここは日本では無い以上将棋も存在するわけがないのでこのランクずけはおかしいのだ。
だがそれは分からないから今は良いとしても、自然に生まれてくるフェイクの方がナチュラルっぽいじゃないかとビィティは憤慨する。
しかもフェイクに関してはろくな研究もされていない、ベルリやクリンが馬鹿にされるのは間違ってる。
ただ、言わせたい奴には言わせておけばいいかとビィティは気持ちを切り替えた。
「しかし、君の精霊は普通のフェイクよりも少し強い気がする。少し手合わせをしてみんか?」
「手合わせですか?」
「なに、こちらは精霊を出さないから軽い稽古みたいなものだ」
稽古ならとビィティは手合わせを承諾した。身体の調子も見たいのとナチュラルの精霊使いの戦い方を見て損はないと思ったからだ。
庭に出た二人はビィティだけ精霊をだし、ベスタは剣で戦うことになった。
「いつでもきたまえ」
精霊の強さを知りたいなら精霊だけで攻撃すべきと金貨や複合技を使わずに通常の攻撃をベスタに加えた。
しかし、その攻撃をベスタは剣の捌きだけで見事にいなす。
その後も連続で攻撃を加えたが、どんな攻撃も、どんな技もベスタには効かなかった。
二体の精霊が疲れ切ると手合わせは終了した。
「フム、やはり普通のフェイクより強いな。坊主のフェイクはMP換算で言えば銀級レベルだな」
そう言われたビィティは嬉しさを隠せない。ランクは気に入らないがやはり上の方だと言われれば、それはそれで嬉しいのだ。
「そうですか、ですがこいつらは命を共にした俺の
『あるじぃ……』
『ご主人ちゃま……』
その言葉に二体の精霊は喜びビィティの周りをクルクル回る。
「ハハハ、ワタシもな精霊を道具と考えてる輩は嫌いでな、君を気に入ったぞ」
「そうですか、ありがとうございます」
気に入ったと言われて、ありがとうございますは変かとビィティは自分がすでにこのベスタを自分より上と認識していることに戸惑う。
「もし、よければワタシの剣術を教えてやろうか?」
「剣術と言うのは先程精霊の攻撃を捌いたものですか?」
「そうだ主人が強くなればそれだけ精霊の負担が減るからな強くなっておいて損はない」
主人が強くなれば精霊の負担が減る。それはビィティにはとても魅力的な言葉でもあり、強くなろうとする努力を怠った自分自身に対しての戒めの言葉にも聞こえた。
「お前達にばかり強くなられたら、どちらが主人か分からないもんな」
『あるじぃ』
『ご主人ちゃま』
「お願いしますベスタさんの剣術を教えてください!」
力なき正義は無力だと誰かが言った。だけど正義とか正義じゃないとか、そんなことはどうでもいい。
ただ好きな人を守れる力が欲しいんだとビィティは思い、クラリスを泣かせた自分は彼女に会う資格はないと考え。ただ強くなって仮面の騎士のように陰で彼女を守りたいとビィティは願うのだった。
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