第21話 カマクラを作ろう
「サファイヤ様、やはりうまくいきません。このままでは兵が凍えてしまいます」
カマクラを作っていた騎士が汗を凍らせてカマクラ作成の困難さを訴える。
その報告を聞き、この場に居ても死ぬだけだと判断したサファイヤは出立をアンジュにお願いする。
「いやよ」
もちろんアンジュは断固拒否をする、今さら寒い馬車には戻りたくないのだ。ビィティは冷酷無比に切り捨てるアンジュに嫌悪感を抱き立ち上がる。
「よければ私が作りますよ?」
「一人でか? 屈強な男が20人集まってもできなかったのだぞ」
「ええ、問題ありません」
「そうかではやって見せろ」
サファイヤの高圧的な態度にアンジュが不快感を示すが、当然「平民に敬語は使えませんよ姫様」と言い返されむくれたのは言うまでもない。
外に出たビィティはあまりの惨状に驚く。金属は寒さのせいで皮膚に張り付いてしまうため鎧をはずした騎士達が寒さに打ち震えていたのだ。
その服はあまりの寒さでカチコチに固まっており髪の毛にはつららが垂れ下がっていた。
もっと早く気がつくべきだったとビィティは騎士達に申し訳なく思う。
「ベルリ、クリン頼むよ」
『おうよ』
『あいでちゅ』
クリンは風で粉雪を一箇所に集め、ベルリがその粉雪に水分を与えてボタ雪にする。そのボタ雪はどんどん積み重なり山になる。
水分を含んだ雪はすぐに氷になり固まっていく。
半円のドームが出来上がるとクリンがウインドーカッターのハリケーンで氷を綺麗にくり抜いてカマクラが出来上がる。
くり抜いた時に出来たかき氷は再利用してカマクラの材料になった。
二体の精霊はものの数分でカマクラを四棟作り上げ、馬用のカマクラも二棟作り上げた。
「「「オオオオ!」」」
騎士達が歓声をあげて喜ぶ。アンジュのワガママに付き合って本当にギリギリだったようで、我先にとカマクラに入って休憩をする。
だが熱を奪われた兵士達はこのままでは暖まること無く死んでしまう。
大木をクリンに切らせてベルリに木の水分を完全に抜かせると、ビィティはベスタのように剣で薪割りをしてみせ騎士達を驚かせた。
「君は精霊使いなのに剣技も使えるのか?」
「はい、師匠が厳しい方だったので剣も学びました」
実際は精霊使いではなく村人なのだが話がややこしくなるし、誰にもダンジョンのことは言うつもりはないので、ビィティは自分を精霊使いだと言うようにした。
切った薪で焚き火を作ると騎士の体の氷が溶けて、まるで死者が復活するように元気を取り戻していく。
暖をとれた達は疲れが出たのか皆横になって寝ようとするが芯が冷え切っていてガタガタ震えている者さえいた。
吹雪いてる中で作ったことがないカマクラを作らせられたらどんな屈強な猛者も
だが騎士達は規律正しく行動し警戒を怠らない、体が冷えていて疲れ切っていてもちゃんと見張りをつけているのだ。
ビィティは彼等を温めるためにどうすればいいか思案する。
芯から冷えている人間は暖かくしただけでは体温は戻らないので、暖かい食事をとらせ体の芯から暖めることにした。
だが先ずは温かい飲み物だと大鍋にベルリの水を入れさせ、薪でお湯を沸かす。その中にタンポポのような花を咲かせる植物の根を焙煎した物を投入する。
しだいに煮出され良い香りを放つ、いわゆるタンポポコーヒーだ。
それにブランデーを少量入れ騎士達に振る舞った。
そしてアンジュが食べた鍋と同じものを作っていると騎士達がこれも使ってくれとソーセージを持ってきた。
それを全て鍋に入れると燻製された香りが漂ってくる。
出来上がった鍋は豚汁からポトフへと姿を変えていた。騎士達に振る舞うとみんな幸せそうな顔をしてポトフもどきを
みんなが食事をしている間に毛皮をカマクラの中に敷き、毛皮をあるだけ出した。だが人数分は流石に無いのでビィティは足りなくて申し訳ないと謝る。
謝る彼に騎士達は「そうか平民は知らんか」と言い、皆はマントで身体をくるみだす。
元々マントは夜営などで毛布の代わりに使うものだそうで大丈夫だと礼を言われる。
外の焚き火の前で警戒している人に毛皮を渡すとビィティは自分のカマクラへと戻った。
「ありがとうね」
アンジュがビィティにお礼を言うのをサファイヤが驚き、彼女はビィティにお礼を言うのを忘れてしまう。
「いいえ、もう少し早く気づくべきでした」
騎士達を人間扱いしていない彼女はやはり悪人だなとビィティは再認識する。悪人なら好きでもない人間と結婚させても自分の良心は痛まない。
それに自分も冤罪で殺されたのだから、そのツケを返してもらうだけなのだからと自分を納得させた。
外が更に吹雪いてきたので、ビィティはクリンに頼んで空気のカーテンをつくってもらった。他のカマクラも同様に空気のカーテンを作り暖房させた。
部屋の外にいる女性兵士も中に入るようにアンジュに言ってもらい鍋を振る舞う。
カマクラはベルリがコントロールしているので内部が溶けても水が滴ること無く外へと排出され減った分はすぐに補充されるので、どんなに暖かくしても溶けて崩れることはない。
部屋の中にはアンジュとサファイヤ、女性兵士とビィティの四人でアンジュはビィティとだけ話をしている。
転生仲間と言うこともあり気兼ね無くしゃべれる存在だからだろう。
「すごい寒波だ、姫様の言う事を聞いて正解でした。あのまま進んでいたら大変なことになっていたかもしれません」
サファイヤは外を見て喉を鳴らす。すでに雪は馬車の通行をも阻害するほど降り積もっている。
ビィティはサファイヤの言葉にピクリと体を震わせる。ある設定を思い出したからだ。
いや設定ではないイベントだ。
冬の街道を移動中、吹雪に巻き込まれアンジュ以外の護衛の人達は全滅する。アンジュは九死に一生を得て聖なる力を得るのだ。
聖女になったアンジュは称号を授かる。
称号:氷の聖女
すべてのパラメーターが100上がるが王子と結婚できなくなる。
「危なかった……」
「何が?」
「このまま馬車進めると隠しイベントが発生するところでしたよ」
「どんなイベントなの?」
「王子と結婚できなくなります」
「ゲッ、本当に? 危なかったわね」
「私と会えたのもなにかの
このステータスオール+100は学園編で効果を発揮する。王子狙いじゃないプレイヤーはみんなこのイベントをクリアする程だ。
ただしこのステータスはダンジョンのレベルと関係ない乙女ゲーステータスなので、レベルと重複しない能力値なので戦闘力が上がるとかはない。
「しかし、ゲームの内容を知らないのに、なぜここに来たんですか?」
「ほら二年後学園に通うじゃない? そしたら寄宿舎暮らしになるから遊べなくなるでしょ。だから、その前に旅行をしようと思って」
そう言うアンジュの表情は何か含みを持っていたので、その言葉がすぐに嘘だとビィティは見破った。
それを彼女に聞くと「ふふふ、わかる? 平民になったら住みやすそうな村を探してたのよ」と屈託無く笑って、たんぽぽコーヒーを一口啜る。
「ちなみに住みやすそうな場所ってどんなところですか?」
「そうね、近くに滝があって、自然豊かだけど、アトラクションがあるところよね」
「……」
ビィティは冷や汗を流す。まさに自分が根城にしていたダンジョンじゃないかと。
あの周辺には他にもミニゲームと言う名のアトラクションがある。
あそこは元々ヒロインであるアンジュの物だ。ただアンジュがその存在を知らなかっただけなのだ。
その存在を教えるべきかとビィティは悩む。
村人のビィティと違いヒロインのアンジュにはレベルがある。そしてこのリアルの世界ではその強さがミニゲームの外にも適用される。
強くなったアンジュが王妃を目指すかといったらノーといわざる終えない。
彼女は自由が好きなのだ。
そんな遊べる場所を見つけたら、もうここで良いやとなるはずである。
だからビィティは教えないと言う選択をした。
だがダンジョン以外の知識は教えることにした。その方が王子を攻略する上で効率が良いからである。
アンジュはこのゲームの基本を全く分かっていないので、まずは基本を教えることにした。
レクチャーをしているとアンジュがウトウトしだす。
基本的に彼女は不真面目なのだ。
恋愛ゲームはデーターであり、勉強を教えるようにレクチャーするビィティの教え方は彼女に合わないのだ。
「ふあ~暖かくて眠くなってきちゃった。ねえ、そこの
その言葉に一瞬女騎士がピクリと体を震わせるが、サファイヤが目で枕になれと命令したのをビィティは見逃さなかった。
兵士と呼ばれた女性は装備から見ても騎士だ。男女の差別がない世界とはいえ女性が男性の中に混じり姫の護衛になるにはかなりの努力が必要だったろう。
彼女は勝ち上がってきた女性なのだ。プライドの塊である。そんな女性のプライドを傷つけることをしたらどうなるか。
答えは簡単だ。
敵になるのである。
ヒロインの側にいるキャラには簡易ステータスがある。その中には忠誠度もありそれが低いと敵に寝返る間者になってしまう。
「アンジュ様、家臣をそう言う風に使ってはいけませんよシステム的に」
「そうなの?」
「はい、システム的に」
ビィティはシステム的にを強調する。そうすればこれは自分の意見ではなくゲームルールなのだと理解できるからである。
「そう、なら良いわ。馬車からクッションを持ってきて」
姫の言葉にサファイヤが驚く。今まで自分の意見を変えてこなかった姫が、ただの平民の意見を文句も言わずに受け入れたのだ。
正直この平民を従者ではなくても側付きとして欲しいと彼女は思った。
クッションを枕にして寝転ぶアンジュに毛皮の毛布をかけると、ビィティの側ですやすやと寝始めた。
「しかし君はすごいな、どういう魔法を使ったのだ」
「精霊を使ってカマクラを作ったことですか?」
「違うよ姫様だよ。姫様の意見を二度も変えさせるなど奇跡を見ているようだよ」
「話が合うんじゃないでしょうか」
「確かに、姫様の意味の分からない言葉は君には通じているようだしな」
そう言われアンジュの方を見たビィティはいつのまにか裾を握られていることに気がついた。
父性で頭を撫でてしまいそうになりハッとして頭を振る。
アンジュは自分を殺した女だと。忘れるなと何度も心に刻み込むように自分に言い聞かせる。
「では私も仮眠させてもらうことにしよう。後は頼んだぞ」
「ハッ!」
女騎士はサファイヤに言われ軽く会釈すると入り口の前に立った。
薪を足してビィティも寝ようとすると女騎士がビィティに軽く頭を下げる。
その意味がどういう意味か悟ったビィティもそれに答えて頭を下げると横になり目を閉じた。
姫の横に寝ると言うのは不敬だが裾を掴まれているうえに、どこも寝る場所がないので仕方がないとアンジュに添い寝するような形で眠りについた。
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