第32話 終わりの始まり
「怪しいものではありません、ゾンダル家令嬢アンジュ様を救出してお屋敷にお連れするところです」
ビィティがそう言うと痩せっぽっちの兵士が前に出て眼鏡をあげると、まじまじとアンジュを見て検分する。
男は貴族相手の門番をしており役職柄、王都に住む貴族の顔を全て覚えている。当然アンジュの顔も見知っていた。
「隊長様、確かにあのお方はゾンダル家の御令嬢であらせられます」
「間違いは無いな?」
「はい、御令嬢は有名ですから間違えるはずがありません」
普段役立たず扱いされているが自分の記憶力と役職に誇りを持っている男は胸を張って言う。
当然、隊長の男はその男を信用しており、力を込めて言う男の言葉を疑うことなく信じる。
「うむ、そちらのお方がゾンダル家御令嬢なのはあい分かった。だが、貴様が魔法使いなら王都周囲30kmは飛行禁止区域なのを知らぬわけはあるまい?」
「すみません、私は魔法使いではなく精霊使いなのです」
ビィティの言葉に兵士達が揃って動揺し槍を持つ手に力が入る。隊長は腰を落として攻撃態勢を取る。
「嘘を言うならましな嘘を言え、精霊使いが飛べるなど聞いたことがない。今ので貴様は不審人物と言うことは確定した。おおかたゾンダル家の御令嬢を拉致したのであろう。こやつを取り押さえよ!」
「「「ハッ!」」」
隊長の号令で兵士達がビィティに襲い掛かろうと動いた瞬間アンジュがビィティから飛び降り、両手に広げ兵士が彼へ向かうのを阻止した。
下手に公爵家令嬢を傷つけるわけにはいかない兵士達はビィティ捕縛に二の足を踏み二人を取り囲んだまま膠着状態になった。
「アンジュ様、これは国法でございます。公爵家のご令嬢とは言えど違えることは許されませぬ」
隊長の言葉を無視するようにアンジュはビィティに逃げるように言う。例え公爵令嬢である自分を救ったとしても国法を侵した平民が無事でいられるわけがないと彼女は考えたのだ。
「アンジュを残して――」
「ビィティ! 私は良いから早くいって!」
「だけど」
「馬鹿! バッドエンドにはちょうどいいでしょ、私は大丈夫だから早く行って!」
「分かった必ず迎えに来る」
ビィティも今自分が危機的状況にあるのが分かったのか、アンジュにそう言うとゆびきりをした小指を立て上空へと飛び去った。
「待ってるから!」
アンジュも小指をサムズアップするように立ててビィティに答える。
ビィティが空を飛ぶと城壁から再度砲撃があったが、ベルリの水の壁で防ぐと来た道を逆戻りで飛んでいく。
射程距離外に出ると王都からの砲撃は鳴りやみ追っ手も振り切った。
ビィティはそのまま王都から離れ、カルロス博士の元へと向かった。四ヶ月間騎士達に物資を送る拠点として使わせてもらうつもりなのだ。
国法を犯したとはいえ、ビィティは約束を違えない。ちゃんと騎士達を助けるまでは面倒を見る気なのだ。もちろんその間にカルロスから古代の知識を手に入れるつもりでもあるのだが。
『あいつらなんなんだよ、送り届けてやったのによ』
『でちゅ』
二体の精霊が憤慨しながら王都の方を睨み付ける。
「まあ、法律じゃ仕方ないよ。知らなかった俺が悪いし」
だが収穫もあったとビィティは考える。精霊使いは飛べない、飛ぶのは魔法使いだと言うことを。
『メアリーワールド』のアンジュは魔法使いで、子供のときから頭角を表していたと言う設定があり。
マップを一瞬で移動する手段を飛行魔法と言う解釈をこの世界がしたのだ。
そして『精霊ファーム』は精霊を使って空を飛んだりしない。ビィティはそれを知らなかったからできたのだ。
だが、杏子が演じるアンジュには魔法の才能は一切無い。正直今までよく生き残れていたなとビィティはアンジュの強運に驚く。
数時間、空の散歩を楽しんでいるとカルロス博士の小屋が見えてきてビィティは牧場の上空をくるくると回る。
牧羊犬に見つからないように家の中に入ろうとしたのだが、すぐに見つかり、ワンワンとうるさく吠える犬のお出迎えにあった。
着地したビィティの周りを吠えながらくるくる周るのを見て、1回会っただけじゃ仲間判定はしてくれないかと残念そうに彼は犬の頭を撫でた。
もちろん噛まれたのは言うまでもない。
怒る二体の精霊をなだめ小屋に入るとカルロス博士が作業をしており、ビィティが入ってきたのも気がつかないほど集中していた。
声をかけるのも悪い気がしてビィティは椅子に座ると作業風景を眺めていた。
小一時間した頃、博士が額の汗を脱ぐり「完成だ」と呟いた。
「何ができたんですか先生」
「お! いつのまに来たんじゃ。ビックリさせおって。いや、ちょうどいいところに来た。ゴーレムが完成したんじゃ」
ビィティはアーティファクト精霊の修理ができたのかなと思っていたので少し残念そうな顔をするが、それを見透かしたカルロスはニヤリと笑う。
「そんな残念そうな顔をするな。あれはまだ研究中だ」
博士の話ではこのゴーレムはアーティファクト精霊の技術を解明して完成することができたのだと言う。一歩ずつだが進んでいるようなのでビィティはホッとする。
「よし、では動かすぞ」
ゴーレムから出ている線につながる機械のボタンをポチリと押すとゴーレムはまるで家電の様に唸りを上げて起動した。
閉じていた
『ハジメマシテ ワタシ ハ……。アナタ ノ スキ ナ ナマエ ヲ ツケテ ネ』
博士とビィティはずっこけた。
「まあ、そうじゃろうな。遺物じゃなくてワシが作ったんだから。どうだビィティ、お主が名前をつけてみるか」
「いいんですか? では、セフィーロで」
ビィティの考えた名前に博士は腕を組み考える。だが出した答えは否である。
「却下じゃ。その名前はダメな気がする」
「そうですか?」
ビィティは腕を組み考え新しい名前を提示する。
「じゃあロボ子で」
「何となくありきたりな気がするな」
自分に付けろと言ったのに是非があるなら自分がつける意味ないんじゃないかとビィティは苦笑する。
「うーん、ではゴーレムからゴーを抜いてレムでどうでしょうか?」
見た目は操り人形のような感じだが顔だけは人間に近く作られている。髪の毛がないので今度青髪のカツラをプレゼントしますよと博士に言うとビィティは頭を殴られた。
全く理不尽だとビィティは思ったが先生なので言うことを聞くことにして緑色のカツラを買ってくる約束をした。
「よし今日からお前の名はレムだ。ワシの名前はカルロス、こやつは弟子のビィティだ」
『かしこまりましたカルロス様、ビィティ様』
「「……」」
いきなり流暢に話し出すレムに二人は驚く。レムいわく元々カルロス博士と同等の知識や言語能力があって、二人のボケ突っ込みを聞いて調整したと言うのだ。
ビィティは完全にこの時点で頭の良さではレムに及ばないことを実感して勉強の先生になってもらった。
そして四ヶ月後、騎士達を救出した。ビィティは王都へ向かった。今度はベルリの水の幕で姿を隠しながら低空飛行で王都へ向かったので誰にも気がつかれずに王都へ侵入することができた。
ゾンダル邸の場所を探しだし到着すると、あまりの広さにビィティは驚く。その屋敷の敷地は東京ドームくらいの面積があるのだ。
ちなみにこの王都にある住まいは別邸なのでゾンダル家の領地にある屋敷は城である。
ビィティはクリンに頼んでアンジュを探し出すとアンジュの回りには多数の兵士が取り囲んでおり、彼女は幽閉されているのが分かった。
アンジュの側から人が離れるのを待ってビィティは部屋に突入した。
「待たせてごめん」
「すっごい退屈だった!」
そう言ってビィティの首をヘッドロックするアンジュはすごく良い笑顔をしていた。
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