第15話 命の対価
「クリン、敵の数はどのくらいだ」
『に、二百二十人でちゅ!』
『あるじぃ逃げようぜ、さすがに無理だよ』
あまりの敵の数に精霊たちも怯え出す。ビィティはそんな二体の精霊を抱きしめる。
「すまないな。でも、逃げるわけにはいかないんだ。今逃げたらクラリスが捕まってしまうから。だから三十分だ、三十分だけ持ちこたえたら逃げよう」
正直二百人以上の大人相手に三十分持ちこたえられるわけがないとビィティにも分かっていた。
ただ絶望をして戦うより希望を持って戦う方が力が出るのもまた事実だった。
現に、二体の精霊は戦う力を取り戻し気迫が
『しかし損な性分だよな、あるじぃ』
そう言うベルリの言葉にビィティは損な性分じゃなくて愛する人の為だよと心の中で格好つけて口許をにやけさせる。
「せっかくだから、もう少し格好つけるか。クリン俺を浮かせて剣の上に乗せてくれるか」
『あいでちゅ!』
剣の上に乗ったビィティは野盗から奪ったマントを羽織り、風に布をたなびかせ腕を組んだ。
『ひゅ~、あるじぃかっこいい!』
『でちゅ!』
「だろ? ……ベルリ、クリン。お前達がいてくれたお陰で異世界生活もなかなか楽しめたよ」
『縁起悪いこと言うなよ。三十分生き残ればオレたちの勝ちなんだから生き残ってやろうぜ。それに、あるじぃをオレたちが死なせるわけないだろ』
『でちゅ、生き残るでちゅ』
「そうだなヴィックスとも王都で会う約束してるしな」
ビィティは貸してもらったお守りだと言うペンダントを首に巻きつけた。もし生き残れて王都に行けたらヴィックスに王都での遊び方を聞きながら一緒に遊ぶのも面白そうだなと、一瞬現実逃避をしてしまう。
我に返ると野盗たちは既に目の前に迫っていた。
野盗たちがビィティに御構い無しで突き進むもうとしていた、子供など取るに足らないと言う判断だろう。
「クリン、剣を使って馬の首を落とせ!」
『あいでちゅ!』
地面に刺した剣が宙に浮き列をなして敵に向かう。それはまるで剣の超特急、一瞬で先頭の馬たちの首をはね野盗たちは将棋倒しになって倒れた。
だが先頭の10頭ほどの馬が犠牲になっただけで、残りは他の馬にぶつかることなく停止させた。
その反応の早さはまるで訓練された軍隊のようで最初の部隊は囮で露払いをさせてたのだと気がついたビィティは冷汗を流す。
だが止まった野盗たちも慎重で20m手前から進んで来ない。帰ってきた来た血濡れの剣が地面に突き刺ささりまるで次はお前の血を吸ってやろうかと野盗たちを威圧していた。
数分の後、均衡を破ったのは野盗のデブ男で赤鼻を鳴らすと斧をブンブン振り回しビィティを威嚇する。
男は前に出て来ると手をパンパンと叩き腹を抱えて笑う。
「ヒャヒャヒャ、分かってるんだぜ魔法使い。さっきの魔法でもう魔力が尽きてるんだろ? ほれまだ撃てるなら撃ってみせろ」
野盗たちは先ほどの剣の乱舞を魔法と判断し伏兵として精霊使いが隠れていると踏んだのだ。だから野盗の中でも下っ端なデブ男を囮にだしたのだった。
伏兵が出てこないのを見てさらに野盗たちは痩せっぽっちの男を押し出す。短剣を舌舐めずりしながらデブ男の後ろに隠れると短剣をビィティに向け「ガキを解体するのは久しぶりだぁ、エレクトしそうだぜギャハハ!」とコバンザメの如くイキがる。
二人とも威嚇はしてくるがその場からは動かずに、こちらの様子をうかがうだけだ。この時点でこの二人は口だけのハッタリ野郎だとビィティは看破した。
相手も自分が怖いのだ。たった一人で二百人以上を相手にする自分をとビィティは口元をニヤケさせる。
もちろんそれを見た野盗たちは更に警戒し緊張が高まる。
「ニヤケ面とはずいぶん余裕じゃないかい坊や、それとも気でも狂ったのかい」
その声とともに野盗たちがモーゼの海割りよろしく左右に分かれていく。そこに現れたのは赤髪を後ろで編み込み右目をアイパッチで隠した女だった。
「好きな女の為に男が出来るんだぜ、笑うしかないだろ?」
ブロードソードを抜き、くるりと回し肩に乗せるとビィティはアイパッチの女を睨みつける。その剣はビィティが持つには長すぎる剣だがクリンの風で何とかバランスを保っていられた。
「フハハハ、面白いことを言うねぇ。まさかこの数を止められる気じゃあるまいに」
「いや、止めさせてもらうよ。その線から入ったら五体満足ではいられないと思ってくれ」
ビィティがそう言うと地面に線が一本入る。クリンが風の刃で傷をつけたのだ。
それを見て赤毛の女は喜ぶ。
「ハハハ、坊やが精霊使いかい。イイネ、イイネ、ますます良いよ坊や」
赤毛の女がアイパッチを取ると金色の目が光り背中から炎が渦巻き火の精霊が現れた。
「あたいの名はマリア。テッドスコルピオン首領
『あるじぃヤベェよあいつの精霊、とんでもない力を感じる』
『でちゅ』
怯えてビィティの周りをクルクル回る精霊を見てマリアは肩を落とす。
「う~ん、久々に精霊戦が楽しめると思ったのに坊やの精霊はフェイクかい」
そう言うとマリアはいつのまにか抜いた剣をクルクル回し剣に炎を
ビィティはフェイクと言う言葉に不快感を覚え叫ぶ。
「こいつらは俺の大事な仲間だ
「プハハハ、そうう意味じゃないんだがね。まあ、そこまで言うなら少しは私を楽しませな」
マリアが手を振ると背後の精霊から炎の鞭が出現しビィティを襲う。
ビィティの指令が間に合わない。
マリアの精霊は心の声で命令を受けている。村人のビィティには到底真似できない芸当だ。
マリアが攻撃を出した時点でビィティにそれを避ける術はない。
だが以外にもベルリの水の壁が火の鞭を防ぐ。しかし力の違いからか一瞬で水の壁は蒸発した。
弱点属性だろうがフェイクの精霊ではマリアの王級精霊には遠く及ばないのである。
「ほう、やるね」
「ベルリ守ってくれたのか?」
『あるじぃの命令待ってたら、あるじぃが死んじゃうからなクリンも自分で動けよ!』
『わかってるでちゅ』
普段は絶対にベルリとしゃべらないクリンが自分のために我慢してくれてることにビィティは嬉しさが込み上げてくる。
『死ねでちゅ!』
クリンの風の刃が
とっさにビィティは現代の知識で
「だめだクリン風で火の精霊を攻撃するな!」
『どうちてでちゅ』
「相性だ、クリンの攻撃はあいつに効かない、風は火を強くしてしまうんだ。だからクリンはサポートに徹してくれ」
『……あいでちゅ』
手詰まりになったビィティの額から汗がポタリと落ちる。焦りからくる汗ではなく温度が以上に高いのだ。
マリアの持つ精霊の力が周囲の気温をあげ、それだけでビィティの体力を奪っていたのだった。
こちらに精霊使いがいるのが分かっていて攻撃して来たのはやはりそうとの実力を持つ精霊使いがいたと言うことだったと自分の嫌な予想が当たったことをビィティは呪う。
だからと言ってビィティは逃げることはしない。一分でも一秒でも時間を稼ぐために足掻くだけなのだ。
「興ざめだね、あんたまさか属性の相克も知らないのかい?」
「ただの作戦ミスだ。安心しろ、お前を倒す方法は思い付いた」
その言葉を聞いたマリアの顔には笑みが浮かぶ。彼女は根っからの戦闘狂なのだ。
『ご主人ちゃま、役に立てなくてごめんなさいでちゅ』
「気にするなそれよりやって欲しいことがあるんだ――」
ビィティは起死回生のアイデアをベルリとクリンに伝える。
『おうまかせとけ!』
『がんばるでちゅ!』
ビィティはアイテムバッグから金貨を数枚握るとマリアめがけ投げつけた。
金貨はベルリの水でコーティングされクリンの風で加速された。協力しない二体がビィティを助けるために、はじめて協力した技だ。その二体の力が合わさり、それはまさに弾丸と言っていい程の威力を持った。
超加速され、水でコーティングされた金貨は火では溶かせない。仮に溶かせたとしても溶けた金属の高温が身体を襲う。金貨の沸点は二千七百度一瞬で蒸発させるにはさらに高熱が必要だ。そんな高熱が精霊に出せるわけがない、どちらにしろマリアには逃げ道はないのだ。
そうビィティは考えたのだった。
だが、その考えは甘かった。
“キィィィィィィィン”
耳をつんざくような音が響き渡るとマリアの右腕の至る部位からジェットエンジンのような火が射出される。
そして一瞬で超高速の剣が金貨をすべて叩き落とした。
「そんな……」
「あたしに
この技を野盗の乗る馬に付与することで空気抵抗のなくなったクラリスたちの馬車に追いついたのだった。
もちろんそれを制御するためには精霊との親和性を極限まで上げなければいけないのだがマリアの金色の精霊眼は精霊と同化するレベルまで親和性を上げる能力があり、その力で先ほどの神業を可能にさせたのだった。
その力を振るうマリア自身が王級精霊なのだ。
ビィティは追撃を警戒し身構えるが、マリアは打ち落とした金貨を拾い首をかしげている。
「あんたこれバルムント金貨じゃないか。どこで手に入れたんだい」
「……拾ったんだ」
「これ一枚で普通の金貨の10倍の価値があるんだよ。それを武器にするなんて豪気だね」
マリアが落とした金貨を剣で差し一枚一枚数える。
「全部で24枚、普通の金貨換算で240枚の金貨だ。坊やの命の値段には十分だね。見逃してやるから、どこへでも行きな」
それはマリアの子供は殺さないと言う自分に定めたルールのお陰だった。この機を逃したらビィティは助からない。だがビィティは首を横に振る。
「俺が逃げたらあの娘のことを、クラリスを追いかけるんだろ? だったら俺は逃げない!」
「子供は殺す気はないんだけどね」
「見てわからねぇのか! 俺は好きな女のために体張ってんだよ!」
「プハハハ、あんた、あのワガママお嬢様が好きなのかい。それも平民のあんたが?」
「悪いか!」
「あんた騙されてるんだよ。あのお嬢様はそんな良いもんじゃない。子供のあんたに言っても分からないだろうけどね」
「お前よりも分かっているさ、クラリスは良い子だ、ただ寂しがりやなだけなんだよ」
マリアはかわいそうな生き物を見るようにビィティを見る、何も知らないんだねと言うような目で。
「利用されて、捨てられて、バカだね坊やは……」
「おい勘違いするなよ、俺は自分の意思でここに立っているんだよ。誰かに命令されたわけじゃない!」
ビィティの目には揺るがない信念が宿る。それを見たマリアは
「そうかい、いや、悪いことしたね
「ふん、構わないさ良い時間稼ぎにはなってる」
「私の次の一撃であんたを殺す。あんたの
マリアが剣を水平に構えると、背中から大量のジェットエンジンのスラスターが噴射する。
先程とは比較にならないほどの音が響き渡り野盗たちは手で耳を塞ぐ。だがマリアはピクリとも動かずただビィティを見ていた。
それは推力を最大にするための溜めだった。
背中から伸びるスラスターが最大に達した時、それはビィティが死ぬ時なのだ。
更にジェットエンジンのスラスターの炎が延びる。あまりの暑さに野盗たちは耳を塞ぎながら後方に逃げ出す。
そしてその時は来た。赤い一本の筋が最大に伸びた時マリアが
「”
マリアの体が赤く光り一瞬で間合いがつまる。尋常じゃないスピードとパワーの塊がビィティに向かって来る。
村人には避けられない。避けるすべがない。
マリアがビィティに切りかかり終わったと思った、その瞬間”ジュワッ”と言う音と共に湯気が立ち上ぼり目の前に剣が現れる。
それはクリンの風で剣を浮かし、ベルリの水で剣を黙視できなくした罠だった。
仲の悪い二体が協力したからできた技だった。
動けないことが勝利の鍵だった。
村人だからこその策だった。
現れた剣はマリアの腹部を刺し、彼女は足を滑らせ未だに発動しているスラスターが彼女を前のめりに倒れさせた。
スラスターが発動しているためにマリアの突進する威力は死んでおらずビィティはそのままタックルをくらって吹き飛び、何度も地面に打ち付けられては飛んでを繰り返しゴロゴロと転がった。
普通の村人ならそれだけで十分に死ねる威力があった。
だがビィティは死んでいない。辛うじて生き残ることが出来た。しかし、カウンターをしたとはいえマリアの
ビィティはステータスを上げていた、村人+5だった、だから死なずに耐えられたのだ。
だが満身創痍のビィティは立ち上がる、伸びてなどいられないのだ。まるでスキーのストックのように両手に剣を持ち、それを支えにして立った。クラリスを守るために、その身を削って。
「その線に入ったらただじゃおかない!」
線より内側にいるマリアを助けようと駆け寄る野盗たちをビィティは残りの剣を浮かせて
野盗たちは13歳の子供から立ち上る気迫に
「ハハハ、うちの連中は情けないね」
腹部を刺されて倒れていたマリアがひょいッと腕一本で地面を叩きバク転して立ち上がる。
腹部の剣を抜くとビィティの方へと投げ捨て体についた砂埃を払う。マリアが投げた剣は半分以上が溶けて蒸発していた。
刺さっていた刀身はほんの数センチで内臓を痛めるほどではなく、傷跡は焼かれたように焦げており血は一滴も流れなかった。
「……金属を蒸発させられるのかよ」
ビィティの言葉にマリアは笑みで答える。
腹部に剣を刺されたのにマリアはまるで何事もなかったかのようにピンピンしている。
それに引き換えビィティは満身創痍。二匹の精霊も先程の一撃に巻き込まれすでに飛ぶ力もない。
すべての力を剣を浮かすことだけに向けているのだ。
精霊も使えず完全に村人となったビィティに勝ちはない。
マリアが一歩一歩ビィティに近づく。ビィティは動かない体で剣を前に出す。ヨロヨロとスピードのない剣はマリアに簡単に弾かれ叩き落とされる。
しかしビィティは諦めない、素手でマリアを殴る、何度も何度も、蚊が止まりそうなほどのスピードのパンチで。
「良い男だね坊や。お持ち帰りしたいところだけどやめておくよ、言うこと聞かなそうだしね」
マリアはビィティの腕をとると頬を撫でて
「引くよ、お前たち!」
「良いんですかいお頭、クラリスが王妃になったら国は滅びますぜ」
「命を懸けて女を守った坊や、いやこの
「ちがいねぇや」
「「「「ギャハハハ」」」」
野盗たちはビィティが投げた金貨を拾い小躍りしている。
「お前らネコババするんじゃないよ!」
「命が惜しくない奴ぁいませんぜ」
男達は拾ったすべての金貨をマリアに手渡す。枚数を確かめ、ちゃんとあるのを確認すると5枚の金貨を男達に投げる。
「これで港町まで行ってハメでも外してきな」
「へへへ、さすが姉御、分かってらっしゃる」
男達は金貨を各小隊毎に分け、もらった金貨を噛んだり光にかざしたりしていた。
「お、お前達は、なんなんだ……」
ビィティは息も絶え絶えに戦う気の無くなったマリアに問う。
「私達かい? 私たちは正義のレジスタンスさ。ただし悪徳商人や悪徳貴族からはタンマリもらってるから政府からしたらただの野盗扱いだけどね」
「レジスタンス……」
レジスタンスがクラリスを付け狙ったのは第一王子の婚約者だからだった。評判の悪いワガママなクラリスが王妃になったら国が滅ぶ。だから今のうち殺しておこうとしていたのだ。
ビィティは思う。今のクラリスなら悪役令嬢にはならずヒロインともうまくやっていくだろうと。
だがビィティは忘れていた。そもそもクラリスはヒロインに嫌がらせをしていないと言うことを。
クラリスはまだバッドエンドに向かって運命の歯車は回っているのだ。
「じゃあね、また会うときまでにもっと良い男になってたら、あんたの童貞もらってやるよ」
だがその声はビィティには届かない、流した血が身体中の痛みが既に意識を奪いかけていたのだ。
「また姉御の悪い癖が出たぜ」
「「「ギャハハハ」」」
意識が朦朧としているビィティにはもう何が起こっているのかわからない。馬の蹄の音だけがマリアたちが遠くへ走り去っていくことを教えてくれた。
クラリスは救われた。そう思った瞬間、ビィティは張っていた気が抜け意識を失いその場に倒れたのだった。
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