茶トラの猫

 神社の掃除は落ち葉との戦いである。

 綺麗に掃除しても、風が吹き、雨が降るたびにまた新しく落ちてくる落ち葉の掃除は、掃いても掃いてもきりがないのがつらい。


 落ち葉は秋のものだと思われがちだが、実は常緑樹のくすのきは春のこの時期に葉を落とす。

 楠は落ち葉の量が多い上に、葉だけでなく細い枝も一緒に落ちてくるので、掃除は本当に大変だ。


 今日も暇を見て境内で落ち葉を掃いていると、ふと足元に柔らかいものが触れた感触があった。


「ん? 猫?」

「にゃー」


 僕の足元にすり寄ってきた猫は、僕がそちらを見ると返事をするかのように鳴いた。

 茶トラ模様のその猫は、尻尾がやたらとふっさりしているので、洋猫の血が混じっているようだ。

 首輪はしていないが、痩せてないし毛艶もいいので、たぶん飼い猫だろう。


「にゃー」


 人なつっこい猫は、僕の足に体をすり寄せてから、僕を見上げて一声鳴いた。

 まるで僕に撫でろと言っているようだ。


 実のところ、落ち葉と同じく猫も神社にとっては厄介者だ。

 フンの問題があるし、壁のない場所でお供えをしている神社ではお供えを荒らされてスルメを取られたなんて話も聞く。


 けれども僕個人としては、猫は大好きなのだ。

 実家は田舎なので、近所で飼っている猫がよくうちの庭に遊びに来ていて、撫でたり抱いたりさせてもらったものだ。


「飼い猫みたいだし、餌をやったりしなければいいよね……」


 結局、僕は誘惑に負け、しゃがみこんで猫の頭をそっと撫でてみた。

 猫は僕が手を出しても逃げることもなく、むしろ気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。

 猫がおとなしくしているので、僕はそのまま喉や背中も撫でさせてもらい、その柔らかな手触りの毛並みを十分に堪能させてもらった。


「お前、いい子だなあ。

 触らせてくれて、ありがとうね」


 僕が猫にお礼を言って掃除に戻ろうとすると、猫は不服そうな声で「にゃー」と鳴いて、伸び上がって僕の袴に前脚をかけてきた。

 まるで抱っこしろとでも言っているようだ。


「えー……仕方ないなあ」


 そう言いながらも内心は喜んでいる僕は、催促されるままに猫を抱き上げた。


「にゃーん」


 僕が抱き上げると、猫は機嫌良さそうな鳴き声をあげて、僕の胸に頭をすり寄せてきた。


「お前、本当にかわいいなあ。

 いい子いい子」


 おとなしく僕の腕の中に収まっている猫を撫でていると、鳥居の方から太郎くんのパートナーの松下さんがやってきた。


「こんにちは、松下さん。

 太郎くんのお迎えですか?」


 猫に話しかけているところを見られてしまったので、ちょっと恥ずかしいなと思いながらも松下さんに挨拶すると、松下さんは何だか微妙なものを見るような表情になった。


「ええ、そうなんですが……。

 それよりも中芝さん。

 念のため聞きますけど、その猫、佐々木さんだって知ってて抱いてます?」

「ええ⁈」


 僕が驚いて腕の中の猫を見ると、猫は不機嫌そうな顔で松下さんを見ていた。


「だめじゃないですか、松下さん。

 内緒にしていたのに、バラしてしまっては」

「ええっ、本当に宮司なんですか?」


 明らかに倫宮司の声でしゃべりだした猫に、僕は再度驚く。


「いや、中芝さんに黙って猫に変身して、抱っこさせたり撫でさせたりする方がだめでしょう……」


 呆れ顔の松下さんに、猫の倫宮司は反論する。


「そんなことはありませんよ。

 タロくんに話したら、『その気持ち、わかります! 動物の姿で好きな人に撫でてもらうのって、気持ちいいですもんね!』と賛同してくれましたよ」


 無駄にそっくりな太郎くんの声真似まで交えた倫宮司の言い分に、松下さんはさらに呆れ顔になっている。


「……えーと、宮司。

 もし撫でて欲しいんだったら、仕事が終わった後でいくらでも撫でますから、とりあえず神社でこういうことはやめてもらっていいですか?」


 僕がそう言うと、猫の倫宮司はぱっとこちらを見た。


「そうですか。

 そういうことなら、今はやめておきましょうか」


 そういうと、猫の倫宮司は僕の腕の中から飛び降りて、社務所へと向かって悠々と歩き出した。

 きっと社務所で人間の倫宮司に変身するつもりだろう。


「えーと、ごちそうさま?」


 微妙な表情の松下さんに返す言葉を見つけられず、僕は松下さんに軽く頭を下げると、また落ち葉の掃除に戻った。

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