第14話 さよならの朝

「大丈夫か?」

 クラリスの隣に座ったビィティが心細くさせてた彼女を心配して声をかける。

 だがその聞き方がいけなかったのかメルリィは不快感をあらわにしビィティを叱責する。

「アルバ君、姫様に対してはもう少し口調を気を付けてください!」

 

「良いのですよメルリィ、それよりも貴方こそ、お怪我などしていないですか?」

 クラリスがビィティの腕を抱き締めながら心配そうに全身をくまなく調べる。

 積極的なクラリスにビィティはドキッとして、その気持ちを誤魔化すように暗闇で見えない後方を追っ手が来てないか確認をした。

 今の彼女の顔はすごく艶があり出会った頃の険は微塵もない。顔ってこんなにも変わるものなのかというくらい別人なのである。


 だけどこんな惚けていては先程ヴィックスに思った呑気という言葉が自分に帰ってきそうだなとビィティは気持ちを切り替える。

 もちろん、それは徒労に終わるのだが。


「アルバ君、姫様に近づき過ぎですよ」

 メルリィがシッシッと手を降ってビィティを追い払おうとするが、すでにクラリスに押されて端っこにいるので、これ以上どこに行けと言うのかと泣きそうな顔でメルリィを見る。

 だが、彼女はいつまでもシッシと手を振ってビィティを睨むのだった。


 そんなメルリィをみてクラリスは爆弾発言をして、更にメルリィの嫉妬の炎に燃料を投下する。

「メルリィ、私はこの方と結婚します」

「「は?」」


 メルリィはクラリスにとって同性のビィティのような存在であり、どうしても今の気持ちを彼女だけには伝えておきたかったのだ。

 だが、当然メルリィからすれば寝耳に水な出来事で到底看破できない告白である。

 なによりビィティ本人も仰天の発表なので二人は今にも目が飛び出そうなほど目を見開いていた。


「なぜアルバまで驚いているの?」


「え、いやだって身分が違いすぎるよね、俺とクラリスじゃ」

 慌ててビィティはクラリスの名前を呼んでしまう。当然メルリィは手を柄の上に乗せ彼をいつでも殺せる体勢をとる。

 だが、更なるクラリスの発言でビィティを切ることも忘れる立ち上がる。


「キスしましたよね」


「はい」

「は!? あんたクラリスとキスしたの!?」

 メルリィはすごい形相でビィティを睨む、自分がクラリスの名前を言ったのも気がつかずに今にも殺さん程の殺気を放った。

 ベルリがその殺気を感じて、先程から臨戦態勢になっているので攻撃させないように止めるだけで一杯一杯になってる。


 だがそのせいで逆に冷静に慣れたビィティは大変な過ちを犯していることに気がついた。自分の感情でゲームのシナリオを大幅に変えてしまったのだ。


 クラリスが生き残るに為にはヒロインが王子と結婚するしかないと言う未来を。


 それ以外のどんなルートを選んでもクラリスは死刑になる。つまり自分とクラリスが結ばれるルートというのはヒロインを王子以外の攻略対象を選ばせる行為でクラリス死刑に直結してしまってるのではないかという可能性が少なからずあるからだ。

 恋は障害がある方が燃える。王子との結婚に悪役令嬢と言う邪魔がいないならもっと障害のある恋をヒロインは選んでしまうかもしれないのだ。

 ビィティは今更ながらに自分な軽率な行動を悔いた。


 自分の行動でクラリスを死に追いやってしまったかもしれないことに。


 ビィティが自分が侵した過ちに葛藤しているとクラリスはにこやかに「そう言うことです」と呑気に言う。

 なんのことかわからないビィティは彼女に「どういうことですか?」と馬鹿な返事をしてクラリスに胸をトンと叩かれる。


「姫様、彼は平民ですのでしきたりを知りません。あんたは知らないだろうけど未婚の貴族子弟とのキスは婚約の証しなのよ!」

 そう説明するメルリィは怒り心頭で不機嫌なのを隠せずキャラ崩壊すらしていた。


「そ、そうなんですか」


「……私のこと、お嫌いですか?」

 涙をためてウルウルと光る瞳に、もうゲームシナリオなんてどうでも良いやと言う気にビィティをさせてしまう。

 なんなら暗躍してヒロインと王子を結婚させればいいじゃないかとすら思えてくるほどに。


「いいえ、大好きです!!」

 その言葉にメルリィの方眉がピクリと動く。“ピキッ”という音すら聞こえてきそうな威圧感すらあった。

 怒らせてるのは分かるが好きなものは好きなのだとビィティはビィティで開き直ってしまい一触触発状態である。


だがクラリスはそんなことはどこ吹く風と言いたげに「なら構いませんね」とビィティに抱きついた。

 それを見たメルリィは大きくため息をつく。頑固者のクラリスの性格を思い出し諦めたようだった。


「家の方はどうするのです。お父上のヴォルダー卿が平民との結婚など許すはずがありませんよ」


「許してくれなければ駆け落ちします」

「姫様……」


「ごめんなさいメルリィ。でも、これはいつものワガママじゃないの。私は本当にビィティが好きになってしまったのよ。分かってとは言わないわ」

 メルリィはそれに答えず深くイスに腰掛ける。不貞腐れてはいるが先ほどの殺気は微塵も感じられなくなっていた。


「クラリス、本当に俺で良いの? 結構不細工だよ」


「愚問ですわよ? それにあなたは不細工なんかじゃないわ、私には世界一素敵な殿方に見えますわ」

 そう言うとビィティを抱き締め、その胸に顔をうずめてすり付ける。


「わかりました、姫様が、クラリスがそれで良いなら従います」

「ごめんなさいねメルリィ。あなたには感謝してる」

「私はクラリスに幸せになっていただければいいだけですから」


 そのやり取りでビィティはクラリスとメルリィは自分が入れないほどの絆があるのだと悟った。

 落ち着いたらメルリィに好きなだけ殴らせるかと思い、心の中で彼女に謝罪をするのだった。


 それからクラリスと小一時間ほど話し合いをし、まだ結婚できる年齢ではないことも含め、まずは学園を卒業しそれから正式に結婚しようということになった。

 自分が受け入れられて安心したのかクラリスはビィティの腕に抱きつきながら可愛い寝息をたてる。

 ビィティもクラリスの温もりに眠気を誘われ抱き合うように眠てしまった。


『ご主人ちゃま、敵でちゅ! 追っ手が来たでちゅ! 起きてくだちゃい!』


 クリンの声で一気に眠りから覚めビィティは後方の窓を覗く。

 土煙が朝日を遮らんばかりに立ち上がる。馬に乗った野盗達が馬車を追いかけてきたのだ。

 対面に座るメルリィも異変に気がつき表情を強ばらせている。


 クラリスはまだ寝ていてこの異変に気がついていない。

 腕を掴んだままのクラリスの頭を優しく撫でると目を覚ましビィティに微笑む。


 だがビィティはクラリスを突き飛ばした。


「アルバ?」

 突然のことにクラリスは目をパチクリさせ何が起きたのか理解することができなかった。


「悪いな姫様・・ 、まさか結婚とかバカなことを言うなんて思っても見なかった。俺はここで降ろさせてもらう」


「何を言っているの?」

 突然のビィティの豹変に目が覚めたばかりのクラリスは夢じゃないかと自分の頬をつねりたくなるのをこらえ彼の言葉を聞く。


「お嬢様のワガママには付き合っていられないと言っているんだ」


「嘘よね? 嘘でしょ?」

 クラリスの身体が固まり顔面蒼白になる。その事に罪悪感がないわけではないがビィティはクラリスを守りたいのだ命を懸けて。


 ビィティはメルリィに自分が出たら絶対にクラリスを外に出させるなと耳打ちをすると、外に飛び出し戸を閉めた。


「裏切り者! 裏切り者! 裏切り者!」


 馬車の外に出たビィティを泣きながら見据えドアをドンドンと叩き呪詛の言葉を投げつける。

 父親に裏切られ、自分にも裏切られクラリスの心を傷つけてしまったことをビィティは後悔したが本当のことを言えば一緒に死ぬと言い出しかねない。だからこうするしかなかったんだと自分に言い聞かせた。


「ヴィックス絶対に馬車を止めるなよ。全速力で逃げろ」

 御者台に乗り移ったビィティはヴィックスの肩を叩きそう言う。


「行くのか?」

 ヴィックスは後ろから来ている野盗に向かうビィティを止めたかった。だが馬車を操車できるのは自分しかいない以上持ち場を離れられなかった。


「お前が姫を生涯守るんだ、良いなヴィックス。他の女に目移りするんじゃないぞ」

 ヴィックスは悪役令嬢クラリスの従者だがヒロインのアンジュに心奪われる。

 ヒロインの攻略対象の一人だが、こいつくらいはクラリスの側に居てくれとビィティは願う。


「わかった僕の初めての友達の頼みだ必ず守るよ」

 ヴィックスは自分の肩に乗せたビィティの手を強く握る。


「もっとお前と仲良くなりたかったよ。じゃあなヴィックス」


「待てよ、これ持っていけ」

 ヴィックスは胸元のペンダントを引きちぎるとビィティに手渡した。


「これは?」

「お守りだ、王都で待ってるからなアルバ、必ず返せよ!」

「……ああ、分かった。先に行ってろ必ず返しに行くから」

 ヴィックスはもう喋れなかった。顔が涙と鼻水でグチャグチャになったせいで。ビィティはそんなヴィックスの頭をポンと叩くと屋根に飛び乗り置いておいた剣の束の縄をほどきクリンの風の力で馬車から飛び降りた。


 ふわりと着地したビィティの両サイドに剣が風に導かれ道を塞ぐように突き刺さる。


 ”ドドドドドドドドド”


 地響きで体が震えるほどの振動をビィティの身体が感じる、いったいどれだけの数の敵がいるのかと彼は臆病風に震える身体を奮い立たせた。


「最低でも30分は持たせたいとな」


 馬車ではビィティが裏切ったことが信じられないクラリスが一人うつ向き泣いている。

 涙は枯れたと思っていた、父親に捨てられたときにすべての涙は枯れ果てたと。

 だが今、最愛だった人に裏切られて、また涙に濡れるのかと。メルリィもこんな私をバカだと思っているだろうと目を向けると後ろの窓に視線を向けていた。


 外にまだいるであろうビィティを見ているのだ。


 自分も最後にその姿を見て一生、人など愛さないと誓おうと後ろを振り向く。


「クラリス、ダメです!」

 メルリィが後ろを見るのを止めようとするも、その動きに気づくのが遅れ彼女に後方を見させてしまう。


 ビィティの姿を。


「うそ……なんで……」

 クラリスの瞳に写ったのは大軍の前にただ一人立ち、行く手を阻むビィティの姿だった。


「いや、いやよ! 止めて馬車を止めて! メルリィ! ヴィックス! 馬車を止めて!」

 絶叫し外に出ようとするクラリスをメルリィは抱き締め止める。その力は強くクラリスは抗うことができない。


「離してよ! 私も行くの! お願いだから! もう、ワガママ言わないから……。だからお願いよ……」

 だがその言葉にメルリィは答えることはなかった。

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