第30話 目指すはバッドエンド

「アンジュ、君は王子と結婚できないかもしれない」

 『精霊ファーム』のキャラクターではモブキャラのように攻略対象に相手にされないかもしれない。そんな気持ちから発した言葉だが、その言葉でアンジュの表情が明るくなったのをビィティは見逃さなかった。


 やはりアンジュは自分の為に王子と結婚しようとしているのだと、このとき彼は理解した。

 なぜこんなに自分のために動いてくれるのかビィティには理解できなかったが、彼女をこれ以上自分の犠牲にはできないとビィティは自分の頭を拳で叩く。


「俺は二度もアンジュに嫌な選択をさせてしまった」

 ビィティは先程とは違いアンジュの目を見て言った。


「どうしたの急に」


「さっきの王子との結婚のことだ。やっぱり、アンジュを犠牲にするのは違うと思う」


「だから、犠牲とかじゃないんだよ、私が――」

 アンジュの言葉を遮るように両肩に手を置きビィティは首を横に振る。

「それでも、俺がクラリスを助けたいと思っている以上、アンジュが今それを決めるのはやっぱり俺のためだと思う」



「違うよ。……でも、私が王子と結婚しないとクラリスさんが死ぬんだよ」


「誰かが誰かの為に犠牲になるのは嫌だ」


「あなたがそれを言うの? 自分の身を顧みずに……、クラリスさんを助けるために自己犠牲したあなたが」

 アンジュは思わず前の世界で自分を助けたことを言いそうになり、クラリスの話に切り替え、あたかも最初からその話をしているように誤魔化した。


「あの時はそれしか手段がなかったからしかたなかったんだ、それしか選択肢がなかったんだよ。今回のはまだ時間がある、だから急いで決める必要はないんだ」

 運命シナリオは絶対じゃない。すでに未来は変わっているのだからこれからの運命シナリオを変えることだってできるはずだとビィティは思う。


「だって、王子エンドの結末でしか……、他の結末だとクラリスさんは死刑になるんでしょ?」


「ゲームではそうかもしれない。でも、この世界はリアルだ、自分達の気持ちでどうとでもなる」

 魔王を倒すパーティーにいるはずのベスタがすでにこの世にいない、そして自分やメルリィいるはずのないキャラがいて運命シナリオに影響を与えている。

 だからこそクラリスを助ける手段は無限にあるのだとビィティは言う。


「だからって、それでクラリスさんの死刑が回避できる確証なんてないじゃない」


「そうだね、でも逆に考えれば死刑になる確証もない」

 お互いに頑固だなとアンジュは心の中で笑う。ビィティは絶対に自分と王子が結婚するのは認めないだろう。まったく誰を救わなきゃいけないのか忘れてるんじゃないかとため息をついてアンジュは諦めた。

 でも、どこか安心している自分がいて、まだ見ぬ未来に期待していたりもする自分を笑った。


「ねぇ、ビィティ。私が王子を落とさなければクラリスさん普通に王子と結婚するんじゃない?」


「もしかしたらあり得るけど、ゲームは王子以外を選ばなくても、なぜか色々な理由で死刑になるんだ」

「何その悪意100%なゲーム、クラリスさんになんか恨みでもあるんじゃないのその制作者」

「本当に、どんなに救おうとしても死刑になるんだよ。悪夢だったよ」

 ビィティの言葉にアンジュは呪いねと呟く。この時点でもうアンジュが王子と結婚するしか助かる選択肢がないように思えた。だが、このゲームをやったことがないアンジュならではの発送が生まれる。


「じゃあ、全員選ばなきゃいいんじゃない?」


 それはまさに天啓だった。


『メアリーワールド』はどんなに糞プレイをしてもチョロ男のヴィックスが必ず攻略されるバッドエンディングが無いゲームなのだが、それを意図的にバッドエンディングにしたら?


「新しいルートなら死刑にならない可能性がある……」


 ゲーム基準で考えていたビィティには自らバッドエンドを選ぶことでクラリスが助かる可能性を考えつかなかったのだ。

 更にいえば新しいルートを作れば死刑エンドがなくなる可能性すらあるのだ。

 無かった未来が見えるかもしれないとビィティの気持ちは高鳴る。


「でもバッドエンド無いゲームでどうやってバッドエンドまで導けばいいのか正直わからない」


 そんなビィティに「逆にどうすれば王子達と結婚できるの?」とアンジュは疑問を投げ掛ける。


 ビィティはそれに対しフラグ回収が多いから全部は控えるけど前置きをして成績は常に1位、スポーツ万能でみんなの信望も厚い。それと太陽の聖女になることが絶対条件だ。要するに恋愛ステータスがほぼMAXに近い状態で100以上のフラグを回収して初めて王子を落とせると言う。


 それだけでもアンジュは辟易してやる気をなくす、恋愛ゲームをしたことのない人から見るとフラグ回収と言うのはなんとも面倒な作業なのだ。


「王子以外にも基本的にはみんなフラグがあって、それを回収しなければスルーできる。ただ一人を除いてはね」


「その一人って誰?」


「ヴィックスと言うクラリスの従者で伯爵家の者だ。あいつは常に選べる相手にいるし、誰のフラグも回収しないと自然と結婚エンドになるやつなんだ」


「うあ、なにそれストーカーレベルだよね」

 アンジュの言いようにビィティは苦笑する。イケメン無罪はアンジュには通用しないのだ。

 『メアリーワールド』にバッドエンドは存在しないが、どんな状態でも結婚できるところからヴィックスとの結婚はある意味バッドエンドで、ついたあだ名がバッドマンである。


 そしてフラグが必要の無いヴィックスが今回最大の障害になる。だが、それはゲームの運命シナリオが適用されていればの話だ。

 ビィティはヴィックスにクラリスを頼むと言った。その事で運命シナリオが変わっているかもしれないと思う。

 もし変わっているならば労せずに誰も選ばないバッドエンドを迎えられると。


「でも、ヴィックスはいいとして、王子ってそこまでしないと落ちないんじゃ最初はかなりそっけないの?」


「ヤバイレベルのツンキャラだよ」


「ツンキャラか……。私ツンキャラ苦手なのよね、攻略しなくていいなら正直助かる」


「いやいや、そのあとのデレがやばくてギャップに萌えるんだよ」


「……」


 その後1時間近くビィティは王子の萌える部分について熱くか語った。

 もちろんアンジュはドン引きである。


「――と言う訳なんだよ」

「もうビィティが王子落とせば良いんじゃないかな?」


「まさかの乙女ゲーがBLゲーに?」

 ビィティはそう言うと真顔で腕を組んで考える。


「冗談よ」

 そう言うとアンジュはビィティの脇をつねった。顔を引きつらせ腕をさすりながらビィティはその線も捨てたくないと言う。

「俺はアンジュを犠牲にしようとしたんだ。なら自分を犠牲にする選択肢だって捨てちゃダメだと思う」


「真面目ですか!」

 本気でBLを目指そうとするビィティにアンジュは口許を押さえて笑う。

 だが、ビィティは落とさないとしても王子と友達になれればクラリスの死刑エンドを迎えた時のことを考えても得策だと考えていた。

 だけど、そんな損得勘定のある友達は嫌だなとビィティは焚き火に薪を投げ込み自問自答する。

 

 だけど王子と平民じゃ友達になるのは無理かなと考えつつも、もし友達になるなら本当の友達になりたいとも思った。

 ベルトリア王子は明人あきとがなりたかった憧れの自分だったからだ。

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