番外編

春祭りのお手伝い

 ※※これ以降は番外編になります。


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 埼玉の先輩が宮司をやっている神社で、去年まで春の大祭でお手伝いをしていた神職さんが年を取ったのでもう行けないということになり、代わりに僕に話が回ってきた。


 先輩の神社の大祭は、神主と総代と巫女舞を奉納する小学生が、近くの別の神社から祭りが行われる神社まで行列するところから始まる。

 巫女装束の女の子たちはかわいいし、総代さんも時代劇のようなかみしもをつけていて写真映えする行列の上に、祭りの日は日曜日ということもあり、沿道には毎年たくさんの人が集まるらしい。

 僕は総代さんの太鼓と共に笛を吹きながら行列についていくように言われた。


 大祭の当日はまだ4月だというのに予想最高気温が25度を超える夏日で、午前中にもかかわらずかなり暑い。

 巫女舞の小学生たちにはさすがに日よけの和傘がさしかけられているが、神職や総代さんにはそれがない。

 年配の総代さんなど若干ふらふらしているような気がして、後ろから見ていて心配になってくる。

 僕も歩きながら汗が垂れてきて、曲の切れ目に拭いながら歩いているような状態だ。

 これは確かに年配の神職さんでは辛いだろう。

 というか、先頭を歩いている宮司の先輩は、暑くて重い正服を着込んで行列をこなした後、祭りでは祭主を務めなければならないので、僕の何倍も大変だと思う。


 行列が神社に近づくと、沿道の見物客はさらに増えてきた。

 行列に参加している小学生や総代の関係者も多いらしく、カメラやスマホだけでなくビデオカメラを構えている人もちらほら見える。

 そんな見物客の中にふと見知った人物を見かけて、僕はぎょっとしてしまう。


 ええっ、倫宮司?

 なんで?


 見物客の中に混じっていたのは、稲荷神社にいるはずの倫宮司だった。

 いつもの白衣と袴ではなく、私服でスマホのカメラを構えているので、孫の写真を撮りに来たおじいさんたちに完全にまぎれているが、僕が倫宮司を見間違えるはずもない。


 あまりにも驚いたせいで、僕は吹いていた笛の音を外してしまった。

 慌てて気持ちを切り替えて演奏に集中したが、スマホを構えたままで僕に向かって手を振る倫宮司のことを恨めしく思ってしまった。


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 神社についた行列の人々はそのまま拝殿に入り、祭りが始まった。

 祭りが進み、巫女舞の小学生たちと僕は、拝殿の後ろにある壁のない舞殿ぶでんに移動した。

 舞殿の周りはカメラを構えた人たちでびっしり埋まっていて、もしかしたらその中にまだ倫宮司もいるんだろうかとちらっと思ったが、探して見つけてしまったらまた演奏に集中できなくなりそうなので、参拝者の方はできるだけ見ないようにする。

 そのおかげか、舞の伴奏は音を外すことなく無事終えることができた。


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 無事に祭りが終わり、直会なおらいの宴席になった。

 慣れない裃から解放された総代さんたちは、みなくつろいだ様子で楽しそうにお酒を飲んでいる。

 最初に宮司の先輩から紹介してもらったこともあって、僕のところにも総代さんたちが入れ替わり立ち替わりお酒を注ぎに来てくれる。

 僕も適当なところで席を立って、先輩のところにお酒を注ぎに行った。


「おお、中芝。

 今日はありがとうな」

「こちらこそありがとうございました。

 とてもいいお祭りで、勉強させていただきました」

「それはよかった。

 だったら来年からも来てもらえるか?」

「はい、よろしくお願いします。

 来年は音を外さないように頑張ります」


 僕がそう言うと、先輩はちょっと笑った。


「しかしお前、もしかして酒強くなったか?

 結構飲まされてたみたいだけど、ほとんど顔赤くなってないな」

「あれ? そういえばそうですね」


 確かに今日は日本酒をどんどん注がれていて、いつもならもう手まで真っ赤になっているような量を飲んでいるが、今日は手を見ても赤くなっていないし、ぼーっとしたり眠くなるようなこともない。


「もしかしたら、今の神社で時々宮司の晩酌に付き合うようになったので、日本酒に強くなったのかもしれません」

「おお、そうか、そりゃ良かったな。

 神職は飲むのも仕事のうちだからな。

 だったら俺も注がせてもらうか」

「あ、ありがとうございます」


 そうして僕は、その後もしばらく注いだり注がれたりでお酒を飲んだが、酔いがひどくなるようなことはなかった。


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 先輩の神社から電車に乗って稲荷神社に帰ると、社務所にはしれっとした顔で倫宮司が座っていた。


「ちょっと宮司!

 見に来るなら来るって言って下さいよ!

 知らなかったから驚いて音はずしちゃったじゃないですか!」


 怒っている僕を、倫宮司は微笑ましいものでも見るように、にこにこと笑いながら出迎えた。


「いえ、実は今朝、お掃除にみえた方々に中芝くんは別の神社へ笛を吹きに行っているとお話ししたら、みなさん見たかったとおっしゃいましてね。

 それならと、急きょ私が行って動画を撮ってくることになったのですよ。

 まあ、私も見たかったからというのもありますが」

「それにしたって、日曜日に神社を空けてまで来なくても……」

「まあ、新年度のご祈祷もひと段落していてご祈祷依頼もなかったそうですから、問題ありませんよ。

 タロくん1人で忙しい思いをさせてしまったのは申し訳なかったですが、タロくんも拓也の動画を見て喜んでいましたから」


 そんなふうに言われると、さすがにもう僕も言い返す言葉が見つからなかった。

 実際、いつまでも怒っていても仕方がないので、気を取り直して倫宮司が今日撮影した動画を見せてもらうことにする。

 スマホなので録画時間に限りがあるせいか、行列と舞殿での巫女舞の奉納の場面しか映っていない。

 巫女舞の方は問題はなかったが、行列の方は僕が音を外しているのがばっちり録音されていて恥ずかしかった。


「あちらの神社はなかなかいい神社ですね。

 氏子の方々に親しまれて大事にされているのが、神社の雰囲気から伝わってきましたよ。

 お祭りの方も参列されている皆さんが笑顔で、よいお祭りでした」

「宮司がそういうふうに言うと真実味がありますね。

 あとであちらの宮司にも伝えておきます。

 あ、そういえば僕、今日直会の席であちらの宮司に、お酒が強くなったんじゃないかって言われたんですよ。

 確かに今日は結構飲んだのにあまり酔ってないので、強くなったような気がします。

 もしかしたら、時々宮司の晩酌に付き合ってるからですかね?」


 僕がそう言うと、倫宮司はなんとなく複雑な顔つきになった。


「あー、そうですか。

 拓也はそっちに出ましたか……」

「え? どういう意味ですか?」


 倫宮司の妙な言い方に疑問を感じた僕が聞き返すと、宮司は参拝者がこちらに来ていないことを確認してから小声で答えた。


「実はですね、母や私のように神通力を持つ者の体液を摂取していると、普通の生き物でも少しだけ神通力を得ることがあるんですよ。

 タロくんなんかは、子犬の時に母の母乳を飲んだことで、普通の犬よりも賢くなって体も丈夫になったようですよ」

「へぇー、そうなんですか。

 ん? けど僕は別に宮司の体液を飲んだりはしてないですよね?」

「確かに飲んではいませんが、摂取はしているでしょう?

 毎晩、かなり大量に」


 倫宮司の言葉に僕は首をひねったが、やがて「毎晩」という言葉から、その体液というのが倫くんの精液のことだと気付いて、真っ赤になってしまった。


「ちょっ、待ってください!

 あれって、いつも神通力で綺麗にしてくれてるんじゃなかったんですか⁈」

「いえ、外側は綺麗にしていますけど、中はしていませんよ。

 普通、人間が出したものだとあんなところで吸収したりはできませんけど、私はまあ、人間ではありませんから、出すものも人間と同じというわけではありませんから」


 それでは、毎晩中出しされていたアレは、神通力で掃除してもらっていたわけではなく、僕の体の中に全部吸収されていたということだ。

 突然聞かされた事実に、僕はなんだかめまいがしてくる。


「まあ、いいじゃありませんか。

 そのおかげで身についた神通力で、お酒に強くなったのですから。

 それにたぶん体も多少丈夫になって、風邪などもひきにくくなっていると思いますよ。

 あと、私達の体液には即効性の体力回復効果もあるので、夜多少疲れてもすぐに回復できるから便利でしょう?」

「ええ? まさかそれも神通力の影響だったんですか?」


 確かに毎晩、時には一晩に2回する時もあるのに、その割には翌朝まで疲れが残ったことがないとは思っていたが、それは倫くんがうまく加減してくれているからだと思っていたのだ。

 それなのに、実は倫くんが出したものの力で回復していただなんて、確かに便利は便利だけど何だか納得がいかない。


 というか正直に言えば、幾ら倫くんのものとはいえ、あんなものを自分の体に吸収しているのかと思うと、生理的にちょっと嫌だというのが本音だ。


「……あの、だったら今晩から避妊具使ってもらえませんか?」

「え? 今さらではありませんか?

 もう今まで数え切れないくらい避妊具を使わないでしているのに」

「そ、そうなんですけど……」

「とにかく、私は嫌ですよ。

 私の力が拓也の中に染み込んで馴染んでいくあの瞬間が楽しいのに、避妊具なんか使ったらその楽しみがなくなってしまうじゃないですか」

「えっ、なんなんですか、その楽しみ方は……」


 倫宮司の何だかマニアックな嗜好に、僕は若干ひいてしまう。


 けれども、結局その後も僕が避妊具を買いに行くことはなかった、ということは言い添えておかなければならないだろう。

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